初狩り
「いいかエド。この魔石は、金になる」
森の入り口で、父ルークは真剣な顔で言った。 腰には鉄の剣、背中には大きな麻袋。
「お前の作った『魔石水』は確かに画期的だ。だがな、魔石は貴重な換金アイテムでもある。全部飲んじまったら、明日のパンも買えなくなるぞ」 「う……ごもっともで」
我が家の家計は、父の狩りに依存している。魔法使いとしての修行も大事だが、まずは食っていかねばならない。 今日は俺の実戦デビュー兼、生活費を稼ぐための狩りだ。 後ろには「私も行く!」とついてきたセラもいる。父は「まぁ、浅いエリアならいいか」と楽観的だった。
「よし、まずは俺の手本を見ろ」
森に入ると、父の雰囲気が一変した。 それまでの良きパパの顔が消え、研ぎ澄まされた刃物のような殺気が漂う。 茂みから、凶暴なワイルド・ボア(魔猪)が飛び出してきた。
「グルァッ!」 「……遅い」
父が踏み込む。 俺の魔眼ですら、その動きを捉えるのに処理落ちしそうになった。 速いのではない。「予備動作」が極限までゼロに近いのだ。 剣閃が走る音すらしない。すれ違いざま、ボアの首がゴロリと落ちた。
「す、すげぇ……」 「おじさん、すごーい!」
俺とセラは口を開けて見入っていた。 普段の稽古がいかに「手加減(接待プレイ)」だったか、痛感させられる。 魔法が使えない? 関係ない。物理法則を無視した動きをされたら、ほとんどの魔法使いは詠唱する間もなく斬り伏せられるだろう。
その後、俺とセラもゴブリン相手に初戦闘を行った。 鉄の剣はずしりと重いが、魔物の魔力の流れは読みやすく、この予測線があれば恐れることはない。 ゴブリンの粗雑な攻撃を最小動作で躱し、首を刎ねる。
「ウィンド・カッター!」
セラも負けていない。彼女の風魔法は鋭く、遠距離から魔物を切り裂いた。 戦闘が終わると、父による「解体講座」が始まった。
「魔石は心臓の近くにあることが多い。こうやって腹を裂いて……」
父がナイフを入れる。内臓がこぼれ落ち、強烈な鉄錆と獣の臭いが鼻をつく。 ゲームのようなドロップアイテムではない。 生暖かい血の感触。奪った命の重さ。
「うっ……」
俺は吐き気をこらえながら、ぬるりとした腹の中に手を突っ込み、硬い感触を探り当てた。 取り出したのは、小指の先ほどの黒い石。まだ温かい。
「よくやった。それがお前の初戦利品だ」 「……うん」
俺は魔石を布で拭い、大事にポケットにしまった。 これはただの石じゃない。生きる糧だ。
数日後、俺とセラは家の裏庭で模擬戦を行っていた。 審判は母リシアだ。
「いくよ! ウィンド・バレット!」
セラの魔法は速い。 俺が1回魔法を構築する間に、彼女は3発の風の弾丸を放ってくる。 まるでマシンガンだ。エルフの血による演算速度と、天性の感覚。 俺は剣術で培ったステップで回避に専念するしかない。
(くそっ、弾幕が厚い! 近づけねぇ!)
「そこまで!」
母が手を叩く。 息を切らす俺に対し、セラはまだ余裕そうだ。
「エドは、術式の構成が無駄なくていいわね。威力と効率なら高学年の魔法使いにも負けないわ。……でも、セラの展開速度は異常ね。私より速いかも」
母の言葉に、セラがえへへと照れる。 悔しいが、才能の差を感じる瞬間だ。
「さて、攻撃だけじゃだめよ。今日は私の専門分野、『防御魔法』を教えるわ」
母が指を鳴らすと、半透明の黄金色の球体が彼女を包み込んだ。 父が小石を投げつけるが、キンッという高い音と共に弾かれる。
「これは『物理防御』。物理衝撃に対して硬度を最適化しているの。そしてこっちが……」
結界の色が青に変わる。
「『魔法防御』。魔力の波長を中和する結界よ。エドちゃん、この構造をよく見て覚えなさい」
俺は魔眼を見開き、母の結界のソースコードを脳に焼き付けた。 この時の学びが、俺たちの命を繋ぐことになる。
父ルークは、貴族の護衛任務のため、遠くの街へ出稼ぎに行っていた。 最近、「ハイクラスの魔物」の目撃情報があり、街道の警備が強化されているらしい。報酬が良いので父が抜擢されたのだ。
「森の浅いエリアなら、エドとセラだけで行ってもいいぞ。ただ、森の深いところはダメだ」
父の許可を得た俺たちは、森の浅いところに向かった。 今日の成果は上々。麻袋いっぱいの魔石と薬草を抱え、俺たちは夕暮れの森を歩いていた。
