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午後のアフタヌーンティー。
今日はリーサの為のお茶会である。
彼女は幸運にも伯爵令息に見初められ、男爵令嬢の立場では玉の輿に乗るという意味だ。
実家のホランティ男爵家は裕福な家庭ではないけれど、家族の仲はとても良いらしい。五人姉妹の四女だから、上の姉たちに可愛がられていたようだ。羨ましい環境である。
そういった事情で幼い頃は母親が初歩的な作法を教えてくれたが、その母が子爵令嬢である為に高位貴族の作法が分からないと、マルヴァレフト公爵家の分家筋へ相談を持ち掛けたらしい。
その伝手でマルヴァレフト公爵家へ期間限定のメイドとして雇われた。
この邸で働いている侍女やメイドは貴族令嬢である。
家政婦長のヘルガはハルヴァリ伯爵夫人、侍女頭のミカエラはメリルオト子爵夫人、メイド頭のウルスラはパーシヴィルタ子爵夫人、私の専属侍女のユリアも元は子爵令嬢だ。
護衛騎士の一人イェンナは男爵令嬢であるが、結婚したので次期コルッカ伯爵夫人となる。
「イェンナを誘えば良かったかしら」
「ああ……サルメラ大森林へ行ってきた後なら、奥様がお誘いしても無理だと思います」
イェンナは魔獣を討伐すると興奮が冷めないらしく、そのまま鍛錬に熱中する事が多い。
「そうね……」
人数を多くするより精鋭メンバーで特訓した方が身に着く事もある。
「それぞれ空いている席に座ってから始めましょうか」
いつもなら侍女頭のミカエラやユリアがサーブするが、今回は若執事のトピアスがサーブ担当となった。
トピアスはアールノとヘルガの息子で、次期執事頭筆頭という立場である。
「今回は練習なので簡素な装いだけど、次からはドレスアップで参加して貰う予定でいるわ。リーサのドレスは準備しておくから心配しなくても良くてよ。皆様、席に着いたのならお茶を頂きましょう」
「はい、奥様」
「いただきます」
全員が席についたのを確認してから、サーブ係のトピアスが順にお茶を注ぐ。
「わたくし、リーサの馴れ初めが聞きたいわ」
「わたくしも聞きたいわ」
「え? わたくしの?」
リーサが顔を真っ赤にしながら首を横に振る。
「そんな……楽しい話ではないので、この場に相応しくないかと思います」
「あら、お茶会での最初の話題は他人の恋愛話が王道なのよ。それも婚約したての相手がいれば猶更ね」
「まずは明るい話題から入るのが、お茶会の基本です。その後、徐々に場が和んできましたら政治や事業の話題へ移っていくので、常に国内の情勢やトップニュースになっているものをチェックしておくと良いわね。人気のある菓子店、ドレスのデザインに素材の産地は事前に調べておくこと。国内の情勢は男性なら新聞を定期購読しているはずだから、それを見せて貰うと良いわね。外国語の文字もあるから勉強になるわよ」
「ドレスの素材に関しては、奥様の実家であるアールトネン伯爵領について勉強すると良いわ。最近は綿ローンのドレスが人気だけれど、魔獣糸の布も素晴らしい物が多いのよ。ドレスのデザインについては、個々の好みもあるから難しいわね。無難なのはドレスの生地になっている素材かしら?」
高位貴族に忖度をしている家系であれば、それに準じて似たような衣装を誂える事もある。いかにも「貴方に憧れている」、もしくは「貴方のファッションセンスが素晴らしくてお手本にしました」といった感じだろうか。
周りを見ても同じようなデザインのドレスを着ている令嬢は意外と多い。
貴族令嬢なら自分に合うドレスを仕立てれば良いのに、なぜ他人が着ているドレスのデザインを真似るのか、私には理解できない所だ。
どうせなら自分の好きな色でデザインを描き、自分を引き立たせるようなドレスを身に着けたい。他人のデザインを真似しても、所詮はその相手に合うデザインなので自分が似合うとは限らないのだ。
髪型に至っても顔型や容貌で雰囲気が違う。
たとえば面長の人の髪型を真似ても、丸顔の人には向いていない髪型である。
ドレスも同じ。
長身の人が着ているデザインのドレスは、背の低い人には不格好に見えてしまう。スタイルの良い人が着ているドレスも、ぽっちゃりさんには同じドレスは厳しい。
その人に合ったデザインだったり、それぞれ個性があったデザインの方が見ているだけでも楽しいのだ。
どうしても高位貴族の令嬢は、下位貴族の令嬢にとってファッションリーダー的な存在になりがちではある。それを真似るか真似ないかは本人の自由。
私は他人と同じドレスは着たくない。
「そうね、デザインは個々の好みによって賛否両論があるから難しいわね」
「そういった話は追々として……先にホランティ男爵令嬢の馴れ初めが聞きたいわ」
前世で憧れだった恋話!
