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悪妻の定義とは?  作者: 尾木 愛結
本編
25/26

< 24 >

 先ほどとは違って、今度は正攻法で敵陣に踏み込む。


 私とクリスティアン様は横並びで外門の前に立ち、その中央に設置されている魔道具へ触れた。簡単に言えば呼び鈴のような物である。魔道具に魔力を注ぐと、家の中にいる住人に来客を知らせる役目のもの。

 この魔道具は家人に来客を知らせるだけで、音声や画面モニタもないので応対は外に出て来るしかない。


 家の扉が開いてエグモント・ダウムらしき人物が出てきた。

 使用人を一人も見かけなかったので、時間的に通いの者を雇っているのだろう。通いの者なら決められた時間に帰宅するのも納得だ。

 それにーー住み込みだと余計な詮索もされかねない。


 初めて対面するエグモント・ダウムは、人の好さそうな五十代といった見た目だった。淡い金髪に薄茶の瞳の無害そうな外見だけなら良い医者に見える。

 しかしーー彼を鑑定してみると、その姿は変化の魔道具で作られた偽りの姿。本来の姿は年齢を感じさせないほどの美丈夫で、ほとんどの女性が恋に落ちそうな容姿である。

 そして名前がエグモント・ダウムではなかった。カスヴィオ・コイヴレフト侯爵の生家であるバルテルス侯爵家の次男エグモント・バルテルス、それが彼の本当の名前である。


 私がじっと顔を見つめているのに気づいたのか、エグモント・ダウムは眉間に皺を寄せた。



「こんな時間に先ぶれのない訪問は失礼ではないですか?」



 まだ夕方を過ぎた時間帯であるが、この世界の貴族は夕方以降は滅多に出歩かない。

 基本的に午後のお茶の時間を目安に訪問し、遅くても十六時前には帰宅する。時間を忘れて話し込んでしまった場合は、そのまま宿泊する流れだ。


 社交シーズンは茶会や夜会が毎夜どこかの家で催されるので賑やかだが、それは王都に限った話である。領地内では限られた貴族しか滞在していないし、ほとんどが招待された貴族の邸に滞在しているので出歩く必要はない。


 

「診療所にいるはずのマルヴァレフト夫人が行方不明でいた為、無礼を承知で訪問させて頂いた。彼女は何処に行ったのですか?」


「何をおっしゃいます。マルヴァレフト夫人は診療所の病室にいるはずですが?」


「病室とは……あの湿気と埃で淀んだ場所ですか? シーツや布団カバーも洗濯されていない不潔な場所に? 貴方が主治医なら医者を辞めた方が宜しくてよ?」



 二人の会話に割って言葉を漏らすと、エグモント・ダウムの表情が強張った。



「それに病室のベッドにいたのは藁が詰まった麻袋でしたのよ。おかしいわよね? 不潔なベッドに掃除すらされていない病室。そんな場所に高貴な夫人が寝かされるなんてあり得ないわ」


「あの変化を見抜いたというのか? それこそ有り得ない……高度な技術で作られた魔道具だ」


「素晴らしい賛辞をありがとうございます。製作者冥利に尽きますわ」



 にっこりと笑顔を浮かべて告げる。

 私は製作者と言っても提案と実物を見せるだけで、試作品を作って商品化まで行うのはアールトネン伯爵領の者たちだ。こんなのがあったら良いなと、私は魔法で再現するだけで良い。


 勿論、売れそうな商品になるなら、領民を雇用して生産する方が領地が活性化して潤う。



「ふふふ、挨拶がまだでしたわね。わたくしはリューディア・マルヴァレフト。アールトネン伯爵家からマルヴァレフト公爵家に嫁いできましたの」


「アールトネン伯爵家のご令嬢!」


「わたくしをご存知でしたか、エグモント・バルテルス様」


「なっ! 私の名はエグモント・ダウムです」


「いいえ、エグモント・バルテルス様ですわよね。パヌラ王国のバルテルス侯爵家の次男で、カスヴィオ・コイヴレフト侯爵の次兄……どうしてダウムという偽名を使っておりますの?」


「カスヴィオ・コイヴレフト侯爵とは関係のない赤の他人だ」


「確かに血縁上だと赤の他人というのは事実ですが、それでも侯爵家が養子にされたのだから、義理とはいえ貴方の兄弟に代わりないですわよ?」


「なぜ……私を調べていたのか?」


「わたくしは目の前にいる相手を識別できるスキル持ちですの。貴方が魔道具で変化した姿でいても、わたくしには真実の姿が見えるし、貴方の素性も……あら! マルヴァレフト夫人に一目惚れをしたというのは本当でしたのね。彼女には既に相思相愛の婚約者がいて、おまけにデビュタント後に結婚式も決まっていた」


