第十八回:林黛玉、誤って香袋を剪り。賈元春、帰省して元宵を祝う。
「切り裂かれた香袋と、結び直される心」
裂かれし香袋、涙の跡に。結び直す心、光と微笑み。
若き日の過ち、愛は許し、絆は深く、静かに結ばれ。
「大観園の灯籠と、妃の孤独な涙」
星降りし大観園、灯火揺れて夢幻。
栄華の頂、ただ一人、妃の涙、月と知る。
【しおの】
【宝玉の佩物と黛玉の嫉妬】
さて、宝玉が庭へと足を一歩踏み出すと、父である賈政に仕える者たちがわっと駆け寄り、その腰にまとわりつくようにして言った。
「若様、今日ご主人がかくもご機嫌麗しかったのは、ひとえに我らのおかげでございますぞ。奥様が幾度も使いをよこしてはご様子を尋ねておられましたが、その都度我らが『お喜びのご様子です』と取りなしたおかげで、お呼び出しもなく、若様は心ゆくまでその才を発揮できたというものでしょう。皆が口を揃えて、若様の詩は並みいる才人たちを凌ぐと申しております。これほどのお褒めに預かったのですから、我らにも一つ、ご褒美をくだされ」
宝玉は笑みを浮かべて応えた。
「ようし、一人に一貫の銭をやろう」
すると皆は声を揃えて言う。
「一貫の銭なぞ、誰も欲しがりはしませぬ。それよりも、その腰の匂い袋を我らにくだされ」
そう言うが早いか、ある者は宝玉の腰から荷包を、またある者は扇子袋を解き、有無を言わさずその身につけていたものを残らず奪い取ってしまった。そればかりか、「丁重にお送り申せ」と声を掛け合い、一人が宝玉をひょいと抱え上げると、皆で取り囲み、賈母の住まう屋敷の二の門まで賑やかに送り届けたのであった。賈母はすでに、心配のあまり幾度も人をやってその様子を窺わせていた。
後から追いかけてきた乳母や侍女たちは、賈母に挨拶を済ませると、宝玉が格別お咎めを受けなかったことを知り、胸を撫で下ろした。
しばらくして、侍女の襲人が茶を運んでくると、宝玉の佩物がすっかりなくなっているのに気づき、くすりと笑いながら言った。
「身につけていらしたものは、またあの厚かましい者たちに解き取られてしまったのですね」
これを耳にした林黛玉は、つと寄ってきて、宝玉の腰に果たして何一つ残っていないのを確かめると、彼に向かって言った。
「わたくしがあげたあの荷包まで、あの者たちにやってしまったの?もう二度と、あなたが欲しがっても、わたくしの物など手に入らないわ」
そう言い放つと、むっと腹を立てて自室に戻り、先日宝玉に頼まれて縫っていた香袋を、まだ半ばしか出来上がっていなかったにもかかわらず、腹いせに手に取り、鋏でじょきじょきと切り始めた。
宝玉は彼女の怒りを察し、まずいことになったと慌てて後を追ったが、時すでに遅く、香袋は無残にも切り裂かれていた。その香袋は、未完成ながらも大変な手間をかけた精巧なものであることを知っていただけに、謂われなく切り刻まれたことに、宝玉も腹が立った。
とっさに上着の襟を掻き合わせ、内なる赤い衣の懐から、黛玉がくれたかの荷包を取り出すと、彼女の目の前に差し出して見せた。
「よく見ておくれ、これは何だ。僕がいつ君のものを人にあげたというのだ」
林黛玉は、宝玉がその荷包を人に取られまいと、肌身離さず内側に付けていたことを知り、自らの短気を恥じた。事情も確かめずに大切な香袋を切ってしまった後悔と、恥ずかしさと怒りがないまぜになり、うつむいたまま一言も発することができない。
宝玉は言った。
「君が切ることはなかったのだ。僕に物などくれてやりたくないのだろう。ならばこの荷包さえも、君に返そう。どうだ」
そう言って、ぽいと彼女の懐に投げつけて行ってしまった。黛玉はそうされると、ますます怒りが込み上げ、喉を詰まらせ、またしても大粒の涙を流し始め、手にした荷包を再び切ろうとした。その様子を見た宝玉は、慌てて引き返し、彼女の手からそれを取り上げると、なだめるように笑いかけた。
「ねえ、妹よ、どうか許しておくれ」
黛玉は鋏を投げ捨て、涙を拭いながら言った。
「あなたはわたくしに対して、優しくなったかと思えば、すぐにつれなくする。怒るなら、放っておいてくださればよいものを。こんなこと、何になりましょう」
そう言いながら、腹立たしげに寝台に上がり、顔を内側に向けて臥すと、しくしくと涙を拭うのであった。宝玉が「妹よ」と長く呼びかけ、「妹よ」と短く呼びかけ、ひたすらに詫び続けるのに耐えかね、黛玉はしぶしぶ身を起こして言った。
「あなたは、わたくしを少しも休ませてくださらないのね。だから、あなたから離れるわ」
そう言って部屋を出て行こうとする。宝玉は笑いながら言った。
「君がどこへ行こうと、僕はついて行くよ」
そして、かたわらの荷包を拾い上げ、再び身につけようとした。黛玉はさっと手を伸ばしてそれを取り上げると、言った。
「いらないと言ったくせに、今になってまた着けるなんて。わたくしでも恥ずかしいわ」
