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黒髪清楚系美少女を飾る

「いや、しかし我は元魔王として、威厳をだな……」


 後ずさるマグノリアの両肩にぽんと手を置いて、ロータスがにっこり笑う。笑顔だけどそれ、捕獲してるよな?


「魔王はわたしが引き継いだのです。マグノリアさまは心のままに、お過ごしください。わたしが後継では不安だと思われるのも当然ですが」

「いや、そのようなことは。そなたは十分よくやっている。おかげで我も静かに隠居暮らしをしていられるのであるし……」


 ロータスえげつない。笑顔からのすこし不安げな笑顔にシフトしてのこのことば。

 自分が頼りないばっかりに、と下手に出つつ相手の退路を断つ攻撃だ。これはもう攻撃で間違いない。

 現にマグノリアは無表情ながらも悔し気に言い淀んでいる。「そうだな、お前のせいだ!」と言えない彼女はクールだけど、きっと優しい魔王さまだったのだろう。


「あなたが成した異種族間の和平をより強固なものとするために、親善大使だけでは足りないと思っていたところです。国家予算をつけますから、異種族たちの心を惹きつける役目をお願いしても?」

「……そこまで言われては、仕方あるまい」


 ロータスが駄目押しのように言えば、マグノリアが折れた。

 途端にイソトマが顔をぱあっと輝かせる。ごきげんに揺れる尻尾がかわいい。


「現魔王の許可も下りたことですし! マグノリアさま、まずはどのお衣装にいたします? こちらなんておすすめなのですけれど!」


 イソトマが服の山からいそいそと取りだしたのは、淡い桃色のグラデーションがきれいなドレスだ。肩とか胸とかありとあらゆる場所にフリルの飾りがつけられていて、極めつけにスカートがふんわり広がっている。


「なっ!」


 差し出された桃色の布を目にして、マグノリアは頬を染めた。表情が変わりにくいんだろう、ほんのり染めた程度だけれど、かわいい。黒髪クール系美少女のピンクふりふりドレス……間違いなくかわいいだろう。


「そのような女子供の着るものを、この我が! 齢五百を超える元魔王が身に着けるなど!」


 マグノリアの押さえ気味の怒声とともに、テーブルの上の服の山がぶわりと持ち上がる。

 部屋のなかに渦巻くのは風だろうか。ごう、と巻く風にイソトマが「きゃあ!」と乱れる髪の毛を押さえたと思えば、服の山は掻き消えていた。


 あとには、わずかに残った風に黒髪を躍らせるマグノリアと肩をすくめるロータス。イソトマは……と横に目をやった俺は何も見ていません。ひとつだけ言えるとしたら、強風時には髪の毛よりスカートのすそを気にしてほしいかな! 見えてないけど。見えそうだったけど! 日頃、隠されてるものがちらりと覗くのってどうしてこうも心躍るのかな。あと太もも、めっちゃ柔らかそうですね! 俺は何も見てませんけど!!


「ふふ。今のも怒りの力の発露ですね」

「あ、魔術じゃないんだ」

「マグノリアさまは全盛期を終えたとはいえ、かなりの魔力を持っていますからね。今のは野良魔獣の仔を拾ってきた子どもに親が言う『元の場所に戻してきなさい!』と同程度のものでしょう」

「はあー。感情パワーすげえな。いや、マグノリアがすごいのか」


 わかりやすい説明ありがとうございます、ロータス先生。っていうか、異世界でも拾った獣を元の場所に戻してきなさい、は定番なんだな。勉強になります。


 俺とロータスがそんなやり取りをしている一方で、イソトマは艶めかしい唇を尖らせてマグノリアに抗議している。ついでに、その手にあったはずのピンクのワンピースも消えてるあたり、マグノリアの『戻してきなさい』は強力なようだ。


