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私説 紅楼夢への夢  作者: 光闇居士


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第二十一回:賢き襲人 甘き怒りて宝玉を諌め、 粋なる平児 穏やかなる言葉にて賈璉を救う。

挿絵(By みてみん)

玉簪断情ぎょくしん だんじょう

襲人の『甘い怒り』による諫言と、宝玉の玉の簪を折る誓いの瞬間


挿絵(By みてみん)

一縷幽恨いちる ゆうこん

平児が賈璉の浮気の証拠(髪の毛)を見つけ、鳳姐の眼前で機転を利かせ賈璉を救う瞬間


【しおの】


黛玉と湘雲の喧嘩 宝玉の仲裁

さて史湘雲は林黛玉が追い来るを恐れ逃げ去りぬ 宝玉は背後より慌てて声を掛く 気を付けて転ぶな もう追いつかれはせぬぞと

黛玉が門まで追い詰め来たりし時 宝玉は両手を門枠に突っ張り立ち塞がり 笑いて告ぐ 今回ばかりは許しやり給えと

黛玉は腕組みをして言いきる わたしが雲児を許すならば生きている甲斐はないわ

湘雲は宝玉が門を塞ぎ 黛玉が出て来られぬと悟り 立ち止まり笑いながら ねぇお姉さん 今回ばかりは許し給えと

折しも宝釵が湘雲の背後より現れ 笑いて言う あなたたち二人とも宝兄弟の顔を立ててもうお止めなさいまし

黛玉は答える わたしは嫌よ あなたたちはグルになってわたしをからかっているのでしょう

宝玉は説き伏せる 誰が君をからかうものか 君が彼を茶化さなければ彼も君にそのようなことは言わぬよ

四人がまさに収拾つかぬその折 食事に呼ぶ声ありて ようやく前へ向かう その日はすでに夜となり 王夫人 李紈 鳳姐 迎春 探春 惜春らが皆賈母の部屋へ参り しばし世間話の後それぞれ自分の寝室へ帰った 湘雲は黛玉の部屋に泊まることになりぬ

宝玉は二人を部屋まで送り届けしも すでに二更を過ぎており 襲人が幾度か催促に来たれば ようやく自分の部屋へ戻り寝床に就きぬ

襲人の情の諫言

翌日夜が明けるや 宝玉は服を着てスリッパを履き 黛玉の部屋へ赴きぬ 紫鵑 翠縷の二人はおらず 姉妹二人が未だ布団の中で臥しているを見る

林黛玉は杏子色の絹の衾に几帳面にも包まれて静かに目を閉じて寝ていた 一方史湘雲は一本の黒髪を枕元に引きずり 衾は胸までしか掛からず 雪のように白い腕を衾の外に出し 二つの金の腕輪を付けていた

宝玉はこれを見てため息をつく 寝相が悪いな 風邪を引いてまた肩が痛いと騒ぐことになろうぞ

そう言いながらそっと彼女に衾を掛ける 林黛玉はすでに目が覚めていたが 人の気配を感じてきっと宝玉と察し 寝返りを打って見ると果たしてその通りであった こんな朝早く何しに来たのかいと言う

宝玉は笑って言う まだ早いよ起きてご覧よ 黛玉は言う あなたはまず出て行って 私たちを起きさせて

宝玉はこれを聞き振り返って外へ出る

黛玉は起き上がり湘雲を起こし 二人は服を着る 宝玉はまた入ってきて鏡台のそばに座りぬ 紫鵑 雪雁が入りて身支度を手伝う 湘雲が顔を洗い終えると 翠縷が使った水を捨てようとしたので 宝玉は言う 待って僕もついでに洗って終わりにしよう 自分の部屋に行って手間をかけるのは省く

そう言いながら歩み寄り 腰をかがめて二度水を浴びた 紫鵑が石鹸を手渡そうとすると 宝玉は この盆の水で十分だ 石鹸は使わぬと言い さらに二度洗いて手巾を求めぬ 翠縷は言う またその悪癖だわいつになったら直るのかしら 宝玉は気にも留めず急いで塩にて歯を磨き口を漱ぎぬ

終わりて湘雲がすでに髪を梳り終えているのを見て 歩み寄り笑いながら言う ねぇ妹よ僕の髪を梳ってくれないかい 湘雲は言う それはもうできないよ 宝玉は笑って言う ねぇ妹よ前はどうして僕の髪を梳ってくれたんだい 湘雲は言う 今は忘れたよどうやって梳るのかい 宝玉は言う どうせ外に出ないし冠や鉢巻も着けない ただいくつかの三つ編みを作って終わりでいいよ