そう言って、ふふっと笑みを漏らした。
「ねえ、妹よ」と宝玉が言う。「明日また新しく香袋を作っておくれよ」
「それは、わたくしの気分次第ですわ」と黛玉は応えた。
そう言い合いながら、二人は連れ立って部屋を出て、王夫人の上房へと向かった。そこには、あいにく薛宝釵も顔を見せていた。
その頃、王夫人の部屋は大変な賑わいを見せていた。賈薔が姑蘇から十二人の可憐な女優たちを買い求め、師を雇い、衣装や小道具一式を整えて帰ってきたからである。
薛姨媽はすでに東北の閑静な離れへと移っており、梨香院はすっかり空けられ、手入れも済んでいた。そこで師を招き、女優たちの稽古場とすることになった。また、かつて屋敷に仕えていた元歌い手で、今は白髪の老婆となった者たちを呼び寄せ、彼女たちにその管理を任せた。賈薔には、日々の金銭の出入りから大小の品々の手配まで、一切を取り仕切らせた。
そこへ、林之孝の妻が報告にやって来た。
「お探しの十人の若い尼僧と道女が見つかりました。新調した法衣も十人分ございます。その他に、髪をつけたまま修行している者が一人おります。もとは蘇州の出で、ご先祖は代々学問を修め、官職を務めた家柄とのこと。この娘は幼い頃から病がちで、いくら身代わりを立てても験がなく、とうとう自らが出家の身となってようやく快方に向かったため、今も髪をつけたまま修行しているのだそうでございます。年は今年で十八歳、法名を妙玉と申します。今は両親ともになく、二人の老婆と一人の侍女が付き添うばかり。文才にも大変優れ、経典を学ぶまでもなく解し、その容姿は類まれなる美しさとか。長安の都に観音様の遺跡と貝葉の経文が残されていると聞き、昨年、師に伴われて都に上り、現在は西門の外にある牟尼院に住んでおります。その師は、先天神数という占術に大変通じておりましたが、昨年の冬に亡くなりました。妙玉は、師の遺骨を故郷に持ち帰るつもりでおりましたが、師は臨終の際に『そなたの衣食住は故郷にあらず。この地に静かに留まれば、いずれ自ずとそなたの行く末も定まろう』と言い残されたため、帰郷せずにいるとのことでございます」
王夫人は、報告が終わるのを待ちきれぬように言った。
「それならば、どうしてその方をお迎えに行かぬのです」
林之孝の妻は言った。
「お招きしたのですが、かの者は『侯門公府は、とかく権勢をもって人を従わせようとするもの。わたくしは決して参りませぬ』と申しまして」
王夫人は笑って言った。
「官家の娘であったというのなら、少しばかり気位が高いのも無理はないでしょう。手紙を認めて、丁重にお招きすればよいのです」
林之孝の妻は承知して下がり、書記に招待状を書かせて妙玉を招く手筈を整えた。翌日、人を遣わして迎えの車を準備させる話は、また後のこととして、ここでは一旦筆を置く。
その時、また別の者が報告に来た。工事場で布を張るための紗綾が足りぬゆえ、鳳姐様に蔵の鍵を開けていただき、紗綾を選ばせてほしいとのこと。また別の者は、金銀の器を納めるため、鳳姐様に蔵を開けてほしいと頼みに来た。王夫人や上房の侍女たちも、誰もが一刻の暇もない様子であった。
宝釵が言った。
「私たちがここにいては、お仕事の邪魔になるばかり。探春のところへ参りましょう」
そう言って、宝玉と黛玉を伴い、迎春たちの部屋へと向かい、しばし時を過ごした。この話も、また一旦はさて置く。
王夫人らは来る日も来る日も準備に追われ、十月も終わる頃、ようやく万事の支度が整った。各所の管理者は帳簿を締め、あちこちの骨董や工芸品もすべて飾り付けられた。仙鶴、孔雀、鹿、兎、鶏、鵞といった鳥獣も買い揃えられ、庭のあちこちで飼育された。賈薔の方でも二十幕の芝居の準備が整い、若い尼僧や道女たちも経文を諳んじられるようになった。賈政は漸く安堵の息をつき、賈母らを庭に招いては一つ一つを確かめ、一切に手抜かりがないことを確認した。
そこで賈政は日を選び、上奏文を奉った。奏上が許された日、帝より朱筆の許しを得て、翌年の正月十五日、元宵の節句の日に、賈妃が恩情により帰省することが決まった。賈家はこの知らせを受けるや、いよいよ昼夜を分かたず準備に追われ、正月さえも心安らかに過ごすことができなかった。
あっという間に元宵の節句が近づいた。正月八日からは、宦官が先乗りして下見に訪れた。どこで衣を改め、どこで休息し、どこで拝礼を受け、どこで宴を開き、どこで寝所につくか。また、巡察を司る宦官たちが、大勢の下級宦官を引き連れて現れ、各所の警備、衝立の配置、賈家の人々の控えの間、跪く場所、食事の場所、報告の作法に至るまで、様々な儀礼を細かく指示した。屋敷の外では工部の役人や五城兵備道の役人たちが道を掃き清め、見物人を遠ざけた。賈赦らは職人を督促して花灯篭や花火を作らせ、十四日にはすべての準備が整った。その夜は、屋敷中の誰もが一睡もせずに夜を明かした。
