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私説 紅楼夢への夢  作者: 光闇居士


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第十六回:賈元春、才をもって鳳藻宮に選ばれ。秦鯨卿、若くして黄泉路に逝く。

挿絵(By みてみん)

『紅楼、夢のあわい、墨に染む』

「右に栄華、左に死の影。中央の柳、夢のあわい。

墨の濃淡、人生の理。紅楼の夢、儚く染まる。」


【しおの】

さて、宝玉が外の書斎を片付け、秦鐘と共に夜な夜な読書に励もうと約束を交わした折のこと。

されど秦鐘は、もとより病弱の身。さきの郊外での風邪に加え、尼僧の智能と情を交わしたことで養生を怠り、床に就く日が多くなっていた。帰宅してからは咳と熱が続き、食も進まず、もはや持ちこたえられぬ様子であった。致し方なく外出を控え、家で療養する日々が続いた。宝玉はすっかり興を削がれ、秦鐘が全快する日を待つほかなかった。

一方、鳳姐はといえば、水月庵の雲光より事の首尾はすべて恙無く運んだとの知らせを受け取っていた。さきに鳳姐が仕組んだ、富家の張家が娘の婚約を破棄させ、その見返りに大金を得た一件である。

尼僧が張家に伝えたところ、守備の家は怒りを呑んで婚約の解消に応じ、結納の品々を受け取ったという。

ところが、この張家の両親は権勢と富を貪る輩であったが、その娘、金哥は義理人情に厚い気性の持ち主であった。両親がかつての約束を反故にしたと知るや、彼女は一本の麻縄で人知れず首を吊って命を絶ってしまった。

守備の家の息子もまた、情の深い男であった。金哥が自害したと聞き、妻となるはずであった人の義に応えんと、自ら川に身を投げて後を追った。

かくして張家と守備の家は世間への面目を失い、人も財も空しく失う羽目となったのである。

かたや鳳姐は、労せずして三千両もの大金を懐にし、王夫人らはこの一件を全く知る由もなかった。これを機に鳳姐の度胸はますます据わり、これより後、同様のことがあれば、己が意のままに事を運ぶようになっていった。

ある日、賈政の誕生日に、寧国府と栄国府の一族郎党がこぞって集い、盛大な祝いの宴が催されていた。

そのさなか、門番が慌ただしく駆け込んできて、席前にて声を張り上げた。「六宮の総太監、夏老爺様が、勅命を奉じてお見えになりました」

賈赦、賈政をはじめ一族の者らは、何事かと色を失い、慌てて芝居を止めさせ、酒席を片付け、香を焚き、中門を開いてひれ伏し、勅使を迎えた。

ほどなくして、六宮都太監の夏守忠が、多くの宦官を従えて馬で乗りつけた。夏守忠は詔書を携えるでもなく、軒先で馬を降りると、満面に笑みを湛え、広間へと歩み寄り、南を向いて厳かに口上を述べた。

「帝より特に勅命である。賈政、ただちに入朝し、臨敬殿にて陛見を賜れ」

そう言い放つと、茶を一口飲む間もなく、再び馬上の人となり、風のように去っていった。賈赦らは吉事か凶事か測りかね、ともあれ急いで朝服に着替え、宮中へと向かった。

賈母をはじめ一族の者らは、言い知れぬ不安に胸を騒がせながらも、ひっきりなしに人をやっては知らせを待った。一刻ほどが過ぎた頃であろうか、賴大ら三、四人の供回りが息せき切って儀門に駆け込み、こう叫んだ。「お喜びくださいませ。旦那様より言伝てでございます。大奥様、奥方様がた、急ぎ入朝し、ご恩に謝せよ、とのこと」

その時、賈母は不安な面持ちで大広間の廊下に佇んでいた。邢夫人、王夫人、尤氏、李紈、鳳姐、迎春ら姉妹、そして薛姨媽も、皆そこに寄り添っていた。知らせを聞いた賈母は、賴大を呼び寄せ、詳しい事情を問うた。

賴大は答えて言う。「私どもは臨敬門の外にて控えておりましたゆえ、中の様子はとんと分かりませんでしたが、しばらくして夏太監様が出てこられ、『祝着である。そなたの家の大姫君が鳳藻宮尚書に叙せられ、賢徳妃の称号を賜った』と仰せになりました。その後、旦那様もお見えになり、同様に私どもへお命じになった次第です。旦那様は今、東宮へ向かわれました。大奥様と奥方様がたは、急ぎ謝恩のため入朝なされませ」

