サトシ・ナカモト
石畳を駆ける馬車の心地よい揺れ。 俺と両親は、領主であるベルン伯爵の屋敷へ向かっていた。
「まさか、貴族様の家に招待されるなんてな」
父ルークは、新調した礼服の襟を触りながら照れくさそうに笑った。 だが、その顔にかつての卑屈さはない。 先日の護衛任務で、父はベルン伯爵を魔物の手から救い出した。魔法が使えないながらも、ポーションによる火属性付与を駆使し、見事な剣技で敵を撃退したのだ。 今や父は、「魔法も使える凄腕の剣士」として、この地方で一目置かれる存在になっていた。
(父さんの剣技は本物だ。俺が与えたのは、ちょっとした『燃料』だけさ)
俺が心の中で呟くと、父は嬉しそうに俺の肩を叩いた。
「そういえばエド。俺、**『A級冒険者パーティー』**に正式に迎え入れられることになったんだ」
「えっ、A級!? すごいじゃないか父さん!」
「ああ。魔法剣士としての腕を買われてな。リーダーも気さくな奴で、『お前の剣なら背中を預けられる』と言ってくれたよ」
父は窓の外を眺めながら、噛みしめるように言った。
「今度、お前にも合わせてやるよ。……仲間がいるっていうのは、いいもんだな」
その言葉に、俺の胸がズキンと疼いた。 孤独だった父に仲間ができたことは、息子として心から嬉しい。 だが同時に、俺の脳裏には前世の記憶が鮮明に蘇っていた。
(仲間、か……)
俺にもいた。 背中を預け、世界を変える夢を語り合った最高の仲間たちが。 ビットコインを作った7人の創設者たち。 リーダーのサイガ、ハードウェアのシオン、経済のナッシュ、暗号のカイス、通信のモーガン。 ……そして、裏切り者のトニー。
あいつらも、この世界のどこかに転生しているはずだ。 みんな何をしているんだろうか? 俺のように記憶を持って、無事に転生できただろうか?
俺は自分の手を見つめた。 正直、生きるのに必死で、今まで仲間を探す余裕なんてなかった。 魔力がゼロで、無能と蔑まれ、這い上がるだけで精一杯だったからだ。
だが、今は違う。 魔眼の使い方も分かり、魔石によるエネルギー供給も確立した。魔物狩りで稼ぐ力も付き、一人で行動することもできる。 そろそろ、次のフェーズへ移る時だ。
(俺が力をつけ、名を上げて『サトシ・ナカモト』の名を世界に普及させれば……あいつらは必ず気づく)
この世界で有名になれば、それが狼煙になる。 だからこそ、今日は重要だ。 ここで貴族との強力なパイプを作っておくことが、仲間との再会への最短ルートになるはずだ。
ベルン伯爵邸は、城のように巨大だった。 煌びやかなシャンデリアの下、伯爵が出迎えてくれた。
「よく来てくれた、英雄ルーク殿! そして奥方のリシア殿も」
伯爵は母を見て、深々と頭を下げた。
「まさか、結界魔法の名門シルバ家のリシア嬢だったとは。貴女が魔法学園を去った時、学会は大騒ぎでしたぞ」
「……お恥ずかしい限りです。今はただの、一児の母ですので」
母は謙遜したが、伯爵の態度は敬意に満ちていた。かつては蔑まれていた我が家だが、実力さえ示せば評価は覆る。
「紹介しよう。娘のセシリアだ」
伯爵の後ろから、一人の少女が現れた。 年齢は10歳。銀色の髪に、透き通るような青い瞳。人形のように整った顔立ちだが、その瞳には大人びた知性が宿っていた。
「初めまして、セシリア・ベルンです」
優雅なカーテシー。 俺の魔眼が、彼女のステータスを弾き出す。
Mana Capacity: Grade A
(……化け物か) 俺は息を飲んだ。この若さで、すでに熟練の魔法使いである母と同等の魔力量を持っている。 これが帝国の「天才(上澄み)」か。 セシリアは俺を一瞥したが、魔力を感じない俺には興味がないようで、すぐに視線を外した。
これは嫌われてしまっただろうか。。。
隣同士にいても彼女は無言で、俺から話しかけても無視されてしまった。
食後のサロンで、伯爵が「面白いものをお見せしよう」と、黒い立方体を持ってきた。 表面には幾何学的な紋様が刻まれている。
「最近、古代の遺跡から発掘された『開かずの箱』だ。宮廷魔導師に見せても、強力な結界がかかっていて手が出せんと言うのだよ。これを開けることができればお礼をしよう」
「こじ開ければいいんじゃないのか?」
父ルークがノリノリで一番に名乗りを上げた。
腕が二倍になるほどに力み、さらに身体能力向上の魔法で筋力を上げる。
物理防御では簡単に破れそうなほどのパワーだったが、開かずの箱はびくともしなかった。
父は諦めて肩を落とした。
