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悪妻の定義とは?  作者: 尾木 愛結
本編
20/26

< 19 >

 豪華な夕食を済ませた後、クリスティアン様と共に夫婦の私室へと向かった。

 クリスティアン様の様子を伺ってみるが、普段と変わらないように見える。もしかして、あまり進展がなかったのだろうか。それでも何か手がかりが一つでも掴めていれば、たとえ時間がかかったとしても真実に辿り着けるかもしれない。


 クリスティアン様と一緒に私室へ入ると、彼は先に湯あみをすると言って浴室へ向かった。

 湯上りに冷たい物が欲しくなるので、呼び鈴でユリアかアールノを呼びつけてワインと蒸留酒に炭酸水を運ばせる。

 私はワインとコーラを割ったものを好むせいか、炭酸水としか告げていないのにコーラを持ってくる所は、さすがとしか言いようがない。


 飲み物の他にも軽く摘まめる物が置いてある。

 クリスティアン様が良く好んで口にしているカリカリに焼いたチーズ、ローストしたナッツ類とドライフルーツが盛られた皿に、魚介の乾物と干し肉が盛られた皿が並ぶ。


 干し肉と言っても保存食用ではなく、酒のツマミとしてのジャーキーである。サーモンに似ている魚も同様に塩漬けしたものを乾燥させて作り、それが美味しくて酒好きの使用人たちに意外と好評だ。

 前世でも鮭とばに氷下魚をカチカチに乾燥させた物が存在している。

 鱈は一夜干しと完全に乾燥させたものがあり、一夜干しは半生な状態でお茶漬けにして食べるのが好きだった。


 ようやく前世と似たような食事が出来るようになり、実家にいた頃より食生活は充実している。


 こうして座ったままクリスティアン様を待つより、私も湯あみを済ませてきた方が良いかもしれない。さっと体を洗い流すだけでも違う。


 そう思ったら自分専用の浴室へ向かって軽く汗を流し、風魔法で体と髪を乾燥させてから夜着に着替えて戻る。

 クリスティアン様も湯あみを済ませていた。



「お待たせしました」


「俺も浴室から出た所だった」



 クリスティアン様の髪の先から雫が滴る。

 そっと彼の髪に手を当てて風魔法で乾燥させると、クリスティアン様が表情を崩した。



「いつもすまない」


「いえ、これくらい一瞬で済みます」


「俺も風魔法の腕を上げるべきだったな」



 クリスティアン様の得意魔法は火と水魔法、防御に関しては土魔法らしい。

 風は中級まで扱えるが、主に攻撃魔法が主流なので生活魔法としての鍛錬はしていないと言っていた。魔力が豊富だと髪を乾かすのに訓練が必要になる。


 これまで魔獣討伐隊として騎士団に所属していたから、領民や部下を守る為に攻撃魔法の腕を上げるのは基本だった。



「わたくしで良ければご教授致しますよ?」


「魅力的な話だが、俺は褒められて伸びるタイプだ。リューディアは生徒に厳しそうだから、俺は泣いてしまうかもしれない」


「そうね、ビシバシ扱くわよ」



 互いに顔を寄せ合って笑い合う。

 ひとしきり笑い合って喉を潤した所で、クリスティアン様の表情が変わった。



「リューディア、これに目を通してくれ」



 クリスティアン様は自分の空間収納から数枚の書類を取り出し、私の前に突き出す。



「これは?」


「マルヴァレフト公爵家の諜報部隊からの報告書だ」


「ーーっ!」



 クリスティアン様から書類を受け取り、文字の羅列を目で追う。

 パヌラ王国まで足を伸ばして調べた結果と、カスヴィオ・コイヴレフト侯爵に彼の実家であるバルテルス侯爵家についての報告書だった。


 貴重な薬草の件はコイヴレフト侯爵の単独行動で、彼の実家のバルテルス侯爵家は関係なかったが、バルテルス侯爵家の当主が会長の商会で、コイヴレフト侯爵は密かに薬草の転売をしていたらしい。