そう言いながらまた ねぇ妹よ ねぇ妹よ と頼み込む 湘雲は仕方なく彼の頭を支え一つ一つ梳る 家にいる時は冠を着けず髪を結わないため ただ周りの短い髪を小さな三つ編みにして頭の上にまとめ 一本の太い編み込みを作りて赤い紐で結びぬ 髪の根元から編み込みの先まで四つの真珠が付いていて 下には金の飾りが垂れていた

湘雲は編みながら言う この真珠は三つしかないよこの一つは違うね わたしはすべて同じであったと思っていたのに どうして一つないのかしら 宝玉は言う 一つ失くしたんだ 湘雲は言う きっと外で落ちて誰かに拾われてしまったんだ 安く上がったものね

黛玉が傍らで手を洗っていて冷笑して言う 本当に失くしたのかそれとも誰かにあげて何かの飾りに嵌め込ませたのかしら

宝玉は答えず 鏡台の両側にある化粧品などを手に取って眺める 思わず紅を指で取り口元へ持って行こうとしたが また湘雲に言われるのを恐れて躊躇いぬ

ちょうど迷っていると 湘雲が後ろから見ていて一方の手で編み込みを持ったまま もう一方の手を伸ばしてパンと音を立てて 彼の手から紅を叩き落とし 言う この進歩のない悪癖はいつになったら直るのかしら

言い終わらぬうちに襲人が入って来た この様子を見て皆がもう身支度を済ませたのだと知り 自分の部屋へ戻りて身支度を始めぬ

ふと宝釵が歩いて来て尋ねる 宝兄弟はどこへ行ったのかしら 襲人は笑顔で答える 宝兄弟に家にいる暇があるでしょうか 宝釵はこれを聞き心の中で察しぬ

また襲人がため息をつくのを聞く 姉妹たちが仲良いのも良いけれど それにも限度と礼儀があるでしょうに 昼夜なしに騒ぐのはお止め頂きたい 人がどう説得しても全部馬耳東風だわ

宝釵はこれを聞き心の中で密かに思う この女中は侮れない 彼女の言葉には少し見識がある 宝釵は寝台に座りゆっくりと世間話の中で彼女の年齢や故郷などを尋ね 注意深く観察しぬ その言葉や志の高さは深く敬愛するに値するものであった

間もなく宝玉が戻ってきたので 宝釵は退室しぬ 宝玉はすぐに襲人に尋ねる どうして宝姉さんは君とあんなに楽しそうに話していたのに 僕が入ってきたら逃げたのかい

一度尋ねても返事がないのでもう一度尋ねると 襲人はようやく言う 私に尋ねているのですか 私があなたたちの理由なんて知るわけがないです

宝玉はこの言葉を聞き 彼女の顔色がいつもと違うのを見て 笑いながら言う どうして本気で怒っているのかい

襲人は冷笑して言う わたしが怒るなんて恐れおおい ただ今からは二度とこの部屋に入らないでください どうせあなたの世話をする人はいるのだからもう私を使わないでください 私はまた老太太様のもとに罷り戻り 後のことはお任せ申すと そう言いながら寝台に顔を伏せて倒れぬ

宝玉はこの様子を見て非常に驚き恐れ 駆け寄って慰めようとしたが 襲人はただ目を閉じて相手にしない 宝玉は途方に暮れ ちょうど麝月が入ってきたので尋ねる 君の姉さんはどうしたのかい 麝月は言う 私が知るですか自分に聞いてみればわかるでしょう

宝玉はこれを聞きしばらく呆然とし 自分が居ても仕方ないと感じ 立ち上がってため息をついて言う 僕を相手にしないなら僕も寝るよ そう言って寝台を降り自分の寝床に横になる

襲人は彼がしばらく動かないのを聞き 微かにいびきをかいているのを察し 起き上がってマントを取り彼にかけようとしたが ふっという音とともに宝玉はマントを払いのけ また目を閉じて寝たふりをした 襲人は彼の意図を明確に知り頷きながら冷笑して言う あなたも怒る必要はないわ 今からは私はただの聾唖者になったと思って 二度とあなたに文句を言わないわどう

宝玉はこらえきれず起き上がり尋ねる 僕がまたどうしたというのかい 君はまた僕を諫める 諫めるのはいいがさっきは僕を諫めていなかったし入ってきた途端に相手にしないで腹を立てて寝てしまった 僕は何が原因かもわからないのに今また僕が怒っていると言う いつ君が僕を諫める言葉を聞いたかい