「まさか本当に?」


「ええ、わたくしは事実しか語りませんの」


「アールトネン伯爵家の三女リューディアは、姉の婚約者を寝取った悪女だと社交界で噂が流れていた。教養も身につかずに学院を退学しているとも……そんな悪評を持つ令嬢がマルヴァレフト公爵家に嫁いでくるなんて、唯一生き残った当主はなんて不憫なんだと思っていたんだが」


「我妻は稀に見ない才女だ。社交界での悪評は彼女の双子の姉と従姉妹が、妻の婚約者を恋慕したのと才能を妬んで流していたもの。実際には妻と交流した事のない、下位貴族にしか流れていない噂話だった」



 クリスティアン様がここぞとばかりに賛辞を言う。

 それを聞いたエグモント・バルテルスは地面に膝をついて肩を落とす。



「それとーー最後に一つだけお尋ね致しますね。どうして温室にパヌラ王国で栽培規制がされている植物が存在しているのですか? あの植物は危険視されているから規制されているのではなくて? 王宮の限られた薬草研究員しか手にしてはいけない存在のはずですわよね? ヴィヘルヴァ王国の厳重に管理された宮廷薬草園ではなく、マルヴァレフト公爵領に存在しているのが不思議ですの」


「そこまで知りながらーー」


「事情をお聞きしても?」



 少し威圧を込めて問いただすと、エグモント・バルテルスは観念したように頷いた。



「私はヴィヘルヴァ王国へ来る前は、パヌラ王国で学園に通いながら宮廷薬草園の管理もしていた。私の家は代々宮廷薬草園の管理をしている家系で、長兄は領地と本邸の管理と執務に専念し、次男は宮廷薬草園の管理人となる」



 彼の話では宮廷薬草園にある薬草だけじゃなく、他国にしかない薬草について興味を持ってしまった事が、全ての事件の始まりとなってしまったらしい。


 当時十九歳のエグモント・バルテルスは、薬草園の管理人に許可を取ってヴィヘルヴァ王国への留学を果たす。出自が侯爵家の人間という事もあり、社交界への招待状が多く届いていたらしい。

 そして彼の本来の容姿ーー見目麗しい令息に恋を抱く令嬢は多かったと思う。


 エグモント・バルテルスの本性は、好奇心旺盛な薬草ヲタクだった。

 令嬢たちの熱烈なアピールを悉く交わしたものの、国同士のトラブルを回避する為に王家主催の大夜会だけは参加したのである。


 そこでデビュタントを迎えたアンネリーゼ・パーヤネン辺境伯令嬢に一目惚れをした。

 彼女に見惚れて気づけなかったのだろう。


 アンネリーゼ・パーヤネン辺境伯令嬢をエスコートしていた、当時のヴォルフラム・マルヴァレフト公爵令息の存在に。彼らは学院で知り合って恋をしたらしい。

 二人は相思相愛で結ばれた婚約だった。


 アンネリーゼ・パーヤネン辺境伯令嬢に一目惚れをした瞬間、即座に失恋を意味する。

 それでも彼女が忘れられないエグモント・バルテルスは、ストーカー行為を繰り返す。元は薬草ヲタクなので後をつけるだけで精一杯だったと呟く。


 彼女の趣味は何だろう?

 彼女は何が好きなのか?

 

 好きな食べ物は?

 好きな花は?

 ドレスは何色が好き?


 彼女の些細な事も知りたくて後を追い、それが当事者に恐怖を抱かせているとは考えていなかったのか。

 更にアンネリーゼ・パーヤネン辺境伯令嬢と近しい存在、婚約者のヴォルフラム・マルヴァレフト公爵令息に近づいて友人となった。


 アンネリーゼ・パーヤネン辺境伯令嬢に恋をしてから、エグモント・バルテルスは自国へ戻るのを断念したらしい。ずっと彼女の傍にいたい。ただそれだけを思ってマルヴァレフト公爵領に留まる決意を固める。


 一途で純愛ではあるが、その対象は独身者に向けるべき。

 

 彼女とヴォルフラム・マルヴァレフト公爵令息が結婚したのをきっかけに、エグモント・バルテルスは親友面をして領都の診療所へ身を寄せた。


 ヴォルフラム・マルヴァレフト公爵令息と対面する時は素顔を、そしてアンネリーゼ・パーヤネン辺境伯令嬢の後を追う時は変装をしていたらしい。

 当時は変化の魔道具が開発されていなかったので、髪色を変える程度の変装をして偽りの姿でいたのだろう。


 エグモント・バルテルスは薬草の知識だけではなく、医療に関する知識も深かった。診療所は大いに活躍する場となり、その事でヴォルフラム・マルヴァレフト公爵令息も信頼を寄せるようになる。

