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ゼロからのスタート

第2章 禁断の「飲む魔石」と、父の涙

 魔石。  この世界では「魔物の排泄物」や「不浄な換金アイテム」として扱われる、黒くて歪な石塊。  俺は、この石からエネルギーを取り出す方法を探るため、村にある書物を片っ端から調べた。  だが、結果は惨敗だった。


「……記述がない。1行も」


 母リシアに聞いても、 「学校では習わなかったわね。汚いものだから、絶対に触らないように言われていたわ」  と、眉をひそめるだけだった。  どうやら、この世界の人類にとって、魔石とは「触れるだけで病気になる」と信じられている忌避対象らしい。エネルギー源として認識すらされていないのだ。


(なら、俺が最初の発見者になるだけだ)


 俺は裏庭で実験を繰り返した。  石を金槌で叩き割ってみる。粉々に砕いてみる。  だが、物理的に破壊すると、内包された魔力は数秒で霧散し、空気に溶けて消えてしまう。魔法陣の中に置いてみても、まったく反応しない。  俺の「魔眼」は、魔石の中に膨大なデータ(魔力)が眠っていることは教えてくれるが、その「解凍パスワード」までは教えてくれなかった。


 手詰まりかと思われたその時、ヒントをくれたのは、村で出来た唯一の友人だった。


「エドくん、なに難しい顔してるの?」


 声をかけてきたのは、少し尖った耳と、新緑のような緑色の瞳を持つ少女、セラだった。  彼女は人とエルフのハーフだ。  この異世界において、エルフと人間はあまり仲が良くない。さらにハーフともなれば、どちらの種族にも居場所はない。  彼女も村の子供たちから「耳長」といじめられていたのだが、俺がそのいじめっ子たちを木の棒で成敗したのをきっかけに、俺に懐いてくれていた。


「セラか。……ちょっと聞きたいんだけど、エルフって『自然の魔力』を取り込めるって本当?」 「うん、できるよ。お母さんに教わったの」


 セラは得意げに小さな胸を張ると、その場で目を閉じ、深く息を吸い込んだ。


「こうやってね、深呼吸をして、空気中のキラキラした光を、おへその下に入れるイメージをするの」


 俺は魔眼で注視する。  驚いた。セラの体内には、人間には存在しない特殊な魔力回路が存在していた。  呼吸と共に取り込まれた外界の魔力が、肺にある回路を通って魔力タンクへと変換・蓄積されている。  しかし、そもそも空気中の魔力濃度は限りなく薄いため、大した魔力回復にはなっていなかった。


(なるほど……人間にはこの肺にある『摂取回路』がないから、外部の魔力を取り込めないのか)


 逆に言えば、回路さえ繋げば、人間も外部魔力を摂取できる可能性がある。  本によれば、人間は睡眠と食事でしか魔力を回復できない。  だが、食事からではなく、もっと高濃度の魔力源を、直接体内に取り込めば……?


 俺の視線は、手元の「魔石」に落ちた。  魔物の体内から出た石。  土と鉄錆のような臭いがする。汚い。不衛生だ。常識的に考えて口に入れるものではない。  だが、エンジニアとしての好奇心が、常識を凌駕した。


 俺は意を決して、小指の先ほどの魔石をつまみ上げ、口に放り込んだ。  ゴクリ、と飲み込む。


 セラが目を丸くして、あたふたと俺の肩を揺する。 「え!? い、石なんか飲みこんじゃだめだよエド! お腹壊しちゃう!」 「……っ!?」


 瞬間、胃のあたりがカッと熱くなった。  魔眼で見ると、胃壁に触れた魔石から濃厚な魔力が溶け出し、俺の血管(魔力回路)へと直接**強制接続アクセス**されているのが見えた。


 ドクン、と心臓が跳ねる。  全身を駆け巡る奔流のようなエネルギー。  普段は魔眼に吸われて枯渇している俺の魔力ゲージが、一気に満タンに振り切れる。


「いける……!」


 俺は庭の木に向かって手をかざした。  イメージするのは、基本的な「火」の魔法。


「――着火イグニッション


 ボッ!  俺の指先から、明確な火球が放たれた。  それは、魔力ゼロの俺が初めて放った、まごうことなき「魔法」だった。


「すごい! エドくん、魔法使えたの!?」 「ああ……セラ、君のおかげだ!」


 俺は嬉しさのあまり、無意識にセラの手をぎゅっと握りしめた。  セラの白磁のような肌が、耳の先まで真っ赤に染まる。


「あ……ぅ……」 「あ、ごめん」 「う、ううん! ……じゃあ、一つお願いしてもいいかな?」


 セラは上目遣いで、もじもじしながら言った。


「今度、エドの家で一緒に魔法の勉強してもいいかな? 私、ずっと感覚で魔法を使ってきたから、ちゃんと勉強したいんだ」 「そんなことでいいのか? セラだったらいつでも家に来いよ。大歓迎だ」 「本当に! 嬉しい。ありがとう!」


 セラは花が咲いたような笑顔を見せた。  ……彼女のおかげで、俺はとんでもない発明をしてしまったようだ。


   *   *   *


 その後、俺は改良を重ねた。  石のまま飲むと消化に悪いし、吸収に時間がかかる。  俺は魔石をすり鉢で粉末状に砕き、水に溶かして一気に飲み干す実験を行った。  結果は良好。即効性があり、魔力回復速度も段違いだ。