十五日の五鼓、夜明け前のまだ暗い中、賈母をはじめ爵位を持つ者たちは皆、それぞれの位にふさわしい正装に身を包んだ。庭のあちこちには、龍の文様を織り出した幕や、鳳凰の飾りをつけた御簾が掛けられ、金銀がまばゆく輝き、宝石がその美を競っていた。香炉からは百合の香が立ち上り、花瓶には長春の花が生けられ、辺りは静まり返り、人の咳一つ聞こえなかった。賈赦らは西の門外に、賈母らは栄国府の大門の外に、それぞれ整列してその時を待った。道や路地の入り口は、すべて幕で厳重に覆われていた。
待ちくたびれた頃、不意に一人の宦官が大きな馬に乗り、ゆるりとやって来た。賈母は慌てて出迎え、様子を尋ねた。宦官は言った。
「まだまだ早うございます。未の初刻に夕餉を済まされ、未の正二刻には宝霊宮にて仏を拝まれ、酉の初刻に大明宮にて宴と花火をご覧になってから、ようやくお沙汰がありましょう。おそらく戌の初刻にならねば、ご出発は叶いますまい」
これを聞いた鳳姐が言った。
「さようでございますか。では奥様、皆様、一旦お部屋へお戻りください。お時間になりましたら、またお越しになっても遅くはございません」
こうして賈母らは一旦休息に入り、庭のことはすべて鳳姐が取り仕切ることになった。また、執事たちに命じ、宦官たちを酒宴へと案内させた。間もなく、人々が灯籠を天秤棒で担いで次々と運び込み、各所に明かりが灯されていった。
ちょうど明かりが灯り終えたその時、突如として外から馬の駆ける音が聞こえてきた。ほどなくして、十数人の宦官が息を切らせて駆け寄り、手をぱんぱんと叩いた。それが「お成り、お成り」という合図であることを、皆は悟り、それぞれの持ち場へとついた。賈赦は一族の男たちを率いて西の門外に、賈母は女たちを率いて大門の外で出迎えた。しばしの静寂の後、一対の赤い衣をまとった宦官が馬に乗り、ゆっくりと現れた。西の門に着くと、彼らは馬から降り、馬を幕の外へと追いやり、南を向いて直立した。しばらくしてまた一対、同じように現れた。やがて十組ほどが揃うと、ようやく微かな楽の音が聞こえてきた。
龍の旗や鳳凰の羽飾り、雉の羽、夔の頭を模した飾りなどが、一対また一対と続いていく。金糸で飾られた香炉からは御香が燻され、その後に七羽の鳳凰をかたどった金の傘が通り過ぎると、ようやくきらびやかな冠や衣、帯などが見えてきた。また、執事の宦官たちが、香珠、刺繍の手巾、うがいの器、払子などを恭しく捧げ持っていた。一隊が過ぎ去ったその後ろから、八人の宦官が担ぐ、金色の鳳凰の飾りがついた輿が、ゆっくりと進んできた。賈母らは慌てて道端にひれ伏した。
早くも数人の宦官が駆け寄り、賈母、邢夫人、王夫人を支え起こした。輿は大門をくぐり、儀門を入り、東へ向かうと、ある中庭の門前に着いた。払子を持った宦官が跪き、輿を降りて衣を改めるよう促した。輿が門をくぐると、宦官たちは散り、昭容や彩嬪といった女官たちが元春を輿から降ろした。庭には様々な花灯篭がきらめき、いずれも紗綾で作られた精巧なものであった。その中の一つ、額のような形の灯篭には、「体仁沐徳」という四文字が書かれていた。元春は部屋に入り、身支度を終えると再び外へ出て、輿に乗り庭へと進んだ。
庭の中は香の煙が霞のようにたなびき、花の色は鮮やかに咲き誇り、至る所で灯りが互いを映し合い、絶えず微かな楽の音が賑やかに響いていた。この泰平の世の景色、富貴にして風雅な趣は、とても言葉では言い尽くせない。元春はふと、自分がかつて大荒山の青埂峰の下で、かくも寂しく心細い思いをしたことを思い出した。もしあの癩病の僧と足の不自由な道士が連れ出してくれなければ、どうしてこのような人の世の栄華を見ることができたであろうか。本来ならば今日のこの日のために「灯月賦」や「省親頌」を作るべきところであろうが、それでは他の書物の陳腐な模倣になることを恐れた。今のこの景色は、たとえ賦や賛を作ったとしても、その妙をすべて表現することはできまい。そしてまた、賦や賛を作らずとも、その豪華絢爛たる様は、これを読む皆様にも想像がつくことであろう。そこで、この手間と紙墨を省き、物語の本筋へと話を進めることにする。
さて、賈妃は輿の中から、この庭の内外がかくも豪華であるのを見て、心の中ではそのあまりに贅沢な浪費にため息をつくのであった。
不意に、払子を持った宦官が跪き、船に乗るよう促した。賈妃は輿を降りた。清らかな流れが一筋、龍が戯れるかのような勢いで走り、両側の石の欄干には、ことごとく水晶硝子の風灯が掛けられ、銀の花や雪の波のようにきらめいていた。水辺の柳や杏の木は、まだ花も葉もつけていないが、皆、通草や絹、紙などでその形通りに作られ、枝に貼り付けられていた。一本の木ごとに数個の灯篭が吊るされ、さらに池の中の蓮や水草、水鳥なども、すべて貝殻や鳥の羽などで精巧に作られていた。すべての灯りが水面に映り、上下で輝き合う様は、まさに硝子の世界、宝石の天地であった。船上の様々な見事な盆栽や灯篭、珠の御簾、刺繍の幕、桂の櫂に蘭の櫂などについては、言うまでもない。
