さいご ぐっどえんど
俺は榊原 一馬。自分勝手な告白で、大好きな人を傷付けた男だ。
今は、全力で走っている。
色黒の野球馬鹿で、誰よりもお人よしの親友が先導する道をひたすらに。
相手の立場を考えない衆人監視の中での告白は、返事を聞く事すら出来なかった。
普通ならそれで諦めるべきだろう。どう考えてもこの恋は終りだろう。
でも、本当は、彼女の口から答えを聞きたい。
ここまできたら、どこまでも自分勝手に突き進んでやる!
「ここだ!」
急ブレーキをかける。純の横に滑るように停止する。疲労と緊張で高鳴る鼓動。静めようと深呼吸するけど、効果はない。
「た、体力馬鹿二人……」
しばらく待つと、口が悪い手回し上手な親友が追い付いて来た。
ぜえぜえと息を切らせて、滴る汗を拭う。それすら絵になるのは卑怯だ。
あらためて目的地に目を向ける。そこは見慣れた場所だった。
「ここ?」
「ここ」
いつの間にか行きつけになった定食屋。薫さん家のお店だ。
カランと乾いた音。躊躇いなく扉を開ける純。ほうけている俺を置き去りに拓也が続き、慌てて後を追う。
馴染みの空気とお馴染みの声が出迎えてくれた。
「いらっしゃっいませ」
「薫さん」
いつも通りいつもの格好。いつもより、含みのある笑顔。
「それじゃ、お願いしますね」
「了解したよ。それでは奥へどうぞ」
頷き合う拓也と薫さん。通された席でしばらく待つように言われる。何故二人が知り合いなのかよくわからない。ていうか、この状況はなんなんだ?
「ま、鈍い一馬はとりあえず自分の事に専念しとけ」
純にだけは言われたくないが、今は確かに余裕がない。
出されたお冷やで喉を潤し、突っ伏す。
肉体精神両方の疲労が噴き出して、瞬く間に意識が飛んだ。
走った。走った。走った。逃げた。
私は、神崎 楓は逃げた。
荷物も持たず、ただ闇雲に走って逃げた。
自分でもどうしてなのかわからない。なにもかもが突然過ぎた。
息が苦しい。胸が痛い。でも、止まれない。どうせ止まっても、止まってくれない。
私は、卑怯だろうか?
心が捩切れそうになる。
榊原君が屋上に立った時、告白を始めた時、涙が出そうだった。
向けられた『大好き』の言葉が、酷く痛かった。
私も、彼が好きだったのだ。
劇的な出会いをした訳じゃない。でも気付けば彼の姿を探すようになっていた。
勉強する姿。友達と笑い合う姿。そして、一生懸命な姿。
どろどろになっていた『特訓』も、偶然見かけてしまった。
「っ!」
足が縺れる。姉と違って私は運動が得意じゃない。背を追って走る事も、いつの間にかなくなってしまった。
こんなに走ったのは久しぶりだ。
汗が目に入る。流れ落ちる。少し量を増やして。
私は、応えられなかった。
好きな人に好きと言われて、片思いじゃないと知って、それでも逃げてしまった。
私は彼を好きになる理由があった。でも、彼にはあるのだろうか? 私のような人間が好かれてしまって良いのだろうか?