これを聞き、賈母らはようやく安堵の息をつくと、その顔にはたちまち喜色があふれ、館の隅々にまで歓声が響き渡った。一同、それぞれの身分に応じた正装に身を包み、賈母は邢夫人、王夫人、尤氏を伴い、四つの大きな駕籠で宮中へと向かった。賈赦と賈珍も朝服に着替え、賈蓉、賈薔を従えて賈母の駕籠に付き従った。この吉報に、寧国府と栄国府の者たちは、誰もが歓喜に沸き、その顔には誇らしげな光が満ちていた。

ところが、この喜びの裏で、思わぬ悲劇が影を落としていた。さきの水月庵の尼、智能が密かに都に忍び込み、秦鐘の屋敷を訪れたのである。あいにく父の秦業に見つかり、智能は追い返され、秦鐘は父から激しく打たれた。秦業はこの心労がたたり、持病をこじらせて三日と置かずにこの世を去った。もとより虚弱な秦鐘は、病も癒えぬうちに鞭打たれ、今また父の死を目の当たりにし、悔恨の念に苛まれて、病状はさらに重くなるばかりであった。

宝玉は元春の吉報にも心を晴らすことができず、あたかも魂の抜け殻のようになっていた。周囲の者は、彼が以前にも増してうつけになったと噂した。

そんな折、賈璉が黛玉を伴って都へ戻るとの報せが届いた。明日には到着するという。これを聞いた宝玉の顔に、ようやく微かな喜色が浮かんだのであった。

聞けば、賈雨村もまた王子騰の推挙により、都での任官のため入京することになり、賈璉とは同族、黛玉とは師弟の縁から、道中を共にして来たという。黛玉の父、林如海はすでに祖先の墓に葬られ、万事滞りなく済み、賈璉は都へ戻ったのであった。本来ならば一月はかかる道のりであったが、元春の吉報に触れ、昼夜を問わず道を急いだという。

宝玉は、黛玉が無事であるという一言を聞いただけで、他のことは何一つ耳に入らなかった。

待ちわびた翌日の昼過ぎ、ついに「璉の若様と林の姫様がお着きになりました」との声が響いた。久しぶりの再会に、喜びと悲しみが入り混じり、一同しばし涙に暮れた後、改めて元春の晋封を祝い合った。

宝玉の目に映る黛玉は、以前にも増して気品と美しさを湛えているように思われた。黛玉は多くの書物を携えてきており、慌ただしく自室を整えると、筆や紙などを宝釵や迎春、そして宝玉にも分け与えた。宝玉は、北静王より賜った鶺鴒の香りの数珠を大切に取り出し、黛玉に贈った。すると黛玉は、「まあ、いやな殿方の匂いがするものは、わたくし、要りませんわ」と言い放ち、見向きもしなかった。宝玉は、ただ黙ってそれを懐にしまうしかなかった。

さて、賈璉は皆への挨拶を済ませ、自室へと戻った。鳳姐はここのところ多忙を極めていたが、夫の帰りを喜び、忙しい合間を縫って彼を迎えた。部屋に二人きりになると、鳳姐は笑みを浮かべて言った。

「まあ、国舅様。これはこれはおめでとうございます。長旅でお疲れでございましょう。昨日の知らせで今日お帰りになると伺いましたので、ささやかながらお酒を用意し、旅の塵を払っていただこうと思いましたが、お受けくださいますかしら」

賈璉は笑って応えた。「それはかたじけない。ありがとう」。傍らでは、平児らが挨拶を済ませ、茶を運んできた。

賈璉は留守中の家の様子を尋ね、家事を切り盛りした鳳姐の労をねぎらった。すると鳳姐は言った。

「わたくしに、家の切り盛りが務まるものでございますか。見識は浅く、口は重く、あまりに人が好すぎて、槌を渡されても針だと思う始末。優しい言葉をかけられれば、すぐに情にほだされてしまいます。そのうえ、大事を経験したこともなく、肝も小さいのですから。奥様のご機見が少しでも悪いと、恐ろしくて夜も眠れません。幾度もお断りしたのですが、奥様は許してくださらず、かえってわたくしが楽をしたがる、学ぼうとしないと仰るのです。本当はいつも冷や汗をかきながら務めているのですよ。一言多くも言えず、一歩多くも歩けません。ご存じでしょう、この屋敷の奥様がたは、どなたも一筋縄ではいかない方ばかり。『山に座して虎の闘いを眺める』やら、『剣を借りて人を斬る』やら、『風を招いて火を煽る』やら、お歴々の奥様がたは、どなたも皆、そのような手練手管をお持ちでございます。ましてやわたくしは年若く、威厳もございませんから、皆がわたくしを侮るのも無理はございません」