襲人は言う あなたは心の中でわからないのかいまだ私に言わせるつもり

ちょうどそう揉めていると賈母が人を遣わして食事に呼んだ 宝玉は前へ向かい しぶしぶ半碗の食事を済ませてまた自分の部屋へ戻りぬ

襲人は外の寝台に寝ていて 麝月はそばで骨牌をしていた 宝玉は麝月が襲人と親しいのを知っていたため 麝月までも相手にせず 御簾を上げて奥の間へ入って行った 麝月は仕方なく続いて入った 宝玉は彼女を押し出して 君たちを驚かせたくないと 言う 麝月は笑いながら外へ出て 二人の小さな女中を呼び入れぬ 宝玉は一冊の本を取り横になりながら半日読んでいた

お茶が欲しくなり顔を上げると 二人の小さな女中が足元に立っていた 一人の少し大きい女中がとても美しいので 宝玉は尋ねる 君の名前は何というのかい 女中は蕙香と申しますと答える 宝玉は 誰が付けたのかいと尋ねる 蕙香は言う もとは芸香といいましたが花の大姉さんが蕙香に改めてくれました

宝玉は言う 正式には『晦気』と呼ばれるべきだな 何をか蕙香などと また尋ねる 君たち姉妹は何人いるのかい 蕙香は四人ですと言う 宝玉は君は何番目だと尋ねる 蕙香は四番目ですと言う 宝玉は言う 明日からは『四児』と呼ぶべし 何か『蕙香』『蘭気』などという必要はない あなたがそんな花に比べられるなんて 良い名前を汚すだけだ

そう言いながら彼女にお茶を入れさせて飲んだ 襲人と麝月は外の間で聞いていて口を押さえて笑いぬ

この日一日 宝玉はあまり部屋から出ず 姉妹や女中たちとも騒がず 自分で塞ぎ込んでいた ただ本を読んで退屈を紛らわせたり 筆や墨をいじったりするだけで皆を使わず ただ四児に応対させぬ

誰知る四児は非常に聡明で機転の利く女中で 宝玉が自分を使うのを見てあらゆる手段を使って宝玉に取り入ろうとした 夕食後宝玉は少し酒を飲んで目がとろとろし耳が熱くなっている時であった いつもなら襲人らと皆で喜び笑って楽しむのに 今日は冷たく静かで非常に興味がない 彼らを追い払おうとすると 彼らが自分の勝ちだと思い込み今後ますます諫めに来るのを恐れ かといって主人の規則を出して威嚇するのは情に厚すぎる 仕方なく彼らが死んだと思い込み どうせ自然に過ぎていくのだと 彼らが死んだと思えば何の未練もなくかえって心穏やかに楽しめる

そこで四児に命じて灯りを整えさせお茶を淹れさせ 自分は『南華経』(荘子)を読み始めた ちょうど「外篇・胠篋きょきょう」の一節を読んでいた その文章には 「故に聖を絶ち知を棄てれば 大盗は乃ち止む 玉を摘み珠をこぼてば 小盗は起きず」とあった

ここを読んで大いに興味を覚え 酒の勢いに乗って思わず筆を取り続きを書いた

花を焚き麝香を散らせば 閨閣の人は始めて皆 戒めの心を含む 宝釵の仙女のような姿を害し 黛玉の霊的な感性を灰にし 情愛を減らせば 閨閣の美醜 始めて相い似始める 彼らが戒めの心を含めば 喧嘩の心配はない 仙女の姿を害せば恋愛の心はない 霊的な感性を灰にせば才気の情はない 彼ら宝釵 黛玉 花 麝などは 皆網を張り穴を掘って世の人々を惑わし迷わせるものである

書き終わり筆を投げて寝床に就きぬ 頭が枕につくとすぐに眠り込み 一晩中どこにいるのかもわからず 夜明けになってようやく目を覚ました

襲人の甘い怒りと和解

寝返りを打って見ると 襲人が服を着たまま布団の上で寝ていた 宝玉は昨日の出来事をすでに忘れ去り 彼女を押して言う 起きて良く寝なよ風邪を引くよ

実は襲人は 彼が昼夜なしに姉妹たちと騒ぐのを見て 直接忠告しても改めないだろうと思い わざと柔らかな情を使って彼を警告したのである 半日にて戻り来ると思いきや まさか宝玉が一日一晩も部屋に戻らないとは思わず 自分がかえって途方に暮れ一晩中まともに眠れなかった 今突然宝玉がこのように振る舞うのを見て彼の心が戻ったと察したが いっそのこと相手にしないふりを続けた