やがて船は石の入り江に入り、その上には一枚の扁額の灯篭が、「蓼汀花漵」の四文字を明るく照らしていた。(この四文字や「有鳳来儀」などの名は、実のところ前回、賈政がたまたま宝玉の詩歌の才を試すために題させたものに過ぎなかった。なぜ今日、この扁額を正式に用いたのであろうか。まして賈政は代々学者の家柄で、訪れる客は皆、才気溢れる者ばかりである。なぜ名のある書家に題させず、子供の戯れの言葉で間に合わせたのか。それはまるで、成金の家が金に飽かせて派手に飾り立て、その上に「前門緑柳垂金鎖、後戸青山列錦屏」といった文句を大書して、それを風雅であると思い込むような行いであり、この「石頭記」に描かれる寧栄二府の賈家のすることとは思えない。こう考えると、大いに矛盾しているように思われる。しかし、皆様はご存じないであろうが、ここで愚かな私がその経緯を説明すれば、きっとご納得いただけるはずである。)
その昔、賈妃がまだ宮中に入る前、幼い頃から祖母である賈母に育てられた。後に宝玉が生まれると、賈妃は長姉として、まだ幼い弟をことのほか可愛がった。祖母が年老いてから授かった弟であることを不憫に思い、他の弟たちとは違う特別な愛情を注いだのである。また、賈母と共に暮らし、片時もそばを離れなかった。宝玉がまだ学問を始める前の三、四歳の頃には、賈妃がその手を引き、口移しに教え込み、数冊の書物と数千の文字を彼の頭に授けた。名目上は姉弟であったが、その情愛はあたかも母子のようであった。宮中に入ってからも、度々親に手紙を送り、「決して厳しくしすぎてはなりませぬが、厳しくしなければ大物にはなれませぬ。しかし、厳しすぎるともしもの事を招き、かえってご両親の憂いの種となりましょう」と言い聞かせていた。弟を思う切なる愛情は、一瞬たりとも忘れることはなかったのである。
先日、賈政は、家の教師が陰で宝玉を「偏った才能ではあるが、非凡なものがある」と褒めているのを聞いても、にわかには信じられなかった。ちょうど庭が完成したのを機に、彼の感性や思考の程を試そうと、扁額を題させたのである。彼が考え出した扁額や対聯は、必ずしも絶妙な句とは言えないまでも、幼い子供が作ったものとしては見るべきものがあった。他の名のある大家に大筆を揮わせるのはたやすいことであったが、考えてみれば、これはこれで我が家の趣があって面白い。また、賈妃がこれを見て、愛する弟の作であることを知れば、日頃の切なる願いに背くことにはなるまい。このような経緯があったため、宝玉が題した対聯や扁額をそのまま用いることになったのである。あの日、まだ題し終えていなかったものは、後に追加で題させたのであった。
さて、余談はこれまでとし、賈妃は「蓼汀花漵」の四文字を見て、微笑んで言った。
「『花漵』の二文字は良いが、どうして『蓼汀』を加える必要があるのか」
そばに控えていた宦官はこれを聞き、慌てて小舟を降りて陸に上がると、賈政のもとへ飛んでいき、その旨を伝えた。賈政はそれを聞くと、すぐに扁額を替えさせた。間もなく、船は岸に着き、再び輿に乗ると、美しい宮殿と立派な御殿が見えてきた。石の牌坊には、「天仙宝境」の四文字が掲げられていたが、賈妃は慌てて「省親別墅」の四文字に替えるよう命じた。
そうして行宮へと入った。見渡せば、庭の松明は天を焦がすように燃え盛り、香の粉が地面に敷き詰められ、火の樹のような美しい花々が咲き乱れ、金の窓に玉の欄干が輝いていた。海老の髭のように繊細な御簾、カワウソの毛皮でできた絨毯、麝香の香りを放つ鼎、雉の尾で作られた扇が並べられ、その豪華さは言葉に尽くせなかった。
まさしく、
金の門、玉の戸、そは神仙の府。
桂の御殿、蘭の宮、そは妃子の家。
賈妃が尋ねた。
「この御殿にはなぜ扁額がないのか」
付き従う宦官が跪いて申し上げた。
「ここは正殿でございますゆえ、外臣が勝手に題することは叶いませぬでした」
賈妃は頷き、黙っていた。儀礼を司る宦官が跪き、座に着いて拝礼を受けるよう促すと、両側で楽隊が音楽を奏で始めた。儀礼官二人が賈赦、賈政らを月台の下に並ばせたが、殿上の女官である昭容が「免ずる」と伝えると、宦官は賈赦らを退出させた。また、宦官が賈母と女たちを東の階段から月台に並ばせたが、昭容は再び「免ずる」と伝えた。そうして皆、退出した。
茶が三度献上され、賈妃が座を降りると、楽隊は演奏を止めた。側殿に退き、衣を改めると、ようやく帰省の輿に乗って庭を出、賈母の正室へと向かった。そこで家族としての礼を行おうとしたが、賈母らは皆、跪いてそれを止めた。賈妃は目にいっぱいの涙を溜めながら、ようやく賈母と王夫人の手を取った。三人は胸の内に言いたいことが山ほどあったが、誰一人として言葉にすることができず、ただ互いにむせび泣くばかりであった。邢夫人、李紈、王熙鳳、そして迎春、探春、惜春の三姉妹らが、皆その周りを取り囲み、涙を流して黙っていた。