自分に自信が持てない。それだけの理由で逃げてしまうような私が。
「……帰ろう」
ぽつりと呟いて歩き出す。もう走る元気もない。
がむしゃらに走っていた筈なのに、自分の家に向かっていた。そんな自分がまた情けなかった。
「ただいま」
「お帰りなさい」
いつものようにエプロン姿の姉が出迎えてくれる。大学生なのに。
「ふふ、随分とぼろぼろだね」
「……」
「ほら、シャワーでも浴びてきなさい」
「……はい」
ふらふらと洗面所で自分と向き合う。制服は着崩れていて、涙と汗が染みを作っている。
のろのろと服を脱ぎ、冷たいシャワーを頭からかぶるけど、ちっともすっきりなんてしない。
「楓」
「……なに?」
姉からの呼びかけ。
「ちょっと忙しくてね。あがったらホールに出てくれるかな」
ホール。我が家は小さな定食屋を経営していて、接客をする役割の事をホールと呼んでいる。
「……」
正直そんな気分じゃなかったけど、我が儘を通すだけの気力も湧かない。
ただでさえここのところ姉に甘えてばかりいたのだ。
「わかった」
お湯に変わったシャワーで全身の汗を流したら、お手伝いだ。
頭の中を切り替えるためにも、ちょうど良いのかも知れない。
お風呂をでると、下着とお店の制服が用意されていた。姉が出して来てくれたのだろう。小さく感謝して身につける。
鏡の中の私の顔はしょぼくれていたままだけど、見た目だけはちょっとましになったかな。
髪を結って深呼吸。大丈夫。今だけは忘れてしまおう。泣きながら仕事なんて出来ないから。
ぱんぱんと頬を叩いてホールにでる。お客さんの姿は疎らだ。忙しいのではなかったのかと訝しんでいると、姉が私に気付いて歩み寄ってきた。
「楓、準備はいいかな?」
なぜか嫌な予感がする。
「準備はいいかな神崎さん?」
「しっかり頼むぜ」
どうして、姉と一緒にクラスメートの男の子達がいるのだろうか。
それも、彼の……。
「楓」
「はい!?」
声が裏返る。心臓が痛いくらいになっている。
「一馬君の相手だけ、頼んだよ」
それはほほえましい光景だった。がちがちに固まった神崎さんと、寝ぼけた一馬。見ているこっちが恥ずかしくなるような、そんなやりとり。
しばらくはこれだけでからかえそう。色々と頑張ったかいがあるってもんだよ。
「二人とも可愛いものだね」
似たような事を考えていたのか、神崎さんのお姉さん、薫さんも満足そうに頷いている。
ただ一人、純だけがなかなか話が進まないことに焦れているみたいだ。
僕としては、半年以上やきもきさせられたからいまさらって感じだけど。
そう、一馬に馬鹿な相談されてから、もう半年。とっくの昔にこの店の事も調べていたけど、ここまで来るのに相当時間がかかった。原因は初々しい二人と、僕の隣の大学生にある。
常連と呼べる程通っている一馬と、店員である神崎さん。その二人が店の中で接触しなかったのがその証拠だ。もっとも、神崎さんの方は一馬が来ていた事を知っていた見たいだけど。
閑話休題。この言葉、最近の流行りらしい。
こほん、改めて閑話休題。
高島先生の方法で告白が成功するなんて、僕は微塵も思ってなかった。衆人監視の中で告白なんて、する側も受ける側も特殊な人種じゃないと耐え切れやしない。そして、神崎さんはそういった目立つことは苦手な人だ。
だから、薫さんと接触してこの場を作ることにした。
ここまでお膳立てしたんだ。どう見てどう考えても両想いなんだから、しっかり決めろよ、一馬。
「君だけずるくないかい?」
「今まで苦労ばかりで目立たなかったんですから、いいんです」
起きたら良くわからないことになっていた。
目の前に想い人がいて、その人が普段とは違う格好をしていて。
素で感想を零して、あたふたとばたばたと。
とにかく、落ち着かなかった。
正面の席に座るポニーテールの神崎さん。いつも薫さんが着ているのと同じふりふりのエプロン。ちょっと釣り気味の目はゆらゆらと頼りなく揺れていて……。
気まずい。俺はさっき彼女に告白して、傷付けた。この揺れる目の原因は、俺にある。
「「あの……」」
どうにか会話をしようと声を出すけど、見事にぶつかる。声が詰まる。けど、俺から話しだすべきだと喉を震わせた。
「ここで働いてるんだ?」
「う、うん。私の家、ここだから」
「へ、へぇ。結構来るんだけど、知らなかった」
「わ、私は知ってた。たまに見かけるから」
「そ、そっか」
頭がぐるぐる。何を話せば良いのかがさっぱりわからない。
短い会話をぎくしゃくと繰り返すけど、どうにも光明が見えない。
ただ心臓が煩くて、胃が上下に忙しなく動いて気持ち悪い。
俺は、どうすればいいんだ?
からん。空になったグラスの中で、氷が鳴いた。
---好きな娘に迷惑かけるのは、男の特権で責任だ。
空転していた脳みそが、きっかけを手に入れて回り始める。
俺は、なんのためにここにきたんだっけ?