宝玉は彼女が応じないのを見て手を伸ばして彼女の服を脱がせようとしたが ちょうどボタンを解いたところで襲人に手を押しのけられ 自分でボタンを閉めぬ 宝玉は仕方なく彼女の手を引き笑いながら言う 君は一体どうしたのかい 何度も尋ねると襲人は目を開けて言う 別になんでもないわ あなたは目が覚めたのだから自分であの部屋へ行って身支度をしなさい 遅れると間に合わないわよ

宝玉は言う 僕がどこへ行くって 襲人は冷笑して言う あなたに聞いても私が知るですか あなたの好きなところへ行けばいい 今からは私たち二人は手を離そう そうすれば鶏鳴き鵞喧嘩すなど人に笑われんを免れなん どうせあの部屋で飽きたらこっちに来て また『四児』だの『五児』だのが世話をしてくれるでしょう 私たちなんてせっかくの『良い名前を汚すだけ』の存在なのだから

宝玉は笑いながら言う 君は今日もまだ覚えていたのかい 襲人は言う 百年経っても覚えているわ あなたとは違って私の言葉を馬耳東風にして 夜言ったことを朝には忘れてしまう人とは違うわ

宝玉は彼女の愛らしい怒りの表情を見て情愛を抑えきれず 枕元より玉の簪を取り上げ ふたつに折りて誓い言を為す 僕が二度と君の言うことを聞かないならこの簪と同じになるよ 襲人は慌てて簪を拾い上げ言う 大朝からなんて無駄なことをするの 聞くか聞かないかなんて大したことではないでしょうそんな態度をとる価値があるのかい 宝玉は言う 君には僕の心の焦りがわからないんだ 襲人は笑いながら言う あなたも焦るんですかでは私の気持ちがどうかわかるでしょう 早く起きて顔を洗いなさい そう言って二人は起き上がり身支度をしぬ

宝玉が上房へ行った後 黛玉が歩いて来て 宝玉が部屋にいないのを見て 机の上の本をめくった ちょうど昨日の『荘子』を見つけ 宝玉が続きを書いた箇所を読むと 思わず怒りと笑いが込み上げ また筆を取り詩を書き添えた

無端に筆を弄ぶは何人ぞ 南華の荘子因を粗末にする 己が浅識を悔いながら 却って醜き言を以て他人を責む

書き終わり彼女もまた上房へ行き賈母に会った後 王夫人のところへ向かった

賈璉と多姑娘兒の密通

誰知る鳳姐の娘の大姐が病気になり ちょうど医者を呼んで診察させるので大騒ぎであった 医者は言う 奥様方にお喜び申し上げます お嬢様の発熱は見喜(痘瘡の徴にて吉兆)なり他の病気ではないです 王夫人と鳳姐はこれを聞き 慌てて人を遣わして良くなるのかと尋ねさせぬ 医者は答える 病状は危険ですが順調です大丈夫です 桑の虫と豚の尾を使う必要があります

鳳姐はこれを聞きただちに大忙しとなりぬ 一方で部屋を掃除して痘瘡の神様(痘疹娘娘)を祀り 一方で家臣たちに揚げ物などの食事を控えさせ 一方で平児に命じて布団や服を整理させ 賈璉と別の部屋に移らせた 一方でまた大紅の布地を乳母や女中などの親しい者に配り服を作らせた 外ではまた清潔な部屋を掃除し 二人の医者を留め置き交代で診察させて薬を処方させ 十二日間は家に帰らせなかった 賈璉は外の書斎に移り潔斎するしかなく 鳳姐と平児は王夫人と共に毎日神様に供え物をしぬ

あの賈璉は鳳姐から離れるとすぐに悪さを探す人であった 二晩一人で寝ると非常に耐えがたくなり とりあえず小姓たちの中から美しい者を選んで欲求を満たそうとした

不幸にも栄国府の中には全く使えない酒飲みの厨師がいた 名を多官というも 人は気弱にして無能なるを以て多渾虫と呼ぶ 彼は小さい頃に両親が外で妻を娶らせたが 今年二十歳前後の若さでなかなかの美人であり見る者は皆羨ましがり愛した 彼女は生来軽薄で浮気をするのが大好きであったが 多渾虫は気にしなかった 酒と肉と金があれば万事不問であったのだ そのため寧栄二府の男性は皆彼女に手を出すことができた この嫁は美貌が非常で軽薄であることから 皆「多姑娘児」と呼んだ

