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悪妻の定義とは?  作者: 尾木 愛結
本編
22/26

< 21 >

私の執務室にクリスティアン様の侍従と、専属護衛騎士の身内が三名ソファに並んで座っている。


 それぞれ見目は良いけれど、裏方の仕事になるので見目は特に問題ではない。邸内で働いている使用人の身内を呼び出して貰ったのは、例の領主館で始める商業施設の従業員の候補に相応しいかどうかの面談である。


 今回の面談をする以前に、邸内にいる使用人たちの身内や知り合いに従業員募集の事を伝え、その相手から履歴書や職歴みたいなものを送って貰い、複数の書類に目を通した中で責任者に相応しい人物を絞り込んだ。


 ただの従業員の面談であれば、わざわざ私の執務室まで呼ばなくても良い。一般の従業員であれば、職場になる場所で面談すれば事足りる。

 こうして公爵邸の執務室に呼んだのは、彼らが責任者に相応しいかどうかを見極める為だ。


 領都から外れた立地にあっても、先々代が建てた領主館を商業施設にするのだから、その施設の代表として相応しい人物が好ましい。地元民だけじゃなく、観光で訪れた貴族をターゲットにしている分、ある程度の爵位を持っていなければトラブルを回避できない。


 平民に対して傲慢な態度を取る貴族は割と多いのだ。我儘や無理難題を押し付け、無銭飲食したり商品を奪い取るといった貴族も存在している。

 そういった事を踏まえて、貴族には貴族が対応するのが一番良い。


 私に届けられた書類の中から、より職務に責任を持って励みそうな三名を選別した。

 


 カレヴァ・ルオッカ伯爵令息の弟ダンツィ・ルオッカ伯爵令息は、ルオッカ伯爵家の四男で新成人の十八歳。見目は平凡ーーというより、この国の顔面偏差値が非常に高い中の平凡なので、日本に生まれていればトップモデルや俳優になれるレベル。


 彼は錬金術に長けていて、薬草から魔法薬を作る研究をしていたらしい。

 錬金術でも薬草に関する職は門が狭く、なかなか職が見つからなかったようだ。


 現時点で彼は店長候補となっている。


 そして護衛騎士のダーヴィド・ラウティオラ侯爵令息の次兄クラッセン・ラウティオラ侯爵令息は、ラウティオラ侯爵家の次男で三十歳の既婚者。ラウティオラ家は代々騎士の家系だが、生まれつき気管支が弱くて激しい動きをする騎士になれなかった。

 両親が過保護になったせいで邸で過ごす時間が長く、極端に体を動かさずに済む読書と料理をする事しか出来なかったらしい。


 外出先で倒れる事を危惧していた侯爵夫妻は、邸で過ごすしかない彼に様々な知識を与えてくれたようだ。興味を持ったジャンルの本は片っ端から取り寄せ、この国の歴史だけじゃなく他国の言語と歴史まで頭に詰め込み、更に体に負担をかけない考慮での魔力操作もーーその甲斐あって体調管理が良くなったらしい。


 生まれつき虚弱体質だったが故に、彼の膨大な魔力量は体に負担が大きかったようだ。魔力操作を覚えていくうちに、その膨大な魔力が体内で暴れることはなくなったが、それでも騎士となるには無理だと医師に診断された。


 幸いにも侯爵夫妻は騎士の家系であっても、息子には好きな事をすれば良いと自由にさせてくれたらしい。

 そこで自分が口にする食事に興味が湧き、厨房へ顔を出すようになって料理人から色々と教わったそうだ。


 元から探求心が強かった事もあり、料理の腕がめきめきと育ってメイン料理だけじゃなく、なんとデザートまで職人に匹敵するレベルと聞く。その腕で奥方の胃袋を掴んだようだ。


 魚料理が得意との事らしいので、彼は即戦力だろう。

 侯爵家という後ろ盾もある。


 彼が引き継ぐ爵位もあるので大変な掘り出しものが見つかった。

 私の専属護衛騎士であるエーヴァの義理兄でもある。


 最後の一人である軽食店は、護衛騎士のサムエル・ヴェホラ子爵令息の弟アルニム・ヴェホラ子爵令息二十一歳。

 彼はヴェホラ子爵家の五男で職にあぶれていたらしい。兄弟が八人もいて大家族という環境下にあり、使用人を雇う余裕がなく自分たちで自炊していたようだ。


 簡単な料理ならすぐに覚えられるようなので即戦力候補である。


 なかなか素晴らしい人材が邸内の使用人の家族にいて運が良い。

 その中でもクラッセン・ラウティオラ侯爵令息は、食堂の責任者だけじゃ勿体ない。この領主館の店舗を任せるに値する人材だ。

 彼ほど相応しい人材は他に見つからないだろう。


 商業施設の全権は私にあるが、私の不在時に対応できるような相手がいればーーと、その代役に相応しい人材が現れた。料理の腕だけじゃなく領地経営や帝王学、そして他国語まで堪能というハイスペック。


