序幕 "転生"
寒い。
倒れて雨に濡れたせいだろう、早く帰って風呂に入りたい。
手足に力を入れて起き上がろうとするが、うまく動かない、ただ体が僅かに揺れるだけだ。
目を開けると、川が、その対岸に中世ヨーロッパのような建物が見える。わずかに見える自分の体は、おくるみに包まれた赤子のようだった。
川にかかる橋の下に、赤子の俺は居た。
頭痛と共に自分がどうなったかを思い出した。
階段で倒れた後、数mの高さから転がり落ちてそのまま頭を強く打った。割れるように頭が痛んだ後、そのまま体が動かなくなり、体も感覚を失って視界が消えたのを覚えてる。視界が消えた後、声も出せず暗闇の中で藻掻いていたが、最後には何もわからなくなった。
あの時、確かに死んだ。
だが今目に見える景色はあの路地と全く違い、自分の体も生まれたばかりの赤ん坊だ。
これはあの有名な「転生」というやつなのだろうか?暇つぶしに本を読むことが多かったため、当然転生系の小説も読んだことはある。ただ自分の身に起きるとは思いもしなかった。
赤ん坊なのだから親がいるはずだが、周囲には誰もいない。
限界まで頭を動かして周りを観察してみる。
天気は死んだときと同じ雨、場所は川にかかる橋の下を通る小さな通路、周囲に人は見えず対岸にも人は見えない。
孤児だ、しかも捨て子。
最悪すぎて泣いてしまう、オギャアオギャアと精神年齢18歳にもなって泣きわめく。誰か拾ってくれと存在を誇示してみる。
何分くらいたっただろう、20分くらいは泣いた気がするが人通りはない。疲れて泣くのをやめて景色を観察することにした。
街灯のようなものが遠くに見える、ランタンのようなものがついている、ガス灯か何かだろうか?赤子の視力だと遠くはよく見えない、ほかに目に入るのは水車くらいだ。耳に入るのは雨と風の音、それに交じって誰かの足音が聞こえる。
人が来た、チャンスを逃すまいと渾身の勢いで泣きわめく。
「おんぎゃあ!おんぎゃあ!おんぎゃあ!」
生涯でこれほど大きな声で泣くことはないだろう、この体の生涯はつい最近始まったばかりである。
足音が近づいてくる、荒々しく息をしながら誰かが走ってきた。
近づいてきた人は若い女性だった、粗末な服装の女性は雨でずぶ濡れになりながら、何かを大事そうに抱えていた。
その女性は橋の下に捨てられている俺を見ると、震えながら自分が抱えていたものを隣に優しく置いた。泣きながら祈るように手を合わせた後、再びどこかへ逃げるように走り出した。
隣からは泣き声がする、ぐずるような泣き声。
赤子だった、俺と同じ、おくるみにつつまれた赤子。
橋の下に二人の赤子が捨てられた。
しばらく泣いていたが、状況は変わらない。
このままじゃ死んでまたすぐ死ぬことになる、誰かが拾ってくれることを祈ってひたすら泣きわめく。
隣の赤子もしばらくぐずっていたが、俺の泣き声につられて泣きだした。
しかしいくら泣いても人は来ない、日が落ち町が暗闇に包まれてきた。
遠くに見えた街灯が点いた、対岸の建物に見える窓からも明かりが見えてくる、建物のそばの通路を誰かが歩いているのが見える。
その人は足早にどこかへ向かっていたが、急に立ち止まって増水した川を眺めだした。
いや、川ではない、こちらを見ている。
その人はこちらを見ると、慌てて走り出した。
すぐに足音が近くに聞こえ、誰かが橋の下まで降りてきたのがわかった。
降りてきたのは一人の女性だった、年齢は中年くらいだろうか、優しそうなその顔は深い悲しみに満ちている。
彼女は捨てられていた俺たちを優しく抱き上げ、着ていた外套を脱いで被せた。
何かを話しているが聞き取れない、英語のようにも聞こえるが大きく違うようにも感じる。
二人を抱きかかえた女性はどこかに向かって歩き出した。
ようやく見える景色が変わった。橋の上から遠くが見える、暗いが遠くに城壁があるのがうっすらと見えた。石造りの町を早足で進んでいく、きっと本来はもっと活気のある町なのだろうが、雨が長く振っていたためいつもより静かだったのだろう、そんな雰囲気を通りから感じる。
しばらく移動して教会のような場所についた。
掲げられていたであろう十字架は取り外され、門には看板が掲げられている。
城壁で覆われた町の一角にあるようで、恐らく教会だった場所を改造して広げているのだろう、石造りの建物が木造で拡張されてるのがわかる。
中年の女性が門をくぐるとすぐにドアが開けられ、修道服のようなものを着た数人の女性が現れた。二人の赤子が抱えられてるのを見るとすぐに毛布が用意された、温かい毛布に包まれてどこかの部屋へ運ばれていく。
修道女たちは手際よくベビーバスケットを用意し、暖炉の前に俺らを並べた。
もう一人の赤子の方を見ると、泣き疲れたのかぐっすりと寝ていた。
自分も泣き疲れて眠くなってきた、修道女たちが歌う子守唄を聞きながら眠りに落ちた。