 私がマルヴァレフト公爵家に嫁いだ以降、その薬草が手に入らず商会の事業が頓挫。


 サルメラ大森林に自生していた薬草が枯れたと思い込んでいるのかもしれない。

 何度かコイヴレフト侯爵に命じられた者が確認で来ていたようだが、三重の結界と監視の魔道具で近づけずに終わったようだ。


 魔獣討伐をする騎士団たちの野営地に選ばれている場所だが、魔獣の間引きは頻繁には行われない。数か月に一度のペースで行われていた上に、これまで薬草の存在に気づいた者がいなかった。

 それが突然、目的の薬草のみが消えたとなれば、公爵家の人間か騎士団の誰かが気づいて対処したと思うだろう。


 おそらくコイヴレフト侯爵は、こちら側が薬草の存在に気づいたと疑っている。

 何かしらの理由を見つけて接近してくる可能性も想定しなければならない。そういえば、クリスティアン様にしつこくアプローチしてきた令嬢がいたはずだ。


 名前は確かーートゥーリ・コイヴレフト侯爵令嬢。

 先ぶれもなくいきなり邸へ押しかけたのち、クリスティアン様からコイヴレフト侯爵家へ苦情を訴えた以降は、茶会や夜会で彼女の姿を見ていない。


 招待される家が違うので会わないのは分かるが、王宮で行われる年に一度の大夜会や、社交シーズンに行われる園遊会で見ないのは不自然とも言える。


 ひとまずーーパヌラ王国が薬草に関して、国で動いてるわけではなさそうだ。


 カスヴィオ・コイヴレフト侯爵の単独行動。

 彼と薬草の裏取引をしていたのは、パヌラ王国の王族関係者だが薬草の密輸には無関係だった。


 そしてクリスティアン様と、自分の生家であるバルテルス侯爵家の令嬢との結婚話。バルテルス侯爵令嬢が結婚式当日に逃げ出したので、次はクリスティアン様の兄である前マルヴァレフト公爵と自分の娘との婚約を結んだ。

 

 コイヴレフト侯爵は、どうしても薬草が欲しかったのだろう。

 クリスティアン様の父親が婚約話に耳を貸さなくても、コイヴレフト侯爵は執拗に婚約を求めた。あまりの執拗さに辟易して婚約を了承し、その後にクリスティアン様の父親が偶然あの薬草を見つけてしまう。


 ある程度、薬草の知識があれば幻と呼ばれている薬草の存在は知っている。

 クリスティアン様の父親が例の場所を確認した時、その場にいたコイヴレフト侯爵を見てしまったのだろう。その口封じにパヌラ王国にしかない毒草を使ったけれど、父親は会話が出来るうちに息子へ伝えたのかもしれない。


 父親が倒れた直後、クリスティアン様の兄が確認の為に出向いた。

 婚約者だったというコイヴレフト侯爵の娘は、クリスティアン様の兄を監視するのが役目で、彼の行動は彼女の報告でコイヴレフト侯爵に知らされていたのだろう。


 クリスティアン様の兄も父親と同じ毒草が使われた。

 クリスティアン様の父親と兄の病状が原因不明だった為、偶然にもパヌラ王国から来た医師が旅行でマルヴァレフト公爵領の領都に滞在していると聞き、その医師にコンタクトを取って診察してもらう。


 その診察時に婚約者だったコイヴレフト侯爵の娘にも、彼らと同じ毒草を使ったと推測する。

 なぜ娘にも同じ毒草を使ったのか不明なのだ。

 それとも邸内にいる使用人たちに、伝染病と信憑性を持たせる為に医師が勝手に判断した行動なのか。


 どうしても不可解なのは、コイヴレフト侯爵が薬草に拘っている理由。

 


「わたくしには分からないわ……」



 他人の命を奪ってまで欲しい薬草なのだろう。

 クリスティアン様の父親は自分の領地を見回っていただけなのに、たまたま不法侵入していたコイヴレフト侯爵の姿を見てしまった理由で命を奪われた。


 クリスティアン様の兄も同じ理由である。

 そして婚約者まで命を落とした。



「あの薬草でパヌラ王国の王族と取引していたみたいだけど、その見返りは何だったのかしら?」


「報告書を見る限り、コイヴレフト侯爵という人間は野心が強いタイプのようだ。バルテルス侯爵家の三男で爵位を継げない立場だったが、なぜか運良くコイヴレフト侯爵家の嫡女との婚約が成立。そして結婚と同時にコイヴレフト侯爵家の婿養子として迎えられ、本来は嫡女のコイヴレフト侯爵令嬢が爵位を譲られる予定だったのに、彼女ではなく他国出身の婿養子の男がコイヴレフト侯爵になっている」