「さらに笑止なのは、あの寧国府の蓉の嫁が急に亡くなった時のこと。珍の兄さんが奥様の御前で何度も額ずいて、わたくしに数日手伝ってほしいと頼むのです。丁重にお断りしたのですが、奥様がどうしてもと仰るので、従うほかありませんでした。結局、わたくしが行ったばかりに、家中が大騒ぎになり、面目も丸潰れでございました。今でも珍の兄さんは不満に思い、後悔なさっていることでしょう。あなたがお帰りになったのですから、明日お会いしたら、どうか取りなしてくださいまし。『妻は年若く、世間知らずでございました。あのような者に任せたあなた様が悪いのです』とでも仰って」

そう話していると、外で人の話す声がした。鳳姐が「誰です」と尋ねると、平児が入ってきて言った。「薛の奥様が香菱さんを遣わして、少しお尋ねごとがあったのです。もうお話しして、お帰しいたしました」

賈璉は笑って言った。「そうか。さきほど奥様のところへ伺った折、見慣れぬ若い娘を見かけたが、なかなかの器量であった。誰だろうと不思議に思って奥様に尋ねたところ、都へ来る途中で買い入れた香菱という名の娘で、薛のあの大馬鹿者の妾になったそうだ。一段と美しくなったものだ。あの男にはもったいない」

鳳姐は言った。「あらまあ。一度蘇州や杭州へ行ってきたくらいで、少しは見識が広がったかと思えば、まだそんなに女好きでいらっしゃるのね。お気に召したのでしたら、大したことではございませんわ。平児と交換していただいてはいかが。あの薛の若様は、皿の物を食いながら鍋の物をねだるような方。この一年、香菱を手に入れるために、奥様とどれほど揉めたことか。奥様は、香菱の器量もさることながら、その物静かで穏やかな人柄が他の娘たちと違うと、たいそうお気に入りでしたの。ですから、宴を開いて正式に妾になさったのです。ところが半月も経たぬうちに、また飽きてしまわれた。わたくし、心底あの子が気の毒でなりませんわ」

話が終わらぬうちに、門番の小僧が「旦那様が大書斎にて若様をお待ちです」と告げに来た。賈璉は慌てて身なりを整え、部屋を出て行った。

ここで鳳姐は平児に尋ねた。「さきほど薛の奥様は、何の用でわざわざ香菱を遣わしたのです」

平児は笑って答えた。「香菱さんなど来ておりません。わたくしが咄嗟に嘘を申したのです。奥様、旺児の妻も、だんだん気が利かなくなりましたわね」

そう言って鳳姐のそばに寄り、声を潜めて続けた。「奥様への利息の銀子を、あろうことか若様がいらっしゃる今頃になって持ってきたのです。幸い、わたくしが玄関で出くわしたから良かったものの、もし奥様に取り次いでいたら、若様が『何の利息だ』とお尋ねになったに違いありません。奥様の正直なご性格では、きっと隠し立てなくお話しになったでしょう。若様の性分をご存じのはず。油鍋に落ちた銭まで探して使おうとなさる方です。奥様にこのようなへそくりがあると知れたら、たちまち当てになさいますわ。ですから、わたくしが急いで受け取り、少しばかり叱ってやりました。そこへ奥様がお尋ねになりましたので、とっさに香菱が来たと申し上げたのです」

鳳姐はこれを聞いて笑った。「どうりで。薛の奥様が、あなたの旦那様がお帰りになったと知って、すぐに人を遣こすはずがないと思っていました。やはりあなたは、悪知恵の働く娘ですね」

そうこうするうちに賈璉が戻ってきたので、鳳姐は酒と食事を運ばせ、夫婦で向かい合って座った。鳳姐は酒を好むが、深しくは飲まず、ただ賈璉に付き合った。

まもなく賈璉の乳母である趙婆さんがやってきた。賈璉と鳳姐は慌てて酒を勧め、寝台に座るよう促したが、趙婆さんは固辞した。平児らが手際よく寝台の脇に小さな椅子を置き、足台を設えたので、趙婆さんはそこに腰掛けた。賈璉は食卓から料理を二皿取り分け、彼女の前に置いてやった。鳳姐が言った。「婆さん、そんな硬いものは噛めないでしょう。歯が折れてしまうわ」。そして平児に向かって、「朝、美味しいと言っていたあの豚肉の煮込みはとても柔らかいから、婆さんにちょうど良い。どうして温めてこなかったのです」と言った。

