039-進路
オリオンの食堂での食事ももう慣れたもんで、俺は適当に拵えたパスタを盛り付けて、アルと俺の席の前に置く。
冷蔵庫から麦茶もどきの入ったポットを出して、同じく冷やしていたコップ二つを机の真ん中に置いた。
「いただきます」
「い...いただきます」
俺はアルと食べるようになってから、いただきますと言うようになった。
こればっかりは他人と食う時の癖だな。
いただきますと言わないと、不自然であるかのように振る舞う知人がいたからだ。
アルには馴染みのない文化だったが、俺に合わせてくれている。
とりあえず食べ進め、皿が空になる頃に、俺は口を開く。
「アル、進路のことなんだけど」
「...!」
アルがびっくりしたような顔をする。
まるで俺がその話をここでするとは思わなかったかのようだ。
「...なに?」
「いや、教材をいくつか買ったから、ここにいる間に届くと思う。それを見て勉強したらどうかなって」
「えっ!?」
「この職業で食べていくには難しいし、仮に別の職業に就くってなっても、知識は役に立つと思うよ」
「...ありがとうございます」
アルは感謝するけど、本意ではないように感じた。
こういうのは拗れる前に何とかしないとな。
「アル、嫌だった?」
「嫌じゃないけど...リリーさんと離れるのは...嫌だから」
「んん?」
進路を決めるのと、俺の下から離れることは関係ないように思えるが。
問いただすと、彼の誤解が明らかになった。
「僕が...一人で生きていけないから、リリーさんは僕をここに置いてくれてるんだよね?」
「そんなわけ...」
言おうとして、口が動かなくなった。
確かに、俺はアルに進路を強要しすぎていたかも知れない。
それはまるで、俺が嫌々彼をここに置いていて、働けと言っているようにも見える。
「...ゴメン。私はアルが心配だったから。...別に出ていって欲しいとか、すぐに仕事ができるようになって欲しいとか思ってるわけじゃないよ。」
「ほんと?」
「本当の本当。私が急ぎすぎてただけだから、ね?」
「わかった、ごめんなさい」
アルが謝る。
俺は急いで彼の側に寄り、優しく抱きしめた。
俺は一人でもいい。
だがアルは一人ではダメなんだと気付かされた。
「リリーさん...」
「もう一人にはさせないから、ごめんね」
俺には帰る場所がある。
いや、この世界にはないが、少なくとも家族は生きているはずだ。
だがアルは違う。
両親は死に、もうアルベルトとして故郷には戻れない。
かつての友達には連絡すらできないのである。
頼れるのは、頼りになるのは俺だけなんだ。
「あ、あついよ」
アルは俺の抱擁から逃れて、何故か真っ赤になっていた。
ちょっと暑苦しかったか。
俺は皿を重ね、コップを回収する。
「適当にゆっくりしてて、私は洗い物してくるから」
「...うん」
アルは逃げるように食堂から駆け出して行く。
彼は船員としてはまだまだだが、それを強いたりはしない事にした。
それは彼を追い詰めることになるからだ。
俺はコップを洗いながら、そんなことを考えていた。
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