34話 "酒場と悪漢"
天気は晴れ、夏も終盤に入りかかる時期になった。
先日Cランクに昇格したばかりだが、その時にサーシャが少し怪我をしたので少し休みを取っている。
酒場でサンドイッチを片手に、今後の旅の予定を話し合う。
次はおそらく一週間ほどの旅、道中の危険も今までよりは高いだろう。
準備は入念に、資金もしっかり貯めておこう。
ふと通りを見ると、一人の男がふらふらと歩いている。
かなり酔っぱらっている様子だ、顔は赤く足取りはおぼつかない。
時折道行く人にぶつかり、悪態を吐いている。
明らかにめんどくさい酔っ払い。
そいつはふらふらと歩きながら、ちょうど俺らのいる酒場に近づいてきた。
入り口に来た男は、とあるテーブルを指さして叫んだ。
「ひっく...。おい、なんで亜人が、ひっく、いるんだよ!汚れた血が、人と同じ場所に、座るんじゃねえよ」
大声でいろいろ問題の塊な発言を叫ぶ酔っ払い。
テーブルに座っていたのは若い獣人、猫耳の生えた少女だった。
奥の方のテーブルには大柄な獣人の男が泥酔して寝ていたが、そっちには一切目を向けていない。
一人で座っていた自分より体格の小さい少女に詰め寄る悪漢。
ここら辺ではあまり聞かない明らかな亜人差別、訛りからして遠くの人だろうか。
周りの人は面倒ごとを避けようと、一切関わろうとしない。
「うっぷ...、ひっく。無視すんなよぉ、獣猿の分際で、ひっく...」
「触らないでください...、痛っ」
男が少女の腕を掴んだ。
可哀そうに...、衛兵を呼んでおこう。
そう思ってキョロキョロと探して気づく。
隣の席にいたサーシャがいない。
「ちょっと、理由もなく人に掴みかかっちゃダメって教わらなかったの?」
居た。
いつの間にか男の腕を抑え、少女を庇うように立っている。
「んだぁ、ガキが...。亜人をかばうとか、ひっく、脳が腐...痛ぇ!」
腕をそのままひねり上げて少女から手を離させ、軽く突き飛ばして距離をとる。
激昂する男とそれを睨むサーシャ、このままだと喧嘩に発展しそうだ。
よし。覚悟を決め、コップを片手に席を立つ。
「お兄さん落ち着いて...、ほら、水でも飲んでください」
「うるせえ、この腐れ蛆野郎が!」
俺が差し出したコップを叩き落とし、ついでに近くの椅子を蹴り壊す男。
これでこいつは『酒場で暴れて暴言を吐き、ついでに物を壊した男』になった。
周囲の傍観者の何人かが男を睨む。
それでも男は止まらず、今度は他の人のコップを奪って俺に投げてきた。
空中で叩き落されるコップ、一瞬の間にサーシャが男の腕を抑えつけ、店の外へと突き飛ばした。
ガシャッ、突き飛ばされた男が鎧にぶつかった。
「酒場で暴れる男がいると聞いたが、こいつか?」
通行人が通報したのか、衛兵が二人現れた。
亜人を見て面倒くさそうな表情をした後、酔っぱらった男を見て表情を変えた。
「店主さん、何があったかを説明してくれ」
高齢な酒場の店主は一瞬の間考える。
あまり金のなさそうな冒険者二人と亜人に、そこそこ金を持っていそうな一人の酔っ払いを見比べて勘定した後、正しい説明を話した。
「そこの酔っ払いが店に入ってくるや、客に掴みかかってコップを投げるわ椅子を蹴るわで...。すごく迷惑しましたよ」
「ハッ、しょうもない男だ。立て!一週間は牢屋で頭を冷やしてもらうぞ」
「これを修理代に使っておいてくれ、それでは」
衛兵は酔っ払いから金貨を数枚奪って店主に投げると、男を連れて去っていった。
騒ぎの原因が去ってしばらくすると、酒場はまた賑やかになった。
事態を少し大きくしてしまった罪悪感があるので、会計を済ませて店を出た。
「サーシャ、仲介しに行くなら先に一言言ってよ」
「ごめん...、反射的に飛び出しちゃった」
「次は俺も一緒に行くから、ちゃんと声かけてね」
「あの...」
「「ん?」」
声をかけられて振り返る。
酒場で詰められていた獣人の少女が追いかけてきていた。
「さっきの子じゃん、怪我はない?」
「大丈夫です。助けていただいて、ありがとうございました。これ、お礼です」
そう言って少女が差し出したのは綺麗な琥珀、うっすら魔力を帯びている。
「わぁ、綺麗!もらえないよ、こんな良い物」
「故郷に特産なんです。お礼にできるのがこれだけなので、受け取ってください」
「じゃあ貰うね、ありがとう!」
「いえいえ、助けてもらったのは私なので...。それでは、失礼しますね」
少女が去っていく。
サーシャは琥珀を夢中で見ているが、俺は少女の去っていく姿をずっと見ていた。
猫耳で栗色の髪の美少女。
まさか実際にこの目で見ることができるとは...、軽く感動していた。
そんな感動している横で、サーシャがぼそりとつぶやく。
「そういえば、亜人の差別って初めて見たかも」
「...確かに、ここら辺だとあまりないらしいからね」
「遠くから来たのかな、隣の国の人?」
そういえば、衛兵が男の顔を見て表情を変えていた。
ほかの国ではまだ差別が強く残るらしく、寛容な姿勢をとっているこの国は珍しい部類で、国によっては亜人が街を歩くことすらできないほどだという。
しかし、歩いていても唾を吐きかけられない代わりに、犯罪に巻き込まれることも多いらしく、国の問題の一つでもあるという。
差別問題、いつでもどこでも面倒な問題だ。できることなら関わりたくない。