さらに、「婆さん、息子が持ってきた恵泉酒を味わってみて」と勧めた。趙婆さんは言った。「わたくしがいただくのですから、奥様も一杯いかがです。何を遠慮なさることがありますか。飲みすぎなければ良いのです。今日わたくしが参りましたのは、お酒をいただくためではございません。一つ、大事な用件がございまして。奥様、どうかこの婆に免じて、わたくしの息子たちのことをお心にかけてくださいまし。あの旦那様は口では良いことを仰いますが、いざとなると忘れてしまわれる。幸い、わたくしは小さい頃から奥様をお育てしてきた仲。わたくしももう年です。二人の息子がおりますので、奥様がお引き立てくだされば、誰も文句は言えますまい。これまでも何度かお願いしましたが、良いお返事をいただくだけで、一向に進展がございません。このようなおめでたいことがあった今、人手が必要でないところなどないでしょう。ですから、奥様にお話しするのが筋というものです。旦那様を当てにしていたら、わたくしは餓死してしまいます」

鳳姐は笑って言った。「婆さん、ご心配なく。二人の兄さんのことは、すべてこのわたくしにお任せください。あなたは小さい頃からあの人を育てたのだから、彼の性分を知らないはずがないでしょう。身内をないがしろにして、赤の他人に親切にするのですから。身近な乳兄弟たちは、他の者たちより優れているというのに。あなたが彼らの面倒を見てくだされば、誰が否やを唱えましょう。無駄に他の者たちを利することはありませんわ。ああ、今の言い方は間違いでしたね。わたくしたちには『他の者』に見えても、彼にとっては『身内』も同然ですものね」。この言葉に、部屋中の者がどっと笑った。趙婆さんも笑いが止まらず、念仏を唱えて言った。「まさに青天の霹靂でございます。『身内』だの『他の者』だのというややこしい理屈は、あの旦那様にはございませんが、ただ人が良すぎて、二言三言頼まれると断れないだけなのでございます」鳳姐は笑って言った。「そうですよ。『身内』に優しいからこそ、情にほだされるのです。わたくしたちの前では、あんなに意固地なのに」。趙婆さんは笑った。「奥様の仰ることは、実に人情味がございます。わたくしも愉快になりました。もう一杯、良いお酒をいただきましょう。これからは奥様が主人になってくださるなら、もう何の心配もございません」

賈璉はこの時、居たたまれず、ただ愛想笑いを浮かべて酒を飲むばかり。「でたらめを」と二言だけ呟き、「早く飯を盛ってくれ。食べ終えたら、また珍の旦那様のところへ相談に行かねばならぬ」と言った。鳳姐は言った。「あら、お役目を遅らせてはいけませんわね。さきほど旦那様は何のご用でお呼びになったのです」賈璉は答えた。「省親の件だよ」。鳳姐は身を乗り出して尋ねた。「省親のことは、もう決まったのですか」

賈璉は笑って言った。「まだ十全ではないが、八割方は決まったようなものだ」。鳳姐は言った。「今上帝のご恩寵は、まことに海よりも深いものですね。昔の書物や芝居を見ても、このようなことは古来、聞いたことがございませんわ」

趙婆さんが口を挟んだ。「そうでございますね。わたくしのような年寄りには分かりませんが、この数日、皆が『省親だ、省親だ』と騒いでいるのを聞いても、気にも留めておりませんでした。今また省親と仰いますが、一体どういうことなのでしょう」

賈璉は言った。「今上帝は、まことに民の心を汲んでくださるお方だ。この世で『孝』に勝るものはないとお考えになり、親子の情は貴賤を問わず同じであると仰せになった。ご自身が太上皇様や皇太后様に昼夜お仕えしても、なお孝行が足りぬとお感じになり、宮中の妃たちが長年親に会えず、離れ離れになっていることをお気の毒に思われたのだ。子が親を思うのは人の常。親が家で娘を思い、会えぬまま病に倒れたり死に至ったりするのは、朕が禁じたせいであり、天倫の情を妨げるものだと。これは大いに天の理に背くことであると。そこで、太上皇様と皇太后様に奏上し、毎月二日と六日には、妃の親族が入宮して安否を伺うことをお許しになった。すると太上皇様と皇太后様は大層お喜びになり、今上帝の深い孝心をお褒めになった。そこで、お二方からさらに勅旨が下り、『親族が入宮しても、国の儀式があるため、母娘の情を十分に満たすことはできまい』と。そこで特別の思し召しにより、『広大な屋敷を持つ家ならば、警備のできる場所に限り、宮中の鳳輦を招き、私邸への行幸を許す。そうすれば親子の情を存分に尽くすことができよう』とのことだ。この勅旨が下り、喜ばぬ者などおるまい。すでに周貴人の父上が屋敷で工事を始め、省親の別院を建てておられる。呉貴妃の父君、呉天祐殿も、城外に土地を探しておられる。これはもう、八、九割方決まったも同然だ」

