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どうやら俺は落ちこぼれらしい

「サルートン。キーオ エスタス ティーオ?」


 ぐったりと運ばれる俺の耳に、涼やかな声が届いた。

 タスタスと規則的に聞こえていた獣の足音が止む。ケルベロスが立ち止まったらしい。


「グオゥ、ウルルルル」

「ティオ ソナス インテレーサ」


 ケルベロスの鳴き声に答えるように、誰かの声がする。何を言っているのかわからないけれど、涼やかで少し引くめの、耳に馴染む声。

 ぼうっと聞いていると、さり、と軽い足音に続いて俺の視界に黒い布が映り込んだ。


「チュ ラ リンボ ジフェレンカス?」


 ──ひとだ。


 言っている意味はわからないけど、ことばをしゃべるひとだ。

 そう気が付くと、心のなかにむくむくと力が湧いてくる。


「た、助けてくださいっ!」


 ぐしゃぐしゃに泣きはらしてるってことも忘れて顔を上げた俺は、目の前に立つひとに目を奪われた。


 ──美少女だ。


 柔らかなカーブを描く頬は透けるように白く、感情の薄い顔は人形のように整っていて、彼女の美しさを作り物のように見せている。足首まである真っ黒な飾り気のないワンピースが、むしろ彼女を神々しく見せている。美人が着ると量販店の服でもおしゃれに見えるという話に、納得だ。


 ごくごく薄い黄色をした瞳が淡く輝いて見えるのは、気のせいだろうか。あまりにも目が大きいから、太陽の光を反射してそう見えるのかもしれない。

 人間だ、と喜んだ気持ちはすぐにしぼんだ。濡れたように艶めく真っ黒な髪の毛のすき間から、頭の左右に角が生えていたからだ。


 目を奪われるほどの美少女の頭に生える太く、天を突くようにねじれあがった二本の黒い角は異様だったけれど、それでも、俺の心は落胆に占められることはなかった。


 だって、彼女はきれいだ。

 ひとであるか否かなど放り出して見とれてしまうほど美しい少女の手のひらが、俺の額にかざされる。

 ちいさな手のひらに作り物のように細く白い指。美少女は爪の先まできれいなのかと、ぼんやり思う。


「オートマタ トゥラデューコ」


 ちいさなくちが動いて、不思議な音色を奏でる。

 彼女の手のひらがかざされている俺の額がふわりと温かくなったような気がして、まばたきをすれば。


「わかるか?」


 美少女が日本語をしゃべった。


「えっ」


 驚き、目を見開く俺の前で彼女がこてりと首をかしげる。動きに合わせて長い黒髪がさらりと揺れた。


「む? だめか? 手ごたえを感じたのだが」

「に、日本語……!」


 可憐な少女のくちから流暢な日本語が聞こえて、俺は感動した。

 彼女もまた、俺の顔を見て満足気にうなずく。表情は一ミリだって変わっていなけれど、ふむ、と頷くしぐさが満足そうだ。


「おお、通じたか。すこしな、音をいじらせてもらった。さて、そのままでは会話もままなるまい。ケルベロスよ、下ろしてやれ」


 美少女が言うが早いか、俺の腹から圧迫感が消えた。


「ぐえっ」


 どさっという音と間抜けなうめきを発して落下した俺がよろよろと顔を上げると、美少女はケルベロスの真ん中の頭をなでているところだった。


 美少女とたわむれるもふもふ(自動車サイズ、頭三つ付き)。

 撫でられたケルベロス(真ん中)はとてもうれしそうに目を細めて、だらしなく開いたくちから舌を垂らして「ハッハッ」と息を弾ませている。左右の顔の視線がうらやましそうに見えるのは、俺の見間違いじゃないはず。だってケルベロスの身体は見事な伏せの姿勢になっている。


 ──これは、主人に褒められるのを待つ犬の姿勢だ。やたらデカいけど。


 彼女は猛獣使いか。いや、威風堂々とした佇まいとその前に伏せをする大型の獣……これは。


「魔王に懐く魔物の図……!」

「おや、よくわかったな。我が魔王であったと」

「んん!?」


 思わずつぶやいたことばに平然と返されて、俺のほうが驚いた。

 だというのに、彼女は「ほめてつかわそう」と言わんばかり。いや確かに、頭の立派な角といい真っ黒な衣服といい魔王さまっぽいけれど、美少女魔王って誰得だ。俺得だ。


 何を隠そう美少女アイドル好きの俺にとっては、たとえ角付きだろうと声に抑揚がなかろうと、生身の美少女と至近距離でことばを交わせるのはご褒美でしかない。ありがとうございます。


