VS星野の兄
星野天使は四角いリングに降り立ち対戦相手を見据えた。
背中までかかるほどに伸びた茶色の長髪に猛禽類の如き鋭い眼光。
晒された上半身は極限にまで鍛え上げられ、迷彩色のズボンを穿いている。
星野の異父兄弟の不動仁王である。
不動と星野はどちらが強いのかという議論は太古の昔から繰り広げられてきたが、今宵決着が付く。
不動は威圧的な目で弟を見据えて言った。
「お前は強い。こと打撃に関しては俺より上だろう。だが、お前には弱点がある」
「知っています、兄さん」
「お前は堕天使と言われると我を失うほど激怒し力を制御できなくなる。ある面では全力を出しているかもしれぬ。事実、お前の『天使のアッパー』は数億年間誰も攻略したことがない難攻不落の必殺技だ。発動したら最後、絶対に避けられん。俺も含めて。
だがな、お前の全エネルギーを乗せたそれを万が一にも回避された場合、お前は抜け殻と化すことも自覚しているだろう」
「はい」
「もしもの可能性を想定しなければならぬ。俺たちは悪への敗北は許されぬのだ。この世のガキ共――人類を導くためにはな」
鬼神として全宇宙に強さを畏怖されている不動の指摘は最もだった。
「お前の弱点を克服させるいい機会だ」
不動は構える。星野も構える。練習試合が行われた。
星野には何段階か戦闘の過程が存在する。戦うに値しないと判断した場合は漫画本を読みながら持ち前の飛翔能力で回避に専念し、本腰を入れて戦う場合は地面に降り立ち構え、ひたすら受けに徹する。
今回も例外ではなく不動の打撃を食らい、投げを食らう。
どれほど血が噴き出そうと星野は立ち上がるが不動は眉間の皺を深くした。
「お前の戦法はひたすら受け身だ。そうやって勝てる場合もあるやもしれぬ。だが、相手が絶対に諦めない場合はどうする?」
「……」
「武器も知恵も全て使い果たしてもなお、お前を倒したいという執念が残っていた場合、相手との根比べになるのではないか。そうなれば先に力尽きるのはお前だ」
「……」
「図星のようだな」
「そうかもしれません」
星野の勝ちパターンは全て相手が諦めたからこそ成り立つ。
だがもしも、千日手の根比べに突入した場合、耐性のない星野が負けてしまうかもしれないという理論が成り立つ。
不動は言葉をすこし切って。
「もっともお前を相手にそのような芸当ができる奴などいるかわからんが」
「あり得たらという前提ですね」
「そうだ。考える価値はある。そしてもうひとつ。
お前がなぜ堕天使と言われて怒るかだ。それは――事実だからだ」
星野の瞳から微かな怯えの色が見えた。現実を拒絶していることを不動は感じ取った。
他の相手では決してできない。
永遠にも思える時間を共に過ごしてきた兄だからこそ星野の心に誰よりも深く突き刺さる言葉だった。
「お前は地球へ来る前からずっと漫画にゲームにと娯楽に明け暮れ人間への奉仕を怠った結果、地球へと追放されてきただろう」
「それは――そうです」
「お前は天才だ。俺が努力して研鑽し続けて得た力よりも遥か上にいるかもしれん。絶望するほどの不死身、ボクシングの天賦の才……だが、お前は誰よりも努力を嫌う。
裏を返せばそれ以上の成長がないのだ」
星野は言葉を失った。
「一見無口で無表情で何も感じないお前が、弱点を突くと脆くなると知ったら、大喜びする敵が出るやもしれん。まあ、お前に精神攻撃を仕掛けて通用するとなると……想像もできんが、現に今のお前は動揺している。違うか」
「その通りです」
「お前の幾つかの弱点。天使のアッパーで体力を消耗すること、精神的に脆いこと、堕天使という言葉に怒りやすいことを克服すればお前は完璧の領域まで高められる」
「兄さん」
「弱点克服のために俺も頭を使ってみるが――これだけは忘れるな。万が一お前が敗北したときは兄である俺が仇を討ってやる。兄弟として当然のことだ」
「はいっ」
星野の瞳がいつもより輝いていた。
喧嘩ばかりで真逆の兄弟だが、星野は不動を誰よりも大切に思っている。
おしまい。