「だって、マグノリアさまったら威厳を損なうからと、黒くて素朴なものばかりお召しになるのですもの。一度くらいよろしいじゃありませんか」


 しなだれかかって悲しげな表情を見せる美女の破壊力よ。

 俺なら速攻で「ですよね! どれから着ます!?」となること請け合いだけど、モブ男子の女装など誰も求めていない。

 求められてるのは黒髪美少女マグノリアとひらひら衣装のドッキングだし、絶対領域だ。俺じゃない。わかってる、俺は物分かりのいいモブである。


 ところでマグノリアの肩におっぱ……ええと、胸部のふたつのふくらみが乗っているのですが、気のせいですか。気のせいですね。眼福です。


「そなたの持ってくるものは、どれもかわいらし過ぎる。我はこの年まで黒衣に身を包み生きてきたのだ。今更あのような、華やかな装束など」


 美女の懇願も柔らかなものを押し付ける攻撃もさらりと流すマグノリアはさすが元魔王さまだ。強い。


「ん? っていうか、マグノリアは色が気に食わないの?」


 元魔王と露出の少ない系サキュバスの攻防を見守っていた俺は、マグノリアの発言が引っかかって会話に割り込む。美しい絵面にモブがお邪魔しますよっと。


「む。気に食わぬとまでは言わんが、生じてこのかた黒以外を身に着けたことが無いのだ。黒い装束でなければ落ち着かん」

「またそのようにおっしゃって。こんなことなら、在位中に無理を言ってでも華やかなお衣装を着ていただけば良かったわぁ」


 イソトマが後悔してるけど、でもこれ俺、解決法知ってるかも。


「じゃあ、さっきの服が黒かったらいいんじゃない?」

「む?」

「あら」

「なるほど」


 どういうことか、と眉をあげるマグノリア。

 悪くないかも、という顔をするイソトマ。

 そのような案がありましたか、と頷くロータス。


「つまりは、こういうことですわね?」


 部屋の隅から持ってきた紙にイソトマがペンを走らせる。

 ちなみにそのペン、何でできてるのかな。軸の部分が歪にねじ曲がってて、顔のように見える黒い模様が入っている。それがどことなく苦悶の表情みたいに見えるのはきっと気のせいだし、かすかに呻いてるような気がするのも気のせいだよね。

 すらすらと紙のうえに線を描くインクがまるでペン軸のこぼす涙のあとのように見えるのも、気のせいに違いない。イソトマが一度もインクを付けずに描いてるのは、あれだ。魔術的なあれで解決してるんだ。きっとそう。


「うわ。絵、うま」


 テーブルから身体を起こしたイソトマの手元を見て、俺は異様なペンのことも忘れて声をあげた。びっくりするくらいうまい、服の絵がそこにあった。


「ふふふ。伊達にマグノリアさまのお衣装係を長年務めていませんわ」


 元魔王の衣装係。なるほど、イソトマの衣裳へのこだわりはそのせいか、と思いながら彼女の絵をじっくり眺める。

 平面の紙のうえに黒色だけで描かれているとは到底思えない出来だ。


 ベースはさっきイソトマが持っていたピンクのドレスに近いのだと思う。

 黒地のドレスだけど、布がふくらんでたり重ねられたりするだけで、マグノリアが今身に着けているシンプルな黒のワンピースとはずいぶん印象が変わる。たぶん、あちこちに控えめに配置されたフリルのおかげだろう。腰に巻かれたでっかい黒リボンの艶々した感じも、いいアクセントになってるのかも。


 紙を覗き込むマグノリアをちらりと伺えば、きれいな黒髪はすとんと背中に落ちている。お怒りの兆候は無さそうだ。


「……これくらいならば、まあ」


 着てやらんこともない、みたいなマグノリアの声にイソトマがぱあっと顔を輝かせる。

 でも俺、もうちょっといけると思うんだよな。元魔王さまの許容範囲は、たぶんまだ余裕がある。

 テーブルに置かれたペンに手を伸ばそうとして、思いとどまる。このペンきもい。


「ネイ、なにか良い案が?」


 楽し気なロータスに問われて、俺は「あー」と手をさまよわせる。


「えっと、この世界では女のひとが脚出しちゃだめとかある? マグノリアもイソトマもくるぶしまであるスカート履いてるし、この絵の服も裾が長いけど」


 べ、別にキモイペンに触るのが怖いわけじゃないんだからねっ!

 誰にともなく心のなかで言い訳しながら、そういえば、と訊ねてみた。だって、俺の常識ってここでの非常識かもだし。


「わたくしはあえてこの丈ですの」

「黒の面積が多いほど落ち着きがあるように見えるだろう」

「私の知る限りでも、そのような規定はありませんよ」


 女性陣の意見に加えて、現魔王からのお墨付きをいただいた。安心して、俺はそっと手をおろす。描かなくても俺にはくちがある。そもそもそんなに絵がうまくないんだし、わざわざキモイペンで下手な絵を描くよりいいはずだ。