今賈璉が外で悶え苦しんでいるので 以前もこの嫁を見て魂を奪われたことがあったが 内側では恐ろしい妻(鳳姐)を恐れ 外側では愛人(宝玉のような男色の愛人)を恐れて手を出せずにいた あの多姑娘児も賈璉に気はあったが ちゃんとした機会がないのを恨んでいた 今賈璉が外の書斎に移ったと聞き 彼女は用がなくても二度足を運んで彼を誘惑しようとした

惹かれた賈璉は腹を空かせたネズミのようになり やむを得ず腹心の小姓たちと相談し 共に隠蔽を図り多くの金品を約束した 小姓たちが許可しないはずがなかろう ましてや彼らも皆この嫁とは親しい友人で一言言えば話はとおった その夜の二更 人々が寝静まった頃 多渾虫は酔い潰れて寝台で眠り込んでいるので 賈璉はこっそりと会いに行った

戸を入って彼女の姿を見るや魂は飛び散り 愛の言葉も交わす必要なくすぐに服を脱いで行為に及んだ この嫁は生来の特別な趣があり 男が身を寄せると全身の筋骨弛緩し 男を綿の上に臥せしむるかの如し さらに淫らな仕草と言葉は娼婦をも凌駕し 男はここに至っては命を惜しむ者などいるはずがなかろう 賈璉は体ごと彼女の上に溶け込んでしまいたいほどであった あの嫁はわざと淫らな言葉を吐き下から言う あなたの家の娘さんは痘瘡が出て神様を祀っているのだから あなたも二日間は潔斎するべきですよ 私のために体を汚すなんて早くここから離れてください 賈璉は一方で激しく動き一方で喘ぎながら答える 君こそが神様だ 私は神様なんて知らない あの嫁が淫らになればなるほど賈璉はますます見苦しい醜態を晒した 一時が終わり二人はまた永遠の愛を誓い合い別れがたく この後二人は親密な関係になりぬ

平児の機転と賈璉への仕返し

ある日大姐の痘瘡の毒が全て出て 十二日後に神様を送り 一家で天地と祖先を祀り 誓いを果たして香を焚き 祝賀と恩賞を終えた後 賈璉は元の寝室に戻りぬ 鳳姐に会うとまさに俗語にいう 新婚は遠別には及ばずの通り 限りない恩愛があり煩わしい説明は不要であった

翌朝鳳姐が奥の部屋へ行った後 平児が賈璉が外で使用していた服や布団を片付けていたところ 枕カバーの中から一房の黒い髪の毛が振り落ちてきた 平児は意図を察し慌てて袖の中に引き込み こちらの部屋へ来て髪の毛を取り出して賈璉に向かって笑いながら言う これはなんですか

賈璉は見て慌てふためき 奪い取らんと近づき来たりぬ 平児は逃げたが賈璉に掴まえられ 寝台に押し付けられ手をこじ開けて奪おうとした 口の中では笑いながら言う この小悪魔め早く出さないとお前の腕を折ってやるぞ

平児は笑いながら言う あなたはほんとうに恩知らずね わたしは親切心で奥様に隠して聞きに来たのに あなたは脅しをかけるなんて あなたが脅すなら彼女が戻ってきたら言ってやるわどうなるか見ていなさい

賈璉はこれを聞き慌てて笑顔で許しを乞う 良い人だ許してくれ もう決して脅さないから

言い終わらないうちに鳳姐の声が入ってきた 賈璉は聞いて手を緩め 平児がちょうど起き上がろうとしたところで鳳姐が入ってきた 平児に早く匣を開けて太太様のために手本を探せと命じた 平児は慌てて探した時 鳳姐は賈璉を見て突然思い出し 平児に尋ねる外に出した物はすべて収めたかい

平児は言う 収めました 鳳姐は言う 何か足りないものはないかい 平児は言う わたしも一つ二つの紛失を恐れ細々検せしに 不足はございませぬ

鳳姐は言う 足りなければ良いが 多くなったりはしていないかい

平児は笑いながら言う なくさなければ良いほうです誰が増やすですか

鳳姐は冷笑して言う この半月の間は潔白だとは言えない もしかしたら親密な者が置き忘れた物 指輪 汗拭き 香袋 さらには髪の毛 爪の切り屑など皆そういう物だわ

この一言で賈璉は顔が青ざめた 賈璉は鳳姐の背後から平児に対してしーっというような目配せを送った 平児は見ていないふりをして笑いながら言う なんて私の心は奥様の心と同じなのですか わたしもちょうどそういうものがあるのではないかと思い注意深く探しましたが全く怪しい点はございませんでした 奥様が信じないならあの物はまだ収めていないので 奥様ご自身で一度探してみてください