今世の姉二人と恋話が出来なかったので、リーサをだしに全員の話も聞きたい。
「伯爵令息に何処で見初められたのかしら?」
「あの……わたくしの次女の結婚式に、新郎の友人として参加されていたらしいのです。その後にあった子爵家の夜会で声をかけられて……その時に彼から観劇へ誘われて、わたくしとお付き合いがしたいと言われました」
「まあ!」
「とても初々しいわね」
「観劇へ行った帰りは、伯爵令息と食事をご一緒にされたのかしら?」
「はい……」
「ご一緒に出掛けたのは観劇だけですの?」
「観劇を数回ほど誘われて……その後は互いの邸でお茶会をしました」
「理想だわ」
「わたくしも婚約期間を満喫したかったわ」
「わたくしも……」
私とユリアは婚約を端折って即結婚なので、婚約時代の甘い期間を味わっていないのだ。
「奥様とユリアはそうでしたわね。わたくしも婚約期間はありましたが、一般的な期間よりも短かったので楽しむというよりも、結婚準備で慌ただしい思い出しかないわね」
「ハルヴァリ伯爵夫人の婚約期間は、もしかして三か月くらいだったのかしら?」
「奥様、よく分かりましたね」
「結婚まで慌ただしいのは、婚約期間が三か月しかないっていうのは定番らしいわ。せめて最低でも半年から一年くらい期間に余裕があった方が理想らしいわよ」
結婚式の準備や衣装は時間がかかる。
特に仕来りを重んじる貴族にとって、結婚式の衣装に拘る傾向が多い。
私のように先に書類だけ提出した後、時間をかけて式の準備をする貴族は珍しい方だ。この流れは基本的に王族がしているので、同じような形にしている貴族が少ないだけだと思う。
「わたくしの幼馴染は幼少期に婚約を結び、成人の儀で結婚する予定でしたが式の延期が続いた上に、婚約者が別の女性との間に子を作って破談になってしまったのですよ」
幼少期の頃から慕っていた婚約者の裏切り、そして不貞していた相手が子を身籠った。
たとえ家同士の繋がりを目的とした婚約であっても、正式に結ばれた婚約なのにーー結婚式の延期を続けていた理由が仕事ではなく、別の女性と深い関係になっていたのが原因とは。
ずっと婚約者の言葉を信じて待っていた、ヘルガの幼馴染の令嬢を不憫に思う。
「幼馴染は婚約者だった相手を十年も想っていたのに、お相手の方と五歳も離れていた為に子供扱いされていたようです。ようやく十六歳の成人の儀を終えたというのに、今度は婚約者の方から仕事が忙しくて式の準備が出来ないとーーズルズルと延期が続き、幼馴染は二十歳になっていたのよ」
ヘルガの幼馴染だった令嬢は、幼い頃から婚約者を思っていたらしい。
子供の頃の年齢差は大きく感じる。たった数か月違うだけでも体格差が違うのだから、五歳の差はとても大きな壁に見えていたはずだ。
しかも幼い婚約者の成長を待たず、別の女性に靡くとは貴族としての矜持を持っていないのか。おまけに彼女が十六歳の誕生日を迎えた時に結婚するはずが、式をズルズルと延期にして二十歳まで待たせていた?
その婚約者の家族は知っていたのだろうか?
