魔力なき剣士の息子
600兆円。 それが、俺が死後の世界で支払い、手に入れた転生権の価格だ。 すべてを賭けてリスポーンした先は、剣と魔法が存在する異世界だった。
俺の名はエド・ラインガルド。 騎士の父ルークと、魔法使いの母リシアの間に生まれた。
舞台はガレリア帝国。 ここは徹底した「魔力至上主義」の国家だ。魔法の才がある者は崇められ、持たざる者は家畜同然という、シンプルにして最悪な社会構造が支配していた。
* * *
「エドは本当に魔法を見るのが好きね」
母リシアが指先から光の蝶を生み出すと、赤ん坊の俺はそれを食い入るように見つめた。 泣きもせず、ただ観察する。 俺には「見えて」いたからだ。 光の粒子の流れ、術式の構造、エネルギーの変換効率。それらが複雑な幾何学模様や数式となって、視界に浮かび上がっている。 どうやらこれが、600兆円の課金特典である「魔眼」らしい。
俺はよちよち歩きができるようになると、母の書斎に忍び込み、魔法書を読み漁った。 文字はまだ読めないが、図解と「魔眼」の情報を照らし合わせれば、魔法の論理は理解できた。
「将来は偉大な魔法使いだな!」
父ルークは、俺が本を眺めているのを見て、豪快に笑っていた。 だが、その笑顔は6歳の春、無慈悲に砕かれることになる。
魔法学校入学前の適性検査。 俺のステータスに表示されたのは、残酷な事実だった。
【魔力:測定不能】
帰り道、父はずっと「俺の血のせいだ」と自分を責めた。 母は「大丈夫よ」と気丈に振る舞い、俺と父の手を握りしめていたが、その手は微かに震えていた。
だが、父は立ち止まらなかった。彼はリアリストだったのだ。 この国で魔力なき者が生きる道は、剣しかない。
「エド、今日から特訓だ。剣を持て」
その日から、父ルークによる地獄の特訓が始まった。 父は、帝国騎士団に所属する騎士だ。 魔法が一切使えないにも関わらず、ただ剣技のみで将軍クラスの実力を持つ怪物。 本来なら騎士団長になれる器だが、「魔法が使えない」という一点のみで、彼は万年平騎士の地位に留め置かれていた。
魔力のない俺は、学校に通うことはできたが、地獄のような日々が待っていた。 同世代の貴族の子弟たちからの、陰湿ないじめだ。
「……すまない、エド」
あざを作って帰ってくる俺を見て、父は顔を歪める。
「大丈夫よ。私とあなたの子だもの。いつかきっと魔法も使えるようになるわ」
母はまだ諦めていなかった。 彼女は結界魔法の名門貴族の出だったが、無能な父と駆け落ち同然で結ばれたため、実家とは絶縁状態にある。それでも、俺に魔法の美しさを教え続けてくれた。
俺もまた、諦めてはいなかった。 俺は元エンジニアだ。本音を言えば、汗臭い剣術よりも、涼しい部屋でコードを書いていたかった。 母の魔法は美しい。俺の魔眼を通せば、それは洗練されたアルゴリズムそのものだったからだ。
* * *
父の指導は苛烈を極めた。 振るわれる木刀は、とても子供に向ける速度ではない。 だが――俺の目には「止まって」見えた。
前世の動体視力ではない。 筋肉の収縮、重心の移動、視線の角度。それらが数値データとして処理され、未来の軌道が予測線として表示される。
Prediction: Vertical Slash(予測:唐竹割り) Evasion Route: Left 30 deg(回避ルート:左30度)
俺は最小限の動きで首を傾ける。 鼻先数ミリを、死の風が通過する。
「なっ……!?」
父が驚愕に目を見開く。 俺はただ避けるだけではない。父の重心が崩れた一瞬の隙を見逃さず、懐に飛び込んだ。 小さな木刀を、父の鳩尾へと突き出す。
――ガツンッ。
衝撃は、俺の後頭部にあった。 父は体勢を崩しながらも回転し、俺の背後を取って軽く小突いたのだ。
「まだまだだな、エド」
父は木刀を下ろし、破顔した。
「だが、見事だ。お前には剣の才能がある。誰よりも強く生きろ」
父は知っているのだ。 どれだけ剣を極めても、この国では決して評価されないことを。
* * *
転機は、俺が8歳の時に訪れた。 学校の裏庭。いつものように3人の同級生に囲まれていた。
「おい無能。靴を舐めろよ」
リーダー格の少年が、未熟な攻撃魔法を得意気に構えている。 掌に浮かぶ小さな火球。
「嫌だと言ったら?」
「ハッ、生意気な! これでも食らえ!」
少年が火球を放つ。 子供の魔法とはいえ、直撃すれば大火傷は免れない。 だが、俺の眼には、そのお粗末な構造が丸見えだった。
Structure: Unstable(構造:不安定) Core Node: Exposed(核:露出)
(……遅い。それに、雑すぎる)
俺は足元に落ちていた「木の枝」を拾い上げると、火球に向かって突き出した。 避けるまでもない。 火球の「核」となる魔力結合点を、枝の先端で正確に突く。
パンッ!
