宝玉のレプリカ
15歳になった。 ベルン伯爵邸での出来事から3年。俺はルベリア村で、狂ったようなルーティンワークをこなしていた。
午前は父との剣術修行。 午後は母の魔導書による理論学習。 そして夕食後は――俺の本職である**「宝玉生成」**の時間だ。
俺の机の上には、道具は一切ない。 あるのは、俺の手のひらの上で明滅する、複雑極まりない幾何学模様の光だけだ。
俺が行っているのは、物理的な工作ではない。**「結界魔法と演算」**だ。 空間に展開した結界の中に、特定の条件を満たす魔力配列を総当たりで入力していく。 数万回に一度、「正解」の配列が見つかると、結界がカチリと音を立てて固定化(確定)される。これが「1ブロック」だ。
「第4096層……ハッシュ値承認。次へ」
前の層の魔力情報を暗号化して次の層に織り込み、さらに新しい結界を被せる。 この「鎖」を延々と繋いでいく作業。 それはまさに、膨大な計算量(Proof of Work)によって価値を担保する、ビットコインの生成プロセスそのものだった。
パキィン……。
数万層におよぶ結界の圧縮が臨界点を超えた瞬間。 魔力という「情報」が、物理的な「質量」を持って実体化した。 淡く青白く光る、ガラス玉のような結晶体。俺の作ったレプリカだ。
「よし、今週のノルマ達成。……これで5個目か」
1週間に1個。これが今の俺の演算能力の限界だ。
俺は懐から、オリジナルの**『ジェネシス(紫の宝玉)』**を取り出し、自分が作ったレプリカと見比べた。
この3年で、俺はジェネシスの正体を完全に解明していた。 これは単体の魔導具ではない。 **「世界規模の結界ネットワークを構成する、端末の一つ」**だ。
魔眼で宝玉の深層を覗き込むと、驚くべき光景が見える。 この宝玉から、目に見えない何本もの「通信パス」が、空の彼方へと伸びているのだ。 その接続先は一つや二つではない。
「……数百、いやもっとか」
ジェネシスは世界中に複数個――おそらく数百個以上が存在している。 おそらく、1000年前に勇者サトシ・ナカモト(俺たち)が残したジェネシスは一つではない。
それらは常時、魔力波で互いに通信し合い、**「存在証明」**を行っているのだ。 仕組みはこうだ。 『宝玉A』が攻撃を受けて結界が揺らぐと、即座に『宝玉B』『宝玉C』がそれを検知する。 そして、「Aの状態は異常である」とネットワーク全体が判断し、外部からの修復魔力を転送して、Aを正常な状態に強制ロールバックさせる。
これが、ジェネシスが「破壊不能」であり「傷一つつかない」理由だ。 一つを壊すには、世界中に散らばるすべてのジェネシスを、同時に、一瞬で破壊しなければならない。 まさに**「分散型台帳技術」による、物理的な無敵化**。
さらに、このネットワークを使えば、遠く離れたジェネシス同士で**「魔力交換(P2P送金)」**も可能だ。 堅牢なセキュリティと、世界規模の送金網。1000年前の俺たちは、完璧なインフラを構築していたのだ。
「エドくん、また難しい顔してる」
縁側に座って俺を見ていたセラが、呆れたように言った。 15歳になったセラは、エルフの血のおかげか、村一番の美少女に成長していた。
「セラか。……どうも『処理遅延』が解消できなくてな」
俺の悩みは、宝玉に命令してから発動までのコンマ数秒のラグだ。
「どれどれ?」
セラが近づき、浮遊する宝玉にそっと手を触れた。 彼女はコードなんて読めない。だが、エルフ特有の「魔力回路の視覚化能力」がある。
「うーん、ここ、流れが詰まってるよ。もっとこう、サラサラ~って流したほうがいいの」
彼女が魔力を流し込む。 すると、複雑に絡み合っていた俺の結界構造が、驚くほどシンプルに整頓されていく。 まるで、熟練のエンジニアがデータベースのクエリを最適化したようだ。
「……すげぇ。反応速度が30%も向上した」 「えへへ、どう?」
セラが得意げに胸を張る。 俺の「論理」と、セラの「感覚」。 この二つが噛み合い、宝玉システムはようやく実戦レベルに到達した。
休憩中、俺たちは並んで空を見上げた。