趙婆さんは言った。「ああ、有り難や弥陀仏。なるほど、そういうことでしたか。では、うちでも大姫様をお迎えする準備をせねばなりませんね」。賈璉は言った。「言うまでもない。でなければ、今、何のためにこうも忙しくしているのだ」

鳳姐は笑った。「もし本当にそうなれば、わたくしも大きな世間を見ることになりますわ。惜しむらくは、わたくしがもう少し年を重ねていれば、昔の年寄りたちに『世間知らず』と見くびられずに済んだでしょうに。昔、太祖皇帝が舜の巡幸を真似て行幸なされた時の話は、一冊の書物よりも賑やかだったと聞きます。わたくしがその時に居合わせられなかったのが、返す返すも残念ですわ」

趙婆さんは言った。「ああ、あれは千年に一度のことでございました。その頃、わたくしはようやく物心がついたばかり。うちの賈家では、姑蘇や揚州あたりで船を造り、堤を直し、ただ一度の行幸をお迎えするためだけに、銀子が海水のように使われたと聞いております」

鳳姐はすかさず言った。「うちの王家でも一度、お迎えの準備をいたしましたわ。その時は、わたくしの祖父が諸外国からの貢物や朝賀の儀式を一切取り仕切っており、来朝する外国人は皆、うちの家で世話をしていたのです。広東や福建、雲南や浙江からの外国船の荷は、すべてうちの家のものだったのですよ」

趙婆さんは言った。「それは誰もが知っておりますとも。今でも『東海に白玉の寝台なければ、龍王、江南の王を招きに来る』という言葉があるではございませんか。まさしく奥様のご実家のことでございますね。それに、今、江南におられる甄家など、まあ、たいした権勢でございますよ。あのお宅は四度も行幸をお迎えしたのです。目の前で見なければ、誰に話しても信じてもらえないでしょう。銀子が土くれのようになるのは言うまでもなく、この世のあらゆる珍品が、山のように積まれておりました。『もったいない』などという言葉を考える暇もなかったほどです」

鳳姐は言った。「いつも家の者たちがそう申しておりますから、信じないわけはございません。ただ、あのお家はどうしてそれほどの富を築けたのかと、不思議に思っておりましたの」。趙婆さんは言った。「一言で申せば、要は帝のお金を帝のためにお使いになっているだけですよ。どこの家に、あのような見栄のための賑わいを買えるほどの金がございましょうか」

話が盛り上がっていた時、王夫人が人を遣わし、鳳姐が食事を済ませたか尋ねてきた。鳳姐は何か用事があると察し、慌てて半碗の飯をかき込み、口を漱いで席を立とうとした。そこへまた門番の小僧が報告に来た。「東の屋敷から、蓉の若様と薔の若様がお見えです」

賈璉がちょうど口を漱いでいるところへ、二人が入ってきた。賈璉は尋ねた。「何の用だ。早く言え」。鳳姐も立ち止まり、二人の報告に耳を澄ませた。

賈蓉がまず言った。「父が叔父上にお伝えするようにと。皆で相談した結果、東の一帯、寧国府の庭から北側へかけての土地を測量したところ、三里半の広さがございました。ここに省親の別院を建てられるとのことです。すでに図面を描かせており、明日には出来上がります。叔父上は長旅でお疲れでしょうから、わざわざこちらへお越しになるには及ばないと。話は明日の朝、改めてご相談いたします」

賈璉は笑って言った。「旦那様のお気遣い、かたじけない。まさにその方が手間も省け、工事もやりやすい。もし他の場所を探せば、かえって面倒になる。そのように良いとお伝えしてくれ。もし他の方々が異を唱えたら、旦那様が諫めてくださるよう頼む。明日の朝、私がご機嫌を伺いに参り、詳しくご相談しよう」賈蓉は丁寧に「承知いたしました」と答えた。

賈薔がさらに進み出て言った。「姑蘇へ師匠を招き、女伶を集め、楽器や衣装を調達する儀、旦那様がこの甥にお命じになりました。賴大の二人の息子と、単聘仁、卜固修という食客を伴って参ります。つきましては、叔父上にご挨拶に伺いました」

賈璉は賈薔をじっと見つめ、笑いながら言った。「お前にその仕事が務まるか。一見、大したことのない仕事に見えるが、内実は色々と面倒が多いぞ」。賈薔は笑って答えた。「ただ、学びながら務めるしかございません」

