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魔法試験


 旅立ちから数日。俺とセラを乗せた馬車は、大陸最大の強国――ガレリア帝国の帝都アレスティアに到着していた。


「……すごい。魔力がインフラとして完全に統合されている」


 俺は馬車の窓から、天を突くような摩天楼を見上げた。  巨大な城壁の内側には、魔導エネルギーで青白く輝く高層建築が立ち並び、空には小型の魔導船が行き交っている。かつての現代日本を彷彿とさせる、過密で高度な文明都市だ。


 だが、俺の魔眼が捉えていたのは、そんな煌びやかな景色ではない。  都市全体をドーム状に覆う、**巨大な「結界魔法」**だ。


(都市防衛システムか。物理攻撃と魔法攻撃を遮断する、超巨大なファイアウォールだな)


 そのセキュリティは堅牢だ。  城壁のゲートは開いているが、そこには目に見えない魔力の壁がある。入国審査を受ける列が進むたびに、奇妙な手順が踏まれていた。


「次! 通行許可証を見せろ」


 門番が書類を確認し、懐から通信用の魔導具を取り出す。


「第4ゲート、認証完了。1名通せ」 『了解。第4ゲート、開門オープン


 スピーカーから無機質な声が響くと、空気が揺らぎ、結界の一部に人間一人が通れるだけの「ポート」が開いた。  門番が合図を送り、内部にいる専門の結界魔導師オペレーターが遠隔でセキュリティを解除する仕組みだ。  徹底した中央集権管理。


(効率は悪いが、セキュリティレベルは高い。……これを運用しているのは相当な手練れ集団だな)


 俺は何気なく、門番の詰所に掲げられている**「紋章」**に目を止めた。  銀色の盾に、六角形の結界模様。


「……あ」 「どうしたの、エドくん?」


 セラが不思議そうに覗き込む。俺は苦笑して、小声で答えた。


「いや、あの紋章。母さんの実家だ」


 結界の名門・シルバ家。  ガレリア帝国の防衛システムを一手に担う大貴族であり、かつて母リシアが絶縁した実家だ。  母は「古い因習が嫌で飛び出した」と言っていたが、まさか帝都の玄関口が縄張りだとはな。


(向こうは俺のことなんて知る由もないだろうな)


 俺たちは何食わぬ顔で審査を受け、帝都の中へと足を踏み入れた。


 帝都に入ると、そこは格差社会の縮図だった。  中央区は魔導灯で輝いているが、俺たちが宿を取った外周区は薄暗く、魔力を持たない平民や亜人が押し込められている。  俺たちは資金(ジェネシス買収資金)を温存するため、外周区の安い宿に拠点を構えた。


「魔力を持つ貴族が富を独占する構造か。……流動性が死んでるな」


 俺はこの社会構造システムの歪みを肌で感じながら、翌日、**「王立魔法学園」**の入学試験会場へと向かった。


 会場には、高価なローブを纏った貴族の子弟たちが集まっていた。  その中で、平民服にミスリルの剣を差した俺と、長い耳を持つハーフエルフの少女は明らかに異物だった。


「おい見ろよ、平民とハーフエルフがいるぞ」 「記念受験か? 恥をかくだけだのにな」 「それにあの剣……野蛮な。魔法が使えないから鉄屑に頼るんだろ」


 嘲笑が突き刺さる。だが、俺たちには強力なコネ(ベルン伯爵の推薦状)がある。  俺たちは列に並び、一次試験の**「魔力測定」**を待った。


 試験官が、受験生たちに向けて「基準」を説明する。


「いいか、この測定水晶は魔力量に応じて色が変わる。  **『赤』**なら初級。一般人の平均だ。  **『緑』**なら中級。騎士団に入団できるレベル。  **『青』**なら上級。宮廷魔導師を目指せるエリート候補だ。  ……まあ、お前ら新入生なら『緑』が出れば合格点だと思え」


 なるほど、分かりやすいUIだ。  大半の生徒が赤か緑。稀に青が出ると「おおっ! 優秀だぞ!」と歓声が上がる。それがこの学園の「常識スタンダード」だった。


「次、セラフィナ・シルフィード」


 名前を呼ばれ、セラが前に出る。  「シルフィード……? 聞かない名だな」と貴族たちが首を傾げる中、彼女が水晶に触れた瞬間――。


 カッ!!  水晶が、眩いばかりの**「黄金色ゴールド」**に輝いた。


「なっ……『金』だと!? これは……!!」


 試験官が椅子から立ち上がる。会場がどよめきに包まれた。


「金って……おい、学園主席レベルじゃないか!?」 「あいつ、ハーフエルフだろ? なんでエリート魔導師級の魔力を持ってるんだ……」


 青(上級)のさらに上。数年に一人出るか出ないかの逸材。  セラはキョトンとしているが、そのポテンシャルは学園トップクラスだと証明された。


「次、エド・ラインガルド」


 俺の番だ。  俺は剣を揺らしながら前に出た。水晶に手を触れる。  ……反応なし。無色カラーレス


「……魔力ゼロ。不合格!」  貴族たちの爆笑。「金色の後のオチ担当かよ!」


 俺はため息をつき、ポケットの中のレプリカ宝玉にアクセスした。  基準はわかった。青がエリート候補、金がトップクラス。  なら、俺はそのさらに上、**「指導者層」**の領域を見せてやる。