しばらくして、賈妃は悲しみをこらえ、無理に笑顔を作って賈母と王夫人を慰めた。
「あの日、わたくしをあの会うことのできぬ場所へお送りになったのですから、せっかく今日、家に戻り母娘が一つになれたというのに、笑い合うどころか、かえって涙に暮れている。もう少しすれば、わたくしはまた行かねばならぬのです。次にいつ来られるのかもわからぬというのに…」
その言葉を口にすると、思わずまたむせび泣いてしまった。邢夫人らが慌ててなだめた。賈母らは賈妃を席に戻し、続いて皆が一人一人挨拶をしたが、またしても涙の対面となった。
その後、東西両府の家政を司る男たちが広間の外で礼を行い、両府の家事を預かる妻たちが侍女たちを引き連れて礼を行った。賈妃が尋ねた。
「薛姨媽、宝釵、黛玉はなぜ顔が見えぬのか」
王夫人が申し上げた。
「外戚で官位もございませんので、勝手に入ることは許されぬかと存じました」
賈妃はそれを聞くと、慌てて招き入れるよう命じた。間もなく、薛姨媽らが姿を見せたが、国の礼を行おうとするのをまた免じさせ、近くに呼び寄せて久しぶりの挨拶を交わした。また、賈妃がかつて宮中へ連れて行った侍女の抱琴らが挨拶に上がったが、賈母らは慌てて彼女たちを立たせ、別の部屋でもてなすよう命じた。
執事の宦官や、彩嬪、昭容といった供の者たちは、寧国府と賈赦の屋敷でそれぞれもてなされ、三、四人の若い宦官だけが控えの間に残った。母娘姉妹は、積もる別離の情を語り合い、家のことや身の上話を交わした。
また、賈政が御簾の外から安否を伺うと、賈妃は御簾を垂らしたまま礼を行った。そして、御簾越しに涙声で父に語った。
「田舎の家ならば、たとえ粗末な食事であろうとも、親子団欒の楽しみがございます。今は富貴を極めても、肉親は離れ離れとなり、結局は何の趣もございません」
賈政も涙ながらに申し上げた。
「私のような取るに足らぬ身の上で、まさか鳳凰が舞い降りるような吉兆に恵まれようとは、夢にも思いませんでした。今、貴人様が上は天の御恩を賜り、下はご先祖の徳を輝かせているのは、ひとえに山川日月が放つ精気と、祖宗の深い徳がその一身に集まったものであり、幸いにも我ら夫婦にまでその恩恵が及んだものでございます。また、今上帝は、天地が万物を育む大いなる徳をお開きになり、古今未曾有の広大なご恩を垂れておられます。たとえこの身がどうなろうとも、臣としてそのご恩の万分の一にでも報いることができるでしょうか。ただ朝な夕な怠ることなく、職務に忠実に励むほかはございません。願わくは、我が君が万歳を重ねられますように。これこそが、天下万民の等しい願いでございます。貴妃におかれましては、決して我ら夫婦の老い先を気にかけてお心を煩わされることなく、くれぐれもご自愛くださいませ。ただひたすらに、恐れ敬い、勤勉に慎み深く帝にお仕えください。そうすれば、帝がこれほどの深いご恩をかけてくださったことに背くことにはなりますまい」
賈妃もまた、「ただひたすらに国のことを重んじ、お暇な折にはご養生ください。決してわたくしのことなどお気になさいますな」と忠告した。
賈政は再び申し上げた。
「庭の亭や楼閣の名は、すべて宝玉が題したものでございます。もし少しでもお気に召すものがございましたら、別に名を賜りたく存じます」
元妃は、宝玉が題したと聞き、笑みを浮かべて言った。
「果たして、腕を上げたのですね」
賈政はそう聞くと、静かに退出した。
賈妃は、宝玉と黛玉の二人が、他の姉妹とは際立って異なり、あたかも美しい花か、柔らかな玉のようであるのを見た。そこで尋ねた。
「宝玉はなぜ挨拶に参らぬのか」
賈母が申し上げた。
「勅命がございませんので、殿方は勝手に入ることが叶いませぬ」
元妃は「早く招き入れなさい」と命じた。若い宦官が宝玉を導いて入ると、宝玉は国の礼を行った。元妃は彼を前へと進ませ、その手を取って懐に抱き寄せ、彼の頭を撫でながら微笑んで言った。
「以前より、ずいぶんと大きくなったこと…」
言い終わらぬうちに、涙が雨のように流れ落ちた。
尤氏、鳳姐らが進み出て言った。
「宴席の支度が整いました。貴妃様、どうか庭をご覧くださいませ」
元妃らは立ち上がり、宝玉を案内役として、皆と共に庭の門へと向かった。すでに灯りと花火の中で、様々なものが美しく飾られていた。庭に入ると、まず「有鳳来儀」「紅香緑玉」「杏帘在望」「蘅芷清芬」といった場所を巡り、楼に登り閣を歩き、水を渡り山を巡り、四方を眺め、行きつ戻りつした。一つ一つの場所は趣が異なり、一つ一つの飾りは目新しかった。賈妃はしきりに褒め称えたが、「今後はあまり贅沢に過ぎぬように。これはあまりにも分不相応というものです」と忠告するのも忘れなかった。