 この世界では、減った魔力を回復するには「睡眠」をとるしかない。  だが、この「魔石水」を使えば、戦闘中でも一瞬で魔力を全快にできる。  俺は、世界初の**「マナポーション(魔力回復薬)」**を発明してしまったのだ。


   *   *   *


 数日後。今日は父ルークの誕生日だ。  狭いながらも温かい我が家の食卓には、母の手作り料理が並んでいた。  鳥の丸焼き、とろけるチーズ、焼きたてのパン、具だくさんの野菜スープ。


「父さん、誕生日おめでとう。俺からのプレゼントがあるんだ」


 そういうと俺は、掌の上に小さな火の魔法を灯してみせた。


「エド、魔法が使えるようになったのか!」


 父は椅子から立ち上がり、自分のことのように歓喜した。  だが、俺は首を振る。


「プレゼントはまだあるんだ」


 俺は小瓶に入った青い液体――自作のマナポーションを差し出した。


「なんだこれは? ジュースか?」 「いいから、飲んでみて。……あと、母さん、ちょっと手伝って」


 父が不思議そうに小瓶を一気飲みする。  同時に、俺は母に目配せをした。母には事前に、俺が魔法を使えるようになったこと、そして今日、父にも魔法を使わせてあげることを伝えてある。  母は優しく微笑み、父の背中に手を添えた。


「あなた、右手を前に出して。……炎をイメージして」 「え? いや、リシア、俺には魔力が……」 「いいから!」


 父はおずおずと、武骨な右手を突き出した。  マナポーションによって強制的にチャージされた魔力が、父の太い回路を駆け抜ける。


「――出ろ!」


 ゴオッ!!  父の手のひらから、松明のような大きな炎が噴き上がった。  食卓が赤く照らされる。父の顔が、その炎色に染まる。


「な……これ、は……俺が、魔法を……?」


 父は自分の手を見つめ、呆然としていた。  俺の魔眼には見えていた。父の魔力回路は、長年の剣の修行のおかげか、極太で強靭だった。  燃料さえあれば、父は一流の魔法使いにもなれるのだ。


「父さんは『出来損ない』なんかじゃなかったんだよ。ただ、燃料が足りなかっただけだ」


 その言葉を聞いた瞬間。  父の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。


「う……うぅ……!」


 屈強な剣士の肩が震える。  騎士団で「無能」と蔑まれ、平騎士に甘んじてきた日々の屈辱。  息子に同じ思いをさせてしまったという自責の念。  それらすべてが、その炎によって焼き尽くされ、浄化されていくようだった。


「ありがとう……エド、リシア……!」


 父は俺と母を強く抱きしめ、子供のように号泣した。  感動的な誕生日だった。  ――父が、余計なことを聞くまでは。


「ひっく……ところでエド、あの不思議な飲み物は……どうやって作ったんだ? すごく力が湧いてくるが……」 「ああ、あれ? 魔石をすり潰して水に溶かしたんだよ」


 ピタリ、と父の動きが止まった。


「……ま、魔石? あの、魔物の腹から出てくる……?」 「うん」 「……う、っぷ」


 父は青ざめ、口元を押さえて洗面所へダッシュした。  トイレから聞こえる豪快な嗚咽。  それを見て、母リシアがお腹を抱えて大笑いした。


   *   *   *


 翌日。ラインガルド家には、新たな「家訓」が生まれた。  『マナポーションのことは、決して口外しないこと』。  誰でも魔法が使えるようになる薬などバレれば、魔力至上主義の帝国が黙っていない。俺たちは間違いなく消される――それは家族の共通認識となった。


 その代わり、母による秘密の魔法特訓が始まった。  俺と父は、魔力が切れたらポーションを飲む。  小瓶1本で、初級魔法なら15発は撃てる計算だ。


「あなたたち、凄いわね……普通なら『魔力欠乏症』で動けなくなるのに」


 母が呆れたように言う。  一般人は魔力が尽きると、激しい飢餓感や倦怠感で動けなくなるらしい。  だが、俺と父はずっと「魔力ゼロ」で生きてきた。  ガス欠状態がデフォルト(標準)なのだ。だから、ポーションの効果が切れても「いつもの状態」に戻るだけで、ピンピンしている。  これこそが、元・無能親子の最強の武器アドバンテージだった。


「お、お邪魔します!」


 セラも魔法を習いに家に来るようになった。  彼女にはポーションのことは伏せ、単純に「俺が魔法を使えるようになった」とだけ伝えている。  セラの魔法は美しく、無駄のないシンプルな構成だった。それを母はよく褒めて可愛がっていた。


「セラちゃんやエドに比べて、あなたはまだまだね」

「うぐっ……だ、だが、少しずつコツは掴めてきたぞ!」


 父ルークの魔法センスはあまりないようだったが、それでも火種を出しては、子供のように楽しんでいた。


 そして数日後。


「エド、行くぞ」 「うん!」


 俺は腰に剣を差し、父と共に森へ向かった。  目的は「狩り」だ。  魔法の特訓をしすぎて、在庫の魔石が底をついてしまったのだ。


 これまで父が狩った魔物の死骸は何度も見たが、生きた魔物と対峙するのはこれが初めてだ。  父の背中を追いかけながら、俺は柄を握りしめた。  剣と魔法。そして「魔眼」。  俺は父に剣士としても認められたのだと思うと、心が少し軽くなった気がした。

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