 結婚して半年後に第一子マクシミリアンを身籠り、エグモント・バルテルスは嫡男を取り出した医師という立場。


 他の男の子を出産しても忘れられなかった。

 三年後に第二子であるクリスティアン様が生まれるも、長時間に及ぶ分娩にアンネリーゼ・マルヴァレフト夫人は体力の消耗と出血量で危険な状態だったらしい。


 翌日には体力が戻って授乳する元気が出た事にホッとするも、この不思議な現象に首を傾げた。本来なら亡くなってもおかしくない状況なのに、たった一晩で体力が戻ったのは奇妙である。

 本邸のからくりを知らなければ、そう思っても仕方ないのかもしれない。


 ここで彼は侵してはいけない罪を作ってしまったのである。

 恋した彼女が回復するのは嬉しいけれど、医者としての自分を頼って欲しい。


 本来は持ち出し厳禁とされている植物の種。


 彼の家が宮廷薬草園の管理人という立場から、その植物の種を所持していたのだ。この件に関しては偶然との事らしい。留学が決まった際に荷造りした荷物に紛れ込んでいて、その種の存在に気づいた時には、彼女と共にマルヴァレフト領で骨を埋める決心をした後だった。


 この植物の葉を使用した茶を口にすれば、意識混濁で衰弱したように見える。量を間違えれば植物人間になる危険性もあるが、微量なら対応できる自信があった。

 そして見事アンネリーゼ・マルヴァレフト夫人の略奪に成功する。


 領都の診療所にいればヴォルフラム・マルヴァレフトが、妻に会いに通って来るのは予測していた。だからこそ人に知られず密かにシルヴォラ山の麓にある街に決めたのである。

 領都から距離があって簡単に行き来が困難な場所。


 診療所で勤務していた給金と、小遣い稼ぎで闇市に降ろした麻痺薬を売った資金で家を購入。

 そして街に診療所を開業した。

 診療所がなくても騎士団の駐屯場とギルドや教会へ行けば、回復薬の入手や治癒師が診てくれる。簡易的な治療に関しては医者いらずな土地だが、専門の医者がいれば患者を遠くまで運ぶ事もない。


 患者を移動させる事によって病状が悪化するのだ。

 空間魔法で移動の手段があれば問題ないが、転移門を使用するには高額な料金が必要になるので、平民の立場では気軽に使う事は出来ない。


 そういった場所に診療所を開業したのは正解だったのだろう。

 診療所なら薬の買い置きも可能だし、症状を説明するだけで瞬時に病名が判明するのだ。


 それに何より公爵邸から連れ出したアンネリーゼ・マルヴァレフト夫人は、一晩で回復する事無く例のお茶で意識混濁が続いている。公爵邸から遠く離れた場所に移り、ヴォルフラム・マルヴァレフトも頻繁に診療所へ来る事がなくなった。


 彼が訪れる前に準備を整えておく。

 診療所に彼女の病室を作って、重篤患者のように装う。

 そういった細かい部分までを考慮した準備を整え、面会に訪れるヴォルフラム・マルヴァレフトを欺いた。


 ヴォルフラム・マルヴァレフトが診療所を訪れるペースは年に三度。

 嫡男マクシミリアンと次男クリスティアン、そして妻であるアンネリーゼ・マルヴァレフト夫人の誕生日である。寝ている彼女に息子の成長を語っているのだ。


 自分が二人を引き離している自覚はあるが、どうしても彼女の傍にいたい。

 たとえ寝たきりでも彼女の息遣いが感じる距離にいたかった。この恋心を断ち切れたら楽になれるのに。


 エグモント・バルテルスが自嘲気味に漏らすが、彼は加害者なので同情は出来ない。

 彼がマルヴァレフト夫人を攫わなければ違う未来があった。


 そもそも危険視されている植物の種を持ち込んで使用した事は許されるべきじゃない。何の罪もない義理父や義理兄、そして義理兄の婚約者だった令嬢ーーどういったルートで流れてきたのか、私の母も同じ被害者だ。


 エグモント・バルテルスの話は続く。


 アンネリーゼ・マルヴァレフト夫人を、シルヴォラ山の麓の診療所へ連れ出してから二十数年後に、マルヴァレフト公爵領の隣に接しているコイヴレフト侯爵の人間が何かを探っていると聞く。