「ねえエドくん。どうしてそんなに一生懸命、その玉を作ってるの?」
「俺は、このレプリカ宝玉を世界中にばら撒きたいんだ」
俺はレプリカを弄びながら語った。
「このレプリカには『スマートコントラクト』という機能がある。例えば、『魔物を倒したら自動で報酬が支払われる』とか、『怪我をしたら自動で治癒魔法が発動する』といった契約を、不正なく実行できる」
「すごい……! そんなのが広まれば、みんな安心して暮らせるね」
セラは感動したように目を輝かせた。 ……嘘ではない。だが、それは資金集め(ICO)のための事業計画に過ぎない。 俺は心の中で、誰にも言えない**「真の目的」**を確認する。
(俺の狙いは、このレプリカ経済圏で『資本』を作ることだ)
レプリカを普及させ、便利さを人々に売り込み、莫大な富と魔力を集める。 そして、その力を使ってやることは一つ。
世界中に散らばる『数百個のジェネシス』を買い占めることだ。
ジェネシスは「単機能」ゆえに、スマートコントラクトのような複雑なことはできない。しかし、ネットワークの「基盤」としての権限は絶対だ。 外部からのハッキングは不可能。だが、**「正規の所有者」**になることはできる。
市場から買い集めるか、力ずくで奪うかして、数百個あるジェネシスの過半数を手元に集める。 そして、俺がネットワーク全体の**51%**を保有した瞬間――。
**「51%攻撃」**が成立する。
過半数の合意形成を俺一人が握れば、ジェネシスのネットワーク自体を「正当な手続き」として書き換えることができる。 その時こそ、俺は**宝玉の「管理者権限」**を手に入れ、真の魔王となる。
なぜ魔王になるのか? 理由は二つある。
一つは、かつての仲間に会うため。 『魔王と勇者は対になる』。俺がシステムを掌握し、魔王という「特異点」になれば、世界システムが反応し、かつての仲間たち(勇者)をこの時代に召喚するはずだ。
そしてもう一つは、かつて俺たちが作ったビットコインのように、**「管理者がいなくても永続するシステム」**を完成させること。 国や王に支配されず、数式と魔力だけが支配する、真に公平な世界。 それを完成させることこそが、エンジニアとしての俺の復讐であり、夢なのだ。
翌日、俺は両親に宝玉の魔法を披露した。 5つのレプリカ宝玉が連動し、庭の大岩を一瞬で粉砕する。 それは魔法というより、見えない巨人が拳を叩きつけたような物理的な破壊だった。
「たまげたな……。A級冒険者の魔法使いでも、これほどの威力はないぞ」
「魔力消費も抑えられているわ。これなら、エドちゃんに魔力がなくても戦えるわね」
父と母も、独自の結界理論で組み上げられた「魔法の自動発動システム」に感嘆していた。
「父さん、母さん。俺、王都へ行きたい」
俺は切り出した。 今の俺には、圧倒的にリソースが足りない。数百個のジェネシスを買い集めるための資金も、情報も、ここにはない。 何より、ビジネス(レプリカ)を世界に広げるには、経済の中心に行かなければならない。
「そう言うと思ってたわ」
母が笑って、封筒を取り出した。 『王立魔法学園・入学試験案内』。
「すでに取り寄せておいたわ。来月が試験よ」
「母さん……!」
「金ならあるぞ」
父が革袋をドンと置いた。中には金貨がぎっしり入っている。 この3年間、父がA級冒険者として命がけで稼いだ金だ。
「俺は学がないから、お前に剣しか教えてやれなかった。だが、金ならいくらでも出してやる。……行ってこい、エド。お前の信じる道を突き進め」
父の不器用な愛に、目頭が熱くなる。 かつて「無能」と呼ばれた父子が、今はそれぞれの力で未来を切り開こうとしている。 俺は深く頭を下げた。
「ありがとう。……必ず、結果を出してくる」
こうして、俺とセラは王都アレスティアへ向かうことになった。 セラは魔法の才能が両親にも伝わったようで、入学試験の受験を許されたのだった。まあ、俺の母の教育方法が良すぎるというのもある。
目指すは魔法学園。そしてその先にある「魔王」の座。 魔力ゼロのエンジニアが、世界システムを買収する旅が、ここから始まる。