鳳姐は笑いながら言う 馬鹿な女中ね たとえそういう物があっても まさか私たちに見つけさせるような場所に置かないでしょう

そう言って探していた手本を持って上へ行った

平児は賈璉の鼻を指さし頭を振りながら笑う この件はどうやって私にお礼をするのですか

賈璉は喜びのあまり身が痒くなり 駆け寄って彼女を抱き締め 心肝腸肉と乱暴に呼びながら感謝した 平児はまた髪の毛を持ちながら笑う これはわたしの一生の弱みになりましたね 良くしていれば良いが 悪くなればこの件を明るみに出してやるわ

賈璉は笑いながら言う 君は良く持っていなさい 決して彼女に知らせるなよ 口でそう言いながら彼女が油断した隙を突いて奪い取り笑いながら言う 君が持っているのは危ない 燃やして終わりにするほうが良い

そう言いながら靴の中に挟み込んだ 平児は歯を食いしばりながら言う 恩知らずめ 橋を渡らば橋を壊すや 明日またあなたのために嘘をつうと思っているのかい

賈璉は彼女の愛らしく情熱的な様子を見て 抱きついて求愛したが 平児は手を払いのけて逃げて行った 賈璉は焦り腰を曲げて悔しがった 死にそこないの小悪魔め必ず男を誘惑しておいてまた逃げるんだから

平児は窓の外で笑いながら言う 私は私の好きなように誘惑するわ 誰があなたを興奮させたのかしら まさかあなたに一回楽しませたために彼女に知られて嫌われるというのかい

賈璉は言う 彼女を恐れるな 僕が本気になったらあの「お酢壺」を粉々に打ち砕いてやるぞ そうなったら彼女も僕を認めるだろう 彼女は僕を泥棒のように疑う 彼女が男と話すのは許されても 僕が女と話すのは許さない 僕が女に少しでも近づくと彼女はすぐに疑う 彼女は叔父だの甥だの大きいのも小さいのも関係なく笑って話しても 僕が嫉妬するなんて恐れないのか 今後は僕も彼女に人に会うのを許さない

平児は言う 彼女があなたに嫉妬するのは良いが あなたが彼女に嫉妬するのは良くないわ 彼女はもともと行いが正しい あなたは動きの度に悪い心を抱いているから私でさえ安心できないのだから 彼女ならなおさらよ

賈璉は言う 君たち二人は揃って泥棒の言い分だな 君たちの行いが正しいので僕がすることは全て悪い心があるのか いつか皆僕の手にかかって死ぬのだ

言い終わらぬうちに鳳姐が庭に入ってきた 平児が窓の外にいるのを見て尋ねる 話すことがあるなら部屋の中で話さないで なぜ一人は外に逃げて窓越しに話しているのかしら

賈璉は窓の内側で言う 君が彼女に聞いてみろ まるで部屋に虎でもいて彼女を食べるというのか 平児は言う 部屋には誰もいないわ私が彼のそばで何をするのよ

鳳姐は笑いながら言う 正しくは誰もいない方が良いわね 平児はこれを聞き その言葉は私のことを言っているのですかと 言う 鳳姐は笑いながら言う あなたでなければ誰を言うのかい 平児は言う 良い言葉を言わせないでください そう言って御簾を開けて鳳姐を通すこともなく 自分で御簾を払いのけて入り奥の方へ行ってしまった 鳳姐は自分で御簾をめくって入りながら言う 平児は頭がおかしくなったわこの娘っ子は本気で私を降伏させようとしているわ 皮を剥がれるのを覚悟しなさい

賈璉はこれを聞き寝台に倒れ込んで手を叩いて笑う 平児がこんなにも恐ろしいとは知らなかった これからは彼女に降伏するよ 鳳姐は言う あなたが彼女を甘やかしたせいよあなたと話をするわよ

賈璉は聞いて慌てて言う あなたたち二人が喧嘩してまた僕を悪者にするのか 逃げさせてもらうぞ 鳳姐は言う あなたがどこに逃げられるか見ているわ 賈璉は言う 今すぐ行くよ 鳳姐は言う あなたに相談したい話があるの