「そう落ち込む出ない。力ではどうにかなるものではないのだ」
伯爵はそう励ました。
次は天才セシリアが挑んだ。彼女は小さな手から膨大な魔力を放出し、こじ開けようとする。
「……んん」
バチバチと火花が散るが、箱は傷一つ付かない。
彼女は額に汗を浮かべ、首を横に振った。
「無理ですわ、お父様。これは魔力で壊せるものではありません。構造が理解不能です」
次は母リシアが解析を試みる。 だが、母もすぐに溜息をついた。
「お手上げです。この結界魔法、術式が複雑すぎて……解析するだけで数年はかかります」
「ふむ、リシア殿でも無理か……」
伯爵が残念そうに箱を下げようとした時、俺は手を挙げた。
「あの、僕も見ていいですか?」
セシリアが怪訝な顔をする。「貴方に何ができるの?」という目だ。
俺は箱を受け取り、魔眼を全開にした。
――視界が反転する。 箱の表面に張り巡らされた結界。それは魔法陣などではなかった。
(……は?)
そこに浮かび上がっていたのは、見慣れたアルファベットと数式の羅列。 if (hash(input) == target) { open(); } それは、前世の世界で使われていたプログラム言語。 しかも、使われている暗号化方式は**「SHA-256」**。ビットコインのマイニングに使われるハッシュ関数そのものだ。
(間違いない。これは『あいつら』の誰かが作ったものだ)
この結界は、力では開かない。 正しい「秘密鍵」を入力した時だけ、プログラムが作動して解錠される仕組みだ。 俺はそのコードの深層に、コメントアウトされたヒントを見つけた。
// Hint: The Birthday of Genesis
ジェネシス・ブロックの誕生日。 この世で俺たちしか知らない、ビットコインが最初に稼働した日付。
俺は指先で、箱の表面にある装飾をキーボードに見立て、特定の順序で押した。 『2・0・0・9・0・1・0・3』
カチリ。 電子音が鳴り響き、黒い箱がひとりでに展開した。
「なっ……!?」
サロンが静まり返った。 伯爵が目を丸くし、母と父が口を開けている。 そして誰より驚いたのは、セシリアだった。
「う、嘘……開いた?」
彼女は駆け寄り、俺の手元を凝視した。 宮廷魔導師も、天才である自分も解けなかった謎を、この少年は一瞬で解いたのだ。
「ど、どうやったの? 今の指の動き……何か法則が?」 「ええ。この結界は『力』で開ける鍵じゃなくて、『知恵』で開けるパズルだったんですよ」
俺が笑いかけると、セシリアの頬がカッと赤く染まった。 彼女は俺の顔と、開いた箱を交互に見つめ、小さな声で呟いた。
「……すごい」
その瞳から、侮蔑の色は消えていた。 代わりに宿っていたのは、未知の知性に対する、強烈な憧れと好意だった。
「でも、なんで泣いているの?」
気づかないうちに、かつての仲間のメッセージを見て俺は泣いていたのだった。
5.S級バッテリー「魔水晶」
箱の中には、金銀財宝や古代の装備品がぎっしりと詰まっていた。 伯爵は興奮して言った。
「素晴らしい! エド君、君はこの箱を開けた英雄だ。中身を一つ、好きに持っていくといい」
俺の目は、宝石の山に混ざっていた**「球体の紫色な結晶」**に釘付けになった。 一見、ただの綺麗な球体の水晶だ。 だが、魔眼で見ると、その異常性が分かる。
Object: Magic Crystal Density: Infinite Barrier Type: Compression
(……これだ)
この石は、天然の宝石ではない。 「強力すぎる結界魔法」によって、魔力を極限まで圧縮し、物理的な固体として固定化したものだ。 あまりに結界が強固すぎて、魔眼がなければただの「硬い石」としてしか認識されない。 だが、これは半永久的に使える超大容量バッテリーだ。
「これを頂けますか?」 「その水晶でいいのか? もっと高価なダイヤもあるぞ。それは傷一つ付かないから、加工できなくて宝石としての価値は低いのだが」
「ええ、これがいいんです」
俺は水晶を握りしめ、内心ガッツポーズをした。 これで、ポーションがなくても魔法が撃ち放題になる。
「私は古物装備にめがなくてね、みるに勇者サトシ・ナカモトの遺物だ。」
「……え? 今、なんと?」
「ん? サトシ・ナカモトだよ。500年前に世界を救った伝説の勇者の名前だ」
500年前? 俺は耳を疑った。 俺たちが死んだのは、つい10年前のはずだ。それが500年前の伝説?