「エドくん、今日は大漁だね!」 「ああ。これでしばらくは困らないな」
完全に浮かれていた。 俺の剣と魔法、セラの速射があれば、このあたりの魔物なら敵ではない。 そう慢心していた俺たちの足を止めたのは、ピタリと止んだ鳥の声だった。
「……エドくん?」 「下がるんだ、セラ」
森の奥から、腐った肉と、甘ったるい血の臭気が漂ってくる。 ガサガサと茂みが揺れ、現れたのは10匹以上のゴブリンの群れ。 そしてその中心に、見上げるような巨躯が立っていた。
身長2メートル強。赤黒い皮膚。手には丸太のような棍棒。 「変異種・ハイゴブリン」。 本来なら、こんな浅いエリアにいるはずのない、Cランク冒険者パーティーが挑むレベルの強敵だ。
「グルルルルゥ……」
ハイゴブリンが咆哮する。 その圧力だけで、空気がビリビリと震えた。
「逃げ……いや、無理だ。囲まれてる」
俺たちが後退ろうとした瞬間、周囲の茂みから雑魚ゴブリンたちが一斉に飛び出してきた。完全に包囲されている。
「やるしかない! セラ、援護してくれ!」
俺は剣を抜き、先手必勝でハイゴブリンに突っ込んだ。 魔眼で動きを予測し、振り下ろされる棍棒を紙一重で回避。 ガラ空きの脇腹に、全力の斬撃を叩き込む。
ザシュッ!! 手応えあり。深々と刃が通り、鮮血が噴き出す。
「やった!」 「グルァ?」
だが、ハイゴブリンは痛痒を感じていないようで、ニヤリと醜悪な笑みを浮かべた。 次の瞬間、俺は信じられない光景を見る。 切り裂いた傷口から蒸気が上がり、肉がボコボコと泡立ちながら塞がっていく。
Self-Regeneration: Active(自己再生:発動中) Speed: High(速度:高速)
(再生能力持ち!? 物理が無効かよ!)
俺が驚愕している隙に、丸太のような裏拳が飛んできた。
「がはっ!?」
俺の体は吹き飛ばされ、地面を転がった。 一瞬、意識が飛びかけたが、本能で体を起こす。すぐさま飛びかかってきた雑魚ゴブリンの剣をかわし、カウンターで刺し殺す。 ……まずは一体。だが、肺が押し潰されたように苦しい。気が遠くなりそうだ。
「グルァッ!!」
ハイゴブリンが跳躍した。 巨体に見合わぬ速度で、丸太のような棍棒を俺たち目掛けて振り下ろしてくる。 速い。回避が間に合わない――!
「させないっ! 物理防御!」
セラが俺の前に飛び出した。 彼女が両手を広げると、半透明の黄金色の壁が展開される。 リシア母さんから教わったばかりの防御魔法だ。
ドゴォッ!!
棍棒が結界に直撃する。 だが――。
パリーンッ!!
甲高い音が響き、黄金色の壁は薄いガラスのように粉々に砕け散った。 圧倒的な質量差。セラの未熟な出力では、ハイゴブリンの怪力を殺しきれなかったのだ。
「あ……」 「セラ!!」
勢いを殺ぎきれなかった棍棒が、セラの小さな体を直撃する。 彼女は枯れ葉のように吹き飛び、大木に叩きつけられた。 ぐらり、と彼女の頭が垂れ、額から鮮血が流れる。
「ガアアアアッ!」
ハイゴブリンは追撃の手を緩めない。 今度は倒れたセラをすり潰そうと、棍棒を高く振り上げた。
「やめろぉぉぉっ!!」
俺は絶叫し、セラの体の上に覆いかぶさるようにスライディングした。 剣では防げない。魔法で迎撃しても間に合わない。 脳裏に浮かぶのは、母が見せてくれた鉄壁のイメージ。
――展開しろ。全方位、物理遮断!
「物理防御!!」
俺の全魔力を込めた、半球状の青いドームが俺たちを包み込む。 直後、ズガンッ!! と重い衝撃が走った。 頭上で棍棒が弾かれる。防いだ。
「グルァ! グルァ!!」
獲物を邪魔されたハイゴブリンが激昂し、狂ったように棍棒を乱打し始めた。 ガン! ガン! ガンッ! 一撃ごとに結界が悲鳴を上げ、俺の脳が揺さぶられる。
(くそっ……重い……!)
結界の維持には、膨大な魔力を消費する。 俺の体には魔力がない。今使っているのは、朝に飲んだポーションの残りカスだ。 魔力ゲージが急速にゼロへ向かっていく。 結界の表面に、ピキピキと亀裂が走り始めた。
「う……うぅ……」 「セラ、しっかりしろ!」
腕の中のセラは意識が朦朧としている。 このままじゃ、結界ごと潰される。 あと一発。いや、二発で限界だ。
(……もう、ダメか?)
