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男女逆転した乙女ゲームのヒロインは、ヤンデレ気味の溺愛系スパダリっぽくなるらしい

作者: はな



「ノア様、あなたのことが好きです。ずっと、ずっと...言いたかった。だけど、僕には釣り合うものが何もない。だから、何度も諦めようとしたけど、無理でした...」

「...ありがとう。...私も。...私ね...あなたといると、幸せってこういうことなんだって最近思うの。私も、あなたと一緒にいたい」

「...ありがとうございます。そう思ってもらえて、本当に…本当に、嬉しいです」


 私の言葉に対し、頬を赤く染めて嬉しそうに微笑んだ。私の頬を慈しむように触れるノエル様が、とても大切で愛おしく思う。


 私に触れる手つきも声音も、何もかもが優しくて、彼に聞こえてしまうのではないかというくらい、心臓は大きな音で早鐘を打っていた。


 熱のこもった綺麗な空色の瞳と目があい、ノエル様の整った顔を近づいてきて、唇が重なった。

ちゅっという音がして離れた後、ぎゅっと優しく抱きしめられる。


 安心する優しい香りに包まれホッとして、抱きしめ返そうとしたときに、はっと頭に浮かんだ。


(あ、これ前世でやった乙女ゲームだ。)


 今まで起きたイベントとセリフが走馬灯のように頭の中によぎり、すとんと腑に落ちた。


(今までの感じていた既視感はこれだったんだ。でも、まさか....こんなことって...)


 抱きしめられながらピタッと動かなくなった私を不思議に思ったのか、ノエルが顔を恐る恐る覗き込んできた。


「嫌…でしたか?」

「え?」


 抱きしめられているのに固まってしまったことを認識し、若干混乱しつつも押し寄せてくる記憶は一度頭の隅に追いやった。


「いや、し、幸せだなと思って...」


 至近距離で目が合い、嘘ではないが咄嗟に誤魔化してしまうも、とても幸せそうな顔で照れ臭そうに微笑まれ、再びきつく抱きしめられる。


「僕も。...ずっと一緒にいたいです。大切にします」

「...うん」


一瞬混乱したものの、今度こそ広い背中に手を回してきゅっと抱きしめ返した。


――――――――――――――――――


「ん...?あ、これお兄様のだ」

「あら、ジェラルド様それがなくては困るのではなくて?」


 思わずこぼれてしまった言葉に、ウェーブがかった眩い金髪に空色の瞳をした、この国の第一王女であるクリスティアンことクリスが反応した。

 夏休みの課題を一緒にしたときに紛れていたようで、本日提出しなければならないものだ。


「ひとっ走りして、届けてこようか?」

「いや、それはさすがに申し訳ないから自分で行くわ」


 騎士団長の娘で、榛色の瞳に長い赤髪を高い位置でポニーテールにしたエリーことエリアスが親切で言ってくれたが、わざわざあまり親しくもない人のところへ届け物っていうのも申し訳ないので断る。


「まぁ、ノアが行く方がジェラルド様も喜ぶのではない?」


 青い髪色に黄色い瞳に眼鏡をしている宰相の娘、カミールが笑いながら言った。


「ふふっそれならいいのだけど。それじゃあ急いで届けてくるわ」

「ついていく?」

「すぐに戻ってくるから大丈夫!ありがとう」


 夏休み明け、久しぶりに会っての挨拶もそこそこに、教室をでて上級生の棟に向かう。この学園は3年制で各学年で建物が違う。しかしそこまで遠くもなく、渡り廊下を渡ればすぐな距離にある。


「あ!ノア様!」

「あら、ご機嫌よう、フラン。どうしたの?お兄さんに用事?」

「そうなんです!忘れ物を届けに。せっかく会えたからもっとお話ししたかったのに~!また今度お茶しましょうね!」


 にこにこと人好きのする笑みを浮かべて、1つ学年が下のフランことツインテールの深緑の髪と目をした公爵令嬢のフランシスが去っていった。

 それを見送って、私も行かないと授業に遅れると思い、再び歩き出そうとして中庭にさしかかった。


 そこには制服を着たピンクブロンドの髪をした令息が、キョロキョロと周囲を見回して困っているように見えた。

 しかし、私もとりあえず届け物をしなければならないと思い通りすぎようとしたところ、目があってしまった。その男性の大きな空色の目が大きく見開かれた。


 見つかってしまったという気分になり、このまま行くのも、と思ったため声を掛けた。


「...ご機嫌よう。初めてお見かけしましたが、いかがなさいましたか?お困りですか?」

「あ、お、おはようございます!あの、僕はノエル・スコットと申します。本日から編入してきたのですが...」


(そういえば、高い魔力から平民が子爵家の養子になったって話題になってたわ...) 


 夏休み前に話題になっていたから、夏休み明けの本日から編入してきたようだ。


「あぁ、スコット子爵家の方でしたか。編入...何年生ですか?」

「に、2年生です...教員室に行かなければいけないのですが、迷ってしまって...」

「似たような建物が並んでますもんね。それでしたら、今行くところの途中にあるので、一緒に行きましょうか?」

「え!い、いいんですか?ありがとうございます...」


 いい年して迷子になったことが恥ずかしいのか、少し照れたように申し訳なさそうにスコット子爵令息がお礼を言った。


「用事の途中ですので、お気になさらないでください」


 途中まで一緒に行くことになったが、すぐなので少しだけ話をしたら教員室に着いた。


「本当に、ありがとうございました。あの、お名前をお伺いしても...?」

「あ、これは失礼しました。ノア・アンダーソンと申します。また機会がありましたら、よろしくお願いしますね」


 当たり障りない挨拶をしてその場を後にし、無事お兄様に課題を届けて教室に戻った。朝余裕を持って早めに来ているとはいえ、ぎりぎりになってしまった。

 教室に戻ってすぐに先生がきて編入生を紹介した。先ほどのスコット子爵令息だった。


「このクラスに編入生だ。不慣れなところも多いだろうが、みんな仲良くしてくれよ」

「ノエル・スコットと申します。最近貴族になったばかりで、不作法なところも多いかと思いますが、ご指導いただければと思います。よろしくお願い致します」


 ペコリとお辞儀をして頭を上げた時、ちょうど目があった。スコット子爵令息も気づいたようで、すぐにほっとしたような顔でにこっと笑った。


 その瞬間、ざわっと教室がざわついた。

 

 大きな垂れ目がちな空色の瞳に鼻も高く、口元もきゅっと引き締まっている、ピンクブロンドと可愛らしい色合いの、庇護欲をそそる見た目のイケメンが笑ったのだ。

 女生徒は顔を赤くしてぽおっと見惚れている。男子生徒はそんな女子の様子をみて面白くなさそうな人と、赤面してる人と二分していた。


 そんな自己紹介も終わり、スコット子爵令息が席について、先生も連絡事項だけ端的に伝えて出て行った。


 魔力が高くて子爵家に養子に入った人がいることは噂になっていたが、まさかAクラスに入ってくるとは思ってもいなかった。

 この学園は魔力保有者が通う学校であり、15歳から3年間通う。大体が貴族であるが、平民も少し混ざっている。

 身分に差があるため、学園内は身分に関わらず平等を掲げているが、もともと貴族として交流もある人はあるし、卒業後のことも考えると学園での関係も影響するので貴族社会の縮図ともいえる。

 なので平等とはいいつつも、身分によって対応が変わるのは暗黙の了解となっている。


 クラスは各学年A〜Eクラスまであり、身分は関係なく魔力の保有量で変わる。魔法実戦の授業の内容が変わってくるからだ。


 魔力は王族が1番多くて、家格が下がるとそれに従い減っていく。平民は少ししかない。ただ時々平民でも魔力が多い人はいる。


 そのため、その場合は貴族が、家門ひいては国の繁栄のため養子として引き取ることが多い。

 魔力量が多いと言っても大体平民出身の子たちはD.Eクラスなのに、Aクラスというのは異例なことだ。


 ざわざわしてるクラスメイトたちが話しかけるかどうか、遠巻きにスコット子爵令息の様子を伺っている。


 前の席に座っているクリスが振り返り、小声で話しかけてきた。


「なかなか可愛い方がきたものですわね」


 見た目はたしかに可愛い系のためこくりとうなずく。


クリスの横の席のエリアスは

「まぁ...でもあまり強くはなさそう」

「最近まで平民だったのだから、鍛えてはいないでしょう」


 クリスの横の席のエリアスは相変わらず強そうかどうかに着目している。それに対して私の隣の席からカミールが呆れたように言った。


 そんな話をしていると、スコット子爵令息はすくっと席を立って、こちらに向かってきた。


「あ、あの、アンダーソン様。先ほどはありがとうございました。困っていたので本当に助かりました。同じクラスですので、今後もお世話になると思いますが、何卒、よろしくお願い致します」