ヘルガの幼馴染の令嬢は婚約者より家格が下でも、娘が二十歳になるまで何も言わなかったのが不思議だ。
ヘルガは更に話を続ける。
「そこまで待たせた挙句、婚約者が不貞をして裏切られるより、婚約期間を短くして結婚した方が家庭円満になるのかしらね」
「そんな……ハルヴァリ伯爵夫人の幼馴染の方に、次のお相手は見つかったのかしら?」
「ええ、不貞をした元婚約者の方より立派な方と結ばれました。奥様もご存知かと思いますが……ユレルミ前伯爵の妻となり、病に倒れるまで幸せに暮らしていたと手紙が届きました」
「そう……幼馴染の方が幸せな方と結ばれて良かったわ。幼い頃に結ばれる婚約も良いとは言えないわね。それにしてもカタリーナお姉様の嫁ぎ先だったなんて縁を感じるわ。お相手のユレルミ伯爵は人格者ですから、彼女は妻としてだけじゃなく母親としても素晴らしい方だったのね」
「本当にそう思うわ。親同士が決めた婚約でも肝心の当事者が子供なら、その成長の過程で付き合う相手の素行によって人格が変わっていくのよね」
その元婚約者だった令息は嫡男の資格を失い、子を身籠ったという女性と共に領地へ追いやられたようだ。
不貞相手の女性の子供は二人もいたらしい。婚約者が子供で手を出せなかったというのは、男性側の主張であって婚約を破談にする理由にはならないと思う。
女性は元婚約者が学院に通っていた時に知り合い、そこから関係が始まったとか。話を聞いてるだけでも胃がムカムカとしてくる。
「特に学院へ通う頃には気を付けないと」
「そうよね。この国の学院は色んな階級の子供が集まる場所だから、幼い頃はまともでも学院へ通うようになると分からないわね」
「誘惑も多いらしいわよ」
「まあ、誘惑?」
「特に高位貴族の嫡男や大商会を営む家庭の跡継ぎは狙われていたわ。高位貴族じゃなくても嫡男には必ず数人の女性が集まっていたわね。ただ話しかけるだけじゃなく、男性の腕に自分の腕を絡めたり……更にその上をいくボディタッチもあったそうですわ」
私を抜きにして彼女たちは話に花を咲かせていた。
学院時代の話題は避けているわけではないが、あまり良い思い出がないので話題になると言葉が詰まる。
「とてもパワフルですわね……」
「奥様も付きまとわれたり嫌がらせをされていたじゃないですか」
ユリアが思い出したくない話を切り出す。
「わたくしの場合は身内でしたもの」
そう、私の場合は双子の姉たちが、自分の妹の婚約者に付きまとっていたこと。
しかも正式に婚約を結んでいる私ではなく、姉は自分の婚約者だと本気で思い込んでいたらしい。その思い込みも妄想から始まっているのだ。
姉に対してきっぱりと断りの言葉を告げたり、傍に近づくなと言われていたにも関わらずーー当時の姉たちは言葉が通じなかったので、私も話し合うより距離を置きたいと思っていた。
「わたくしも存じております。その……ケラネン伯爵令息と同じクラスでしたので」
「そうでしたのね。わたくしは次の婚約も白紙に戻ってから、姉たちに絡まれるのがイヤになって早々に学院を卒業してしまったのよ」
「奥様にそういった事情がおありでしたのね」
私と年齢が近い令嬢は学院での出来事は知っているが、親世代になると詳しい内容は知らないようだ。
「そういえば……ホランティ男爵令嬢の婚約者は何方ですの?」
リーサに話を振ってみる。
彼女に婚約者がいる事は知っているが、婚約者の素性は聞いていないのだ。
「わたくしの婚約者はルオッカ伯爵家の嫡男オリヴァー様です」
「ルオッカ伯爵令息?」
「まあ!」
これも縁だろうか。
ルオッカ伯爵令息は、マルヴァレフト公爵の侍従をしている。
「わたくしの旦那様の侍従をしているルオッカ伯爵令息は、ホランティ男爵令嬢の将来の義理弟になるのですね」
「はい……その縁を借りまして、ここで行儀見習いとして雇って頂けました」
「そうなると、ハルヴァリ伯爵夫人、メリルオト子爵夫人、パーシヴィルタ子爵夫人は、ホランティ男爵令嬢をどこへ出しても恥ずかしくない程に指導しなくてはいけないわね。彼女を立派な淑女に仕上げないと、マルヴァレフト公爵家の恥になるわ」
「しっかりと務めさせて頂きます」
「そうね、淑女教育はハルヴァリ伯爵夫人が適しているわ。ホランティ男爵令嬢に伯爵夫人としての矜持を伝授して下さる?」
「はい」
「所作や作法は元伯爵令嬢のパーシヴィルタ子爵夫人が向いているかしら。男爵家から伯爵家へ嫁ぐのは華々しい出世だけれど、他人に少しでも隙を見られてしまうと足を取られてしまう。完璧な令嬢はいないけれど、隙を見せない立ち回りを覚えると良いわ」
「ホランティ男爵令嬢の事情は存じておりますので、段階を踏みながら教授いたします」
「あとは……そうね、ルオッカ伯爵家は他国と商談をする機会が多かったわよね。わたくしに出来るのは、共用語と商談をしている国の言語を教える事かしら?」
他国語を覚える機会がないと言っていたから、これは婚家先でも重宝するだろう。
「共用語は確かに必要ですね。それだけではなく、本国の言葉で会話が可能となれば商談もスムーズに進むと思うわ」