やがて正殿に着き、礼を免じて席に戻ると、盛大な宴が始まった。賈母らが下座に座り、尤氏、李紈、鳳姐らが自ら羹を捧げ、杯を注いで回った。
元妃は筆と硯を準備させ、自ら筆を取り、特に気に入ったいくつかの場所に名を賜った。その書によると、
「顧恩思義」の扁額
天地は宏大な慈悲を開き、赤子も老人も共にその恩に感謝し、これを戴く。
古今に類なき広大な模範を垂れ、国中の隅々にまでその恩恵は及ぶ。
この一つの扁額と一つの対聯は、正殿に掲げられた。
庭の名を「大観園」とし、「有鳳来儀」を「瀟湘館」に、「紅香緑玉」を「怡紅快緑」(すなわち「怡紅院」)に改め、「蘅芷清芬」を「蘅蕪苑」に、「杏帘在望」を「浣葛山荘」と賜名した。正楼は「大観楼」とし、東側の張り出した楼を「綴錦閣」、西側の斜めの楼を「含芳閣」と名付けた。また、「蓼風軒」「藕香榭」「紫菱洲」「荇葉渚」などの名があり、さらに「梨花春雨」「桐剪秋風」「荻蘆夜雪」といった四文字の扁額が十数個あったが、ここではすべてを記すことは難しい。また、元々あった扁額や対聯は、すべて外すには及ばぬと命じた。
そこで、まず一首の絶句を詠んだ。
山を抱き水を擁して築かれし雅なる庭は、
多くの工夫を凝らしてようやくその姿を成した。
天上界と人間界のすべての景色を備えた、
この麗しき庭には「大観」の名こそふさわしい。
書き終えると、姉妹たちに微笑みながら言った。
「わたくしが元来、即興の才に乏しく、詩歌を詠むのも得意でないことは、妹たちもよく知っているでしょう。今夜はとりあえず、この景色に背かぬよう、務めを果たしたに過ぎません。後日、少し暇ができたならば、必ずや『大観園記』と『省親頌』を補作し、今日のことを記録しましょう。妹たちも、それぞれ一つの扁額と一首の詩を詠みなさい。才能の長短は問いません。とりあえず、思いのままに詠んでごらんなさい。わたくしの拙い詩に縛られる必要はありません。それに、宝玉が詩を詠めるようになっていたとは、わたくしにとって思いがけない喜びです。この中で『瀟湘館』と『蘅蕪苑』の二ヶ所は、わたくしがことのほか愛する場所です。次に『怡紅院』と『浣葛山荘』を加えた四つの場所については、必ず別の詩で詠むのが良いでしょう。以前に題した対聯も佳作ですが、今改めて、それぞれ五言律詩を一首ずつ作らせ、わたくしがこの場で試してみることにします。そうすれば、わたくしが幼い頃から教え込んだ苦心も報われるというものです」
宝玉は承知し、席を降りて思索を始めた。
迎春、探春、惜春の三姉妹の中では、探春が最も才能に秀でていたが、それでも薛宝釵や林黛玉には及ばないことを自覚しており、ただ皆に従って務めを果たすだけであった。李紈も、なんとか一首をひねり出した。賈妃は、まず姉妹たちの作品を順に見ていった。
見終えると、賈妃は称賛して言った。
「結局のところ、薛家の娘と林家の娘、二人の作品が格別で、我ら姉妹の詩など、とても並べるべきものではないわ」
実は、林黛玉は今夜、己の才能を存分に発揮し、皆を圧倒してやろうと心に期していた。しかし、賈妃が扁額一つ、詩一首と命じたため、命に背いて多く作るわけにもいかず、とりあえず五言律詩を一首作って応じるに留めたのであった。
その時、宝玉はまだ詩を完成させておらず、ちょうど「瀟湘館」と「蘅蕪苑」の二首を詠み終え、「怡紅院」の一首に取り掛かっているところであった。その下書きに「緑玉春猶巻」という句があった。宝釵はふとそれを瞥見すると、皆に気づかれぬよう、そっと彼を押して言った。
「あの方は『紅香緑玉』の四文字をお好みにならなかったため、『怡紅快緑』とお改めになったのですよ。あなたが今、『緑玉』の二文字を使うのは、わざとあの方に逆らおうとしているように見えませんか。それに、芭蕉の葉に関する言い方はたくさんございます。もう一文字考えて、変えたらいかがです」
宝玉は宝釵の言葉に、はっとして汗を拭いながら言った。
「今は、何の典故も思い浮かばないのだ」
宝釵は微笑んで言った。
「『緑玉』の『玉』の字を、『蜡』の字に変えればよろしいわ」
宝玉が尋ねた。
「『緑蜡』という言葉に出典はあるのか」
宝釵はそう問われると、そっと舌を鳴らして頷きながら笑った。
「あなたが今夜、この程度で済むのは良いけれど、将来、科挙の殿試に臨む時には、『趙銭孫李』といった基本的なことさえ忘れてしまうのではありませんか。唐の銭珝が詠んだ芭蕉の詩の最初の句に、『冷燭無煙緑蜡乾』とあるのを、お忘れになったのですか」
宝玉はこれを聞き、目から鱗が落ちる思いで、笑いながら言った。
「僕が悪かった、悪かった。目の前にあるのに思い出せないとは。まさに君は『一字の師』だ。これからは君を師匠と呼ぶよ。もう決して姉さんなどとは呼ばない」
宝釵もそっと笑いながら言った。