何を相談したのかは次回の解説をお待ちください

まさに

淑女は古より不平不満多し 美しき妻は古来より嫉妬を含む

第二十一回:要約と解読

この回は、主に賈宝玉(宝玉)と侍女の襲人しゅうじんの関係における「甘い和解」と、賈璉かれんとその妻である王熙鳳おうきほうの侍女の平児へいじによる「浮気の隠蔽と駆け引き」の二つのエピソードが描かれます。


一、宝玉と襲人・黛玉の確執と和解

宝玉が黛玉たいぎょく湘雲しょううんの部屋で朝の身支度を手伝ったり、湘雲に髪を梳かせたりと親密に過ごします。彼が紅を舐めようとして湘雲に怒られる様子を、宝釵ほうさいが訪ねてきた際に、襲人が「昼夜なく姉妹と騒ぎ、忠告を聞かない」と遠回しに不満を漏らします。宝玉が部屋に戻ると、襲人は「もうお世話をしない」と本気の怒り(情による諫言)を示し、寝たふりをします。宝玉は反省し、彼女を気遣いますが、その夜は襲人と距離を取り、部屋で『荘子』の「聖を絶ち知を棄てれば〜」を引用して、「宝釵や黛玉の美点(情)こそ世を惑わす元凶」と書き記します。翌朝、襲人の怒りが本気の愛情によるものであると知った宝玉は、玉の簪を折って誓い、二人は和解します。宝玉の書き残しを見つけた黛玉は、それを「自分の浅識を悔いずに他者を責める」ものだと皮肉る詩を添えます。


二、賈璉の浮気と平児の機転

鳳姐の娘が天然痘にかかり、潔斎のために賈璉は外の書斎に移されます。彼は耐えきれず、淫乱なことで知られる料理人の妻「多姑娘児」(たこうにゃんる)と密通します。鳳姐の潔斎が終わって賈璉が戻った後、平児が彼の枕元から多姑娘児の髪の毛を見つけ、それを賈璉の浮気の証拠として隠します。平児は賈璉を脅しつつも、鳳姐が「潔斎中に何か増えていないか(浮気の証拠)」と問い詰めた際に、「私も探しましたが怪しいものは全くありませんでした」と機転を利かせた一言で賈璉を救います。賈璉は感謝し平児を抱きしめますが、平児は髪の毛を「あなたの一生の弱み」として使い続けると宣言し、賈璉から証拠を取り戻せないままに逃げます。この件で平児は賈璉に対して優位に立ち、鳳姐の嫉妬深さについても議論を交わします。


時代背景と作品の真髄の解読

 1. 時代背景と文化・宗教的要素の示唆

この回は、清朝貴族社会の生活の断片を描きながら、当時の中国文化における複数の要素を対比的に提示しています。

示された要素時代・文化的な背景読者への示唆(真髄)

天然痘(見喜)と潔斎当時、天然痘は死亡率の高い病で、罹患は一大事。「見喜(吉兆を見る)」と表現するのは、一度かかれば免疫ができるため、「生き延びれば喜ばしい」という、この世の苦難と受け入れる運命観を表す。治療と同時に痘疹娘娘(痘瘡の神様)を祀るなど、病気への宗教的な畏怖と民間の信仰が根付いていた。生の儚さと信仰のリアリティ。 貴族の生活の華やかさの裏にある、避けられない病や死への恐れ。また、社会の規範(賈璉の潔斎)が、個人の情欲(賈璉と多姑娘児の密通)によっていとも簡単に破られる人間の弱さ。

荘子(南華経)の引用宝玉が引用した「聖を絶ち知を棄てれば、大盗は乃ち止む」は、老荘思想の「自然・無為」を説く中心的な思想。人間的な知恵や規律(聖・知)を廃せば、大きな災い(大盗)は起きないという教え。儒教的秩序へのアンチテーゼと「情」の葛藤。 宝玉は、黛玉や宝釵といった女性たちの美点(才気や仙女の姿)や襲人ら侍女の情愛すらも「網を張り穴を掘って世を惑わすもの」として否定しようとします。これは、彼が現実の「情愛」の煩悩から逃れ、「出家」的な無為自然の境地を求める(または逃避する)心境を示しており、情欲と理性の間に揺れる貴公子の苦悩を表しています。