「主にナーリスヴァーラ王国、パロヘイモ帝国は友好国でもあるし、色んな商談が多く取引されていると聞いているわ。ロイヴァス共和国は基本的に共用語が主流だから安心して良いわよ。問題はパヌラ王国よね……言語だけじゃなく薬草の種類や名前を覚える必要がありそうだわ。後でルオッカ伯爵令息に実家の商談について聞いておくわね」
どういった商談が多いのか。
実家で薬草の取引がなければ、パヌラ王国の言語だけ習得すれば良い。
「わたくしは卒業まで学院に通えなかったのに……こんなに良くして頂いて良いのかしら」
リーサは家の事情で学院へ通うより労働を優先した。
裕福ではない男爵家の娘を結婚させるのに、肝心の結婚資金が男爵家にとって莫大な金額だったらしい。婚家先へ渡す資金もそうだが、その中でも結婚式をする教会や神殿によって奉納する金額が違う。
それと花嫁衣裳であるドレスの金額も高額となる。
ホランティ男爵家の三女が先に結婚したが、その時は長女を含んだ姉妹四人で資金を貯めていたので、リーサは学院へ通う余裕があった。
しかし次女の結婚の時は三女がいなくなった分、一人に課せられたノルマが負担となって学院を退学する道を選んだらしい。私の元婚約者だったオリヴェル・ケラネン伯爵令息と同じクラスに配属されていた程の学力がある。
家の事情で学べる機会を失ったのは、リーサも内心では残念に思っている事だろう。
「学院で学んだ事が身についていなければ意味はないと思うわよ? たとえ成績優秀で卒業しても、女性男性関係で破滅される人も存在するくらいなのだから。学べる機会があるなら利用するのが一番よ」
「はい! このお邸へ来られた幸運を感謝いたします」
その後もリーサを囲んで彼女の為になる事を話し合った。
私の中ではとても充実した時間が過ごせたと思う。
夕食の席でクリスティアン様から騎士団のトラブルについて話を聞いたが、本当に些細な出来事がきっかけで大事になってしまったようだ。
一人の騎士が自分の婚約者の愚痴を零したのをきっかけに、自分の婚約者の方が最低だと言い出して互いに口論が始まり、最終的に殴り合うといった状況になったと聞く。
本当にどうでも良い理由だった。
自分が如何にも婚約者に恵まれていないと不幸自慢。
そんなに悲劇の主人公になりたいのだろうか。
これがマルヴァレフト公爵領の騎士団員とは思いたくない。
クリスティアン様は珍しく、公爵領の騎士団員の人間性に問題があると肩を落として落ち込んでいた。トラブルを起こした騎士団員の二人が不甲斐ないだけで、クリスティアン様には全く関係のない事である。
私の旦那様を落ち込ませた二人に文句を言っても良いだろうか。
ゆったりとした夕食を済ませて食後のお茶を飲む。
この時間は誰にも邪魔される事はない。
ダイニングルームから夫婦の私室へ場所を移す。
アールノが配膳してくれたのは、炭酸水で割ったワインと蒸留酒に軽く摘まめる軽食。私室へ移動したクリスティアン様は軽く汗を流す為に風呂場へ向かった。
私は午後のサルメラ大森林の視察から戻り、既に身を清めているので不要である。
間もなくして風呂上りのクリスティアン様が髪を濡らしたまま戻ってきた。
「きちんと髪を乾かさなくてはいけないわ」
クリスティアン様の髪に手を触れて風魔法で即座に髪を乾かす。
洗ったばかりの青銀色の髪が美しく輝いている。青みがかった銀髪は本当に美しい髪色だと思う。
私もどうせなら金髪ではなく銀髪の髪で生まれたかった。
「リューディアの魔法は便利だな」
「幼い頃から腕を磨いてきた甲斐があります」
クリスティアン様は先ほどの件が尾を引いているのだろう。
まだ少し落ち込んでいるように見える。
公爵領の騎士団に所属しているだけの騎士二人に対し、そのトラブルとなった二人の話を聞いて心を痛める領主なんてクリスティアン様くらいだ。ほとんどの領主なら問題を起こした二人を切り捨てる。
他の騎士団員たちの悪影響になりかねないので、その場で退団を選ばせるのが筋だ。騎士団の団員は規律を守るのが基本であり、それを守れない者は命を落としかねない。
私は落ち込んでいるクリスティアン様の首に腕を回す。
そのまま彼の耳元で囁くように呟いた。
「クリスティアン様、わたくしがお仕置きをして差し上げますので落ち込まないで下さいませ」
「リューディア」
「わたくしの旦那様を落ち込ませるなんて万死に値しますわ」
私が拳を握りしめながら告げると、ようやくクリスティアン様の表情が和らいだ。
「頼もしい妻を持った事を誇りに思う」
「ふふふ、クリスティアン様のお心が晴れやかになって嬉しいですわ」
「リューディアが嬉しい事を言うからだ。俺もディアが常に笑っていられるような環境を作りたい」
「わたくしの旦那様は素晴らしい方なので、こうして一緒に過ごせる時間があるだけで十分ですわ」
私が自由に動けるおかげで実家での事業は安泰である。
この邸内においても過ごしやすい環境に、使用人たちの質の良さ。
彼と結婚して良かったと切実に思う。