「正しくは元、魔王であるがな」


 わずかに目を細めた美少女は、ケルベロスの頭(右)をなでながら元魔王を名乗る。そこへ。


「マグノリアさま」


 ひたり、と耳を撫でるような声が聞こえたかと思えば、美少女の後ろにお姉さまが現れた。

 お姉さまだ。誰がなんと言おうとお姉さまだ。

 青紫色という変わった色の髪をゆるく結い上げたお姉さまは、目のやり場に困る豊満なボディをぴっちりとした黒い衣装に包んでいる。


 たわわな胸もくびれた腰も、むっちりした太ももや肉付きのいいお尻もすっぽりと黒い布に覆われているというのに、そのエロさは少しも隠せていない。


 ──エロい。


 このお姉さま、めちゃめちゃエロい。露出が少ないからこそ隠された布の下の肉感がわかるというか、隠されているからこそ見えない箇所について思いを馳せてしまうというべきか。

 そして、一見清楚な黒い服の後ろでちらつく尻尾がとても気になる。


 ──尻尾だ。


 あの妖艶なお姉さまもたぶん人外なんだけど、今はそんな細かいことはどうでもいい。

 問題は尻尾なのだ。

 細くてつるりとしていて、先っぽがハート型になった尻尾が、静かに立つお姉さまの後ろでゆらゆら揺れている。


 ──あれは、そう。サキュバスとかそういう、エッチな悪魔の尻尾だ。そうに違いない。


 しかしあの尻尾、どうやって外に出しているのか。こっちを向いて立つお姉さまの背なかが見えないのが悔しくてたまらない。

 ふらふら揺れる尻尾はどう見ても腰のした、いや尻の谷間の付け根から生えている。そんな尻尾が外気に触れて怪しく揺れているということは、だ。


 ①服に見えている黒いものはサキュバスの体毛的なもので、実はお姉さまは何もまとっていない。


 ②身体をぴっちりと覆い隠し一見清楚に見える服だが、実は後ろから見ると尻尾の部分に穴が開いている。


 ③魔法っぽい力でどうにかしてる。

 俺が考える限りで三つの選択肢があるが、俺としては②を推したい。


 ①もいい。こんなエロい身体のお姉さまが実は全裸で何食わぬ顔をして野外にいると想像するだけで俺は幸せになれる。

 だが、それでもあえて②であってほしい。これは健全な男子高校生としての願いだ。


「イソトマ。察知してきたのか」

「ええ、陛下より知らせを頂戴したのです。間もなく陛下もいらっしゃいますわ」


 美少女に仕える妖艶なお姉さま。控えめに言って最高です。

 美少女に名前を呼ばれたお姉さまは妖艶に微笑む。細められた目元に長いまつげが影を落として、それだけでなんだかドキドキしてしまう。


 ──さすがはサキュバス(予想)。


 感心したところで、俺は大変なことに気が付いてしまった。

 身じろぎに合わせてたゆん、と揺れる豊かなお胸から目が離せない。見てはいけないと純情な俺の心が叫ぶけれど、お姉さまの魔力(推定)に吸い寄せられた俺の視線は、胸の頂に釘付けだ。


 ──たぶん、というかきっと、このお姉さまノーブラだ……!


「着ているのにエロいなんて……っ」


 耐えきれずうめけば、お姉さまが「あら」と俺を見た。美少女に向けていた顔をわずかに傾けて、発動される美女の流し目。


 ──即死です。


 これは即死魔法です。俺が断定する。根拠はこの鼻からほとばしる熱い想いだ。


 ──桃色の瞳ってえっちじゃないですか!(異論は認める)


 噴き出る鼻血が大地を染める。俺の脳内が緊急事態。ビーッビーッ『総員戦闘配置につけ! 緊急事態だ!』『隊長、ダメです! 脳からの指令が来ていません!』『くそっ、脳がやられたか! せめて出血を止めるんだ!』『無理ですっ、本体の興奮が収まりません! きれいなお姉さまが微笑みながら近寄ってきて、あっ、うわ、ああぁーーーー!』


「わたくし、あえて肌を隠すことで感じられる美を尊ぶのよ。あなた、わかってくださるのね?」

「イエスッ、マム!」


 男、矢島ネイ。たとえ鼻血を噴いていようとも、最高の敬礼をしてみせる! それが漢だ!


「ふふ、かわいらしい方」


 イソトマお姉さまがくすりと笑って、つい、と俺の首元に顔を寄せる。

 俺は真っ赤だ。夕陽を浴びているわけではない。お姉さまの谷間(黒き衣で完全防備)が俺の胸に触れそうで触れないドキドキ感と、お姉さまの優美な鼻先が俺の首筋に近づく気配があるのとで体温が急上昇しているせいだ。氷河期の氷もパリンと割れかねないレベルで熱い。


 ──俺、死ぬのかもしれない(本日二回目の臨死体験)。


 あっそんな、すんって! お、お姉さまが俺のにおいを! 俺の首に顔を寄せてにおいを嗅いでいるっ! そんなぁ!