賈蓉が灯りの陰から、そっと鳳姐の袖を引いた。鳳姐は意を察し、笑って言った。「あなたも心配性ですね。旦那様が、人を見る目がないとでもお思いですか。彼が素人だとご心配なさるけれど、誰もが初めから玄人というわけではありますまい。子供たちももうこんなに大きくなったのですから、物事の道理くらいは分かっているでしょう。旦那様が彼をお遣わしになるのは、名目上のことで、まさか本当に彼に値切り交渉などをさせるとお思いですか。わたくしに言わせれば、結構なことですよ」

賈璉は言った。「そうだな。私が反対するわけではないが、せめて彼のために策を練ってやらねば」。そして尋ねた。「この費用はどこから出すのだ」

賈薔は答えた。「ちょうどそこまで話が及びました。賴大が申すには、都から持って行く必要はないと。江南の甄家が、まだうちの銀子を五万両預かっているので、明日、書状と手形を持たせ、まず三万両を使い、残りの二万両は灯籠やその他の費用に充てるそうです」。賈璉は頷いた。「それは良い考えだ」

鳳姐はすかさず賈薔に向かって言った。「それならば、わたくしのところにも、手慣れた者が二人おりますから、連れて行って仕事をおさせなさい。あなたのためにもなりますよ」。賈薔は慌てて笑顔で言った。「まさしく叔母様に二人お願いしたいと思っておりました。好都合でございます」。そして二人の名を尋ねた。

鳳姐が趙婆さんに尋ねると、彼女は話に聞き入って呆然としていた。平児が笑ってつつくと、ようやく我に返り、「一人は趙天梁、もう一人は趙天棟と申します」と答えた。

鳳姐は言った。「忘れないでおくれ。わたくしはもう行きますわ」。そう言って部屋を出て行った。賈蓉は慌てて見送りに出て、またこっそりと鳳姐に言った。「叔母様、何か欲しいものがあれば、帳面に書いてくだされば、薔に持たせてその通りに調達させて参ります」。鳳姐は笑って言った。「下品なことを言うものではありません。わたくしの物は置き場にも困っているのに、あなたたちの怪しい物など要りませんわ」。そう言って去っていった。

ここで賈薔も賈璉にこっそり尋ねた。「何かお入用のものがございましたら、ついでに誂えさせてまいります」。賈璉は笑って言った。「あまり調子に乗るな。仕事を覚えたてのくせに、またそのような真似を覚えるでない。私に不足があれば、手紙を書いて伝える。今はそのようなことを言うな」。言い終わると、二人を帰らせた。

その後も事務報告の者が幾度となく訪れたが、賈璉は疲れ果てていたので、すべての報告は明日に回すよう命じた。鳳姐がようやく床に就いたのは、三更の頃であった。

翌朝、賈璉は賈赦、賈政に挨拶を済ませた後、寧国府へ向かった。老練な供回りと数人の食客を交え、両家の敷地を調査し、省親殿宇の図面を作成し、工事の人員の手配を始めた。

これより、腕利きの職人たちが都中から集められ、金銀銅錫、土木材、瓦といった資材が、途切れることなく運び込まれた。まず寧国府の会芳園の塀や楼閣を取り壊し、栄国府の東の大院と直接つなげた。栄国府の東側にあった下男たちの長屋もすべて取り壊された。二つの屋敷の間にはもともと小さな私道があったが、これを塞いで一体化させた。会芳園には北の塀の下から水が引かれていたので、それをそのまま利用することができた。

山石や樹木は不足していたが、賈赦の住む栄国府の古い庭園から、竹や樹木、山石や亭、欄干などを移すことができた。二つの場所が近いため、一つにまとめることで多くの費用を節約でき、不足分を補うにしても限られたもので済んだ。すべての計画は、山子野と号する老練な庭師が一手に引き受けた。

賈政は俗事に疎いため、采配は賈赦、賈珍、賈璉らに任せた。山の築造、池の掘削、楼閣の建設、植栽など、景観の設計はすべて山子野が行った。賈政は朝廷からの帰途、時折見回るだけであった。賈赦は家でのんびりと過ごし、些細なことは賈珍らが報告に行くか、書状で済ませた。賈蓉は金銀器の製作を、賈薔はすでに姑蘇へと向かっていた。賈珍らが人員を点検し、帳簿をつけ、監督する様は、一筆では書き尽くせぬほどの喧騒と賑わいであった。