 ペコリと頭を下げ、ちらりと上目遣いで不安そうに私を見つめる。

 不安そうなのが、かわいく見えて笑ってしまう。


「ふふっ。先ほども申しましたが、お気になさらないでください。よろしくお願いしますわ、スコット子爵令息様」

「よろしければ、僕、いや私のことはノエルと呼んでいただけませんか?」

「よろしいのですか?では、私のこともどうぞノアと」


 再び周囲がざわついた。


「あのアンダーソン侯爵令嬢に...」

「勇者だ...」

「いや、ただ単に礼儀知らずなのでは?」


 あのって何だろうとは思いつつ、周りの人は小声でいろいろと話している。


「ノア、スコット子爵令息と知り合いでしたの?」

「先ほど、たまたま知り合ったのよ」


 クリスが目をキラキラして話してくる。そんな期待するような関係ではないのだけど。

 そんなことを話している間に、エリアスも挨拶を交わしていた。


「エリアス・ラッセルだ。よろしく」

「クリスティアン・アルベールですわ」

「....」


 クリスも続いて挨拶していたが、カミールは男嫌いなのもあり、関わらないことにしたようでスルーして本を読み始めた。


ノエルはギョッとした顔ですぐに今度は深く頭を下げた。


「王女様とは知らずに、大変失礼しました。スコット子爵家のノエルと申します。以後お見知り置きください」

「そこまで改まるものではないわ。学園は一応平等を掲げておりますのよ」


 ノエルはちらっとこちらを見てきて目があったので、軽く頷いておいた。


「ありがとうございます。僕のことは気軽にノエルとお呼びください。今後、どうぞよろしくお願い致します」


 安心したのか、頬を緩ませてそう言うと座席に戻って行った。


 本を読みつつも様子を見ていたカミールはちらりとこちらを見た。


「一応...ね。この世界でやっていくなら在学中に覚えることがたくさんありそうね」

「まぁ...これからじゃない?でも、鍛えたら伸びそうな気がする」

「気になる人をすぐ鍛えようとするのはやめなさい」

「ふふっもう、すぐに鍛えようとするんだから。まぁ、エリーが言うのなら見込みがあるのね。夏休み前に養子の噂があったから、きっと夏休み期間中も勉強漬けで大変だったでしょうね」


 エリアスの言葉にカミールが呆れたように返していたのでフォローをしておく。


「ノアは優しいわねぇ...まぁ、お父様とお母様にも気を配るよう言われているから、私もだけどみなさんも気にしてあげてちょうだい」

「陛下方が?」

「えぇ。平民でこれほど魔力が高い人はいないからかしらね。特別扱いしてほしいわけではないのだけど」

「わかったわ」


 それから、クラスメイトとしてノエル様との交流が始まった。しかし不思議なことに、ノエル様が困っているところに私が出会して助けてあげることが多い。


 親が魔法師団長ということもあるのか、魔法を使うのが得意な私は、魔法の使い方を基礎から教えてあげたり、魔法実習の授業で土に埋まっているのを助けたり、水魔法でびしょびしょになるのを助けたり、また平民だからなのか女性との距離が近く、自分のことを好きだと勘違いした女の子に襲われそうになっているところを助けたり、たまたま街に出かけた際に鉢合わせし、誘拐されそうになるのを助けたりした。


 不思議なことに既視感が多々あったが、とにかく助けてあげていた。こちらがびっくりするくらいにトラブルに巻き込まれてる。

 これがトラブルメーカーというやつ...いや、巻き込まれてるからちがうかな...などどうでもいいことを無意識に考えてしまうくらいには巻き込まれていた。


 そのおかげなのかなんなのか、ノエル様は私にとても懐いている。


 私も私で、いつも一生懸命で頑張っているところを見ていると、応援したくなるしついつい気にかけてしまっている。素直に懐いてくれるのも嬉しい。


 クリスは主に学園内での交友関係のサポート、エリーは必要なのかわからないけど騎士の稽古をつけてあげていた。そしてあの男嫌いのカミーラでさえ、「あの子は他の人と違うわね」なんて言いながら勉強を教えてあげていた。


 いつからか理由はわからないが、私以外の人がノエル様と持つ関わるこどでもやもやするようになっていった。


 そんなこんなで2年生も終わりが近づいた時、集大成ということで、魔法実習の最終演習が王都近郊の森で行われた。


 魔獣は森などに潜んでおり、定期的に討伐しないと街にまで現れることがある。また、最近は瘴気が発生しやすくなっているらしく、個体数も増え、強くもなっているそうだ。


 それぞれ5人の班になって別れ、課題をクリアするために森の中を進んでいく。成績順に実力が平等になるように班分けされ、今回はノエルも一緒の班だった。


「ノエル様も、随分と魔法が上達したんじゃないですか?」

「ノア様からみてそう見えるなら、嬉しいです。頑張った甲斐がありました」

「魔法以外でも、もともと習ったことない剣術も、マナーも、一般教養の座学も全部満遍なく勉強するのは大変だったでしょ?この短期間で素晴らしいと思うわ」

「そ、そんなに褒めてくれるなんて...ありがとうございます...」


 顔を真っ赤にしてとても嬉しそうにはにかみながらお礼を言われた。


「あの、ノア様、僕...」


 何かを決意した真剣な表情で、ノエルが何か言おうとしたときだった。


 鳥たちが一斉に羽ばたき、地響きがして何か近づいてくる音がした。すぐに臨戦態勢になり、音のする方を睨むように見つめる。すると、この森にはいないはずのS級の魔物、バジリスクが現れた。


 私も知識として知ってはいたが、見たのは初めてだった。すばやい動きと毒があること注意しなければならない。


 同じ班の子たちは腰を抜かしている人もいる。とりあえず、みんなを逃さなきゃいけないとの思いでみんなの前に立つ。


「みなさん、ひとまず逃げましょう!自分の命を最優先に、先生に助けを求めましょう!ここは私が足止めします!」

「でも、ノア様は...!」

「ここで対抗できるのは申し訳ないけど私だけ!早く行って下さい!!」


 そういって走り出し班員から離れ、魔法で攻撃してこちらに気を逸らしながら、なんとかみんなを逃がした。


 こちらからの攻撃に対し、バジリスクも負けじとで撃しようとしてくる。牙に毒があるので注意しなければならない。まだバジリスクの毒は的確な解毒薬がない上に、回るのが早い。


 攻撃を交わしつつ応戦し、水魔法で大きい水球に閉じ込めて時間を稼ぐ。水球の中は嵐のときの海のように渦巻いている。魔力の消費も大きいが、時間稼ぎにはちょうどいい。


 おそらく私の魔術ではまだ、倒せない可能性のほうが高い。倒せたとしても魔力をほぼ使うことになるため、失敗したときのリスクが高い。応援がくるのを待つしかない。今ここで私が逃げたらほかの班の人が襲われるかもしれない。

 

 苦しいのかバジリスクはもがき、暴れて、水球がそろそろ弾けるというとき、「ノア様!」と呼ぶ声が聞こえた。

 聞き覚えのある声に驚き振り返ると、ノエル様が走って戻ってきた。それを確認した直後、水球が弾けてバジリスクが出てくる。

 少し弱ったみたいだが、まだまだ体力はありそうだ。走ってくるノエル様に照準を合わせたのか、ノエル様に向かっていく。


「来ちゃだめ!!」


 魔力を纏い、身体強化をしてノエル様のとこまで急ぐが、ノエル様のところまで辿り着くのと、バジリスクがノエル様に噛みつこうとするのは同時だった。


「うっ!」

「…っつ!」


 ノエル様を突き飛ばし、間一髪噛まれることは回避したが、牙が足に掠ってしまった。


 毒が急速にまわっているのを感じ、もうなりふり構っていられなくなった。そのためなんとか踏ん張り、残っている魔力を一気に使い、水球にとじこめ凍らせた。


(バジリスクは元はヘビだから、温度変化に弱いといいんだけど...)


 魔力がなくなり、力が抜けた私の身体はそのまま地面へと傾いていく。近くにいたノエル様が身体をうけとめくれた。


「ノア様!」

「ノエル..さ、ま...。無事…ですか?」

「僕は大丈夫です!それより、ノア様が..!!」

「それなら..よ、かった...」

「そんな...なぜ、僕なんかを庇って...」


 悲しげに目に涙を溜めて、堪えているような顔で視界がいっぱいになる。毒が回るのが早く、だんだんと視界が霞んでいく。もうどこが痛いのか分からないくらい、全身が熱くて軋んでいる。


「もうすぐ、先生方も来ますから頑張ってください!」と言ってくれているが、バジリスクの毒は体に回るのが早いし、完璧な解毒薬もないから厳しいだろう。


 それでも返事をするために、声も出なくなってきたため指先だけでそっと掴まれている手を握り返した。


 空色の瞳が揺れ、やがて彼は私の肩に顔を埋めてぎゅっと抱きしめてきた。


「……あなたがいない人生なんて、もう、考えられない」


 今にも消え入りそうな声が耳に届いた瞬間、私の目からは静かに涙がこぼれ落ちていた。


 ──そっか、私、ノエル様のこと好きだったんだ。


 そう確信した途端、なんで他の人と仲良くしてたらもやもやしてたのか、つい目で追ってしまってたのか。

 

 なんで気付かなかったのか不思議なくらい、ノエル様のことが好きだと思った。


(今さら、気づくなんて。我ながら鈍いなぁ...)