「早く続きをお作りなさい。いつまでも姉さん妹さんなどと言って。誰があなたの姉さんですって?あの上に黄色い衣を着ていらっしゃるのが、あなたの姉さんでしょう。またわたくしを姉さんだなんて」
そう笑いながらも、彼が時間を無駄にすることを案じ、席を外した。宝玉は詩作を続け、合わせて三首を完成させた。
この時、林黛玉は自分の才能を発揮しきれなかったことに不満を感じていた。宝玉が一人で四首もの律詩を作るのに難儀しているのを見て、彼の代わりに二首ほど作ってあげれば、彼の心労も少しは軽くなるのではないかと思った。
そう思い立つと、宝玉の机のそばへ歩み寄り、そっと尋ねた。
「もう全部できたの?」
宝玉は言った。
「ちょうど三首できて、『杏帘在望』の一首だけが残っているよ」
黛玉は言った。
「それならば、あなたは前の三首だけを清書なさい。あなたがそれを書き終えるまでに、わたくしが残りの一首を作ってあげるわ」
言い終わるが早いか、うつむいて一考すると、すでに一首を詠み終えていた。それを紙に書きつけ、玉のように丸めて彼の前に投げた。宝玉が開いて見ると、この一首が自分の作った三首よりも十倍も優れていると感じ、喜びに震えた。すぐに丁寧に清書して、賈妃に差し出した。
賈妃は見終わり、心から喜んで言った。
「果たして、上達しているわ」
そして、「杏帘」の一首を、前の三首の中で最高傑作であるとし、その場で「浣葛山荘」を「稲香村」と改名した。また、探春に命じて、別の色紙に先ほどの十数首の詩を清書させ、宦官に命じて外の広間へと届けさせた。賈政らはこれを見て、皆、口々に称賛した。賈政はまた、「帰省頌」を献上した。元春は、瓊酥や金膾といったご馳走を、宝玉と賈蘭に下賜した。賈蘭はまだ幼く、事の次第はわからなかったが、ただ母に従い、叔父に従って礼を行うだけであった。賈環は年の初めから病に伏し、まだ癒えていなかったため、別の場所で療養しており、この場にはいなかった。
その頃、賈薔が率いる十二人の女優たちは、階下で待ちくたびれていた。突然、一人の宦官が飛んできて、「詩が終わったぞ、早く芝居の演目を持って参れ」と声をかけた。賈薔は急いで錦の冊子を差し出し、十二人の女優の名簿も添えた。
しばらくして、宦官が出てきて、四つの演目を指定した。第一出は「豪宴」、第二出は「乞巧」、第三出は「仙縁」、第四出は「離魂」であった。賈薔は慌てて支度を整えさせた。女優たちは一人一人、岩をも砕くような歌声と、天女のような舞を披露した。作り物の姿でありながら、喜びも悲しみも、その情を余すところなく演じきった。
ちょうど演じ終わったところに、一人の宦官が金の盆に餅や菓子を載せて入ってきて、「齢官はどなたかな」と尋ねた。賈薔は、齢官への下賜品であると察し、喜んでそれを受け取ると、齢官に頭を下げさせた。宦官はまた言った。
「貴妃様からのお言葉で、『齢官は大変見事である。さらに二幕、どの演目でも構わぬから演じなさい』とのことでございます」
賈薔は承知し、齢官に「游園」と「驚夢」の二幕を演じるよう命じた。しかし齢官は、自分の役ではないとして頑としてそれを拒み、「相約」と「相罵」の二幕を演じると言って譲らなかった。賈薔は彼女に逆らうことができず、やむなくその通りにさせた。賈妃は大変喜び、「この娘に無理をさせてはならぬ。良く教え導きなさい」と命じ、別に宮廷の絹二反、荷包二つ、金銀の塊、食べ物などを下賜した。
その後、宴を終え、まだ訪れていなかった場所を再び見て回った。突然、山に囲まれた寺院が見え、慌てて手を洗い清めて中に入り、香を焚いて仏を拝むと、「苦海慈航」という扁額を題した。また、尼僧と道女たちにも、それぞれ恩恵を施した。
しばらくして、宦官が跪いて申し上げた。
「下賜品はすべて揃いました。規定に従い、ご確認ください」
そして、簡略な目録を差し出した。賈妃はそれに目を通し、すべてが妥当であることを確認すると、この通りに実行するよう命じた。宦官たちはそれを聞くと、一つ一つ品々を配り始めた。
賈母へは金玉の如意、沈香の杖など、宝玉や黛玉ら姉妹へは新刊の書物、宝硯、金銀の塊など、数々の品々が与えられた。
皆が恩に感謝した後、執事の宦官が申し上げた。
「時刻は、丑の正三刻となりました。どうか、ご帰還くださいませ」
賈妃はこれを聞き、思わずまた目に涙を溢れさせた。しかし、無理に笑顔を作ると、賈母と王夫人の手を固く握り、離しがたい様子で、重ねて丁寧に言い聞かせた。
「どうか、お気になさらず。くれぐれもご養生ください。今は帝の御恩が広大で、一月に一度は宮中に参内し、ご機嫌を伺うことができます。お会いする機会はたくさんございますから、どうかお悲しみにならぬように。もし来年もまた天の御恩で帰省が許されたなら、決してこのように贅沢をしてはなりませぬぞ」
賈母らは、もう泣き咽んで言葉にならなかった。賈妃もまた別れを惜しんだが、王家の定めには逆らえず、涙をこらえて輿に乗り、去っていった。