さて、宝玉はここのところ、家がこのような大事の最中にあるため、賈政から学問のことでとやかく言われず、内心喜んでいた。しかし、秦鐘の病が日増しに重くなることが、彼の心を深く沈ませていた。ある日の早朝、身支度を終え、賈母に挨拶をして秦鐘の見舞いに行こうとしたところ、ふと見れば、茗煙が二の門の衝立の陰から、こちらを窺っている。宝玉はただならぬ気配を感じ、急いで彼のもとへ駆け寄った。「何をしている」

「秦の若様が、もういけません」

宝玉は驚き、慌てて尋ねた。「昨日見舞ったばかりだ。あんなにはっきりしていたのに、どうして」

茗煙は言った。「分かりませぬが、先ほど、あちらの屋敷の者が知らせに来たのです」

宝玉は急いで賈母に報告した。賈母は命じた。「供の者を連れて行きなさい。友としての情を尽くしたら、すぐに帰ってくるのですよ。長居はいけません」

宝玉は慌てて着替え、車がまだ用意できていないことに焦り、広間を行きつ戻りつした。やがて車が到着し、急いで乗り込むと、李貴、茗煙らが付き従った。

秦鐘の家の門前に着くと、人影もなく静まり返っていた。宝玉が内室に押し入ると、秦鐘の遠縁の者たちが驚いて身を隠した。秦鐘はすでに幾度か意識を失い、床から移されて久しかった。宝玉はその姿を一目見るや、思わず声を上げて泣き崩れた。李貴が慌てて説得した。「いけません。若様は病で体が辛いため、一時的に床から下ろしているのです。坊ちゃまがそのようになさっては、かえって病を重くしてしまいます」

宝玉はこれを聞き、ようやく近づいた。秦鐘は顔色が蝋のように白く、枕の上で目を閉じ、かろうじて息をしている。宝玉は必死に呼びかけた。「鯨兄。宝玉が来たよ」。幾度か呼びかけても、秦鐘は応じない。宝玉は再び叫んだ。「宝玉が来たのだ」

その時、秦鐘の魂はとうに肉体を離れ、わずかな息吹が胸の内に残るのみであった。その朦朧とした意識の中に、冥府の鬼たちが札と縄を手に、己を捕らえに現れるのが見えた。秦鐘の魂は、家に残された財産や、智能の行方を案じ、どうしても行こうとせず、鬼たちに様々に懇願した。しかし鬼たちは、「閻魔が三更に死ねと命じれば、誰も五更まで生きられぬものだ。我ら冥府の者は、お前たち人間界の者のように、情にほだされたりはせぬ」と、冷たく突き放すばかりであった。

その押し問答のさなか、秦鐘の魂魄は、ふと「宝玉が来た」という声を聞いた。彼は再び鬼たちに懇願した。「どうか、どうかお慈悲を。私を帰して、この友と一言交わさせてください。すぐに戻ります」。鬼たちが「またどんな友人だ」と問うと、秦鐘は言った。「栄国公の孫、宝玉という者です」

都の判官はこれを聞き、驚き恐れ、慌てて鬼たちを叱りつけた。「私が彼を放してやれと言ったのに、お前たちが聞かぬからだ。今や、運気の盛んな者を呼び寄せられてしまったではないか」。鬼たちは判官の豹変ぶりに不満を漏らしたが、判官は言った。「馬鹿を言え。天下の官は天下の事を司るという。人間と鬼の道は一つであり、陰陽に二つの理はないのだ。彼を帰してやるのが間違いのないことだ」

鬼たちは仕方なく秦鐘の魂を解き放った。すると秦鐘はうめき声を上げ、かすかに目を開けた。宝玉がそばにいるのを見て、彼はか細い息で言った。「なぜ、もっと早く来てくれなかったのだ。もう少し遅ければ、会えなかった」

宝玉は彼の手を握り、涙ながらに言った。「何か言い残すことはないか」

秦鐘は言った。「他に言うことはない。これまでは、そなたと二人、我らこそは世俗の人間どもより優れていると思い上がっていたが、今日、それが過ちであったと悟った。これからは、どうか、世に出て名を成し、家名を高めることを志してくれ」

そう言い終えると、長い息を一つ吐き、静かにこと切れたのであった。

第十六回の要約

この回は、賈家に訪れる「栄華の頂点」と、その輝かしい光の裏で深まる「個人の悲劇」が対照的に描かれます。

栄光の到来

宝玉の姉、賈元春が皇帝に見出され、「賢徳妃」という極めて高い位の妃に選ばれます。これは賈一族にとって最大の栄誉であり、一家は天にも昇るような喜びに包まれます。さらに、妃が実家に帰省できる「省親」という特別な勅許が下り、賈家はその準備として、莫大な富を投じて壮大な別荘(後の大観園)の建設を開始します。