 これが最後になるなら、気持ちだけでも伝えてもいいかと思ったが、逆に今後の人生の負担になるかもしれないという考えもよぎった。


「幸せに、なって...」


 いろいろ考えてしまった結果、その言葉を言うだけで精一杯だった。できる限りの笑顔を見せた。


「ど、して….そんなこと、言うんですか…!諦めないで下さい…!」


 ノエル様はもう涙を堪えることができなかったのか、頬を涙が流れ落ち、それが私の頬にもこぼれ落ちてきた。


「絶対....絶対に、死なせません....!!」


 力強く言い放ち、ノエルが私の手を握りしめてきたその瞬間、視界は眩い金色の光でいっぱいになり、思わず目をぎゅっと瞑った。


 全身がふわりと温かくて優しい感覚に包まれていく。


 しばらくして、身体を覆っていた柔らかな光はゆっくりと消えていった。何が起きたのか分からず、呆然としていた私はやがて、自身の身体に起きた異変に気付いた。


「……え?どうして...」


 先程まで身体中にあった痛みも苦しみも嘘みたいに無くなっていた。


 自分の身に何が起きたのか、あの光は何だったのか、私には分からないが、それでも。


「た、助かった……?」


 驚いてノエル様と目を合わせると、私の言葉からノエル様も状況を理解したのか、顔をくしゃっと歪ませて、再びきつく私を抱きしめた。


 背中に回された腕も身体も小さく震えていて、どれほど心配をかけてしまったのかと、胸が締め付けられる。


「…...お願いですから、こんな心配させないでください...」

「ごめん、なさい」


 ノエルの優しい体温や匂いに包まれ、じわじわと視界がぼやけていく。

 安心するのと同時に、視界がぐにゃりと歪む。魔力や体力を使い果たし、限界がきたのだと悟った。


「……ノア様? ノア様! しっかり──」


 大丈夫、少し眠るだけ、とノエル様に伝えたいのに、もう唇さえ動かなかった。そしてそのまま、私は意識を手放した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ゆっくりと目を覚ましたときには自室の天井が見えた。


「...う...ん…?」


 長く眠っていたのか、頭がぼーっとして、体がだるい。自身の体がいつもと違うことに困惑し、何が起きたか思い出そうとしたところで視線を感じた。

 その方を見てみると、椅子に腰掛け、腕を組んでいるジェラルドお兄様がいた。


「...目が覚めたか」

「お、兄様…?」


 自分の声も掠れていたことにも驚いたが、それよりもお兄様の顔色がすこぶる悪くて驚く。

 だんだんと頭がはっきりしてきて、森の中で意識を失ったことを思い出した。


 ゆっくりと身体を起こそうとしたら、お兄様が手を貸してくれ、背もたれになるよう背中のところにクッションを入れてくれた。そして水差しからカップに水を注ぎ、コップを手渡してくれた。

 喉が渇いていたのもあり、一気に飲み干す。まだ飲むか?と言われるも首をふる。

水差しを置いて戻ってきたところで、気になっていたことを聞いてみる。


「あの、あのあと森で…大丈夫だったのでしょうか?」


 その問いに対してお兄様は、ひどいクマのある顔で渋い表情をした。


「起きて開口一番にそれか。こちらがどれだけ心配したと思ってるんだ...」

「……ご、めんな、さい」

「まぁ、気になってもしょうがないか。...まぁ、私も同行した先生に聞いた話なのだが...。バジリスクが出現したと聞いて現場に駆けつけたが、金色の光が見えたと思っていたら、バジリスクはもうおらず、魔力枯渇で意識を失っているお前を、スコット子爵令息が抱き抱えていたそうだ」

「バジリスクが...いなかった...?」


 お兄様の言葉に疑問が浮かぶ。じゃあ。私が対峙していたものは一体なんだったのか。


「大きい氷の塊はあったみたいだがな...」

「あ、それは私が...そこにバジリスクを閉じ込めていたのですが...」

「....おそらく、スコット子爵令息が浄化したのではないかと。あいつは聖属性の魔法の素質があった」

「...浄化、ですか?それは伝説の聖女様ができると学んだのですが...」

「そう、まさしくそれだ。検証した結果、聖女と同じ力をもっていると分かった」

「検証した結果って…ちなみに私、どれくらい寝ていたんですか?」

「それは1番最初に聞かれると思っていたことだな。4日だ」

「4日も!?」


 検証ということは何かいろいろ実験的なことを行ったのかと思い、どれくらい時間がたったのか確認すると、呆れながらもさらっと教えてくれたが、その日数に驚く。


「心配ばかりかけるんじゃない。とりあえず医者にみせたが体に異常はないそうだ。魔力は枯渇してるからたくさん食べてたくさん寝ろと」

「わ、わかりました...」


 そんな話をしてるとお腹がくぅっとなった。たしかに5日も寝てたらお腹がすくよね。


「...まずは料理を持ってこさせよう」


 お兄様はそう言うとベルを鳴らし、メイドに支度をするよう申し付けた。その後、怖い顔でこちらを向いたため、料理がくるまでお説教タイムかと思い恐る恐る目を合わせた。


「...スコット子爵令息がいなければ死んでいたんだぞ。十分に反省しなさい」

「は、い...。ご心配おかけしました。ごめんなさい...」

「………」


 ペコリと頭を下げていたが、返事がないため再び恐る恐る頭を上げると、お兄様は目元を真っ赤にして険しい表情で涙目になっていた。


「...おに、い様?」

「お前が…ノアが、いなくなるなんて、お断りだ…ぐすっ」


 泣いてしまった。申し訳ない思いつつもと、そこまで思ってもらえていることに嬉しくも感じる。


「ありがとうございます、お兄様」


 思わず嬉しい声を出して抱きしめてしまったが、「…何するんだ」といいつつも抱きしめ返してくれたのが嬉しくて、さらにぎゅっとしてしまう。


 お兄様が落ち着いたころ、そっと離れるとちょうど料理がきた。お兄様も恥ずかしくなったのか「よく食べてよく寝るように」といい部屋に戻っていった。



 お兄様はとてつもなく丸くなった。丸くなったというのは見た目ではなく中身の性格がである。

 ちなみに見た目は私と同じ紫の髪に菫色の瞳をしており、長い髪は後ろでみつあみにしている。


 昔は私の魔力が多いばかりに、女ではあるが私を後継者にという家臣もいた。兄も魔力量は多いのだが、私のほうが少し多かったようだ。

 そんな声があったせいか、私がものごころついたころにはお母様は亡くなっており、お父様は家に寄り付かず、お兄様からは敵対心を持たれていた。


 そんな環境で性格がこじれなかったのは多分、私が前世の記憶がおぼろげーにあったからだろう。

 あまり細かいことを覚えているわけではなく、なんとなくという感じだったのだが、家族の様子を幼いながらにみていて、前世も家族仲は悪かったなと思っている程度だった。


 お兄様と仲良くなれたのは私が6歳くらいのとき。


 私は朧げにある前世の記憶のせいか、年齢に対して大人びており、要領よく何でもこなせたので、家臣たちが私を後継者に。という話をしているのをたまたま聞いた。

 お兄様とあまり交流はなかったが、お兄様が日夜まだ7歳ながらに勉強に励んでいることを知っていた。私はチートのようなものなので、そんな努力をしている兄こそがふさわしいと常日頃から思っていたため、その言葉にカチンときた。


「お兄様がこの家の後継者です。もし脅かす存在があれば私が消します」


 睨みつけてそうすごむと、予期せず魔力で威圧していたようで、その家臣は真っ青になって逃げていった。

 子供の威圧に顔を青くするなんてと思いながら、あきれてため息をついた。


「…お前は、当主になりたくないのか…?」


 いきなり後ろから子供の声がしたため、びっくりして振り返った。少しうつむきつつもこちらをみて立っていたのはお兄様のジェラルドだった。初めて話しかけれたため驚く。声も初めて聞いた。


「お、兄様…?」

「…俺よりも魔力が多くて、何でもできると聞いた。...なのに、当主になりたくないのか?」

「私は...当主は、お兄様がなるべきだと思います。私はお兄様のお手伝いがしたいのです」


 これは本音だった。率先して何かするよりもサポートの方が向いていると感じる。それはおそらく前世の記憶の影響か。


「それに...お兄様はいつもとても頑張っていると聞いています。聞いた話通り、頑張っているところを見ています。そんな人が当主になった方が皆が幸せになります」

「みんなが...幸せに?」

「はい!」


 不思議そうな顔をしていたので、自信がないのかと思い、大丈夫という思いを込めて笑顔で頷いた。


 するとお兄様は目を見開いて泣きそうな顔になった。なんでそんな顔をするのかわからず首を傾げる。


「...ありがとう」


 小さい声でそう言って去っていった。それからは顔を合わせたらぎこちないながらも少しずつ話すようになり、今ではとっても仲良しだ。私もブラコンと言ってもいいだろう。


 少し昔を思い出し、心配かけて申し訳なかったなと思いながら、病人食だけどお気に入りの、昔から体調が悪い時にでてくるミルクがゆを堪能した。




 たくさん食べて寝たおかげか魔力もだいぶ回復した。ノエル様の魔法の影響もあるかもしれない。


 次の日からは部屋の中だけとお兄様には言われたが、いつも通り動けるようになった。

 お見舞いの手紙やプレゼントも届いていたため、返事を書いていく。ひとまず、普段親交のある人たちに書き終わり、手紙を届けるようにお願いした。


 朝一お兄様が呼んでくれた医者からは、この様子であれば来週には学校にも登校していいと言われたため、その旨も書いた。

 明日明後日は休日になるので、ひとまず週明けには会える。


 一息ついたところで、コンコンっとノックの音が聞こえた。何かあったのかと声をかけるとメイドが入ってきた。来客だそうだ。

 誰か来る予定は聞いていなかったので誰か聞くとノエル様だった。何でも、私が倒れてから毎日来ていたらしい。そのメイドにはお兄様には特に言わなくていいといわれたから伝えていなかったと謝られた。ちなみに飾ってある花が多いなと思っていたら、大半はノア様からのものだそうだ。


 そういうことは教えてほしいとお兄様を恨みがましく思うも、ひとまず会う旨を伝えた。しかし、ハッと部屋から出ちゃダメと言われていたことを思いだし、どこで会うか逡巡する。いくら私が好きと自覚したとはいえ、婚約者でもない男の人を私室に招き入れてもいいものか。

 考え込んだが、体調も問題ないこともあり、応接室が無難だと思いなおし、応接室への案内を頼んだ。

 お兄様の言いつけを破ってしまうが、黙っていたほうが悪いと開き直る。



 部屋着からワンピースに着替え、応接室に向かいノックをしたあと扉を開いた。


「お待たせして申し訳ありません」

「ノア様!!…ご無事で…よかった…です。体調はどうですか?」

「ずっと寝ていたせいか、もう元気です。ご心配おかけして申し訳ありませんでした。それと、ノア様のお陰でバジリスクの毒も浄化されたと聞きました。ありがとうございます」


