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五月に入ると景色が徐々に変わっていく。
マルヴァレフト公爵邸の中庭に植えられている低木、そして花々も色鮮やかなものに変貌している。
この王国は一年を通して気温に変化はない。
しかし自然界では季節を感じているのだろうか。
低木の葉は新緑の色に染まり、固く閉ざしてした蕾は花弁を開く準備をしているようだ。
執務の合間に中庭を散歩する事が日課となり、日々の小さな変化に心が癒される。
「さて、休憩は終わりにしましょう」
私の背後に佇むユリアへ声をかけて執務室へ戻った。
騎士団の駐在所の地下牢へ入れていた姉二人は、見張り役の騎士団員からの苦情が相次ぎ、四日目で地下牢から解放されたのである。そのまま姉たちが乗って来た馬車ごと伯爵領へ連れて行き、二人は祖母に外出禁止を言い渡された。
その時に祖母へ私が親しくしている侯爵夫人から、姉二人に茶会の招待状が届く予定である事を告げている。
おそらく茶会の招待状が姉たちへ届くまでに、祖母のスパルタ指導が続けられる事だろう。
伯爵領へ来たついでに、工場と飼育場の見回りと、父に丸投げしていた綿花畑の様子を確認した。
この綿花畑は祖母が商機を見越し、全ての責任を担っている。
木綿の生地を量産するべく、綿花の栽培を植物スキルに特化した領民を抜擢。
スキルのおかげで収穫の回数が増えるので、伯爵領の新たな事業として木綿生地は流行するだろう。
木綿生地の量産が軌道に乗ったら、次は綿ローン生地だ。
ローン生地は木綿糸を細くしたものを平織にして出来る生地で、生地の表面は滑らかで布としても軽くて柔らかい。この生地で下着と夜着を作る。
ワンピースも作れるが生地が薄いので透けてしまうのと、日常で着るには破損しやすいのだ。
これは糸の太さを調節すれば可能となるが、下着と夜着は柔らかい物が欲しい。
ローン生地を作るにあたり、祖母と話し合う必要がある。
父は相変わらず研究所を住処にしていた。
母が王都から戻って来た日から、本邸に一度も足を向けていないらしい。両親が不仲でいるのは娘として複雑な心境だ。特に険悪な雰囲気でもなく、父が母から距離を置いている形である。
父が母に向けているのは無関心。
母は祖母の補佐として邸内の家政と、執務の手伝いを行っているようだ。
祖母に溺愛していた娘を取り上げられたので、母は知り合いの茶会へ行くのを控え、邸内で慎ましやかにしている。
「ユリア、わたくしの両親って仲が悪いのかしら?」
私の四つ上のユリアなら何か知っているのではと、彼女に問いかけてみた。
「わたくしが存じ上げているお二人は、とても仲は良い方だと思います。とても仲が悪いようには見えませんが?」
「そうかしら? わたくしが小さい頃の両親はーーー」
不意に頭に浮かんだ違和感。
私の最初の記憶は姉たちに池へ落とされた後のもの。
それまでのリューディアとしての記憶は朧気なものでしかない。当たり前だ、まだ二つか三つの幼子の記憶はそんなものだろう。
その朧気な記憶の中の両親は、いつも仲良く寄り添っている姿ばかり。
父が母を見つめる視線は愛に溢れていた。
そして母も父を見つめる視線は愛に満ちている。
池に落ちたショックで前世を思い出し、その時から両親の姿は現在のものとなっていた。
リューディアの記憶は願望を刻んでいたのか?
「はっきりとは覚えていないのだけど、わたくしが幼い頃のお二人は親密に見えていたのよ」
「奥様?」
「今の両親は……いえ、父が母に対して無関心でいるのを不思議に感じているのよ」
「ああーー奥様は幼すぎて覚えていらっしゃらなかったんですね」
「ユリア?」
「なるほど! 奥様は現在の伯爵夫人を、本当の母親だと勘違いされていたのですね」
「え? は? どういう意味かしら?」
母が本当の母じゃないとは?