そうか、俺は何を喜んでいたんだ。古代のものならそれくらいの年月が経っているのが必然。
タイムラグがあるのか……? 俺が転生するより遥か前に、仲間の誰かがこの世界に来て……そして、もう死んだのか?
血の気が引いた。 仲間を探すために、この世界でのし上がろうとしていた。 なのに、もう死んでいる?もしかして、この時代に転生したのは俺だけ?
俺が青ざめていると、セシリアが心配そうに袖を引いた。
「どうしたの、エド君? 顔色が悪いわ」
「……いや。サトシ・ナカモトに、会いたかったなって思って」
「会いたい? 500年前の人に?」
「ああ、でももう会えないよな」
俺は力なく笑った。 だが、セシリアは不思議そうに首を傾げ、とんでもないことを言った。
「あら、知らないの? 今は勇者様は死んでしまったけど、もしかしたら会えるかもよ」
「どうやって?」
「エド君はこの伝承を知らないの? 勇者様は魔王を倒す存在だから、魔王が生まれるたびに輪廻転生をするって」
「そうなのか」
「ええ。この世界の理よ。魔王という強大な闇が生まれた時、世界は均衡を保つために、必ず勇者を転生させるの」
セシリアは、帝国の歴史を語り始めた。 過去に3度――500年前、450年前、200年前。 魔王が現れるたびに、必ず**「サトシ・ナカモト」**と名乗る勇者が現れた。 勇者は「輪廻転生」のスキルを持ち、魔王の出現に合わせて、記憶を引き継いで勇者の一族に降りてくるのだという。
(……なんだそのシステムは) (まるで、魔王というウィルスを検知したら、勇者というワクチンが自動インストールされる仕組みじゃないか)
俺は震えた。 つまり、あいつらはまだこのシステムのどこかにいる。 そして、あいつらに会うための条件はたった一つ。
俺が「魔王」になって、世界システムのトリガーを引くこと。
俺はセシリアの両肩を掴んだ。
「セシリアさん! 魔王になるにはどうすればいい!?」
「えっ!? ま、魔王? あなたが?」
セシリアは目を白黒させたが、俺の真剣な目に押されて答えた。
「こ、この世界には『天頂職』というものがあるの。剣聖、大賢者、勇者……そして世界を統べる魔王。それぞれの職には極意書があって、魔王になるには『魔王の書』が必要だと言われているわ」
「魔王の書……!」
目標は決まった。 俺はこの国でのし上がり、『魔王の書』を手に入れる。 そして魔王となり、500年の時を超えて、かつての仲間たちをこの世界に呼び戻す。
「ありがとう、セシリアさん。俺、魔王になるよ」
「……はい?」
「勇者サトシ・ナカモトにまた会うんだ」
ポカンとする天才少女を置いて、俺はニヤリと笑った。 待ってろよ。 俺がラスボスになって、最高の同窓会を開いてやる。