 部屋に入った瞬間、泣きそうな顔で立ち上がって近づいてきたノア様は、私の顔色を観察してホッとしように息を吐きだした。いきなり近づいてきて、さらに近距離で顔を覗き込まれてどぎまぎしてしまう。


「いえ、それは…むしろ僕のせいで…毒を受けてしまったので…なんとも、言いづらいですが…」

「それは私がまだまだ未熟だったからです。それと、毎日来てくださっていたと先ほど聞きました。お花もいただいて...ありがとうございます」


 本当に大丈夫なのだという気持ちを込めて、また好きな人に会えた嬉しさも手伝い、にっこり笑って両手を握ってお礼を言った。


 ノア様は泣きそうな顔から一転し「いや、そんな…」ともごもご言い、顔を赤くして目線を泳がせている。


 謝ろうとして、逆にお礼を言われたことで困惑しているのかもしれないと思い、一度落ち着いたほうがいいかと、手を離して椅子に座るよう促す。

 ノア様はしばらく手を見つめていたがおとなしく椅子に座った。


「そういえば、伝説の聖女様と同じ力を持っていると聞いたのですが…」

「あ、そうみたいです…いまだに実感はないのですが…」


 お兄様と話した時は寝ていた日数に気を取られていたが、それはとてもすごいことだ。

 「伝説の聖女様」とはこの国の建国のとき、魔物や瘴気を浄化する力を持っており、人々が安心して住む場所を作ることに貢献し、初代国王に見初められて初代王妃になった人だ。

 聖属性の魔法は初代王妃様が亡くなってから、使える人がいなくなったのが300年ほど前。つまりは300年ぶりに聖女、もとい聖者の誕生ということだ。


「でもいろいろと検証したとも聞きました。大変だったのではないですか?」

「いえ、それほどでは。先日実習で行った森の瘴気を浄化したことと、騎士団がとらえてきた魔物を浄化したことくらいしか…」

「でもそれはまさしく聖属性の力ですね。おめでとうございます、でいいのかしら」

「そ、うですね…この力のお陰で、ノア様を助けることができたので、感謝しています」


 はにかみながらこちらを見つめていうノエル様。男の人には失礼なのかもしれないがとても可愛い。これも惚れた欲目か…なんて思いながらまじまじと顔を見てしまう。


「あ、そういえば…その、再度確認してしまって申し訳ないのですが…もう体調は大丈夫ですか?」

「はい。お医者様からも回復が早いのでもう大丈夫と言われていて、来週には登校する予定です。お兄様から今日だけは…屋敷にいるよう言われていますけど…」


 正確には部屋だが、屋敷ということにしておく。


 すると、ノエル様はほっとしたような顔から、視線を下げて言いづらそうに何回か口を開けたり閉じたりしたあと、意を決した顔で私と目を合わせた。


「あの、それでしたら、明後日…日曜日の花祭り、一緒にいきませんか!」


 目をぎゅっと閉じて、顔を赤くして言ったノエル様も可愛い。なんでかっこいいより可愛いと思ってしまうのか、とまたそれたことが頭の隅によぎったが、思い返すも特に予定もなかったため承諾する。

 

 花まつりは春の訪れを祝うお祭りで、少しまだ肌寒いがアーモンドの花の開花時期に合わせて毎年行われている。


「本当ですか!で、では、10時ころお迎えにきますので、当日はよろしくお願いします」


 本当に嬉しそうに言うものだから、私もとても楽しみになってくる。

 

 そのあとは私が気を失った後のことを少し話を聞いた。概ねお兄様が言っていたことと同じだった。


 楽しい時間はあっという間に過ぎ、ノエル様は明後日楽しみにしていますと言って帰っていった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 花祭り当日。天気は幸い快晴だった。お祭り日和だ。

 そわそわして玄関ホールでノエル様を待つ。一昨日、ノエル様が帰った後ふと我に返った時、好きな人とお出かけということを認識した。

 それからはもう思考がふわふわしており、ずっとそわそわしている。ノアお嬢様、大丈夫ですか?とメイドにも心配されたほどだ。


 でもしょうがないと思う。好きな人(好きだと認識してから)と出かけるのははじめてなのだ。

 お兄様にもノエル様と行くことを伝えると、「ノアには早い!」と言われたが、なだめてなんとか「気を付けていってくるんだぞ。くれぐれも日が暮れる前には帰ってきなさい。絶対に!!」と言ってくれた。


 ほどなくノエル様が玄関ポーチに現れ、こちらに気づくと目を見開き、頬を赤くして微笑んだ。


「ノア様、おはようございます。今日はよろしくお願いします!」

「よ、よろしくお願いしますね」


 ノエル様の可愛さにやられつつもエスコートしてもらい馬車にのり、街の近くでおろしてもらった。




「わぁ…!!すごい!!」


 少し歩くと大通りに続く道まで来た。毎年来ているわけではないが、いつもより華やかなことがわかる。どこもかしこも色鮮やかな花々で飾られており、時折風が吹くと、花びらも踊るように舞っている。


 さすがお祭りなだけあって人でごった返している。

 老若男女問わずお祭りを楽しんでくることが伝わる喧騒のなか、「聖女様と同じ力を持った人が現れたそうだ」「そのお祝いもかねて今年は盛大な花祭りになっているらしい」「王室から花も配られているみたい」などと話している声も聞こえてきた。


 もう街中までノエル様の力のことは伝わっており、その話を広めたのもなんと王家主導のようだ。

 

 なるほど、と納得してノエル様を振り返ると目が合った。


「人が多くてはぐれても大変なので…て、手をつないでもいいですか」

「…はい。では行きましょうか」


 真っ赤な顔で許可をとるのも可愛くて、ほっこりしてしまう。もう何をしてても可愛いのでは。惚れたほうが負けとはよくいったものだ。どんな要求をされても承諾してしまいそう。


 それから2人で出店を回って食べ歩きしたり、広場の一角で楽団の演奏を聴いたり、露天の小物を見て回ったりした。


 食べ歩きについてはノエル様はとても驚いていたが、昔お兄様と抜け出して来ていたことを伝えると納得した。


 ノエル様といると本当に時間はあっという間で。夕方に差し掛かかり、もうそろそろ帰らなきゃなと思っているとき、ふとノエル様が真剣な顔で私を見つめていることに気づいた。


「ノエル様、どうかしましたか…?」

「最後に一か所、行きたいところがあるのですが、いいですか?すぐ、近くなのですが…」

「?はい、大丈夫ですよ」


 どうしたのかと不思議に思うも、繋いでいた手を引かれて歩いていく。大通りから離れて、人気がなくなってきたときに、見晴らしのいい丘についた。


「ここは…」

「昔、ここでノア様にあったことがあるんです」

「…え?」

「…僕がまだ、母と2人で暮らしていたとき。近所の子たちに片親だとバカにされて、いじめられていたんです。そのときに、あなたがどこからか来て、言ったんです『私もお父様しかいないから、私のこともいじめてみなさいよ』って。そしたら、子供ながらに貴族と思われる子供に手を出すのはいけないと感じたのか、子供たちは逃げて行ったんです」


 そう言われ、ふと、それこそこの花祭りのときにお兄様と抜け出したはいいものの、はぐれてしまって歩き回っているときに、たまたまいじめられている女の子を助けた記憶がある。


「…え?あれってノエル様?女の子だと思っていたわ…」

「あぁ、やっぱり、そうですよね…。幼いころはなおさら…こんな髪色ですしね…。まぁ、それは置いておいて。そのときノア様は『大丈夫。あなたは何も恥じることはないわ。むしろお母様が一人で子供を育てるなんてすごいことよ。お母様のためにも胸を張りなさい』と言ってくれたんです」

「そんなこと…いった…かしら?」

「はい。今でもはっきり覚えています。同い年くらいの女の子に諭されるなんてと、僕は自分が情けなくなりました。そのころ、いじめられるようになっていたのもあって母に…今思えば反抗期だったのかもしれませんが、そんな態度をとっていたので。そのあと、母に謝ると泣いてしまって。それから母とは良好な関係になりました。あのときからずっとノア様は僕の憧れでした」

「…ありがとう…?」


 過去形になっているということは今は違うのだろうか思いつつ、とりあえずお礼を述べる。

 ノエル様はこちらに向きなおり、昔を懐かしんでいる顔から真剣な表情に変わり、熱を帯びた瞳と視線が絡んだ。


「魔法学校に入学したのも…ノア様の名前はわからずとも貴族ということはわかっていたので、もう一度、ノア様に会えるかもと思って子爵家の養子になったんです」

「そ、そうだったんだ…」


 ふと学校で初めてあの中庭で会った時の驚いた顔を思い出す。あの表情はそのせいだったのかなと思っていると、ノアは変わらず真剣な表情のまま、私を見つめていた。


「…ノア様、あなたのことが好きです。ずっと、ずっと...言いたかった。だけど、僕には釣り合うものが何もない。だから、何度も諦めようとしたけど、無理でした...」


 突然の告白に戸惑ってしまいながらも、言葉を理解するにつれて嬉しさが全身に広がっていくのが分かった。

 

 私の気持ちも伝えなければとノエル様を見つめ返した。


「…ありがとう。...私も。...私ね...あなたといると、幸せってこういうことなんだって最近思うの。私も、あなたと一緒にいたい。」

「...ありがとうございます。そう思ってもらえて、本当に…本当に、嬉しいです」


 最近ノエル様と関わるたびにほっこりしたり、癒されたりしていた。自分の言った言葉に、自身が感じていたのは幸せだったんだなと納得した。


 私の言葉に対し、ノエル様の瞳は揺れ、頬を赤く染めて嬉しそうに微笑んだ。ノエル様はそっと私に手を伸ばし、頬に触れた。

 

 慈しむように触れるノエル様が、とても大切で愛おしく思い、彼の手の上に自身の手を重ねた。


 私に触れる手つきも声音も、何もかもが優しい。彼に聞こえてしまうのではないかというくらい、心臓は大きな音で早鐘を打っていた。


 熱のこもった綺麗な空色の瞳と見つめあっていると、ノエル様の整った顔を近づいてきて、唇が重なった。


 ちゅっという音がして離れた後、ぎゅっと優しく抱きしめられる。


 安心する優しい香りに包まれホッとして、抱きしめ返そうとしたときに、はっと頭に浮かんだ。


(あ、これ前世でやった乙女ゲームだ。)


 今まで起きたイベントとセリフが走馬灯のように頭の中によぎり、すとんと腑に落ちた。


(今までの感じていた既視感はこれだったんだ。でも、まさか....こんなことって...)