 そのコイヴレフト侯爵とは、バルテルス侯爵家の三男として養子になった弟カスヴィオだった。


 カスヴィオは長兄が処分寸前の所を救った赤子ーー元はパヌラ王国の前国王の婚外子。前国王は性欲が有り余っているのか、見境なく女性に手を出す色情魔だ。女性だけじゃなく見目の良い男性にも手を出していたらしい。

 男性なら子を孕む心配はないが、女性だとどうしても子が出来てしまう。


 そういった女性を臨月まで宮殿に閉じ込め、無事に出産をして体力が回復したタイミングで解放するが、王族の血を持つ子供は処分の対象となる。

 長兄が助けた赤子は偶然にも見た目がバルテルス家の特徴に似ていた。


 運よく赤子を家に連れて帰り、父親に頼み込んで養子として引き取ったものの、カスヴィオが成長するにつれてバルテルス家の特徴より王族の色が濃くなっていく。

 それに焦った当時のバルテルス侯爵と長兄は、カスヴィオを他国の令嬢と結婚させる計画を立てる。


 爵位は同等か妥協して伯爵位ーーそして見つけたのが、ヴィヘルヴァ王国のコイヴレフト侯爵家。

 気の弱い令嬢ならカスヴィオの素性について詮索しないだろう。

 それに吹けば没落するコイヴレフト侯爵家の状況は、バルテルス侯爵家にとって有利に婚姻が勧められる状況だった。資金援助を餌に一人娘のコイヴレフト侯爵令嬢と結婚させた。


 このヴィヘルヴァ王国内にいる限り、カスヴィオの命が危ぶまれる心配はない。

 それなのに何を思ったのか、長兄の娘ブレンダとマルヴァレフト家の次男の婚約と婚姻。そして自分の娘とマルヴァレフト家の嫡男との婚約を結んだ。


 エグモント・バルテルスは嫌な予感がして、コイヴレフト侯爵に接近したらしい。

 コイヴレフト侯爵は人払いをした後、マルヴァレフト公爵領に幻と呼ばれる幻想草と月光草が自生しているのを知った。パヌラ王国にとって喉から手が出るほどに欲している薬草。


 しかも薬草の存在を公爵家の人間は認知していない。

 貴重な薬草を見つけた者が活用して何が悪いと、逆にカスヴィオが興奮気味に訴えた。


 無断で他領に入るのは法に反するが、何度目かの進入で運悪くマルヴァレフト家の者に見つかってしまったらしい。そしてパヌラ王国が秘匿している薬草で作ったお茶が欲しいと懇願された。

 量さえ間違えなければ死に至る事はないが、誤ってしまえば廃人になってしまう危険なもの。


 パヌラ王国では高位貴族子女には薬草に関する知識を叩きこむ。

 勿論、下位貴族の子女や国民も代表的な薬草の知識は持っているが、より専門的な知識は高位貴族が学ぶ。薬草園を持つ者は管理を徹底しているほどだ。


 特に宮廷薬草園の管理を任されているバルテルス家は、幼い頃から薬草の知識を叩きこまれ、学園ではさらに高度な専門知識を詰め込まれる。

 カスヴィオもバルテルス家の三男として育った分、薬草の知識は高い。


 エグモント・バルテルスはカスヴィオの言葉に疑問を持ちつつも、薬草の知識が高い事を考慮して与えてはいけない物を渡してしまった。


 カスヴィオ・コイヴレフト侯爵はエグモント・バルテルスが作った茶葉に手を加え、毒素を体内に溜め込んで死に追いやる毒物を作ったのである。しかも自分の手を汚さず、奴隷魔法で逆らえない相手に実行させた。

 公爵邸の中では無理やり婚約させた自分の娘を使う。


 カスヴィオ・コイヴレフト侯爵の目的は、幻想草と月光草の独占。

 その幻と呼ばれている薬草があれば、パヌラ王国に戻れると本気で思っているようだ。


 バルテルス家の養子とはいえ、赤子の頃から一緒に育ってきた弟が殺人を計画していた事に震えたらしい。

 ヴォルフラム・マルヴァレフトが消えれば、アンネリーゼ・マルヴァレフト夫人を奪われる心配はなくなる。いつの間にか殺人の片棒を担がされていたとはいえ、ヴォルフラム・マルヴァレフトの存在は邪魔に思っていた。


 ヴォルフラム・マルヴァレフトと嫡男の葬儀が終わった後、シルヴォラ山の麓の街から出ずに、アンネリーゼ・マルヴァレフト夫人と共に静かに暮らすつもりだったらしい。

 こうして話を聞いてるだけでも不愉快になる。


 あまりにも身勝手な二人に怒りで狂いそうだ。






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