「その上、カスヴィオ・コイヴレフト侯爵は、生家のバルテルス侯爵家と確執があったようね」


「現在のバルテルス侯爵家の当主は無能だと評判らしい」


「もしかして無能な兄より、自分の方が後継者に相応しいと思っていたのかしら?」


「おそらく」


「後継者に相応しいのなら、ご両親はコイヴレフト侯爵を指名したのでは? なのに無能と言われている長男が当主になったのはーーバルテルス侯爵家に何か理由はあるのかしら?」


「本人は事実を認めていないが、カスヴィオ・コイヴレフト侯爵はバルテルス侯爵家の血筋ではない」


「え?」



 クリスティアン様から渡された書類に一言も記されていない事だ。



「本当に?」


「ああ、カスヴィオ・コイヴレフト侯爵は母親が不貞した子ではなく、バルテルス侯爵家の嫡男が幼い頃に拾ってきた捨て子だったらしい。彼は無能と言われているが、高位貴族には珍しい人格者のようだ。学生時代の成績は常に上位を維持し、困っている人を見かけたら手を差し出すほどのお人好しでもある」


「それで幼い頃に見つけた捨て子を連れて帰ったのね」


「バルテルス侯爵家には、既に嫡男にスペアの次男までいた。男の子は必要なかったが、自分で拾った赤子は最後まで面倒を見ると訴え、それに絆された当時のバルテルス侯爵は自分の息子として引き取ったらしい」


「それなのに自分がバルテルス侯爵家の当主になれると? コイヴレフト侯爵は頭がイカレているのかしら?」



 自分が捨て子だったと信じたくないだけではなさそうだ。

 もっと何か理由がありそうだが、何も思いつかない。



「パヌラ王国の王族との繋がりも謎ですわね。わざわざ薬草を密輸したのに、それを王族との取引に使うなんて理解不能だわ。コイヴレフト侯爵は自ら密輸している事を王族に教えているようなものですもの」


「俺も不思議に思っていたのだ。たとえパヌラ王国垂涎の薬草だったとしても、国として違法な密輸商品の取引などしない。王族がそんな事をすれば貴族たちは黙っていないだろう」


「それともーーコイヴレフト侯爵は王族の弱みを握っているのかしら?」



 本来なら密輸品を王族が取引する事はない。

 それが幻の薬草であったとしても取引するなら、密輸品ではなく正規品としての取引を選ぶ。


 コイヴレフト侯爵に弱みを握られていた場合、その可能性がハッキリする。王族はコイヴレフト侯爵に弱みを握られ、密輸した薬草の取引に応じる形となってしまった。

 更にコイヴレフト侯爵にとって旨味のある取引でもしたのだろう。



「わたくし……とんでもない想像をしてしまったわ」



 多分、その想像は確信に近い。

 ふるりと体が震える。



「リューディア」



 クリスティアン様が私の体を抱きしめた。

 ふわりと彼の匂いが鼻孔をくすぐる。



「コイヴレフト侯爵は捨て子だったけれど、本来は処分される存在だったのでは? 幼かったバルテルス侯爵は処分されそうだった赤子に気づいた。どうやって連れ帰ったのか分からないけど、バルテルス侯爵は何の罪もない赤子が処分されるのを阻止したかったのよ。そしてコイヴレフト侯爵の正体はーー王家の生まれてはいけなかった子なのかもしれない」


「リューディアの想像を確かなものにする為に、コイヴレフト侯爵とパヌラ王国の王族の容貌を確認しよう」


「パヌラ王国の王族に会う機会なんてあるのかしら?」


「ああ、あの国では王族の肖像画が国中で販売されているんだ」


「そうなの?」



 王族の肖像画が国中で販売されるほど、パヌラ王国では肖像画が売れるほど王族の人気が高いのかもしれない。

 前世でも他国の王族の複製肖像画や、写真をプリントされたグッズが売られていた。


 この世界に写真はないが、魔道具で映像を模写する技術はある。

 


「歴代の王族の肖像画を照らし合わせて、コイヴレフト侯爵に似ている人物が分かれば謎が解けそうだ。その謎が解けても、俺の父上と兄上は生き返らないがーーコイヴレフト侯爵には、二人の命を奪った罰を受けて貰いたい」


