2話 "期待の眠り"
孤児院で過ごす夏も6度目を迎えた。
サーシャ、ルイザ、ボルゴ、そして俺の四人は6歳を迎えた。ついに俺らは一階へ降りることが院長先生に許可され、ある程度の自由な動きができるようになった。
ボルゴは新たな世界に向かえることに、サーシャは今までより動き回れることに、ルイザは優しい年長の子との交流ができることを、そして俺はそのすべてと新たな知識を得られることに大きく喜んだ。
しかし思いもしなかった。
まさか部屋を出てすぐに、大きな試練にぶつかることになるとは。
「どっ、どうしたのシュウちゃん?落ち着いて、泣かないでね~」
いままで生活していた部屋は二階にある、6歳を超えた子たちは一階にある部屋で過ごすようになる。
二階の部屋から一階に降りるにはもちろん階段を通らなければならない。
階段である。
他の三人が階段を駆け下りていくとき、俺は階段の目の前で泣きじゃくっていた。
精神年齢24歳、階段を目の前に地面に座り込み動けなくなってしまった。
原因に心当たりは、というよりそれ以外に原因はないだろう。
前世の死因は階段での転落死、今まで忘れていた記憶が、階段を目の前にしてフラッシュバックしてしまった。
頭をよぎる死の記憶、声が出ず、身動きすら取れない。ただ暗闇で孤独に失われていくあの感覚が、頭の中をグルグルとよぎる。
自分の泣き声すら聞こえなくなるほどにまで死が頭を巡り、視界が暗くなる。
路地裏、雨、コンクリートの階段、暗闇、暗闇、暗闇が囲んでいる。
暗闇の中に、優しい光が見えた。
「シュウ、どーしたの?一緒におりよ!」
サーシャは泣きじゃくる俺の手をつかみ、一緒に階段を降りようと誘っている。
淡い金色の髪は朝日に照らされ、優しい光を帯びて輝いている。暗闇は周囲に無く、階段の踊り場ではルイザとボルゴが心配そうにこちらを見ている。コンクリートの冷たい階段はもうなく、ただ木でできた温かい階段があるだけだった。
サーシャの手にひかれて階段を下りていく、階段の下では年長の子たちが出迎えようと並んでいた。
雨の降りしきる暗闇はもう消えていた。
「サーシャちゃんにシュウ君、ボルゴ君とルイザちゃんね!ついてきて、案内したげる!」
年長の子が張り切って先頭に立ち、案内をしてくれた。
「ここが食堂、みんなでご飯を食べる場所なんだよ!院長先生とマチルダ先生が作るごはんが一番おいしいよ!モニカお姉さんのごはんは脂っこくてげーだよ!」
「んだとチビごるぁ...ん゛ん゛。脂っこいのが一番おいしいんだよぉ~」
「ここはトイレ、向こうにお風呂場があるよ!モニカお姉さんはお掃除が雑でよく先生たちに怒られてるんだよ!」
「モニカお姉さんよく怒られてるんだね!」
サーシャの言葉にモニカさんの顔がぴくぴくしてる。
いくつかの部屋を案内されたが、ここにいる孤児は大体30人ほど。シスターや先生といった大人たちは7人、その中でもモニカさんはかなり若い。おそらく17か8といったところだろう。他の大人が30~60といったあたりなのを考えるとかなり子供たち側に近い年齢だ、だから子供たちにいじられ、親しまれているんだろう。
「こっちはお庭、あっちの奥にもお庭があってそっちは奥に行くと畑があるんだよ!向こうのお庭の方が広いけど、こっちはミハウおじいちゃんがお話ししに来てくれるからみんなあつまるんだよ!」
孤児院に入って左手側には小さな庭がある。
小さな庭には孤児たちが集まり、その中心に一人の老人が座っている。あの老人がミハウおじいちゃんだろう、ミハウ爺さんはこちらに気づくと、笑いながら手招きをしてくれた。
「新しい子達か、はははっ。もう庭がいっぱいになったのう、今日はなんの話をしようかな?」