乾いた音と共に、魔法が霧散した。
「は……? 僕の魔法が、消え……?」
「次は君の番だ」
呆然とする少年の懐に、俺は踏み込んだ。 父との死線のような特訓に比べれば、止まっているも同然だ。 俺は木の枝をフルスイングし、足を払った。
「ぐあっ!?」
「二度と俺に関わるな」
俺は冷たく言い放ち、その場を去った。 だが、これが「事件」となった。 魔力至上主義の学校で、無能が、貴族の魔法使いを棒切れ一本で叩きのめしたのだ。 それは学校の、ひいては帝国の秩序に対する反逆と見なされた。
即日、俺は退学となった。
その日の夜。 家に帰ると、父と母はすでに荷物をまとめていた。
「父さん?」
「エド。ここを出るぞ」
父の顔に迷いはなかった。 誇りであったはずの「騎士団の紋章が入ったマント」は、すでにゴミ箱に捨てられていた。
「俺は今日付けで騎士団を辞めた。田舎へ行こう。帝国の目が届かない場所で、自由に生きるんだ」」
父は俺の肩を強く掴んだ。かつて自分が受けた屈辱を、息子には味わわせたくないという親心だろう。
* * *
それから4年。 俺たち家族は、帝国北部の片田舎、ルベリア村に移り住んでいた。 魔物が出る危険な地域だが、住民は温かく、何より父の実力なら何の問題もない。 父は元帝国騎士という肩書きを捨て、一介の「冒険者」として村の用心棒をしていた。
俺、エド・ラインガルドは12歳になった。 日課は変わらない。朝は剣の修行。 だが、午後からは俺の研究(趣味)の時間だ。
「エド、またそんな難しい本を読んでいるの?」
母が温かいハーブティーを持ってきてくれた。 俺の机の上には、大量の魔導書が積み上がっている。
「うん。魔法の構成式って、面白いんだよ」
母は微笑むが、その瞳には「いつかこの子が魔法を使えたら」という願いが消えずに残っている。 相変わらず俺の魔力はゼロだ。 大気中の微量な魔力を集める実験もしてみたが、気体を手で集めるようなもので、実用化には程遠い。
(父さんは剣の才能があると言う。母さんは魔法の才能を諦めないでいてくれている) (でも、俺の本質は違う。俺は……『エンジニア』だ)
コード(術式)は書ける。だが、それを動かすための電力(魔力)がない。 せめて、高密度の液体か固体エネルギーがあれば……。
そんなある日。 父が冒険者ギルドから帰ってきた。
「今日は大物を倒したんだぞ! 見ろ、この魔石のデカさを!」
父がドスンとテーブルに置いたのは、歪な形をした黒い石だった。
「父さん、魔石ってなんなの?」
「ん? 魔物の中にある核のようなものさ。これ自体に大した価値はないが、ギルドに討伐証明として提出するんだ」
価値がない? 俺は耳を疑った。
魔眼を発動させる。 視界が緑色のコードに覆われ、その石を解析する。 そこには、信じられないほどの高密度エネルギーが圧縮され、封じ込められていた。
Object: Magic Stone Energy Density: Low Status: Locked
(……マジかよ。これ、ただの石ころじゃない)
この目がなければ気づかなかっただろう。 これは、魔力を秘めた「外部バッテリー」だ。
「ねえ、魔石っていくつかもらえないかな?」
「ああ、いいぞ。小さいものならいくらでも持っていけ。どうせゴミみたいな値段だしな」
ゴミ? とんでもない。 俺だけが、この世界のエネルギー革命の鍵を手に入れたのだ。
こうして、魔力ゼロのエンジニアによる、魔石の研究が始まった。