死の予感が背筋を撫でる。 だが、その時。俺の手がポーチに触れた。 中には、今日採取した魔石で作った「マナポーション」が3本。 強烈な魔力を秘めた劇薬。一本でも許容量ギリギリだ。全部飲めばどうなるか分からない。
――ガンッ!!
結界の亀裂が広がる。 次の一撃で終わる。 俺は覚悟を決めた。本来なら数日かけて使う量だ。 だが、迷っている暇はない。俺は震える手で3本すべての蓋を弾き飛ばし、一気に喉に流し込んだ。
ドクンッ!!
心臓が破裂しそうなほど跳ね上がった。 胃の中でマグマが暴れているようだ。血管が焼き切れそうな熱量が、全身を駆け巡る。
「う、がぁあああっ!!」
(いける……この魔力量なら、本で読んだ『極大魔法』が撃てる!)
俺はボスを睨みつけた。その時――異変が起きた。
集中した魔力は、魔法(術式)にはならなかった。 代わりに、俺の**「眼」**が、ブラックホールのように魔力を飲み込み始めたのだ。
Mana Input: Over Limit System Update... Complete Magic Eye: Level 2 - Resource Full
カッ!! 視界が白く染まり、そして――世界が静止した。
「……あ?」
舞い上がる土埃。ボスの口から垂れる涎。セラの涙。 すべてが、凍りついたようにゆっくりと動いている。 いや、世界が遅いんじゃない。 俺の処理速度が跳ね上がったんだ。
俺は悟った。 今まで俺の魔力がゼロだったのは、この「魔眼」という超高性能デバイスが、常にエネルギーを飢えていたからだ。 今、過剰なほどの魔力を得た魔眼は、その真のスペックを解放した。
視界の解像度が変わる。 ハイゴブリンの赤黒い皮膚が透けて見え、その奥にある血管、筋肉の収縮、そして――胸の奥でドス黒く輝く**「核(魔石)」**の位置が、赤いマーカーでロックオンされた。
「……見える」
俺はゆっくりと立ち上がった。 ハイゴブリンの動きは、スローモーションの映像を見ているようだ。 俺はセラの体を優しく地面に寝かせると、剣を拾い上げた。
まずは邪魔な雑魚だ。 俺は静止した時の中を疾走した。 一閃。二閃。そして火炎魔法。 周囲を取り囲んでいたゴブリンたちの首が、次々と宙を舞う。 俺が足を止めた瞬間、時間差で残っていた3匹のゴブリンが一斉に崩れ落ちた。
「グルゥ……!?」
ハイゴブリンが目を白黒させている。 俺はボスの前に立ちふさがった。
「セラ! 聞こえるか!?」
俺の声に、薄れかけていたセラの意識が戻る。
「エド……くん?」 「他のゴブリンは片づけた! 俺がハイゴブリンの注意を引く、お前は援護してくれ!」
セラは痛む体を起こし、残った魔力を振り絞った。
「う、うん! ウィンド・バレット・連射!」
彼女の才能が爆発する。 機関銃のような風の礫が、ボスの顔面に集中砲火を浴びせた。 ダメージは浅いが、ボスは顔を覆ってのけぞった。
「グギャアアッ!」
その一瞬の隙。 俺には、ボスの胸板の奥にある「核」への直線ルートが、光のラインとして見えていた。
「そこだ(ターゲット・ロック)!!」
俺は地を蹴り、矢のように突き進んだ。 ボスの再生能力など関係ない。再生の源そのものを砕く。 鉄の剣が、分厚い胸板を紙のように貫き、その奥にある硬い石を粉砕する感触が手に伝わる。
パリーンッ!
硬質な破壊音と共に、ボスの動きがピタリと止まった。 巨体がゆっくりと傾き、地響きを立てて倒れる。 今度は、もう再生しなかった。
* * *
満身創痍で家にたどり着いたのは、夜も更けた頃だった。 家で食事の用意をしていた母リシアは、俺たちのボロボロの姿を見るなり、顔色を変えて駆け寄ってきた。
「エド! セラちゃん! どうしたのその怪我!?」 「ごめん、母さん……ちょっと、ボスゴブリンが出て……」
事情を話す間もなく、俺たちは母に強く抱きしめられた。 母の体は震えていた。俺たちが生きて帰ってきたことへの安堵と、失うかもしれなかった恐怖で。
その夜、俺とセラは傷の手当てをされた後、母から涙ながらの説教を2時間たっぷり食らった。 正座する足は痺れたが、俺たちの顔には、確かな安堵と成長の実感が宿っていた。 俺たちは生き残り、そして自分たちの力で「壁」を越えたのだ。