「騎士のお話!騎士のお話聞きたい!」
「金髪の嬢ちゃんは元気じゃの、ならワシが昔見た騎士のお話をしようか」
そうしてミハウ爺さんは、勇敢な騎士団の物語を話し始めた。
「この国の騎士たちは勇敢で、たくさんの怪物を倒してきたんじゃ。東に行って巨熊の大群を倒し市民たちを救い、西に向かって森から現れた大鷲を打ち落として、赤い飛龍を追い払い北の港を守った。王様のお宝や誠実な農夫たちを助けた騎士たちは、長剣と槍を振るって怪物を打ち払い、忠実で親友である戦馬に跨って千里を駆けて戦い続けたんだぞ」
サーシャは勇敢な騎士の物語に熱中し大はしゃぎしている。
周りの孤児も騎士の物語に興味津々、モニカさんも楽しそうに聞いている。精神が二十歳越えでも体に引っ張られてしまうんだろうか、俺も前のめりになって聞いてしまっている。
気づけば登ってきた太陽が真上まで来ていた。
「皆さん、もうお昼ご飯の時間ですよ、食堂においでなさーい。モニカ!時間になる前にみんなを連れてきなさいっていったでしょう!」
「ごめんなさい!ほらみんな早く食堂に!ミハウおじいちゃんにありがとうを言うのを忘れないでね!」
ミハウ爺さんはあわただしい若いシスターを楽しそうに笑い、杖を突きながら隣の家に戻っていった。支えようとするモニカさんを笑顔で断り、片足を引き釣りながら隣家に入っていく。かなりご高齢のおじいさんだから足が悪いのだろう、70歳くらいだろうか。中世ほどの時代であることを考えるとかなり長寿なおじいさんだ。
昼食が終わり午後、孤児院裏を四人で探索していた。
孤児院の裏には小さな畑が、その奥は10mほどの高さの城壁がある。城壁はぐるりと都市をぐるりと囲んでいるらしく、孤児院の脇を流れる小川は城壁下の鉄格子を通って外へ流れている。
「この畑はねー、年長のみんながお野菜を育ててるんだよ。かわりばんこでお世話をして、時期になったら収穫してご飯になるんだよぉ」
「なにを育ててるの?」
「ジャガイモだよ、私はジャガイモ料理は得意だから任せといてね~」
「脂っこいジャガイモ料理になるのかな...」
ボルゴのつぶやきにモニカさんは気づいていなかった。
畑の周りには農業用の小屋と井戸がある、畑の周りは果実の木が林を作って庭を囲んでいる。その林の奥にうっすら何かが見えた、目を凝らして見ると、通路が木板で閉ざされていた。
気になって近づこうとする俺にモニカさんが気付いた。
「シュウくんどうしたの?」
「おねえさん、あの奥のやつなに?」
「ん?ああ、あれは外につながってる昔の通路だったんだよ。でも中にある梯子が壊れて登れなくなってて、危ないから閉じてあるんだよ。危ないから近づいちゃだめだよ、みんなにも内緒ね!」
絶対に近づきたくない。
登ろうとして転んで死亡なんて絶対にごめんだ。
ぶんぶんと首を縦に何度もふってうなづくと、モニカさんは笑いながら俺の手を引いて三人のところへ戻った。
孤児院の案内が終わると日が沈み、夕飯の時間になった。
夕飯を食べ終え、新しい自分の部屋に戻る。新しい部屋は二人部屋で、ボルゴと同じ部屋だ。サーシャはルイザと同じ部屋で隣の部屋だ。
就寝の時間になると部屋の照明の魔石が自然と消える、タイマー機能でもあるのだろうか?
ベッドで横になり眠気が来るのを待っていると、ボルゴが話しかけてきた。
「シュウ、まだおきてる?」
「おきてるよ、どうしたの?」
「マチルダ先生が言ってたんだけど、二階の奥に図書室があるんだって。いろんな本がおいてあるんだって、明日いっしょに行ってみようよ」
「うん、いいよ!」
待ちに待った図書室である。
このために6年間待った、好奇心が強いボルゴもきっと楽しみだったんだろう。
期待に胸を膨らませながら、眠りについた。