 抱きしめられながらピタッと動かなくなった私を不思議に思ったのか、ノエル様が顔を恐る恐る覗き込んできた。


「嫌…でしたか?」

「え?」


 キスをされ、抱きしめられているのに固まってしまったことを認識し、若干混乱しつつも押し寄せてくる記憶は一度頭の隅に追いやった。

 とりあえず否定しなければ、言葉を返さなければという気持ちでいっぱいになる。


「いや、し、幸せだなと思って...」


 至近距離で目が合い、頭はまだ若干混乱している中、ありきたりな言葉だが本当に感じている気持ちを言葉にする。

 すると、とても幸せそうな顔で照れ臭そうに微笑まれ、再びきつく抱きしめられる。


「僕も。...ずっと一緒にいたいです。大切にします」

「...はい。ありがとうございます」


 今後のこと、乙女ゲームのことなどは置いておいて、今度こそ広い背中に手を回してきゅっと抱きしめ返した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 乙女ゲームの記憶を思い出したことへの混乱と、両思いになれたという嬉しさ。ただゲームの強制力が働いたのかという戸惑いと。


 頭の中でぐるぐる考えていると気づいたら寝支度を終えたところだった。


 あのあとは気もそぞろになりつつも、馬車の中では指を絡ませて手をつないだまま、隣にピッタリとくっつき座って帰ってきた。


「明日また、学園で」


 ノエル様はそう言って額にキスをして帰っていった。いきなりのことで驚き、顔が熱くなる。思わずおでこに手を当ててしまい、ふらふらと自室に戻った。



 ……考えなくてはいけないことがたくさんある。

まず、乙女ゲームと思い出せたのはいい。だが…記憶だと…ヒロインと攻略対象の…性別が…違う!!


そう違うのだ。根本的なところが。


―なのになんで乙女ゲームだと分かったか。


 まず、ヒロインと攻略対象の名前が一致しているところ。


 攻略対象1人目、この国の第二王子クリスティアン・アルベール。

 攻略対象2人目、騎士団長の息子の伯爵子息のエリアス・ラッセル。

 攻略対象3人目、宰相娘の公爵令嬢のカミール・レンブラント。

 攻略対象4人目、外交長官の息子の公爵子息フランシス・ノーブル。

 そして攻略対象5人目、魔法師団長の息子で侯爵子息のノア・アンダーソン、そう私のこと。

 名前と家格、親の職業がすべて一致している。私の幼馴染たち。


 そして私…ノアのルートでのイベントが実際に起きていたから。私は魔法師団長の子供なので魔術関連のイベントが多め。


 そして誰のルートでも聖女の力が覚醒する。


 しかもなんでよりにもよって…私は前世での推しに転生したのか!!


 前世の記憶は変わらず朧げなのだが、乙女ゲームと思い出した時からそのあたりのことも思い出した。


 ノアは軽薄な男キャラで周りの人とは壁を作っているが、ヒロインはその壁を少しづつ壊していく。 その膨大な魔力を保有していることで、後継者に選ばれるかわからないと思っている兄に疎まれてある。また父親は魔法の研究優先で家に寄り付かず、家の後継のためだけに結婚したため、再婚もしていない。母も生まれた時に亡くなったため愛情を知らずに育った。

 そんなノアは、兄にとってかわろうなど思っておらず、後継者にされないように軽薄な男を演じていたはず。


 今の私にも当てはまるところはあるが、私は朧げとはいえ前世の記億を持って生まれたことと、家臣とやりあった(とういうほどでもないが)のをきっかけにお兄様は私を可愛がってくれたため、普通(と自分では思っている)の少し魔法が得意な女の子である。


 そしておそらくノエル様の虐められているときに遭遇したという幼いころの話はゲームではなかったはず。ゲームと違い、お兄様と抜け出すほど仲良しであるということだ。


 でも...それでも、まさかヒロインと攻略対象の性別が逆になっているなんて。気づくわけがない。

 男女逆転してることで、少し違う部分もあるが、ここまでの流れは同じだ。


 しかしなんと、これから先の記憶はない。乙女ゲームでも両想い後のストーリーもまだあるはずだが、思い出せない。


 まあ、乙女ゲームの世界としても、私にとっては紛れもなく現実なわけで。今更気づいたところで、どうということもないのだけれど…。


 どうして自分がノアを好きだったのかもまだよくわからない。それはこれから乙女ゲームが終わっただろうところまでいけば思い出すのか…


 記憶が蘇ってから時間が経ち、頭も冷えてきた。すると今度は、今日の出来事とノエル様と両思いになったことを思い出した。

 幸せな気持ちになったところで眠気がきて、寝落ちしてしまった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 それからはまた日常に戻りしばらく。変わったところといえばノエルと一緒に過ごすことが多くなったことくらい。そしてノエルはとても私のことをわかっているのか、何も言わずとも先回りして何でも叶えてくれようとする。


「んー!美味しい……」

「それは良かった」

「うん、すごく美味しいわ!」

「ふふ、そっか」

 

 そんな今日はノエル様と放課後デートをしており、今はスイーツが絶品だというお店に連れてきてもらっていた。


 聖魔法に覚醒したこともあり、王宮に呼び出されたり忙しいはずなのに、少しでも時間ができたら私と過ごしてくれる。


 美味しいレモンムースのケーキをいただいて感動している私に、ノエルは優しく微笑みながら相槌を打ってくれている。


 ノエルはとても優しくて、少しでも一緒に過ごせるのは嬉しいものの無理をしているのではないかと心配になってしまう。


「あの、ノエル。もちろんこうして一緒に過ごせるのは嬉しいんだけど、無理はしないでね」

「無理はしていないし、僕がノアと少しでも一緒に過ごしたいだけだよ」

「……そ、そっか」


 ノエル様は会う度に糖度が増している気がする。お互い敬語と様付けもなくそうということになった。


「ノアも最近忙しいんじゃない?何かしているの?」

「ん?あぁ、この間の演習でまだまだ力不足だなと思ったから、改めてまた魔法の勉強してるの。将来的にも役立つかなって」

「将来的に...なるほど。将来のこと考えると僕ももっと頑張んなきゃだな...。この先、ノアはどう考えてるの?」

「うーん...将来的にはお兄様のサポートしつつ魔法研究所で仕事もいいかなと思って...」


 以前から考えていたぼやっとした将来設計を伝える。まだ決めているわけではないのだけれども。


「……ノアは僕と─」

「ん?」

「いや、何でもない。そろそろ行こっか」


 その後、カフェをでてそのまま馬車に乗り込んだ。放課後の時間だけだとあっという間だ。エスコートされた手を繋いだまま隣に座る。

 馬車が動き出したところでノエルがカバンから箱を取り出した。


「あの、ノア...これ。プレゼントさせてくれないかな」

「...え?」


 ノエルはネックレスを持っていた。よくみると、シンプルであまり大きくはないけれど、目を惹かれるネックレスだった。その空色の宝石の輝きに思わず目を奪われてしまい、まじまじと見てしまう。


「これは...?ノエルの瞳みたいでとってもきれい...」

「…これは母の形見なんだ。父からもらったらしい。いつかずっと一緒にいたい人ができたら渡しなさいって言われてたんだ」

「そんな大切なもの...」

「ノアにもらって...つけていてほしいんだ」


 ネックレスから視線をノエルに戻すと、熱い視線と目が合った。こんな大切なものをもらうなんて躊躇してしまうが、その分大切にしようと気持ちを切り替える。


「…ありがとう。とっても嬉しい。大切にするね」

「うん。普段からつけてくれると嬉しいな…うん、とても似合っているよ」


 自分でも驚くほど、ノエルの気持ちが嬉しくて、へにゃっとした笑顔を向けてしまう。


 ノエルはそのまま私の首にネックレスをつけてくれて、そのまま後ろからぎゅっと抱きしめてきた。ネックレスを見ていた私は驚くも、プレゼントが嬉しくて再びお礼を伝えた。た

 しかにこれくらいなら普段使いしていても問題なく、学校でも校則に抵触しない。学校では華美すぎるものは禁止されている。


 そんなノエルがどんな顔をしているかなんて、背中を向けていた私には見えなかっった。




 その夜、ネックレスを鏡越しに再び眺め、今日のことを思い返していると、将来の話をしたことを思い出す。そのときにノエルが心なしか少し寂しそうな、複雑な顔をしていた。


 今思いあたったが、付き合い始めたばかりではあるが結婚を意識してノエルは聞いてきたのではないかと頭をよぎる。

 この世界では、もう私たちくらいの年齢で婚約者がいるのは当たり前だし、早い人では結婚もしている。この年で恋人になるのであれば結婚を意識するには十分だ。


 恋人の反応としてあまり良い返しが出来なかったことを反省しつつも思うのは、今後課題になってくるであろう家格などのことだ。

 子爵と侯爵と差があるため、スムーズに事が進むか。そもそもノエルは子爵家の養子だが、たしか娘もいたはず。聖女の力が発現したこともあり、今後はどのような位置づけになるかわからないことも多い。だけど私は家を継ぐことはないから、このままだとノエルと結婚したら平民ということになるのか。


 私はそれでも構わないのだが、お兄様や周りの人はそれを許さないかもしれない。

 ただ、それとは別にノエルには結婚する気はないようなことを言ってしまったので、明日にでも話す時間を取ってもらおう。

 


 そう考えていた時、ふと空色の瞳が思い出される。とてもきれいで大好きな色だが…今思ったのは違うことだった。


(ノエルの瞳の色…クリスと似ている…?)


