表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死を越えた花嫁は運命を取り戻す  作者: さくる
スノルピスとスノードロップ
33/59

影に託された光

手紙に記された印──サクラリス。

それが亡き王妃イレーネのものだと判明した瞬間、リシェルの胸に静かな波紋が広がった。セラフィーナではなく、イレーネからの便り。思いもしなかった真実に触れながらも、心の奥底には別の問いが芽を吹く。


(なぜ……私に? 王妃様は、お母様とどんな繋がりを持っていたの?)


答えを知る者は限られている。

ゼノではないとリシェルは直感していた。


「……ネーヴァ」


自室の窓辺に佇む影へ呼びかける。薄紫の帳が揺れ、そこから静かに現れたのはいつものように無表情の侍女だった。


「お呼びでしょうか」


「聞きたいことがあるの……あの手紙について」


ネーヴァのまつげがわずかに震えた。だが、すぐにいつもの冷ややかな無表情に戻る。

リシェルは一歩踏み出し、彼女を正面から見据えた。


「お母様と王妃様の関係……あなたは知っているのでしょう?」


問いかけに返事はない。

ただ沈黙のまま、影の侍女は立ち尽くす。


「教えて、ネーヴァ。あなたはお母様から何かを託されたのね? 私にはもう、知らないふりをしている余裕はないの」


抑えきれない感情が声に滲む。震えているのが自分か、それとも彼女か。

やがて、長い沈黙の果てにネーヴァが顔を上げた。


「お嬢様は……すべてを受け入れる覚悟をお持ちですか」


視線が重なる。影のように従ってきた侍女の瞳が、真っ直ぐにリシェルを射抜いた。


「……あるわ」


短い言葉だが、迷いの色はない。ネーヴァのまなざしがわずかに揺れ、遠い記憶を探るように細められた。


「私もすべてを知るわけではありません。ですが……お嬢様にお渡しすべきものがございます」


懐から取り出されたのは一つのペンダント。黒銀の鎖に蒼黒の石がはめ込まれ、周囲の光を吸い込みながら深淵のごとく輝きを放つ。


「……これは?」


夜に生きる者(ノクティア)の証です。王家の影とは異なる幻影(・・)の血を継ぐ者だけが代々引き継いできた魔具。ルヴェール家とその末裔にしか許されないものです」


リシェルは息を呑んだ。

セラフィーナの旧姓──ルヴェール。


「ルヴェール公爵って……ノクティアって一体……」


影の侍女はしばし言葉を選ぶように黙し、やがて低く答えを落とした。


「ルヴェール公爵家を語ることは、契約により禁じられております。ノクティアは、存在そのものが幻影。ルヴェールの血とともに生き、そして死にゆく存在」


「……魔具を操れるのは、魔力を血に宿す者だけって学んだわ。その魔力も、とっくに消滅したはずじゃ……」


「お嬢様。今は分からなくても、貴女にルヴェールの血が流れている限り、いつか答えが見える日がくるでしょう」


「それは……お母様が、ルヴェールの娘だったから?」


「ええ、セラフィーナ様はルヴェール公爵家の嫡女。そしてお嬢様もまた、その血を継ぐ御方です」


告げられる声音は淡々としていた。だが、その裏には影の侍女としての揺るぎない確信が滲む。


「この石には記憶が眠っています。ルヴェールの血を継ぐ者であれば触れたとき、封じられた記録を視ることができる。それは、イレーネ王妃とセラフィーナ様の間に交わされた『沈黙の契約』の一端」


リシェルは無意識にペンダントを受け取った。

軽いはずの重みが、指先から心臓へとずしりと沈み込む。


「あなたにとって、お母様は……どんな人だったの?」


以前と同じ問いに、ネーヴァは初めて柔らかな眼差しを見せた。


「強くて怖い……けれど優しい人でした。冷たさと温かさを併せ持つ、不思議な方。私はあの方に命を拾っていただいたのです。だからこそ命を賭してでも、あのお方の大切なものを守ると決めました」


その声には、一片の揺らぎもなかった。


(私の知らないお母様……)


リシェルはペンダントを胸に抱く。

これは、血の契約と記憶の結晶。

今まさに、それが目を覚まそうとしている。

まぶたの裏に光が差し込む。

黒銀の石が静かに脈動し、蒼の光が視界を覆った。


(……記録……?)


世界がぼやけ意識が沈む。



そこは王宮のとある部屋。

重厚なカーテンが揺れる灯されたランプが揺らめく中、二人の女性が向かい合っていた。

一人は、ダークブルーの髪を夜のヴェールのように流した気品ある王妃イレーネ。そのまなざしは柔らかくもどこか哀しげで、目の前の人物を静かに見つめている。もう一人は、蜂蜜色の髪を肩に流した若きセラフィーナ。


「……そう、決めたのねセラフィーナ……」


イレーネの声音は静かだった。だが、その奥には確かな寂しさと慈しみが混じっていた。

セラフィーナは小さくうなずき、視線を落とす。


「ええ……ごめんなさい……私には、これしか道がないの。けれど……あの子を思うと胸が痛むの」


その声音には確固たる決意と、捨て去れない後悔の影が同居していた。


「謝らないで。その選択をさせたのは私たちよ。あの子を守るために、すべてを計っていたつもりだった。でも、あなたはすでに未来の気配を察していたのね」


「そんな……っ、私は……私のために選択するの! 誰のせいでもないわ」


震えるようなセラフィーナの声。

イレーネはそっと微笑み、手を差し伸べる。それはまるで姉妹か、あるいはそれ以上に深い絆で結ばれた存在のように。


「セラフィーナ。わたくしはあなたの希望を未来に託して、あなたの旅路を追うわ。だから──待っていて」


イレーネはそっと彼女の胸元に蒼黒の石を返した。石が触れた瞬間、青白い光がふたりの影を重ね合わせる。


「……この記録が、いつかあの子たちに届く日まで」


あの子たち──と告げられた言葉に、沈黙が落ちた。

イレーネの瞳は誰かを想っていた。

名は語られない。

けれどそこには愛があった。

母として選べなかった苦い記憶を抱きながらも、託すのは「正しさ」ではなく「信じる心」。

セラフィーナが、そっと呟く。


「どうか忘れないで。たとえ声が届かなくても、私たちは確かにここにいたと……」


「ええ……きっと届く。光の中に堕ちるとしても、闇の中に希望があると信じてる」


その言葉に込められた想いを、リシェルの胸は震えながら受け取る。セラフィーナとイレーネが交わした約束は血を越え、時を越えて今なお息づいていた。


──映像はそこで途切れた。



「……今のは……お母様と王妃様……」


目を開くと、再び自室の帳が揺れていた。

だが胸の内には、確かに灯がともっている。

過去に交わされた約束。

沈黙の中で結ばれた契約。

そして命を繋ぐ者たちの想い。


(…お母様は、何かを決意されていた……)


リシェルは胸元のペンダントを強く握りしめた。

答えはまだ霧の中にある。けれどこの記録の先に、確かに何かがあるのは間違いない。

それだけは確信できた。

振り返ればそこに、ネーヴァが静かに佇んでいた。


「……ただいま、ネーヴァ」


震える声に、影の侍女は静かに目を伏せる。


「お嬢様の道が闇に呑まれぬよう……どうか、光を絶やさないでください」


夜の帳が深まっていく。

綻び始めた沈黙の契約は、やがて避けられぬ未来を導く光となるのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