「そうよね。報告書には前バルテルス侯爵の命を奪ったみたいだし、実の娘まで手に掛けたのだもの。他にも犠牲者がいるかもしれないわ」


「バルテルス侯爵が会長をしている商会の人間もいるかもしれないな。自分の野心の為に他者を犠牲にするなど、そんな非道は許せる行為ではない」



 コイヴレフト侯爵が関わらなければ、クリスティアン様の父親と兄は生きていたのだ。

 クリスティアン様は彼らと離れていた事を悔やんでいる。不運にもスタンピードが起こり、二人から離れて討伐しに出向いたのは討伐隊として当然の事だった。


 その離れていた期間に父親が倒れ、続いて兄が倒れたのはクリスティアン様のせいじゃない。

 邸に戻ったクリスティアン様が父親に治癒魔法をかけ、最後の言葉を交わしたのは奇跡でもある。兄の方は言葉を交わす前に命を落とされていたのだから。



「マルヴァレフト公爵家の諜報部隊に、パヌラ王国の王族の肖像画を入手するように伝えておく。手に入れたいのは先々代から現在の王族あたりか?」


「コイヴレフト侯爵の年齢を考えたら妥当だと思います」



 カスヴィオ・コイヴレフト侯爵は現在五十歳。

 王族の血筋を受け継ぐのなら、先々代と先代の王族が妥当だろうか。

 現在の国王は代替わりしたばかりで若い年齢のはずだ。


 パヌラ王国の王族の肖像画が手に入るまで、この話は保留となる。



「クリスティアン様、わたくしのお願いを聞いていただける?」


「いきなりだね、どんなお願いをしたいのかな?」


「領都のサンタヴオリ中心街に空店舗があれば買い取りたいの」


「ああ、例の話だね?」



 ウイット漁港で知り合った露店の店主が、料理長の長兄で代々マルヴァレフト公爵家に仕える家系だった事。領都で飲食店を開業する際、その食材の仕入れ先となってくれる話をした。


 料理長の兄は趣味が高じて露店を開いているが、本来はウイット漁港地を統治する伯爵家の当主である。

 現在は父親が健在で執務に励んでいるが、ゆくゆくは彼が父親と代替わりをする予定なのだ。伯爵家の当主になれば露店の店主も代替わりをするのだろう。


 まだ先の話なので、今は出来る事から始めた方が良い。


 飲食店の構想は、前世の昔ながらの定食屋がイメージだ。

 最初はメニューが少ない方が覚えやすい。徐々にメニューを増やしていく。

 日本では魚を生で食べる文化だが、他国では魚を生で食べる習慣がない。日本以外では本当に数少ない国だけの、魚を生で食べる習慣だった。


 その逆も然り。

 日本では食べない食材を、他国では当たり前に食する。


 そういった経験を踏まえて、他人に無理強いする事をせずに「食べたら美味しいよ」といった形に留めておく。



「空き店舗があれば中を改装するだけで済むけど。空き店舗がなければ、立地を探す事から始めなければいけないし、立地が決まっても建築で時間がかかってしまうわ」


「空き店舗はないが……数代前の当主が建てた領主館は無人のはずだ」


「領主館? この邸の規模なら店舗にするには広過ぎるわね」


「部屋数は十部屋もなかったはずだが、飲食店に向いていると思う」



 クリスティアン様の説明を聞くと、数代前の領主が建てた領主館は別邸として使われていたようだ。その当時は道が舗装されておらず、馬車で領都へ移動するだけでも苦労していたらしく、視察の後にゆっくり寛げる場所が必要だと建てたものらしい。


 領主館の大きさは裕福な平民の二階建ての家くらいのようだ。

 二階部分に居住区としての部屋があり、一階は厨房とダイニングルームにダンスフロアと応接室があるのみ。そもそも来客をもてなす用途ではなく、あくまで視察の後に休憩するだけの専用宿屋みたいなもの。


 ダンスフロアがあるのは、当時の公爵夫人がダンスを踊るのが好きだったようだ。

 飲食店として内装が向いていなければ、改装すれば良い。さすがに建物を土台から作るのは無理だが、出来上がっている建物を魔法で改装するのは可能である。


 貴族の邸の玄関は広いので、色々と活用できそうだ。

 まず建物の中を確認しないと始まらない。

 