 この国の王族は代々空色の瞳を受け継ぐ。それは直系王族の子供までで、なんでそのようになっているかは解明されていない。同じ青い目といっても色味が違い、空色のような瞳は王族だけに現れる。それもあって王族の象徴色としてその色が掲げられているのだが...まさしくその色ではないか。


 また、王族の瞳の色に近いブルーダイヤモンドは、その関係もあり王室がすべて管理している。この宝石はまさか...


 自分の頭に浮かんだその考えに思考が一時停止する。


(え...ノエルのお父様って...誰?)


 まさか国王陛下の隠し子か。いやまさかそんな。国王陛下は愛妻家として諸外国でも有名だ。


 頭の中がただただ混乱する。明日ノエルに会ったら聞いてみなきゃ。ノエルに確認してからだけどクリスにも話して...


 明日のことを考えて眠れなくなったが、ぎゅっと目をつぶった。




 こんなとき役に立たない前世の記憶を恨みがましく思いながら、もんもんとして朝を迎えた。

 

 (結局あまり眠れなかった…)


 クマが濃くなった顔はひどいが、しょうがない。いつも通り迎えに来てくれたノエルが目を見開いて驚きつつも馬車へ促してくれた。


 御者に聞かれないようにと防音魔法を施すと、とても心配そうな顔で、待てないとばかりに私の頬に手を添えてノエルが聞いてきた。


「ノア、何があったの?こんな顔して…」

「あの、ノエル…ちょっと聞きたいことがあるんだけど…ノエルのお父様ってどんな人だったの?」

「え?僕の父親?…僕の生まれる前に亡くなったみたいで、僕は会ったことがないんだ。……母さんが昔教えてくれたのは、ネックレスと同じ色の瞳をしたとてもかっこいい人ってことと…あとは目が...隻眼だったみたい。ほかは寡黙だけどとても優しかったとか言ってたかな…」


 いきなりのまったく予期していなかった質問にノエルは驚きつつも、思い出そうとしてるのか顎に指を当てて考えながら答えてくれる。


 隻眼であれば国王陛下は当てはまらないので少しばかりホッとした。


 そしてどうして確認したのか、ことの経緯を説明し、クリスに確認していいかも聞いた。


「それはいいけど...。夜遅くまでネックレス眺めてたなんて...そんなに喜んでくれたんだね」


 そっち!?とつっこみたくなるが、図星なので顔が熱くなる。


「そ、それは...うん。とっても嬉しかったの...」

「はー...ほんと、ずるい...。こっちの気も知らないで...」


 そんな私を横からぎゅーっと抱きしめてきたノエルは頬にもキスしてきて、ぼそっと何かをいったが、小さくて聞こえなかった。



 学園につき、クリスにお昼休みに時間をもらえることになった。

 クリスとノエルの3人でお昼を食べながら、先ほどの話をすると、ノエルの瞳の色とネックレスも確認してくれた。


 すると、深刻な顔で確認して後ほど連絡をくれると言い、午後の授業もでずにそのまま王宮に帰ってしまった。



 午後の授業が終わり、王宮から使いがきてノアとノエルは王宮へときていた。

 王宮につくとすぐさま応接室に案内されしばらく待つと、国王陛下が王妃陛下とクリスを伴ってやってきた。


 ノエルも王宮に最近来ているので国王陛下方に会ったことがあると思っていたが、会うのは初めてのようだった。

 入室してきたタイミングで頭を下げ、声を掛けられるまで待つと、すぐに声を掛けられた。


「面をあげよ。ここは公的な場ではない。そう固くなるな。ノア嬢は久しいな。スコット子爵令息は初めてだな。報告は聞いている」


 ゆっくりと顔を上げ、私に次いでノエルも挨拶を返す。

 国王陛下はノエルと目が合うと、目を見開き涙をこぼした。王妃陛下は同じ表情で手を口に当て、涙を流している。


「「リアム」殿下...」


 お二方そろって零れたその名前を聞いて驚いた。その名前は、今は亡き国王陛下の弟の名前だった―

 


 当のノエルはいきなり泣かれてしまったこともあり困惑している。

 国王陛下は落ち着いたころ、ポツリポツリと少しずつ話してくれた。


 王弟陛下―リアム殿下は亡くなる前、騎士団の総括をしていたそうだ。今から20年ほど前、隣国との戦争が起きそこに赴いていた。

 こちらとしては防衛するのが主で攻める気はないものだったため、守りを固め、リアム殿下の指示のもと、敵国であっても民間人で避難してきた人は面倒をみたりもしていたそうだ。

 そんな中、一度王城に戻るため、馬で帰っている道すがら、野盗に襲われ、無事撃退したものの、川に落ちたてしまい、その後捜索したが見つけられなかったそうだ。


 リアム殿下と仲の良かった国王陛下は絶望していたが、その3ヶ月後、奇跡的にリアム殿下は生還した。詳しく聞くと、3ヶ月ほど記憶喪失になっていたが、記憶が戻ったため帰還したこと、その間お世話になった女性と添い遂げたいこと、その人にブルーダイヤモンドのネックレスを渡したこと、落ち着いたら迎えに行くと告げたことを話してくれたという。その女性を迎えに行くのに戦争を終わらせるため、再度戦場へ戻っていった。

 しかし、戦場で部下を庇って毒矢を受け、戦には勝ったが、それがもとで亡くなってしまった。

 せめて心残りがないようにとその後、リアム殿下から聞いた話を元にその女性を探したが、見つからなかったそうだ。



「えっとつまり、私の父親はリアム王弟殿下ということでしょうか?」

「うむ。その瞳の色と、顔が瓜二つである。念の為、王族しか持たぬ魔力の波動があるため魔力検査もさせてもらうが...おそらく間違いないだろう」

「……」


 ノエルは驚きすぎて言葉が出ないようだった。それはそうだ。私も驚きすぎて何も言えないのだから。当事者としては相当なものだろう。ちなみに体は大きいが顔は可愛かったそうで、その戦争の途中、目をけがをし、治療のため眼帯をつけることになったそうだ。

 

「このことは正式に発表しても構わないだろうか。聖属性の魔法と、王弟の息子ということで爵位も授けようと思う。本来はリアムが納める予定だった領地なのだが…」

「…わかりました。謹んで受けさせていただきます」


 ノエルは少し逡巡叱した様子を見せるもうなずいた。すると私のほうをちらっと見てきたので、微笑みながらうなずいた。今後ノエルがどのような選択をしてもおそらくプラスになるだろうから。

 するとほっとした様子をみせたので、いきなり今日の朝でた話がこのようなことになるなんて急展開もいいところだ。不安だったのだろうと思う。そんな様子も可愛いと思ってしまう。


「後日発表した後、改めて爵位の授与式と聖者の発表をするから、その心づもりでいるように。して…ノア嬢とは、その…婚約とかはする予定なのか?」

「「!!」」


 二人して目を見開いて顔を赤くして固まってしまう。


「お父様!まだお付き合いを始めたばかりです!余計な事を言わないでください!!」

「いや、もしそうなら婚約披露も兼ねたらいいのではと思っただけなのだが…」


 国王陛下がクリスに怒られている。付き合っていることは隠してはいなかったし、幼馴染たちには早々に報告していたからいいのだけど、国王陛下にまで伝わっているとは思わず、改めて言われると照れてしまう。

 昔から付き合いがあるため国王陛下とは距離感も近い。遠慮がないのもそのせいだ。ノエルが甥っ子だと分かったからなおさら、今まで何もできなかった分、よくしてあげたいようだ。身内には優しい陛下なのである。


「…お気遣いいただきありがとうございます、陛下。ただ、少し時間をいただいてもよろしいでしょうか。ノア嬢にはまだ何も伝えられていないので…」

「…うむ。気が急いてしまいすまないな。今すぐには難しいかもしれないが、プライベートな場ではそこまでかしこまらなくてもいい。私にとったら甥っ子…家族なのだから」

「…ありがとう、ございます…」


 血がつながった家族が出来たことが嬉しいのか、ノエルははにかみながら陛下にお礼を言っている。

そんな私はその様子にほっこりしながらもノエルの言葉にドキドキしていた。


「それに、早くしないとエノックが…」

「お父様!」

「あ」


 そんなことを話していたとき、ノックの音が響いた。王妃陛下とクリスがいわんこっちゃないという目で陛下を見ている。


「...なんだ」

「失礼致します。今日はノアが来ていると聞いたのですが...」


 そういいながら意気揚々と入ってきたのはクリスの兄、エノック王太子殿下である。

 言葉もそこそこに私と目が合うと、満面の笑みを浮かべてさっとすばやい動きで私の前に跪き、私の手を握った。


「ノア、久しぶりだね。会えて嬉しいよ。いつ来てもいいと言っているのになかなか来てくれないから、そろそろ会いに行こうかと思ってたんだ」

「お、お久しぶりです、エノック様。座ったままで申し訳ありません。あの、手を...」

「あぁすまない、つい嬉しくてね。いつもジェラルドには会うことを妨害されているから余計にね。それにしてもまた美しくなったね。会うたびに違う君にあっているようだ...」