 クラッセン・ラウティオラ侯爵令息を筆頭に、彼の補佐をしてくれそうな人材を探して開店まで教育を施す。

 ダンツィ・ルオッカ伯爵令息の爵位も魅力だったが、彼はどちらかと言えば研究室に籠って作業をしている方が向いている。我が父アールトネン伯爵と同じ種類の人間だ。


 

「ラウティオラ侯爵令息には商業施設の責任者としての任務も加えたいわ。わたくしは四六時中ずっと施設の中にいられないので、現場の人間が責任者になるのが相応しいと思うの」


「私が責任者ですか?」


「ええ、年齢と立場を考慮しての提案なのだけど……負担が大きいかしら?」


「私を信用して任せて貰えるのでしたら光栄です。これまで社交をしてこなかったので自信はありませんが、料理に携われるのであれば喜んで引き受けさせて下さい。それとーー今回の話を聞いて生家を出ましたので、正式名はクラッセン・アーレンスとお呼び頂ければ。両親の意向でラウティオラにも籍が残っている形ではありますが、この年齢で令息と呼ばれるのは正直恥ずかしいのです」


「では、今後はアーレンス伯爵とお呼び致しますわ」


「感謝致します」



 アーレンス伯爵がホッと息を漏らしたあと礼をする。



「続いて……ルオッカ伯爵令息には、薬品の開発と雑貨店の店長を任せたいと思っています」


「マルヴァレフト公爵夫人、薬品の開発とは?」


「万能薬と体力回復薬の種類を増やして欲しいの。原料は主に幻想草と月光草」



 現物を見せようと空間収納に入れておいた薬草を取り出す。

 取り出したのは摘み取ったばかりのものと、乾燥させている状態の二種類。



「これはーー!!」


「この薬草は我が領地に自生していたもの。現在は乱獲されないように別の場所へ移し、安定した環境で量産できるように栽培しているわ。万能薬と言うのは大げさかもしれないけど、この薬草で病状に沿った魔法薬を開発して欲しいのよ」


「それはどういった段階でしょうか?」


「そうね……軽い風邪から高熱が伴う症状の風邪まで、症状に合った種類の魔法薬。それと頭痛薬、胃薬といった薬が欲しいわ。体力回復薬は騎士団へ流通したいから、それも合わせて開発して貰いたいと思っているの。店長と言っても販売に携わるわけじゃなく、万が一に備えての立場でいてもらいたいのよ」


「それで私らの爵位というか、貴族籍の者が呼ばれたのですね」


「地元民を対象にするなら爵位は不要かもしれないけど、観光客は主に貴族だから爵位や貴族籍は重要なのよ」


「なるほど」


「販売の従業員候補は……こちらの書類にまとめているわ。ルオッカ伯爵令息が店長を引き受けて下さるなら、その従業員は自分が選んだ相手の方が店舗の空気が心地良いと思うわ」


「確かに……私のような若輩者に従ってくれそうな人材だと有難いですね」


「わたくしはルオッカ伯爵令息の研究熱心な所を気に入ったのよ。いきなり店長候補として呼びつけて申し訳ない気持ちもあるけれど。その書類はあくまで参考として目を通して貰って、ルオッカ伯爵令息が他に引き抜きたい相手がいればそれでも構わないわ」


「是非、引き受けさせて下さい」



 ルオッカ伯爵令息が深々と頭を下げる。

 私と同年代の十八歳ではあるけど、しっかりした受け答えは年齢より落ち着いた雰囲気だ。ルオッカ伯爵令息の両親の教えが素晴らしいのだろう。


 彼の兄であるカレヴァも立派な人間だ。


 ルオッカ伯爵令息が雑貨店の店長と魔法薬開発を引き受けてくれたので、次は軽食店の店長候補である。



「最後になってしまったけど、ヴェホラ子爵令息には軽食店の店長を任せたいと思っているの」


「軽食店とは主にどういったメニューですか?」



 この国に喫茶店は一つも存在していない。今の所、飲食店と呼べるのは平民が利用する食堂と、貴族が利用するレストラン。それ以外だと酒場と宿屋の食堂くらいだろうか。

 焼き菓子は露店で販売しているので持ち帰りが基本だった。その場で食べる場所がないので、持ち帰るしかないのだが、歩きながら食べる者やベンチに腰掛けて食べる者がいる。


 ドリンクを扱う店も持ち帰り専用なので、現状では軽食店と言っても理解しにくいのだろう。

 あの領主館が記念すべき喫茶店第一号になるのだ。

 