ますます意味が分からない。
「アールトネン伯爵邸にいる奥様は影武者なのですよ。本物の伯爵夫人は旦那様の研究所におります」
「お父様の研究所?」
「奥様が池に溺れる少し前、伯爵夫人が原因不明の病を患って倒れられたのです。わたくしも子供だったので詳しい内情を知っているわけではないのですがーーーー」
「ーーーー」
「伯爵夫人は起き上がれる事が出来ずに寝たきり。その頃、伯爵領では旦那様の研究が佳境に入り、その噂を聞きつけてすり寄る貴族も少なくなかったようです」
ユリアの話では、邸には父に下心を持ってすり寄る客人が後を絶たず、その対応を祖母と母が担っていたけれど、病に倒れてしまった母は寝たきり状態。
伯爵邸を訪れていた貴族から、母の不在を耳にしたのだろう。
下心を持つ貴族たちが、父に再婚の話まで持ちかけてくる始末。
そこへ現在の母ーーレベッカ・クーセラ夫人の登場だ。
彼女はステンロース伯爵家の分家である男爵家の三女で、母とは幼い頃からの幼馴染だった。
そして母の従姉妹の中で特に容姿が似ていたらしい。
二人並ぶと双子のように見分けがつかないレベル。
その彼女が噂を聞きつけ、祖母と父に母の影武者になる事を自ら言い出した。
元は男爵家の令嬢なので伯爵夫人としての嗜みは皆無に近い。
それでも母と共に幼い頃から一緒に育ってきた相手である。
母の癖や口調は完璧だったようだ。
おまけに利発で頭の回転も速い。
祖母が自ら手ほどきして伯爵夫人として教育をした。
その流れで姉二人の世話も任されたわけだが、姉たちの教育には失敗したのである。
「お姉様の様子を見る限り、本物のお母様だと思っているようだけど?」
「あの二人は物心ついた時からバカなのです。自分の親の区別もつかない」
「わたくしもお母様だと思っていたわよ?」
「奥様は当時まだ三つになったばかりですから、伯爵夫人の入れ替わりを覚えていないのは当たり前です。ですが、あのバカは五つか六つで親の区別がつく年齢ですよ?」
ユリアの言葉に納得してしまう。
前世でも五歳で幼稚園に通う年齢だし、六歳は小学校へ入学している。
親が入れ替わったら違和感に気づく。
対外的に母の真似は出来るけど、彼女は子育てをしていた母の姿を見ていない。
これまで私たちに母がどう接してきたのか、彼女は知らなかったはずなのだ。
私は池に溺れたショックで高熱を出し、数日間は寝込んでいたと思う。
おかげで前世を思い出す事が出来た。
そういった事情で母親が入れ替わっていた事に気づけなかったのは不覚である。
「お母様は原因不明の病なのよね? 意識はあるのかしら?」
「お食事はご自分でなさいますが、体調が悪くなるとお食事も出来ません。旦那様は奥様から目を離さず、お一人でお世話をなさっておいでなのです」
これで父が研究所に籠り切りでいる理由が分かった。
そして祖母は「あの嫁」と、母の名前を口にしない理由もーーー。
そもそもが母の影武者なのだから、祖母も父も影武者でしかない者に親しくする理由がない。
ようやくこれまでのモヤモヤした気分が晴れた。
「あら? そういえば叔母様は知っていたのではなくて?」
「ああ、あの寄生虫は伯爵夫人の入れ替わりは知らなかったと思いますよ?」
ユリアの叔母に対する言葉が酷くなっていく。
「お父様の妹だから、叔母様も知っていると思っていたわ」
「伯爵夫人の病について吹聴する下位貴族は存在しません。それに原因不明の病ですよ? 先に伝染病の疑いを持つものですから、迂闊に近づいて感染してしまったら下位貴族では治療も行えません。おかげで急な来客もなくなって平穏になりました」
「そう……ユリアは記憶力が良いのね」
私との年齢が四つ離れているだけなのに、ほぼ正確に覚えている。
当時は七歳くらいだろうか。
その年齢の記憶が残っていても不思議ではないが、誕生日を迎えるごとに記憶も曖昧なものへと変わっていく。
「主人に仕える家系の者であれば普通だと思います。わたくしの家は代々伯爵家に仕える家系ですし、お嬢様や奥様の行動を全て記憶するのも務めですから」
「わたくしの侍女がユリアで良かったわ」