「ハジメテの香り……イイ匂い……」

「はぁん!」


 ぷっくりとつややかな唇から、吐息交じりの声がこぼれて俺の耳をくすぐった。

 いい匂いなのはお姉さまのほうですが!? 俺なんてただの男子高校生ですし! 香水なんておしゃれアイテム、よくわかんないから持ってもいないですし! いやでも臭いって言われるよりよっぽどいいですけど、でも、待って! 俺さっきまでそこで伏せしてる良い子の巨大なワンコに咥えられてたよね! ってことはよだれ臭いのでは!? 腹のあたりの服がじっとり張り付いてるのを感じるってことは、獣のよだれがばっちりついているのでは!


「異界のモノですわね、この方」

「やはりか。魔力とは異なるなにかをまとっておったのでな。異界の落ちこぼれであったか」


 そわそわと体臭(俺のじゃないよ! 俺の体についた獣臭さとか、そういうアレね!)を気にする俺をよそに、美少女とお姉さまが何やら話している。

 話の内容はよくわからないけど、もれ聞こえた単語に俺はがっくりとひざをついた。俗に言うorzだ。


「落ち、こぼれ……!」


 そりゃまあ、俺は勉強は中の下。運動も中の下。特技と聞かれて思い浮かぶものはなく趣味はと聞かれれば「スマホゲー……?」と疑問形になってしまう残念な男ですけど。

 顔は可もなく不可もないと評され(byクラスのオシャレ女子)、身長は高すぎず低すぎず平均的をこよなく愛し、体重は標準よりやや軽めで誇れるほどの筋肉も持たない男ですけど?


 でも、だからといって美少女のくちから直接「落ちこぼれ」って言われなんて……さすがにそれをご褒美と思えるほど、上級者じゃ無かったみたいだ。

 心が折れた。ひざと手のひらだけでなく頭まで地面についてしまいそうだ。

 今気がついたけど、足元はやわらかな芝生で覆われている。まめに手入れされてるのか、長すぎてちくちくすることもないし良い芝なんだろう。いっそここで寝てしまおうかな。

 落ちこぼれは落ちこぼれらしく、地べたに這いつくばるのがお似合いなんだ。

 ああ、お花がきれいだな。


「ふふ……落ちこぼれ……ふふふふ……」

「おや。初対面の者をさっそく屈服させておいでですか。さすがですね」


 打ちひしがれる俺をよそに、また誰か来たらしい。

 今度はイケメンだ。顔をあげなくてもわかる。こいつはイケメンだ。

 なぜって? だって声がすでにかっこいい。いや、モテない男のひがみとかじゃない。本当に!

 低めの落ち着いた声は耳にやさしく、でもなんとなく色気がある。腰にくる声っていうの?

 声優の名前を叫んではもだえていたクラスメイトに聞かせてやりたい。きっとひざまずいて涙を流すだろう。


 そんなことを思いながらのろのろと顔をあげる。はいはい、ズボンのラインまでしゅっとしててイケメンですよ。

 っていうか脚長いな。こんだけ長いと腹立つのを通り越して感心するわ。

 そしてようやくたどり着いた顔は……思ってた通りイケメンですね。はい。整いすぎててちょっと怖いくらいのイケメン。

 それでもってやっぱり人外さんなわけね。

 尖った耳と額の左右から伸びる鬼のような角さえ似合うなんて、顔がいいひとはすごいな。俺に尖り耳と角つけても「うわぁ……」って感じだろうけど、このイケメンは文句出ないわ。


「あなたが落ちこぼれた方ですね」

「爽やかイケメンにまで落ちこぼれって言われた……!」


 orz再び。

 

 ──ああ、俺にやさしくしてくれるのは、やわらかな芝生だけなんだ。


 美少女からもイケメンからも落ちこぼれと呼ばれ、俺のライフはもうゼロである。

 身体を支える気力さえ失った俺は、地面に寝転んでひざを抱える。


「どうせ俺なんて、どうせ俺なんて落ちこぼれですよ。わけわからんうちに魔界みたいなところに来てるのに別に召喚されたっぽいわけでもないし速攻で捕まって運搬されてしかもよだれまみれだしどうせどうせ、誰も呼んでないし誰にも必要とされてない落ちこぼれですよ……」


 ああ、寝転んだ視界に映る空がまぶし……くないな。

 かわいい花が咲いてるし町並みはふつうに町並みだったから気づいてなかったけど、空が何やら淀んだ赤色に渦巻いているのは俺の気のせいですか……?


「空が、赤い……」


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