悲劇の影

その一方で、物語はいくつもの死を描きます。

鳳姐の悪事による死: 鳳姐が金儲けのために仕組んだ婚約破棄により、将来を誓った若い男女が絶望して自害します。しかし、権力者である鳳姐は何の咎めも受けず、これを機にさらに大胆になっていきます。

秦鐘の死: 宝玉の親友であった美少年、秦鐘が病と心労で夭逝します。彼は死の間際、これまで軽んじてきた「出世して家名を高める」という世俗的な道を宝玉に諭し、この世を去ります。

宝玉の孤独

一族が祝賀ムードに沸き立つ中、宝玉だけは親友の死に沈み、栄華を虚しいものと感じています。彼の唯一の慰めは、父の葬儀を終えた林黛玉が都に帰ってきたことでした。

要するに第十六回は、賈家が権力の絶頂に達するまさにその瞬間を描きながら、その栄華がいかに多くの悲劇や虚しさと隣り合わせであるかを暗示する、物語の大きな転換点となっています。


作品の真髄の解読

『紅楼夢』が単なる貴族の恋愛物語や栄枯盛衰の物語に留まらないのは、その背景にある深い文化的、宗教的、そして哲学的な問いかけにあります。


時代背景と社会構造の告発

政治と貴族社会の現実

物語の舞台は、表面上は平和で繁栄している清朝中期がモデルとされます。賈家のような貴族は、皇帝との縁戚関係によって莫大な富と権力を得ていますが、その地位は非常に不安定です。政治的な権力闘争や皇帝の気まぐれ一つで、一族の運命は簡単に覆ります。この作品は、華やかな貴族生活の裏にある、常に没落の恐怖と隣り合わせの脆い現実を描き出しています。

貴族と民衆の非情な格差

鳳姐が私利私欲のために、名もなき若い男女の命を犠牲にする場面は象徴的です。貴族にとって、民衆の人生や幸福は取るに足らないものであり、彼らの栄華が多くの人々の犠牲の上に成り立っているという社会の不条理を鋭く告発しています。

 

文化・宗教に根差した人生哲学

作者が読者に示したかった真髄は、仏教、道教、そして儒教という三つの思想を通して、「この世の全ては虚しい幻である」という根源的な問いかけです。

 仏教的な「無常観」:栄華は滅びの始まり

作品全体を貫く最大のテーマは「諸行無常」です。元春が賢徳妃となり、大観園が建設されるこの第十六回は、賈家の栄華の頂点です。しかし、仏教的な観点から見れば、物事が頂点に達した瞬間こそが、衰退の始まりに他なりません。この絢爛豪華な描写は、やがて来る壮絶な没落を際立たせるための壮大な前振りに過ぎないのです。「紅楼夢」という題名自体が、「紅楼(裕福な屋敷)での束の間の夢」を意味しており、人生の栄華も富も、いずれは覚める夢のように儚いものであることを示しています。

 儒教的価値観への批判

当時の社会規範であった儒教は、家父長制のもと、男性は学問を修めて官僚となり、家名を高めること(立身出世)を絶対的な善としました。秦鐘が死に際に宝玉に託した言葉は、まさにこの価値観です。

しかし、主人公の宝玉は、そうした偽善的で窮屈な儒教社会に真っ向から反発します。彼は、汚れた男性社会よりも、純粋な心を持つ女性たちとの交流の中にこそ、人間の真実の価値を見出します。この作品は、凝り固まった社会制度が、いかに個人の純粋な感情や人間性を踏みにじっていくかを批判的に描いています。

「情」の賛美と、その悲劇

この物語が深く人の心を打つのは、社会制度や運命に翻弄されながらも、人々が抱く「情」を何よりも尊いものとして描いているからです。宝玉と黛玉の清らかな愛情、鳳姐の策略で死んだ恋人たちの純粋な想い。これらの「情」は、ほとんどが悲劇的な結末を迎えます。作者は、富や権力、社会的成功といった「仮」の価値よりも、人間が抱く儚くも美しい「情」こそが、人生における「真」の価値であると訴えかけているのです。

 結論として、『紅楼夢』は、華やかな貴族社会を舞台にしながら、その実、「人生とは何か、真の価値とは何か」を問いかける壮大な哲学書です。目に見える栄華はすべて空虚な幻であり、その中で一瞬輝く人間の純粋な「情」の尊さと悲しさを描くことこそ、この作品が目指した真髄と言えるでしょう。

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