その場に残った人々は、幾度も賈母と王夫人を慰め、ようやくその心を静めると、庭の門を出て上房へと入っていった。
さて、この後の展開を知るには、また次回を待たねばならない。
『紅楼夢』第十八回の要約
この回は、大きく二つのパートに分かれています。
【前半】宝玉と黛玉の恋模様
宮中の妃である姉・元春の里帰りに向けて作られた庭園で、父に詩の才能を認められ上機嫌の宝玉。しかし、お祝いムードの中で従者たちにからかわれ、身につけていたアクセサリー類をすべて奪われてしまいます。
それを見た従妹の黛玉は、自分が心を込めて贈った匂い袋まで人にあげてしまったと勘違い。嫉妬と悲しみから、宝玉のために作っていた刺繍の香袋をハサミで切り刻んでしまいます。
宝玉は慌てて、黛玉の匂い袋だけは取られまいと懐に隠していたことを見せます。自分の早とちりに気づいた黛玉は、後悔と恥ずかしさで言葉を失います。一度は気まずくなる二人ですが、宝玉の懸命なとりなしで、最後には仲直りするのでした。若く繊細な二人の、誤解と愛情が瑞々しく描かれます。
【後半】元春の里帰り ― 栄華の頂点と悲哀
いよいよ元宵節の夜、皇帝の妃となった宝玉の姉・元春が、ものものしい行列を従えて実家である賈家に里帰りします。賈家はこの日のために、莫大な富を投じて「大観園」という壮麗な庭園を完成させていました。
家族との涙の再会を果たした元春ですが、その喜びも束の間。宮中の厳格なしきたりに縛られ、家族と自由に言葉を交わすことさえままなりません。彼女は、賈家のあまりの贅沢ぶりに心を痛めつつ、宮中での孤独を滲ませます。
宴の席で、元春は弟の宝玉や従妹たちに、大観園の建物をテーマに詩を詠むよう命じます。宝玉は詩作に苦しみますが、黛玉や宝釵の助けを借りて見事な作品を仕上げ、姉を喜ばせます。
華やかな宴と芝居が繰り広げられますが、滞在はわずか数時間。深夜には宮中に戻らなければなりません。元春は再び涙ながらに家族に別れを告げ、帰っていきます。賈家は栄華の絶頂を迎えましたが、その後に残ったのは祭りの後のような深い寂しさでした。この一瞬の輝きは、やがて来る賈家の没落を予感させる、切なくも美しい場面となっています。
この物語が示す真髄とは
『紅楼夢』は単なる貴族の恋愛小説や家庭小説ではありません。第十八回は、この作品が持つ深いテーマを象徴的に描き出しています。
時代背景と階級社会の現実
物語の舞台は18世紀、清朝中期の中国です。表面的には繁栄を謳歌していましたが、その内部では腐敗や格差が進行していました。
政治と貴族: 賈家のような貴族の富と権力は、皇帝との繋がりによって成り立っています。元春が妃になったことで、賈家は絶頂期を迎えます。しかし、それは非常に不安定なものであり、皇帝の寵愛が失われれば一瞬で崩れ去る砂上の楼閣です。たった一晩の里帰りのために国が傾くほどの浪費をすることは、彼らの見栄と虚飾に満ちた生活が、いかに現実離れし、持続不可能なものであるかを物語っています。
貴族と民衆: 華やかな貴族の生活は、女優や使用人といった多くの民衆の労働の上に成り立っています。彼らは貴族の気まぐれに翻弄される存在ですが、物語の中では彼ら自身の意志や感情も垣間見え、階級社会の複雑な人間模様が描かれています。
作者が伝えたかった文化的・宗教的メッセージ
この回を通じて作者が示したかった真髄は、「この世の栄華はすべて儚い夢幻である」という仏教的な無常観です。
「真」と「仮」の対比:
華やかな「仮」の世界: 壮麗な大観園、美しい詩歌、優雅な芝居。これらはすべて人間が作り出した、美しくも空虚な「仮」の世界です。元春が涙ながらに家族との心の触れ合いを求める姿は、儀礼や体面に縛られた世界の虚しさを浮き彫りにします。
純粋な「真」の心: それに対して、前半で描かれる宝玉と黛玉の感情のぶつかり合いは、不器用ながらも人間的な「真」の愛情です。作者は、偽りの栄華よりも、こうした純粋な人間の心をこそ尊いものとして描いています。
栄枯盛衰という摂理:
この第十八回は、賈家の栄光が頂点に達した瞬間です。しかし、その輝きが強ければ強いほど、読者はその後に訪れるであろう深い闇(=没落)を予感します。「盛者必衰」という、この世の逃れられない法則を、最も華やかな場面を通して逆説的に示しているのです。元春の短い滞在と悲しい別れは、まさに一瞬で消える花火のようであり、賈家の運命そのものを象徴しています。
結論として、作者はこの回で、人間の作り出した富や権力、文化がいかに脆く、儚いものであるかを読者に示しました。そして、その虚飾に満ちた世界の中で、人々が本当に求めるべきものは何か、人間にとっての「真の幸福」とは何かを問いかけているのです。この回は、『紅楼夢』という壮大な悲劇の序曲であり、物語全体のテーマを凝縮した重要な一章と言えるでしょう。