「だったらさ、こういうのできない? ここをもっとぐっと縮めて、そんでこういう感じに、レース? 飾りをつけてさ」

「……なるほど、いいですわね。では、ここはこうしてこちらにこのように」


 描かれた絵を指さしながらぼんやりとしたことばで言えば、イソトマは新しい紙に新たな衣装をすらすらと描きだしていく。


「おお! すごい、イメージのまんまだ。それでさ、せっかくだから足元はこんな感じで、髪飾りも統一感を持たせて」

「まあっ! そんな! うふふ、ネイさまもいけない方ですわね! そんな、こんな、うふふふふふふふふ」


 俺の提案に、イソトマの笑いが止まらない。


「あやつら、何を急に親密になっておるのだ……」

「おや、気になるのであれば参加してきてはいかがです?」

「遠慮する。我がくちを出したところで反映されるような雰囲気ではなかろう」

「おやおや、元魔王ともあろう方が弱きですね」


 窓に向かってケルベロスとたわむれはじめたマグノリアとロータスの会話をBGMに、俺とイソトマは紙を黒く染めていく。いつの間にかペン軸のうめき声も気にならなくなってきた。がんばれ、ペン軸。お前の努力は無駄にはしない!

 俺ってば便利なものは受け入れちゃう現代っ子だからさ。

 イソトマとペン軸の力で、あっという間に新たな衣装の絵が仕上がった。


「マグノリアさま~」


 ご機嫌なイソトマがその紙を胸に抱きしめて窓辺に駆け寄る。ふるんと揺れるその背を追いかけてしまうのは反射みたいなものだ。

 なにが揺れてるかって、それはもう、あれだ。えっと、尻尾だ。尻尾に決まってる。尻尾の付け根がハート型に切り抜かれて、谷間が見えているのなんて俺は気づいていない。


「……な、なんだ、これは」

「うふふふふふふ! すてきですわよねえ。きっとマグノリアさまにお似合いですわぁ」


 目の前に突き付けられた紙をしげしげと眺めたマグノリアが、声を震わせる。

 ついでに震える手のひらのしたでは、さっきまで撫でてもらえてたのだろうケルベロスの頭(左)がさみしそうにしている。


「おやおや。これはまた、類を見ない意匠ですね」


 代わりにケルベロスの頭たち(誤字ではない。ケルベロスの頭は三つあるからだ)を順に撫でながら、紙に目をやったロータスが楽し気に笑う。


「布を贅沢に使いつつ丈は短くして大胆に脚を出したスカートに、あえて脚を覆う靴下を履くのですか。面白いですね」


 ロータスのことばを日本風に言えば、ひらひらの布を重ねたミニスカートに太ももまである靴下だ。絶対領域が廃れることはない。俺が保証する。


「この、靴下からスカートのなかに伸びる紐は……?」

「ガーターベルトですねわ! 本来はストッキングがずり下がるのを防ぐためのものですけれど。ネイさまのご提案でフリルをつけてみましたら、こんなにステキになりましたのよ!」

「いや、ガーターベルトを描き加えたのは俺ではなくてですね。俺はあくまでもイソトマさんの描いた絵に、俺の世界ではこういうふりふりがついてますよ、とお伝えしただけでありまして……」


 言い訳がましかろうと言い訳させてもらう。

 俺が提案したのはガーターベルトにフリルをつけることだけだ。断じて、ミニスカにフリル付きガーターベルトを推したのは俺ではない。そこのところは主張させていただきたい。


「これを、着るというのか。我が……」

「はい! お色もマグノリアさまのご希望どおり黒を基調としたものですし、意匠は人目を惹くのに十分な魅力を備えておりますもの。腕が鳴りますわ!」


 呆然とつぶやくマグノリアに対して、イソトマの語尾にはハートがついている。見えないけど、俺にはわかる。


「では、さっそく作って参りますわ!」


 弾ませながら(いろんなところが弾んでるんだ、察してくれ)空間の裂け目を生み出したイソトマの背に、ロータスが声をかけた。


「製作費等は私から提供しましょう。魔国として異界の方のためにできることをせねばなりませんからね」

「まあっ! ありがとうございます、現王さま!」

「ロータス! 何を言い出すのだ!」


 マグノリアが声を荒らげるが、もう遅い。


「わたくし張り切って、全力で作成いたしますわ!」


 そんな声を残してイソトマは裂け目に消えていった。

 後に残されたのは楽し気に笑うイケメン魔王ロータスと、窓の外のケルベロスをモフモフするモブの俺。そして、がっくりとうなだれるクール系美少女にして元魔王のマグノリアだ。

 元魔王に対しても容赦ないあたり、やっぱり魔王だわ、このひと。と思ったのは内緒である。

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