「そこで取り扱うメニューは炭酸水、お茶と珈琲。食事というよりデザート専門店かしら? 食事はサンドイッチのみで、焼き菓子が中心になるわね」


「そうか……食事はアーレンス伯爵が店長を務める店があるから、こちらは菓子をメインにした店舗という事ですね」


「同じ場所に飲食店が二つあるのが不思議だったのだが……そういう事だったのか」



 アーレンス伯爵が納得したように頷く。



「お茶とお菓子を楽しむ場所で、名称は喫茶店というのはどうかしら?」


「喫茶店……良い名かもしれない」


「アーレンス伯爵の所で食事を満足した後、他の店で買い物をして……ちょっと喉を潤したり、施設内を歩き回って疲れたら休憩する場所として利用して貰えると思うの。女性の場合は甘い菓子を目当てに利用するかもしれないわね」


「素晴らしいアイデアです! しかも焼き菓子……クッキーだけじゃありませんよね?」


「ええ、それは勿論よ。開店するまでヴェホラ子爵令息とアーレンス伯爵には、わたくしのレシピをしっかり覚えて貰うわね。食材を無駄にしたくないから、試作品は孤児院に寄付したり……それでも余るようなら、宣伝も兼ねて露店で配布するのも良いわね」


「なんと! 食材を無駄にしない考えは素晴らしい! 私も色々と料理の研究で試作品を作っておりましたが、一人では食べきれないので厨房の人間や孤児院へ寄付しておりました」


「私の家は食べ盛りの兄弟がいるので無駄にはなりませんでしたが……」


「ヴェホラ子爵令息は、ご兄弟が多いなら試食して貰えそうね」


「これまで食材を無駄にする事無く、私の兄弟が試作品を食べ尽くしておりました。試作品の種類と量によっては、孤児院や露店で配布するというのも頭に入れておきます」



 アーレンス伯爵には魚介料理のレシピ、和洋中の料理をマスターしてもらう。シンプルな海鮮の網焼きを基本として、パエリアにピッツァ。単品料理にタコの唐揚げ、フィッシュアンドチップス、シーフードマリネとサラダ。次々と自分が食べたいメニューが浮かぶ。


 ついでにハード系のパンとバターロールにクロワッサンも、彼らに追加で覚えて貰う予定だ。

 

 ここでしか食べられない料理なら、確実に観光客が増える。


 喫茶店で提供するのは、デコレーションしたパンケーキとタルトタタンといった生菓子がメイン。持ち帰り用にクッキー、マドレーヌ、パウンドケーキ、ロールケーキで、従業員の数によって徐々に種類を増やしていく。

 のちにプリンやゼリーにババロアも考えている。


 

「魔法薬の方は店舗の地下に研究所を作る予定でいるけど、自分の研究所が欲しいなら遠慮せずに言って欲しいわ。それと独身寮は施設内の二階にあるけれど、貴族籍のある者は別にアパートメントか戸建てを用意する予定なの。貴方たちは住む場所をどうしたいかしら?」



 独身寮は手狭な上に浴室とトイレは共同で、部屋の広さは大体八畳のワンルームといった形だ。その中で小さな給湯スペースを無理に作ったので狭い。キッチンがないのは賄いがあるので自炊は不要である。この世界はお茶を飲む習慣があるので、個室に給湯室は欠かせないのだ。


 そして貴族である彼らの住居は大事な事である。



「私は転移陣があれば簡単に移動できる」




 アーレンス伯爵は既に自領に住居を持っているようだ。

 侯爵家の令息なのだから当たり前かもしれない。



「転移陣は領主館にあるので、従業員以外の立ち入りは禁止に致しましょう。他の方は? ご意見があれば今のうちに訴えた方が良いわよ」


「私は実家に転移陣がございませんので、独身寮でも構いません」



 ヴェホラ子爵令息が申し訳なさそうに告げる。



「独身寮は個室ではあるけれど……この執務室より狭いわよ?」


「私としては個室であるかが重要なので、部屋の広さは気にしません」


「それと独身寮には厨房と呼べるものがないのよ。それならアパートメントの方を勧めるわ。そちらは独身寮ではないけれど、簡易的なキッチンを備え付ける予定だから貴方に向いているはずよ」