「わたくしも奥様が主人で幸せです」
「ねえ、ユリアもいつかは結婚するのでしょう?」
ユリアが結婚してしまったら、代わりの侍女を探さないといけない。
護衛騎士の二人も同じ事が言える。
「わたくしは結婚を考えておりませんがーーそうですね。このまま独身でいるより、公爵邸に勤めている適当な相手と結婚するのもやぶさかではない。わたくしは奥様の傍に一生いたいのです」
ユリアの言葉に驚く。
「え? 結婚相手を適当に見つける?」
「はい。そもそも結婚願望は元よりありません」
「ユリアはそれでも良いの?」
「わたくしに害をもたらさない相手であれば。そうですねーー奥様がお子を召される事を見据えて、わたくしも結婚して子を作れば、将来は奥様のお子様の護衛や侍女として仕える事が出来ますね」
ユリアは物凄く良い顔で爆弾発言をしたのだった。
その爆弾発言から約一月後、ユリアは料理長のルーカス・プルックを射止めたのである。
彼とは厨房で互いに交流があったのと、何よりユリアの好きな海鮮料理を作ってくれるのが決め手となったようだ。
ユリアは食いしん坊キャラではないが、海鮮料理に関して大食いとなる。ルーカス本人に対して好感度はあったが、それよりもユリアの胃袋を彼は掴んだのだろう。
ユリアの結婚相手が何処の馬の骨とも知れない誰かより、よく知っている相手で良かった。
料理長のルーカスはブルック伯爵家の次男である。
彼が継ぐ爵位はないが、ユリアと結婚しても貴族籍のまま変わらない。
料理長の両親が息子の結婚に乗り気だった事に驚いた。
彼はブルック伯爵家の中でも変わり者で、子供の頃から料理をする事に生きがいを感じ、学院を卒業と同時に家を飛び出し、国内に留まらず他国まで料理の腕を磨く旅に出ていたらしい。
そんな息子がマルヴァレフト公爵邸の料理長となり、結婚相手まで見つけてきたのだ。
彼の両親も安心したに違いない。
「結婚式はどうするの?」
「奥様が挙げていないので出来ません」
「わたくしは次の年の春に式を挙げる予定よ? ユリアも式を挙げたら良いじゃない。ご両親も喜ぶと思うわよ」
「ルーカスと相談します」
「それが良いわ」
ユリアの結婚は決まった。
あとは護衛騎士の二人の結婚が残っている。
彼女らもユリアと共に傍にいて欲しいが、私の我儘で彼女たちの将来を潰してはいけない。
この一月は慌ただしかった。
公爵邸で働く使用人たちの夏服の制作に、綿ローン生地の量産体制への下準備。
そして公爵領の新たな商品開発に続き、高位貴族だけのお茶会。
今月から社交シーズンに突入するので、販路を広げる下準備と宣伝用のサンプル。
その合間を縫ってサルメラ大森林の巡回と、商品の原料である雑草を収穫するついでに魔獣の間引き討伐。
魔獣を討伐するのに体を動かすのは、雑務で多忙を極めるストレスの発散となった。
特に魔鳥は美味しいので張り切ってしまったのである。
牛型と猪型の魔獣も領民に人気の高い食材なので、見つけたら迷わず討伐だ。毛皮と牙は武器や防具だけじゃなく、領民の生活用品になるので確保しておきたい素材だ。
一年を通して気温は変わらないが、夏の季節はそれなりに暑くなるし、冬は朝晩に冷え込む。
日本の季節の厳しい寒暖を経験しているので、私だけが温度差に気づいていないのかもしれない。
この国の真夏は猛暑や酷暑がなく、初夏のように過ごしやすいのだ。
真冬も同様で朝晩の冷え込みは感じるが、日本と比べたら手足の指先が冷たくなる程度である。
「奥様、いよいよ今週ですね」
今週末にアーヴィッコ侯爵夫人のお茶会があるのだ。
このお茶会の目的は、私の姉二人の認識を自覚させる為に開かれる。
その前に行きたくない茶会へ参加しなくてはならない。
本日の午後から予定している、従姉のマリアンネが主催する茶会なのだがーー祖母から彼女の様子を報告して欲しいと頼まれなければ断っていた。
「その前に午後からのお茶会ね……」
「ああ、そうでしたね。そろそろ準備を始めましょうか」
「マリアンネの所だし普段着で良いかしら?」
「それは不味いですね。旦那様の評判を下げてしまいますし、よからぬ噂が流れる可能性もあるかと」
