31話 "Cランク昇格依頼"
冒険者を始めて四か月、季節は真夏。
前世の日本と違って、この土地の夏は過ごしやすい。
ジメジメしておらず、気温もそこまで高くない。
そんな夏の朝、俺とサーシャはギルドのカウンターにいた。
「『ガウェイン』がCランクへの昇格要件を満たしたため、昇格依頼を受けることができるようになりました」
「その依頼を達成すれば、Cランクになれるんですか?」
「はい。内容は単純で、指定のモンスターを討伐してもらうものになります」
受付嬢はそう言って分厚いモンスターのリストを取り出す。
その中の一ページ、Cランクの上位とされるモンスターが載る部分を指さす。
オーガ、ミノタウロス、グール、ガーゴイルなど、数十種類が書かれている。
「この付近にいるものだと、オーガやミノタウロスになりますね」
「この中の一体を倒せばいいんですか?」
「はい、リストに載っている個体ならどれでも大丈夫です。期限もありません、討伐して、こちらまで証明になる物を持ってきていただければ、達成となります」
Cランクを倒せばいい。
単純な内容だ。
しかし実際の難易度で考えれば、ちっとも簡単でもないし、全く安全でもない。
昇格依頼を受けた後、宿に戻り明日のための準備をする。
「サーシャ、しっかり剣も槍も準備しといてね」
「うん、もちろん!それで、どれを目標にするの?」
「オーガかなぁ...、一番安全な方だろうし」
「安全?どうして?」
そういえば、サーシャはモンスターの図鑑は軽く見ていたが、詳しい内容はあまり覚えていなかったはずだ。
戦闘時に齟齬があってはいけないし、説明しておこう。
「グールやガーゴイルは場所が限られていて、ここら辺にはいないんだ。オーガとミノタウロスはいろんな場所にいるから、狩るならこの二体なんだ」
「うんうん。でも、それならミノタウロスでもいいんじゃない?」
「ミノタウロスはオーガよりは力が弱いけど、速いし嗅覚が鋭くて、奇襲がしにくいんだよ」
オーガが鈍重な怪力モンスターなのに対し、ミノタウロスは強い・速い・勘が鋭いの三点セットモンスターだ。
俺らの基本戦法は、魔術で奇襲からのサーシャでとどめ。
ミノタウロスのような勘が鋭いモンスターには難しいだろう。
「それに、ミノタウロスはすぐにブチギレて暴れだすらしいよ」
「うわぁ...。確かに、それならオーガの方がまだ簡単そうだね」
そうやって説明している間に、明日の準備が終わった。
明日からは昇格依頼に挑む、危険度は今までよりもずっと高い。
不安な気持ちになりながら、ベッドに入る。
サーシャの寝相が悪くてベッドから押し出されてしまった。
「うぅ...、体が痛い」
「大丈夫?何かあったの?」
「誰かの寝相が悪くて、ベッドから押し出されたんだよ」
「さーて、オーガはどこかなぁ!」
スキップしながら森に向かうサーシャ。
普段の狩りでは、森に入らずその周辺で活動するのがほとんどだ。
森の中心に近づくほど、危険なモンスターが多く現れる。
ブルトヴァルトの最深部ではAランクのモンスター、アラクネや樹の巨人などが現れるらしい。
そして今回足を踏み入れるのは、ブルトヴァルト外縁部。
Cランクのモンスターが多く出没する地帯だ。
「なんか、不気味だね...」
「ブルトヴァルトから流れ出る魔力の影響だね、うっすら周囲が赤いや」
魔術師は魔力の流れを扱うため、魔力の動きには敏感になる。
俺は今、森から流れる魔力に感覚が乱され、五感が少し鈍っていた。
索敵はサーシャに任せて、俺は魔力の流れを監視しよう。
そう思った矢先から、右斜め前に収縮する魔力を感じる。
「プロテクト!」
障壁に当たって飛び散る水滴、赤黒く染まっている。
「ブラッドモラスク、向こうにでかいのがいる!」
「わかった、近づいて斬る!」
森の中を駆けるサーシャ、木々で水弾の射線を切りながら間合いを詰める。
軟体生物の外皮は、怪力で振るわれる鋭利な長剣に易々と切り伏せられた。
「まだ森に入ってすぐなのに、もうこんなのが出てくるんだ...」
「気を付けてね。この木だってトレントだったりするかもしれないし」
「うへぇ...、ほんとに恐ろしい森だね」
襲撃したブラッドモラスクを見に近づく。
ふと、近くの木に大きな切り傷があることに気づいた。
「この傷ってサーシャがつけたの?」
「え?私、敵しか切ってないよ」
「じゃあ何だろう...。あれ、足跡がある」
誰かが走った足跡。ただ、明らかに人ではない大きさだ。
「もしかしてオーガ?ちょっと追いかけてみようよ」
「うん。でも、よく警戒してね」
「大丈夫!足跡はこっちに進んでるね、私が先行で進むよ」
「了解。後ろは任せて」
屈みながら素早く進むサーシャ。
しばらく進んで、急に立ち止まった。
「どうしたの?」
「シュウ、これ...」
鬱蒼としていた森から、急に少し開けた場所に出た。
樹木は力と力がぶつかり合った影響でへし折れ、固い地面はえぐれている。
その惨状の原因であろう死体はボロボロになって横たわっている。
筋肉の鎧に包まれた獰猛な怪物、オーガ。
森の主と呼ばれるモンスターの無残な死体が、地面に二つ転がっている。
「こっちは何?人、ではないよね」
サーシャが指さした頭のない死体は、オーガとは異なる見た目だった。
オークやトロールと比べると人間に近く、しかし大きさは人を遥かに超える。
答えは俺の足元に転がっていた。
「牛の...、頭?」
切断された頭部、恐らくオーガによってねじ切られたのだろう。
あまり温かさを感じない、数時間ほど前に戦闘が起きたのだろうか。
「オーガとミノタウロスが争ったのかな...」
「そうみたいだね。これがオーガとミノタウロスかぁ...。そっちに転がってる頭、図鑑で見たより小さいね」
オーガの死体を眺めていたサーシャが、俺の足元にある頭を指さして言った。
確かに、言われてみれば華奢だ。
雌牛だろうか?
なら雄牛は?
もし番で行動していたら?
足音がする。
振り返ると目が合った。
怒り狂う牛頭の巨人、ミノタウロスと。