ゆるくなった魂を冷やす。目的は決まっていた。仕切り直しだ。あんな劇的なものじゃなくて、かわいらしいものでも良い。無理をしない、休みながらでもいいから、ありのまま全力でぶつかるんだ。
例え、再び砕けることになっても。
「神崎さん」
びくりと彼女の肩が震える。
「は、はい……」
消え入りそうな返事でも、返って来たことに胸が高鳴る。
「話があるんだ」
一拍の間。からからに渇いた喉。声が掠れてしまわないように注意して言葉を紡ぐ。
「いや、話というほど長いものじゃない。ただ一言、聞いてほしいんだ」
返事はない。でも、聞いてくれている。
「貴女が好きです」
さっきと全く同じ言葉。ほんの一秒足らずの言葉。思えば、この一秒のために相当遠回りしたもんだ。
「自分勝手だって分かってる。さっきは辛い思いをさせたと思う。でも、神崎さんの言葉で、応えが欲しいんだ」
真剣に、ただただ真摯に正面を見る。
痛いくらいの沈黙。心臓はもう、破裂したんじゃないかってくらいどくどくとなっている。
「……し……」
か細い声。けれど、確かに現実にある声。
「私は、好きになってもらえるような人間じゃない」
とつとつと、それから滔々と。
「勉強が得意なわけでも、運動が得意なわけでもない。何が出来るわけでもない、ううん、なにも出来ない! 告白されて、逃げ出すような最低な人間だよ!」
ざくざくと、叫び出される言葉が心を切り裂いていく。
染み出した透明な血が、逆に勇気をくれた。
「……でも」
その血を止めなくちゃいけない。
「俺は君が好きだ」
まず空気が固まる。
「何かが得意だから君が好きになったんじゃない」
「うそ……」
彼女の表情が固まる。
「この気持ちに嘘なんかない。嘘で好きだと言えるほど器用じゃない」
最後に、心を包む。
「気がついたら君をさがしてるんだ。気がついたら好きになっていたんだ」
人を好きになるって、そんなものだと思う。
ゆっくりと息を吸う。
「神崎さん。神崎 楓さん」
もう一度。
「君が好きだ」
不思議と心は落ち着いている。
「返事を、神崎さんの気持ちを聞かせてください」
静寂が場に満ちる。
言いたいことは言った。伝えた。
後は、待つ。
涙でくしゃくしゃになった、大好きな人の言葉を。
「わ……たしは……」
「うん」
「好き……です。
本当は、ずっと前から、好きだったんです」
「うそ……」
「うそじゃないよ。気がついたら、好きになってました」
全然気がつかなかった。
「でも、私なんか好きになってもらえるわけがないと思って、ました」
躊躇うような、一瞬の間。
「私みたいな、可愛くない、なにも出来ない駄目な子で本当にいいんですか?」
「それ以上、俺の好きな人を悪く言わないでほしい。俺は神崎さんだから好きになったんだ!」
立ち上がり、手を取る。甘い体温が伝わってくる。
再び加速しだした心臓の命じるまま、間抜けな事にまだ言っていなかったお願いを口にした。
「付き合って、下さい」
「お願い、します」
はらりと、雫が落ちた。
滲む世界の中心で、大好きな人が同じように笑っていた。
「やぁーっと終わったか!」
「じ、純!?」
「おやおや、驚くような事かな?」
「お姉ちゃん!?」
「二人の世界に入りすぎだよ」
「拓也……お前まで」
「寧ろ主犯は拓也だぜ。周り見てみろ」
「「全くひやひやさせやがって」」
「「おめでとう楓ちゃん」」
「クラスのみんな!?」
「え? えぇ!?」
「本当に気付かないとは思ってなかったよ」
「う、うわああああ!」
「い、いやああああ!」
「やれやれ、逃げても仕方ないのにね」
「まあ良いんじゃねぇか?」
「まあいいんじゃない? 今度は……」
走る、走る、止まる
今度こそ周りに人はいない。
今日は一日走り通しだ。へとへとになった。
繋いだ手から体温が伝わる。顔をあげたら大好きな人と目が合った。
もう逸らさない。逃げたりはしない。
きゅっと、強く。
「「好き、です」」
唇に触れる柔らかい感触。
この手は離さないと心に決めた。
クサッ! クサッ!!
クッサーーーー!!
ギップ○ャ!!
えー友達との雑談中携帯小説の話になりもう書いてしまえとなって
電車の中通学の合間で書き上げてみました
何も考えず始めてタイトルがこんなのだから
ヒロインのぽっと出感が酷かったりするけども
完結です
キャラが固まらないままでしたが
そんなもんです
何処かの誰かの一瞬の暇つぶしになれば幸いです