 そう言って私の手の甲に唇を押し当てようとしたところで、横から伸びてきた手に抱き寄せられた。

見るとノエルがひどく冷めた目でエノック様を睨みつけていた。その視線をうけ、エノック殿下がノエルを目が笑ってない笑顔で見返した。



「......君は?」

「...いつも私のノアがお世話になっているようで。ノアとお付き合いしているノエル・スコットと申します、王太子殿下には初めてお目にかかります」

「...は?」


 その言葉にエノック様は固まって動かなくなった。しばらく経ったが動かず、クリスがしょうがないというような顔をした。


「もうこの場はいいから、今日は帰りなさいな。また後日時間を設けるわ」

「あ、ありがとうクリス。あの、エノック様は…」

「大丈夫。こちらで対処するわ」

「わ、わかったわ。では、失礼いたします国王陛下、王妃陛下」

「うむ。また近々会おう」

「今度はゆっくり話しましょうね」


 ノエルも別れの言葉を伝えて、2人でその場を辞した。その間、エノック殿下は固まったまま動かなかった。


 そのまま馬車まで案内され、馬車に乗り込んだ。だが、ノエルはずっと黙ったままだ。声をかけるもそっけない。どうしたのかと思っているともう家についてしまった。

 このまま別れるのは嫌なのと、話したい事を話せていなかったので、うちに寄っていかないかと誘った。

 それは了承してくれたため、婚約者ではないがもう恋人なのだからと思い、今日は私の部屋に案内した。


 ノエルはいつもの応接室に案内されないため最初は少し戸惑っていたが、素直に後をついてきた。


 部屋に入った途端、不意に後ろから抱きしめられ、柔らかなピンクブロンドの髪が首元をくすぐり、ノエルは甘い声で耳元で囁いた。


「やっと二人きりになれた…」


 急にゼロになった距離に心臓がばくばくとなり、顔にも熱があつまる。


「ノ、ノエル…?」

「言いたいことはいくつかあるんだけど…まず、エノック殿下とはどういう関係なの?」


 先ほどと違い、声が低くなり冷たさをはらんでおり、抱きしめる腕の力が強くなった。戸惑いつつも答えなければ恐ろしいことになる予感がして素直に答える。


「エノック様…?エノック様は昔からよく遊んでくれて、お兄様とも友人で…第二のお兄様みたいな感じかな。昔からなんでも褒めてくれるの」

「ふーん…それだけ?」

「ええ。エノック様がどうしたの?」

「いや、まあ、いいよそれなら。今は、ね」


 ノエルが喋るたびに耳元がくすぐったくて、低くかすれた声が体に響く。ノエルの顔を見ようとしたところで、頬に手が触れたかと思ったら、ノエルによって唇を塞がれた。


 急なことに頭が真っ白になる。


「……っ、ん……」


 角度を変えてだんだんと深くなっていくキスに、私はされるがままになってしまう。


 こんなキスは初めてで、息継ぎの仕方すら分からず苦しくなったところでようやく解放された。短く息をしながら顔を上げれば、至近距離でキレイな空色の瞳と視線が絡む。


 ノエルは涙の滲む私の目元を指先でそっと拭うと微笑んだ。


「僕はノアが好きだよ。本当に好き」


 今度は正面からぎゅっと抱きしめてきてノエルは言った。


「わ、私も好きよ。本当に」

「うん、ありがとう…」


 しばらく、抱きしめあっていたが、伝えたいことがあったためソファに促す。私のぴったり隣に座り、ノエルは腕を私の腰にしっかり回して互いの体を密着させた。


 こんな体勢では心臓がとてもうるさく、正直話をするどころではない。しかし、伝えたいことがあったため、意を決してノエルを至近距離からみつめた。


「あの、ノエル…伝えたいことがあって。昨日、カフェで将来の話を少ししたでしょう?あれ…ノエルと付き合う前に漠然と考えていたことで…。その、そこまで考えていなかったのなら、聞かなかったことにしてほしいんだけど…結婚を考えていないわけではなくて…」


 だんだんと恥ずかしくなってきて顔が熱くなっていく。視線もだんだんと下がっていってしまい、最後は下をむいてごにょごにょと言ってしまった。


「………はぁ」


 しばらく返事がなく、結婚とか考えていたわけではなかったのでは、一人先走ってしまったのではと焦りがでてきたところにため息が聞こえた。


 恐る恐るノエルの顔を見ると、腰に回した手はそのままにもう一方の手で顔を覆い、そっぽを向いていた。


 やっぱり先走ってしまったかと後悔する。泣きそうになるのを堪えながら、穴に入りたい気持ちになる。


「あ、その、すぐにってわけじゃなくて、その、この年齢だと婚約者とかいる人が多くて、早い人だと結婚もしているから…」


 しどろもどろになりながらも言い訳をするが、言えば言うほど焦ってしまう。今までこんなに焦ったことはない。恋愛には向いていないのかな、なんてしようもないことを考えながらどうしたらいいのか途方に暮れる。ただ言いたかったことを伝えられていないことに気づき、それは伝えなくては思い顔をあげた。


 そのとき、ノエルは顎に手を添えて顔と顔が一気に近づいた。


「んっ……」


 そして次の瞬間、唇を塞がれていた。


 突然のことに驚く間もないまま何度も角度を変え、キスは深くなっていく。身体に力が入らなくなって、ソファに押し倒された。驚いて少し抵抗したものの、両手をしっかり押さえつけられていて、それは叶わない。


 やがて唇が離れ、熱を帯びたふたつの空色の瞳に見下ろされる。私は息をするのも忘れ、ノエルから目を逸らせずにいた。


「ノアは本当にかわいいね。僕がどれほど我慢をしているのか、分かっていないんだろうな」

「…………っ」

「ノアも、僕との結婚を考えてくれているって思っていいんだよね。…僕には爵位とか何もなかったからその話がしづらかったんだけど…その問題も解決しそうだし…」

「私は…爵位とか関係なく…ノエルとなら、平民になってもいいと思っていたの。一緒にいられるならそれで………ん、う……」


 息を整えながらも、気持ちを伝えるための言葉の途中で再び深く口づけられ、強く求められているのが伝わってきた。


 それが嬉しくて、控えめながらノエルの指先に自身の指を絡め、握り返してみる。するとキスの合間に、ノエルが薄く笑ったのが分かった。


「ノア、これ以上僕を喜ばせてどうするの?本当に…」


 かわいい、といいながら最後に軽く唇を合わせた後、ノエルは私の身体を起こしてくれた。お互い息を整えつつ、まだドキドキしてしまいながらもソファに座りなおした。


「いろいろと聞きたいこともあったけど…どうでもよくなっちゃったよ」


 ふふっとノエルは嬉しそうに笑い、頭をなででくれた。頭をなでられるのが心地よくてついうっとりしいると、その手がそっと頬に触れた。


 ノエルをみると、とてもやさしい笑みを浮かべていた。


「ノア、好きだよ。心から愛してる。ずっと…一生、ノアのそばで生きていきたい」

「……っ」

「本当は指輪とか、用意出来たらよかったんだけど…今の僕にはまだ難しい。けど、誰よりも幸せにするから…だからどうか、僕と結婚してくれませんか」


 大好きなノエルからの言葉に、胸がいっぱいになり、涙が溢れてくる。答えなんてわかりきっているだろうに、何も言わない私を少し不安げに見つめる。


「わ、私も、一生…ノエルと一緒にいたい。本当に大好きよ」

「ありがとう…絶対に幸せにするから」


 ノエルはほっとしたように眉尻を下げて微笑み、零れる涙を指先で拭ってくれた。


 見つめあっていると、どちらからともなく求め合うように唇を重ね合う。頭に手を回され、さらに深く口付けられる。


 やがて唇が離れ、涙がうっすら浮かんだ目尻に、ノエルは最後にキスを落とした。


「愛してる」

「私も」


 顔を見合わせて微笑み、ノエルに抱きしめられながら、この幸せがいつまでも続くようにと願った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 その後、とんとん拍子に物事が進んでいった。学園は春休みにはいったが、ノエルの魔力検査後、正式に王弟の息子だと発表され、爵位の授与式と、それに合わせて婚約のお披露目会が行われた。結婚式は卒業後のため1年後になる。


 ノエルは子爵家をでて、リアム殿下が名乗る予定だったレッドフォード公爵となった。国王陛下の手厚いサポートの元、仕事を少しずつ教わっていくそうだ。

 また、聖者として瘴気の浄化や魔物討伐にも参加していくそうで、とても忙しくなった。


 私のお父様は相変わらず魔法研究所にこもっており、婚約の許しもすぐにもらえた。というかお兄様の卒業と同時にお兄様が後を継いでいたらしい。魔法研究に専念したいそうだ。当主になったお兄様が最後まで渋っていてたが、最終的には折れてくれた。

 なぜかエノック様は部屋に引きこもってしまったらしい。どうしたんだろう。


 ノエルは以前にもまして私から離れなくなり、常にぴったりと私にくっついている。忙しいのに大丈夫か心配だが、私から離れたくないという。私も満更ではないのでそのままにしている。


 結婚式の準備も始まり、私はお母様が亡くなっていることから王妃陛下がいろいろと手助けしてくれた。昔からクリスと遊んでいた私を可愛がってくれている。リアム殿下とも親しくしていたことからノエルのことも気にかけているようだ。


 学園にも通いつつ、お互いにばたばたしていたらあっという間に時は過ぎていった。たまにお互い休みが合ったときのノエルはとても甘々で、私を甘やかそうとしてくる。そんな私も会えない期間がさみしかったようで、ノエルに甘えてしまっていた。今のノエルは公爵のため権力も財力もあり、なんでもかなえてくれようとする。やりすぎて思わず止めてしまうほどだ。