「あの姉たちと気が合うマリアンネだものね。ある事ない事を社交界で言いかねないわね」
「そうです。ここはしっかりと着飾って参りましょう」
本日のお茶会は王都にあるマリアンネが住む子爵邸。
姉たちも招待されているらしく、数日前から子爵邸で過ごしているらしい。
あんなに子爵邸で過ごすのを嫌がっていたのに。
社交シーズンが始まったら、王都で過ごせれば滞在先はどうでも良くなったのか。
祖母はマリアンネだけじゃなく、姉二人の事も報告して欲しいのだろう。あの二人は相変わらず家の事は何もせず、祖母の厳しい再教育は別として、呑気に過ごしていたようだ。
「マリアンネだけでも面倒なのに、更に面倒くさい姉たちもいるから余計に行きたくないわ」
「旦那様に連絡は?」
「そうだったわ! 昨晩に彼から連絡が来て、お茶会の様子を魔道具で知りたいとおっしゃっていたの。すっかり忘れていたわ」
「最悪の場合、旦那様が駆け付けてくれそうですね」
「そうならない事を祈るしかないわ」
私はユリアに身支度を整えて貰うと、適当な手土産を持って王都へ向かった。
今回は茶会の場がマリアンネの家なので、護衛騎士二人とユリアだけである。
キーヴェリ子爵邸の場所を知っているので、公爵領から直接向かう。
王都の中でも下位貴族の邸が立ち並ぶ場所にキーヴェリ子爵邸があり、伯爵邸や公爵邸がある場所と比べると立地は悪い。買い物に便利な商業地区の近くではあるが、人通りも多く騒がしい環境だ。
高位貴族の邸は王宮付近に近く、見回りの警備も行き届いている分、とても静かな環境で過ごしやすい。
キーヴェリ子爵邸へは幼い頃に訪れたきりなので、こんなに騒がしい環境だったとは知らなかった。叔母が伯爵邸に入り浸っていたのも頷ける。
キーヴェリ子爵邸の門番に招待状を見せて通してもらう。
「招待客が来たのに執事が出迎えないとは、使用人の質が悪いですね」
本来なら茶会の主催者の家の者が来訪する相手を出迎え、茶会の場所へ案内するものだ。
しかし門を抜けても誰も出迎えに来ない。
「金銭的事情で使用人の数が足りないのでは?」
エーヴァの言葉にイェンナとユリアが頷く。
「寄生虫の賠償金のせいで減らしたのかもしれません」
ユリアは叔母の事を寄生虫呼ばわり。
それに対して、誰も訂正の言葉を言わないあたり、全員がそう思っているのだろう。
私も同意見だ。
幼い頃の記憶を頼りに、子爵邸の中庭へ足を進めていく。
すると徐々に話し声が聞こえ始めた。
私は耳飾りに魔力を注いでクリスティアン様との通話を可能にする。
「これからいらっしゃるのでしょう?」
「あたくし、あの方の姿を拝見するのはデビュタント以来よ」
「ほとんど社交に出て来ないらしいわ」
「どの家からも招待されないなんて……せっかく公爵家の嫡男様と結婚されたのに無様ね」
「悪女から悪妻に変わっただけよ」
「悪妻ね……リューディアにピッタリね」
早速、私の悪口大会が始まったようだ。
この場にいる令嬢は姉たち以外、子爵家と男爵家の令嬢だろう。
「あら、わたくしの噂話ですの?」
護衛騎士とユリアを伴い、私は話声が聞こえる場所に姿を現した。
「ごきげんよう、皆さま」
私がにっこりと笑みを浮かべながら挨拶をすると、その場にいた令嬢たちが一斉に振り向いた。
「悪妻の分際で良く顔が出せましたね」
この方は確かバーバラ・マーサロ子爵令嬢だ。
領地なしの中央貴族だが、父親が商才で富を築いている。
「貴方の存在が、聡明なカタリーナ様とカトリーナ様の評判を貶めているのよ。もう少し自覚を持たれた方が宜しいわ」
こっちの方はヘンリク・タンミレフト子爵令嬢。
子爵領で果樹園業をしている、そこそこ裕福な令嬢だったはず。
しかも姉のせいで彼女の婚約が破談になったのに、どうして一緒にいるのか。それとも婚約者だった相手との関係が、最初から破綻していたという線もある。姉と付き合えるくらいだから、正確に難があっても驚かない。
「あら、自覚が足りないから悪妻と呼ばれているのでしょう? 相変わらず異性を追いかけ回しているんですって? こんな方とご結婚された公爵様には同情するわ」