 『――リリース。出力アウトプット マックス!!!』


 ズガガガガガッ!!


 瞬間、俺の体内を灼熱の業火が駆け抜けた。  全身の魔術回路パスに、許容量を遥かに超える高圧電流が流し込まれる。


(ぐっ……がぁぁぁぁぁっ……!!)


 激痛。  血管が沸騰し、神経が焼き切れるような感覚。本来の俺の貧弱な回路なら、一瞬で炭化してショック死していただろう。  だが、俺は倒れない。悲鳴一つ上げず、奥歯が砕けるほど食いしばって耐える。


(耐えろ……耐えろ俺の体!!)


 この3年間、A級冒険者である父ルークと死ぬ気で鍛え上げた肉体がある。  毎日泥まみれになって振った剣。打ちのめされ、何度も骨を折ってはポーションで再生して作り上げた、鋼のような筋肉と精神力。  それが今、崩壊寸前の回路を、物理的な頑強さで無理やり繋ぎ止めているのだ。


 俺は口の中に広がる鉄の味(血)を飲み込み、涼しい顔を装って水晶を握り潰すように力を込めた。


 カアアアアアアッ!!


 水晶が、太陽のように爆発的な**「白銀の閃光プラチナ・シルバー」**を放った。  金色すら飲み込む、純粋な光の暴力。  測定器の針が振り切れ、キーンという音が会場に響く。


「な、なんだ今の光は!?」 「金じゃない……白銀!? 宮廷魔導師団長や学園長クラスだぞ!?」 「新入生が『役職持ち(エグゼクティブ)』級の魔力だと……バカな!」


 試験官が腰を抜かして叫んだ。  貴族たちの笑い声が凍りつき、恐怖に近い沈黙が訪れる。


 インチキだと騒ぐ会場を、セシリアが現れて鎮めた。  そして最後は、そのセシリアの番だった。


 3年ぶりに再会した彼女が、静かに水晶に手を触れる。


 ――シュゥゥゥゥン……。


 光ではない。空間そのものが歪むような、高周波の振動音。  水晶が、あまりの高密度な魔力に耐えきれず、白銀を超えて変色していく。  それは、底なしの深淵を思わせる**「透明なエーテル・ブルー」**。


「ひ、ひぃ……水晶が、溶けていく……!?」 「なんだあれは……魔法使いというより、まるで動く『魔力炉』だ……」


 白銀(役職クラス)すら凌駕する、測定不能の領域。  俺は息を飲んだ。


 (3年前とは比べ物にならない。俺がレプリカで無理やり出した白銀を、彼女は『素』で超えている)


 エンジニアとしての俺の脳内シミュレーションが、彼女のスペックを弾き出す。


一般生徒(赤・緑):電卓


エリート(青):ノートPC


セラ(金):ゲーミングPC


俺+レプリカ(白銀):業務サーバー


セシリア(透明な青):……スーパーコンピュータ(量子コンピュータ)


 次元が違う。  俺の試算では、彼女の魔力供給量ハッシュレートがあれば、俺が1週間かかるレプリカ生成を、半日、いや数時間で完了できる。


 (見つけた。俺のシステムに不可欠な、最強の電力発電マシーンだ)


 俺は震える手で拳を握りしめた。  彼女をスカウトできれば、ジェネシス攻略(51%攻撃)は一気に現実味を帯びる。


 続く二次試験は実技(模擬戦)。  まずはセシリアの番だ。


「お手合わせ願います。。。」

「ええ。手短に済ませますわ」


 相手はすでに相手の魔力量を知っているためか弱腰だ。

 セシリアは優雅に杖を振った。彼女が選んだのは、魔法使いが最初に覚える初級魔法。


「――『ファイアボール』」


 誰もが知る基本魔法。だが、彼女の杖から放たれたのは、拳大の火球ではなかった。  直径3メートルを超える、燃え盛る小型の太陽だった。


「は……?」


 対戦相手が呆気にとられる。回避も防御も間に合わない。  ドゴォォォン!!  闘技場の結界が激しく揺れ、対戦相手は黒焦げになって遥か彼方へ吹き飛んだ。


「な、なんだ今の威力は!? 初級魔法の構成だったぞ!?」 「ただの質量兵器だ……」


 会場が恐怖に包まれる中、セシリアは涼しい顔で戻ってきた。


 次はセラの番だ。  相手は中級貴族の少年。彼はセシリアの試合を見て警戒し、最初から防御魔法を展開した。


「ハーフエルフが! 『魔法のマジック・シールド』!」

「……えいっ」


 セラは無邪気に杖を振った。  放たれたのは初級魔法「ウィンドカッター」。だが、その数が異常だった。


 ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン――!!