「明日にでも内見しに行っても良いかしら? 実物を見ておきたいわ」


「では、一緒に行こうか?」



 クリスティアン様の言葉に驚く。

 公爵家当主としての通常の執務に加え、諜報部隊へコイヴレフト侯爵についての指示を出したり、領都への視察とサルメラ大森林で魔獣の間引きと薬草の確認。


 その合間に王宮に呼ばれて税収に関する書類の提出に、出席しなければならない商談と夜会があったりと、常に多忙を極めているのだ。時間に余裕があるなら、少しでも体を休ませて欲しいと思うがーー。



「良いの? 仕事が立て込んでいないのなら、クリスティアン様と一緒に行きたいわ」



 公務として一緒に行動する事はあっても、プライベートで一緒に歩く機会は意外と少ない。

 


「愛する妻との二人きりのデートも良いが、スティファンを連れて行くのも良いな」



 スティファンの外出は邸の庭のみである。

 まだ邸の外へは出た事はない。



「スティファンのお出かけデビューが、領民たちへのお披露目になるわね」



 そして家族三人で出かけるのも初めてだ。



「領主館がある場所は繁華街から外れているから、スティファンを連れて行っても大丈夫だろう。将来は領主になるのだから、この地に住む領民に幼い頃から顔を覚えられておいた方が良い」



 領主の子供は幼い頃から領民に顔を覚えられていた方が何かと都合が良いらしい。

 万が一、人さらいに遭ったとしても、領民に顔を覚えられていれば通報も早いようだ。



「クリスティアン様もそうだったの?」


「そうだ。兄上は生後半年になった時にお披露目をしたらしいが、俺は兄上のスペアだった事もあって一歳の誕生日にお披露目をしたと聞いている。さすがに一歳の時の記憶はないが、当時から邸に勤めている使用人からも聞かされた」


「それでは一歳になるスティファンは、お披露目するには遅いのね」


「お披露目の時期は状況によるものだ。リューディアが気に病む必要はない」



 アールトネン伯爵家ではどうだったのだろう。

 私は六歳になってから王都へ向かうのに初めて邸の外へ出たが、嫡男である兄の初めての外出は聞かされていない。


 マルヴァレフト公爵領とアールトネン伯爵領では、領地の規模が違い過ぎる。

 双子の姉二人は魔法を鍛えていないので無理だが、私と兄は魔法で強行突破をするタイプだ。ゴロツキには物理で攻撃するのが常である。


 認識阻害魔法が使えるのと、瞬時に移動できる空間魔法で逃げ切れるのだ。私は前世の記憶のおかげで、普通の子供より大人の考えを持っていたと思う。

 それと姉二人に鍛えられた精神面だろうか。


 スティファンの魔力は多いけれど、現状では属性魔法とスキルが不明なのだ。

 まだ幼いうちは魔道具と魔法付与で守っていくしかない。



「リューディア」



 不意に名前を呼ばれて顔を上げる。

 また考えに耽っていたようだ。



「クリスティアン様?」



 じっと見つめられると鼓動が跳ねる。ドキドキと脈打つ心臓の音が煩く感じた。

 クリスティアン様の両手が、私の顔を包み込む。



「俺からの提案だがーーそろそろスティファンに兄弟を作ってあげたいと思っているが、我妻はどう思う?」



 至近距離で囁くように呟かれると、どうして良いのか分からない。

 顔から火が出そうなくらいに熱くなる。



「ディア?」



 私の愛称を甘い声で呼ぶのは反則だと思う。

 クリスティアン様の顔が見られず、彼の胸に顔を埋めた。



「……スティファンに兄弟は必要だと思います」


「愛する妻の期待に応えなければ」


「クリスティアンさ……」



 私の声は途中で消える。

 クリスティアン様に口づけをされ、徐々に体から力が抜けていく。それを合図に彼の腕に抱き上げられ、私は寝台に運ばれた。

 彼の体が私の体の上に覆いかぶさり、再び唇が塞がれる。

 角度を変えながら口づけが深いものへと変わっていく。呼吸が乱れても止めてくれない。


 これから始まる甘い時間に、私の体は期待に震えるのだった。


 



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