スティーナ・ヨエンパロ男爵令嬢か。
この方の領地は薬草園が有名だったと記憶している。そこそこ裕福な家庭で育ち、なぜ姉の取り巻きになっているのか理解できない。
タンミレフト子爵令嬢と同じく、この方も姉のせいで婚約が立ち消えている。
「皆さん、そのくらいにして差し上げて」
姉二人が令嬢たちに声をかけ、その場を収めた。
「お姉様、マリアンネは?」
「マリアンネなら招待客の同伴者の方を案内中よ」
招待客の身内とはーー誰か兄弟を同伴して来たのだろうか。
同伴者の有無は記載されていなかったから、女性だけの集まりだと思っていた。
マリアンネの事だから、私の招待状だけ記載していない可能性も高い。
「そうなのね」
「カトリーナ様、この悪妻に言ってあげた方が良いですわ!」
マーサロ子爵令嬢が、私と姉の間に入ってきた。
「わたくしに何か言いたい事でもあって?」
私は首を傾げて見せる。
ユリアに選んで貰ったドレスは、この場にいる誰よりも上質で素晴らしいものだ。絹素材にも劣らぬ滑らかな生地に、美しい模様を描いたレースをふんだんに使ったドレスは、清楚と上品さを演出してくれる。
プラチナを土台にした髪飾りは、クリスティアン様の瞳と同じ紫紺色の石を散りばめたもの。陽に反射するとキラキラと輝いて美しい。
ドレスから宝飾品まで洗練されたものだ。
姉たちが着ているドレスは、私が着ているドレスに使われている素材の劣化版だろうか。
それでも品質としては高級な素材である事は間違いないが、劣化版はあくまで劣化版でしかない。
「祖母様にも厳しく言われているのでしょう? 下位貴族の令嬢とばかり付き合わず、伯爵家の令嬢なら同格または上級の方との縁を結びなさいと。これ以上の問題を起こすと、もう後がございませんよ?」
「リューディア、アンタがわたくしとマルヴァレフト公爵様との結婚を邪魔したから、とても辛い思いをしているのですよ。自分の行いを反省しなさい」
カトリーナがまた訳の分からない事を言い出した。
それに便乗したマーサロ子爵令嬢も続く。
「カトリーナ様の縁談を奪うなんて、本当にはしたないわね。学院時代は婚約者様に色目を使い、お二人の邪魔をしていたそうじゃない。それでカトリーナ様は婚約者を失う事になって……そして縁談まで奪うなんて卑怯ね」
「言いたい事はそれだけかしら? マーサロ子爵令嬢、わたくしは公爵夫人なのよ。たかが子爵令嬢の立場で意見を申し立てるなんて、貴方こそ立場を弁えたら如何?」
「偉そうに!」
「ええ、実際に偉いのよ?」
私が笑みを濃くすると、マーサロ子爵令嬢の顔が表情を無くす。
「わたくしは、この場にいる方より立場が上なのよ。お姉様も同じよ。たかが伯爵令嬢の分際で、公爵夫人であるわたくしに暴言を吐く。これは正当な不敬罪よ」
そしてマーサロ子爵令嬢の顔を見つめながら告げる。
「過去も現在もカトリーナお姉様に婚約者は一度も存在していませんわよ。マルヴァレフト公爵ーー旦那様に至っては、わたくしがデビュタントで参加した夜会で、彼から直接プロポーズを受けているの。お姉様に来た縁談ではなく、プロポーズされた後に王命となって結ばれた結婚なのよ」
「そんな話は聞いていないわ」
そこへヨエンパロ男爵令嬢が声を上げた。
「わたくしと旦那様の結婚は高位貴族の話ですわよ。関係のない下位貴族に話が届くはずないわ。わたくしは無意味な下位貴族の方の茶会へは参加しませんの。結婚する前も伯爵家の利にならない招待は全て断っていたわ。今も公爵家の利にならない誘いは受けない。今回も断るつもりでいたのだけど、祖母様の頼みだから来てあげただけよ」
そのまま姉の顔を見つめ、にっこりと笑う。
内心では主催のマリアンネに対して怒りを覚える。
本来なら招待客のホストは主催者の仕事だ。しかも主催より家格が上の公爵夫人に挨拶もない。
常識を持っている貴族家では有り得ない失態だ。
たとえ親同士が兄妹であっても、貴族は上下関係に対してルールを重んじる。
それを理解していない者ばかりで、本当に頭が痛くなりそうだ。