「それは……簡易的でもキッチンがあるのは助かります。ではアパートメントの方でお願い致します」



 ヴェホラ子爵令息の住居がアパートメントに決まった。

 まだアパートメントの立地すら決まっていないが、土地が決まれば建築はあっという間に終わるだろう。



「私は研究所を兼ねた戸建ての邸を希望したいのですが、それは可能ですか?」



 ルオッカ伯爵令息がダメ元といった感じで告げる。

 幻と呼ばれている薬草を扱うのだから、領主館とは別に研究所を兼ね備えた建物が必要かもしれない。防犯に関して領主館の方が安全なのだがーーこれはクリスティアン様に相談案件だろう。


 普通に研究所を建てるのは構わないけれど、この邸や領主館を建てた優れた人物をクリスティアン様が知っていれば紹介して貰いたい。



「そうね……少し考えさせて頂けるかしら?」


「やはり贅沢な言い分だったでしょうか?」



 ルオッカ伯爵令息が気まずそうな表情を浮かべる。



「いいえ、ただの研究所であれば簡単に建てられるわ。ただ……防犯に関しては、領主館の方が都合が良いのよ。商業施設となる領主館は、悪意を持つ人物に対して敷地内に入れない結界が施されているの。この薬草は他国にとって絶滅種という扱いで幻の存在なのよ。万能薬の存在が広がれば研究所に忍び込む可能性が出てくる。それを阻止する為に防犯防止の為の結界と設備が必要になるわ」


「確かに……」


「この邸や領主館を建てた方を紹介して貰うか、同じ技術を持った職人を探さなくちゃいけないので、わたくしに少しだけ時間を頂けるかしら?」


「そういう事でしたら大丈夫です。防犯に関して考えが及びませんでした。そうですよね……この地に自生していたから魔法薬の開発が出来るのであって、幻と呼ばれる薬草を手にしたいと思う存在を失念しておりました」


「マルヴァレフト公爵夫人は建築士を見つけたいのですか?」



 アーレンス伯爵が話に入ってきた。



「はい、この素晴らしい技術を持つ建築士を探したいのです。この邸や領主館だけではなく王都の邸と別邸、そして騎士団の宿舎と駐在所も同じ職人が手掛けたものでしょう。その職人が手掛けたと思われる全ての建物には、浄化と回復が付与されているので、万が一、毒が仕込まれたものを口にしても邸の中にいる限り回避できるのよ」


「そこまでの技術者であるならーーおそらくドワーフ族が関係している可能性は高いですね」



 まさかのドワーフ族!

 ここでファンタジー要素が濃く出てきた!



「ドワーフ族ならロイヴァス共和国出身でしょう。かの国は人族だけではなく、亜人と獣人といった他種族が合併して出来た国ですから。建築やモノ造りに特化した人物はドワーフしか思い当たりません」



 アーレンス伯爵が断言する。

 生まれつき病弱だった彼は、ベッドの上で沢山の書物を読んで過ごしていたのだろう。その中で他国についての知識を得たのかもしれない。



「ーーとなると、マルヴァレフト公爵家に縁のあるドワーフ族がいるかもしれないですね。マルヴァレフト公爵なら心辺りがある可能性が高い」


「そうね。その職人が見つかれば研究所を兼ねた戸建てを用意する事が出来るわ。それまでルオッカ伯爵令息には待って頂くけれど良いかしら?」


「勿論、それで構いません」



 彼らの住居の話がまとまった。

 次は料理のレシピを教えて覚えて貰うこと。


 幾つかのレシピを書いた用紙を渡し、今回の面談は終了した。


 アーレンス伯爵には商業施設の責任者になって貰うので、こちらも準備していた書類を渡して目を通すように告げてある。飲食店の店長としての職務と、責任者としての職務の詳細だ。


 主な執務作業は執務管理官を雇うので、商品の補充や売り上げの計算は彼らに任せる。アーレンス伯爵には総司令みたいな立場でいて貰いたい。


 本来は私個人で全てを行いたかったので、誰かに業務を任せて責任を持たせる事に抵抗を感じる。

 それでも快く引き受けてくれた。


 せめて職場環境は快適でいられるように準備を怠りたくない。

 アパートメントの立地と研究所を兼ねた戸建ての場所を決めなくては。


 その間、彼らは自分の部下となる人材の面談、もしくは書類に明記している人材の他にスカウトする可能性もある。部下はともかく自分の右腕となる存在は、より信頼しあえる相手の方が安心するものだ。


 その他の従業員の事は彼らに任せ、私は自分の出来る事に励めば良い。







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