 結婚式を1週間後に控えたころ、レッドフォード公爵家の屋敷のノエルの部屋で、2人でのんびり過ごしていた。


 ノエルも疲れているだろうから、最近は出かけるよりも家でのんびりしていることのほうが多い。


「ノア、おいで」


 二人きりになると、宝物みたいに私に触れてくる。両手を広げて私がくるのを待っている。

 私が好意を伝えれば、ノエルはとても嬉しそうに笑う。その様子を見る度、どうしようもなく愛おしさを感じて、幸せにしたいと思う。


「早く一緒に暮らしたいたいな...」

「うん、私も...。あと1週間ね」



 ソファに隣り合わせに座り、最近の近況報告から他愛ない話をしていると、話が途切れたところでノエルが席を立った。どうしたのかと様子をみていると、机の引き出しから何かを取り出し戻ってきた。


「遅くなったけど…これ。改めて受け取ってくれないかな」


 ノエルは緊張した面持ちでそう言って私の目の前に小さな箱を差し出し、それをそっと開けた。その中にあったのは大きなブルーダイヤモンドのついた指輪だった。

 以前ノエルからもらってからずっとつけているネックレスと似たデザインのものだ。


「これ…ありがとう。すごく、嬉しい…」


 改めて、ノエルが指輪を贈ってくれたことがとても嬉しく感じる。婚約指輪がないことは特に気にしていなかったが、ノエルが気にしていてくれたことが嬉しかった。


「喜んでくれてよかった。つけてもいい?」

「うん…お願いします」


 ノエルはほっとした顔をして私の左手を取ってそっと薬指に指輪をつけてくれた。そしてよく似合っているよ、と言ってノエルはそのまま指輪にキスをした。


「本当にありがとう。一生大切にするね」


 指輪をそっと右手で触れる。ノエルへの気持ちが溢れてくる。その気持ちのままそっとソファに座りなおしていたノエルに初めて自分から口づけた。


 ノエルは目を見開いて驚いていたようだが、すぐに離れた私に嬉しそうに微笑みかけた。


「これで終わり?」


 私の後頭部を手でつかまれ、ノエルの顔が近付いてきて唇が重なる。


「んっ……」


 何度も軽く口付けられた後、そっと舌が割り入ってきた。


「ノア...力を抜いて」

「っ……ふ……」

「そう、上手...」


 繰り返されるキスの合間の声も優しくて、甘くて、ひどく色っぽくて、ドキドキしてしまう。


 やがて力が入らなくなった私はソファに押し倒され、ノエルは首元にぎゅっと顔を埋めた。


「はぁ…あと一週間が長い…」

「ふふっ。婚約期間も1年近くあったものね…。でも、ノエルが…我慢できないなら…」

「いや、我慢する。大切に…したいんだ…」

「十分大切にしてもらっているけど…それじゃあ、来週ね」

「うぅ…」


 ノエルは本当に可愛い。それはずっと変わらない。その気持ちをそのまま伝える。


「かわいい」

「それは…あんまり嬉しくない…」


 眉尻を下げて少し情けない顔になりながら顔を覗き込んでくる。そんなノエルの頬を両手で包み込み、視線を合わせて言った。


「ノエル、好きよ」

「っ...!お願いだから煽らないで…」


 するとすぐに噛み付くように唇を塞がれて長い長い口づけをされるのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 なんとか一線は越えなかった日から1週間後。学校も卒業した次の日、結婚式当日。

準備が早めに終わり、先ほどまでお兄様もいたが、もう式場へ向かった。控え室で式の開始を待っているとき、乙女ゲームについて考えていた。


 今までを振り返り、付き合い始めてからノエルの性格が少し変わったように思う。

 なんというか、とっても嫉妬深くなった。それを嬉しく思ってしまう私も大概ではあるのだが。


 最初のデートでは街の噴水のところで待ち合わせをしたのだが、待ってる時に男の人に道を聞かれたことがあった。そのときはすぐにノエルが来て解決してくれたのだが、それからは必ず出かける時は家まで迎えに来てくれるようになった。

 男の人と話しているのが嫌だったらしい。


 また、時折王宮である、クリスたちとのお茶会の帰りにエノック様と会ったとき。少しお話しをしているとたまたま用事があり王宮に来ていたノエルが現れた。そのまま何か一言二言話してると思ったら、気づいたらノエルに馬車に連れて行かれていた。瞬間移動でもしたのかと思うも、すぐに窒息するかと思うくらいキスされた。

 このときはエノック様がノアの視界に入るのも嫌だと言っていた。


 乙女ゲームのヒロインって実はこんなに嫉妬深いものなのか。


 そんなことを考えていたらノックの音が響き、どうぞというとノエルが顔をだした。

 目が合うと顔を赤らめしばらくぼーっとしてたが、声をかけるとハッとしたように咳払いをした。


「ノア...本当に、綺麗だ...。このまま閉じ込めて誰にも見せたくない」


 後半は声が小さく聞こえなかったが、褒めてくれてるのだと思って嬉しくなり、満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう、ノエル。ノエルもとっても素敵。似合ってるわ」

「そろそろ時間だから顔を見に来たんだ。...本当に可愛い」


 そう言ってノエルはセットしたドレスが潰れないよう気をつけつつも、お化粧がとれちゃうからこっちはあとで。なんて言いながらぎゅーっと抱きしめて額にキスをした。



 こんなに私を大切にしてくれる人と、今日結婚できる。その嬉しさが押し寄せてきて先ほど考えていたことはすっかり頭から抜け落ちていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「これから夫婦となり、一生愛し合うことを誓いますか?」

「「はい、誓います」」

「では、誓いのキスを」


 司祭からの言葉に二人で声をそろえて返し、ノエルがベールを上げる。


「これでノアは名実共に僕のものだね。ずっとこの日を待ってたんだ」

「…?私もよ」


 ノエルは幸せいっぱいな顔で私を見つめているが、なんとなくその瞳の奥に仄暗い色が宿っているように見える。ときおり見せるこの仄暗さを宿す瞳。なんだろうとも思うが、私もこの日を待っていてたので同意し、誓いのキスをした。そのとき。



 乙女ゲームのことがパッと思い出された。物語自体は告白したところで終わっており、成功すれば恋愛エンド、友達でいましょうであれば友情エンドのようだ。


 恋愛エンドであれば後日談があり、結婚式の話で締め括られる。


 その後日談でヒロインが王弟の子だと分ったりなんだりが入ってくるようだった。


 そしてなぜ私がノアを推していたか。自分の家庭環境などの境遇がノアと似ていたことで、自分と重ねていた。そしてとても嫉妬深くヤンデレ気味ではあるが一途に愛してくれるヒーローだったから。


 そして付き合った後のノエルの変化が、乙女ゲームのノアと被っていることに気づいた。あの仄暗さを宿した瞳には見覚えがある。


 そう、ノアが両想いになったあと若干のヤンデレが入ってきたときの瞳。


 私にはおそらく、ヤンデレ要素はないような気がする。閉じ込めたいとかは思わない。そりゃ嫉妬くらいはするけれど。ただ嫉妬もする暇もないくらいたまにでる夜会とかでも、私からぴったり離れないしよそ見もしないが。

 

 またキスの後固まってしまった私をじっと見ていたノエルがにっこり笑っていった。


「もう、逃げられないよ」


 逃げるつもりもないからそれはいいのだけれど。何か勘違いをしているのか、私はただいきなり濁流のごとく頭に流れ込んできた記憶に混乱しているだけなのだが、そんなのノエルにわかるはずもなく。ただ言えることは。


「それはこちらのセリフ。覚悟していてね」


 そう言って再度こちらから口づけた。神聖な場所にも関わらず盛り上がったのは言うまでもない。






 その後、披露宴もそこそこに抜けてきて、侍女たちに入念に体を磨かれ支度が終わったとき、ノエルが部屋にやってきた。

 ひとまずソファーに座ってお酒を飲みながら今日の話をしていた。


「そういえば...ノア、僕に何か隠していることがあるでしょ」

「え?いや、隠していることは特に…」

「ふーん…そう?まぁあとでどうしても言いたくなったら教えてね」


 にっこり笑って頭をなでられた。隠しているつもりはないが、前世云々は頭がおかしいとか思われるのも嫌で誰にも言う気はなかった。


 会話もそこその盛り上がってたかと思えば、気づけばどちらからともなく口付けていた。長い口付けはひどく甘く、アルコールの味がした。


「ノア...いい?」


 ノアからの熱のこもった視線で見つめられ、低く甘い擦れた声でそんなことを言われたら、もうだめだった。私もそれを心の奥底ではずっと望んでいたから。


 返事の代わりにぎゅっと抱きしめた。


 ノエルは私を横抱きにしてベットへ運び、そっと下ろした。


「できるだけ、優しく...するから」

「うん...」


 輝く柔らかなピンクブロンドの髪に手を伸ばし、頭をなでた。さらさらな髪からは石鹸の香りがした。


「本当にかわいい」

「…………っ」


 戸惑う私の頬を撫で、彼は嬉しそうに優しく微笑んだ。

 その瞬間、どうしようもなく胸が高鳴ってしまった私は本当にノエルが大好きなんだと思う。


 見下ろしてくるノエルの頬を両手で包み込み、熱のこもった瞳と視線を合わせて言った。


「ノエル、愛してるわ」

「っ...!僕の方が愛してるよ」


 それからすぐに唇をふさがれ、甘すぎる時間を過ごした。




 隠し事(前世云々)の話は終わったと思っていた私が、散々甘やかされ口を割ることになったのはまた別のお話。


今まで読むだけで、初めて物語を書きましたが、作品を書いている方々のすごさを改めて実感するばかりでした。思っていることを文章にすることはとても難しく、自分の語彙力や表現力のなさを痛感するばかりでした。当初考えていた内容と少し変わりましたが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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