賈璉の浮気(通俗性)貴族社会における夫の権力と、妾や側室を持つことへの寛容さ。しかし、鳳姐のような強力な正妻による嫉妬と管理は現実的な脅威であった。多姑娘児との関係は、貴族が下層の使用人の妻に手を出すという、身分差を越えた通俗的かつ日常的な営みを象徴している。貴族の堕落と通俗性の勝利。 賈璉の行動は、貴族の美意識や倫理観を体現する宝玉とは対照的な、情欲に忠実な「凡俗な貴族男性」の姿です。多姑娘児の「全身の筋骨弛緩し、男を綿の上に臥せしむるかの如し」という描写は、技巧的な美しさ(黛玉・宝釵)よりも、本能的な肉欲(多姑娘児)が持つ抗いがたい引力を表現しています。

 2. マニアックな深掘り

深掘り A:襲人の「情」の諫言:奴隷制における愛のマネジメント

襲人の諫言は、ただの嫉妬や怒りではありません。彼女は「柔らかな情を使って彼を警告した」とあり、これは極めて知的な「愛のマネジメント」です。

 戦略的な距離感: 宝玉が姉妹たちと過ごすことに不満を漏らしつつも、彼が戻るまで待ち、戻れば「もう世話をしない」と突き放します。これは、主人である宝玉にとって「襲人の存在(愛情と世話)」が失われることの恐れを植え付け、宝玉の依存心を利用した「飴と鞭」の戦略です。

「愛らしい怒り」の勝利: 最終的に宝玉は「君には僕の心の焦りがわからないんだ」とまで言わせしめ、玉の簪を折ってまで誓いを立てさせます。これは、宝玉が襲人の「怒り」を「深い愛の裏返し」として認識した証拠であり、襲人が単なる使用人ではなく、「宝玉の精神的な管理者」としての地位を確立した瞬間を示しています。

 身分差を超えた主導権: 襲人は、宝玉が「良い名前を汚すだけ」と蔑んだ「四児」の登場を利用し、「私たちはせっかくの良い名前を汚すだけの存在だから」と皮肉を言います。これは、彼女が主人の言葉をしっかり聞いており、自分の存在価値を懸けた上で、主人に対して「怒る権利」を行使する、奴隷制下における女性の賢くも悲しい生存術を描いています。


深掘り B:平児の「粋」な救済:妻と愛人の間で生きる女中

平児の行動は、賈璉の浮気を隠蔽しつつ、鳳姐の管理下での自己の地位を巧妙に高める、「三者間の三角関係」における生存の「いき」です。

 二重の忠誠心: 鳳姐に仕える立場の平児が、夫である賈璉の浮気を隠します。これは、賈璉との個人的な関係を築き(未来の味方や頼り所)、一方で鳳姐の機嫌を損ねないことで、自らの権力を両方の主人から得るという立ち回りです。

証拠の利用価値: 髪の毛を「あなたの一生の弱み」として取り戻せないまま逃げる平児は、「秘密の共有」という心理的な鎖で賈璉を縛ります。現実に簪のように折って証明させる宝玉とは対照的に、平児は「証拠を所持している」という見えない権力を持ち続けます。

 「粋」の体現: 平児は賈璉の浮気を助けつつ、彼の鳳姐に対する不満(「僕が女と話すのは許さない」)に対して、「彼女はもともと行いが正しい。あなたは動きの度に悪い心を抱いている」と、主人の非を穏やかながらも鋭く指摘します。この、相手を救いつつ、その欠点を指摘する知性と度量のバランスこそ、彼女の「粋なる平児」たる所以です。彼女は感情に流されず、常に合理的な判断と、人間的な情のバランスを取ります。


深掘り C:黛玉の詩:芸術家としての「批評精神」

黛玉が宝玉の『荘子』への書き込み(「美点(情)こそ世を惑わす元凶」)に対する詩の書き添えは、二人の哲学的な対立を象徴しています。

黛玉は宝玉の詩を「無端に筆を弄ぶは何人ぞ(何の理由もなく詩を書くのは誰だ)」と切り捨て、「自分の見識のなさを悔いながら、かえって醜い言葉をもって他人を責める」と批判します。

これは、宝玉が自己の情欲や煩悩から逃れるために、自分の心を惹きつける外部の美(黛玉・宝釵)を責任転嫁し、「網を張る元凶」として否定しようとしたことを見抜いた、黛玉の鋭い批評精神です。黛玉は情そのものを否定せず、宝玉の「逃避」を芸術家的な視点から看破し、「君が自身の情を受け入れられず、その醜さを他者に投影している」と突きつけています。

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