 一瞬で50発以上の風の刃が展開され、マシンガンのように敵の盾を叩く。


「くっ、防げばどうということは……!」

「えいっ、えいっ、えいっ」


 セラは止まらない。1秒間に10発ペースの弾幕が、延々と降り注ぐ。  DDoS攻撃(大量アクセスによる飽和攻撃)。俺が教えた「質より量」の戦術だ。


「ま、待て! タイム! 息つく暇をくれ!」 「ダメだよ。エドくんとの訓練は、こんなもんじゃなかったもん」


 パリンッ!  ついに盾が砕け散る。  「ひいぃぃ!」と逃げ回る相手の足元や頬を、風の刃が容赦なく切り刻んでいく。


「こ、降参! 降参だあああ!」


 相手は泣きながら地面に伏せた。  

(……ちょっと可哀想だな。セラは手加減を知らない子に育ってしまった。それはまあ、俺も一緒のこと)


 そして、俺の番。  対戦相手は、俺を一番馬鹿にしていた大貴族の少年(火魔法使い)。


「セシリア様の推薦だと? 調子に乗るなよ、剣持ちの野蛮人が! 『ファイアボール』!」


 巨大な火球が放たれる。 なかなかの魔力量だ。だが、俺は動かない。懐の宝玉からコードを走らせる。


 『術式:魔法防御アンチ・マジック・シェル


 ドォン!!  火球は俺の目の前50センチで、見えない壁に衝突して霧散した。


「なっ……無詠唱の魔法防御で防いだだと!?」

 無詠唱と詠唱した魔法結界では明らかに無詠唱のほうが強度が劣る。相手は防ぎきれない魔力量をぶつけてきたと思っているはずだが、母直伝の防御魔法がこの程度で破られるわけがない。

 驚愕する少年に、俺は冷ややかな視線を向ける。


「防戦だけじゃ合格できないんだろ? ……なら、少しだけ見せてやる」


 俺は剣を突き出し、宝玉から母直伝の「上位魔法」の構成を読み込んだ。  膨大な魔力が剣先に収束する。  貴族の少年が放った魔力の、およそ5倍。  その圧倒的な質量差に、空気がビリビリと震える。


「――『雷帝の鉄槌トール・ハンマー』」


 ズガアアアアアアアン!!!


 俺はわざと狙いを外し、少年の真横の壁を撃ち抜いた。  爆音と共に、闘技場の壁が消滅する。  黒焦げになった壁の余熱が、少年の頬を撫でた。


「ひ……あ、あ……」


 少年は腰を抜かし、失禁しながらへたり込んだ。  魔法の威力だけではない。生物としての「格(魔力量)」の違いを見せつけられ、本能が降伏を選んだのだ。


「……降参か?」

「は、はいぃぃ……!」


 俺が剣を納めると、会場はシーンと静まり返った。  誰の目にも明らかだった。  この平民(剣士)は、化け物だ。


 試験終了後。学園長の判断が下された。


「今年の志願者は豊作じゃな。……以下の3名を**『Sクラス(特待生・エリート)』**とする」


 呼ばれた名は3つ。  セシリア・ベルン。  セラフィナ・シルフィード。  そして、エド・ラインガルド。


「なっ……平民とハーフエルフがSクラスだと!?」 「前代未聞だぞ!」

 

 やはり魔力至上主義の国だからか、魔力が多ければ特別待遇なのだなと痛感した。


 周囲の嫉妬と羨望の眼差し。  だが俺は並んで立つセシリアと、相棒のセラを見て確信した。


 最強の演算装置セシリアと、最強のチューナー(セラ)。  この二人が同じクラスになった。


 Sクラスという最高の環境で、優秀な人材を俺のチームに引き入れる。  そうすればレプリカの量産体制は完成し、ジェネシス買収計画プロジェクトは一気に加速する。


 ガレリア帝国に戻ってきて、いろいろと思うところはある。  母の実家のこと、この国の歪んだシステムのこと。  哀愁がないと言えば嘘になる。


 だが、俺はここで、もう一度始めるんだ。  金色のSクラスバッジを握りしめ、俺は魔王への第一歩を踏み出した。

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