そんなのわくわくしかない
「…………っ」
パチパチパチパチ!
俺は止めていた息を思い切り吸い込み、渾身の拍手をした。
すごく、すごくきれいだった。芸術作品に圧倒される心地に浸って、湧き上がる気持ちのまま手を叩く。
「素晴らしかったですわぁ」
となりでイソトマもおっとりと手を叩いている。
「うん! うん! めっちゃすごかった! すごくよかった!」
興奮しながら何度もうなずいていると、舞台にしている岩盤の後ろにひっそりと立って天を仰ぐジーンの姿が見えた。
あいつ、母ちゃんの初舞台に感動して泣いてるな……? その隣でジャンが無表情のまま手を叩いている姿との落差が激しい。
いやしかし、今は茶化す気も起きない。俺は俺の感動に浸っていたい。
どうして録画していなかったのか、いや今のは録画ではなく生で見たからこその感動だ。そもそもこの世界に録画なんて技術があるのか。
そんなことを考えて浮かれていた俺は、ふと気が付いた。
静かだ。
俺とイソトマ(主に俺)がめちゃめちゃ拍手してるから気づかなかったけど、拍手以外の音が何も聞こえない。
「……あれ?」
そうっと後ろに並んでいるはずの群集に目をやって、俺はぞっとした。
生気のない顔でたたずむ大勢のひとびと。
全員がそろってマグノリアに視線を向けてはいるものの、その目に光りはない。
まるで人形が置かれたままに景色をガラスの瞳に映しているかのように、目の前の光景をただ視界に映しているだけの集団。
そこに、歓喜も何も見当たらない。完全な無だ。
「あはっはぁ!」
恐ろしいまでの沈黙を破ったのは、場違いな明るい笑い声。犯人はひとりしかいない、ソテツだ。
手を叩いて喜ぶ彼女は、きりりとした顔で舞台に立つマグノリアと、マグノリアを眺めて立つ群集を見やっては笑う。
「ここまで他者に興味がないと、笑っちゃうよねぇ! この子ら、僕のことしか興味ないんだから、困っちゃうなあ」
すこしも困ってないだろ。涙までにじませて大笑いしているソテツは、楽しそうに舞台に飛び上がった。
マグノリアの隣まで弾んだ足取りで近寄り、くるりと群集を振り返る。
「いやあ、いい見世物だったよ! みんな、がんばったマグノリアに拍手しよう!」
どっ、と割れんばかりの拍手が鳴り響く。
無表情の群集は、ソテツに言われた瞬間に両手を激しく打ち鳴らしはじめた。
それは完全に、ソテツに言われたから拍手をしているということで。
「……歓喜が、かけらも集まらん……」
ひたすらに手を叩く群集に手のひらを向けたマグノリアが、呆然とつぶやく。
彼女のまわりで大気にまじる魔力がうっすらと赤く渦を巻いている。けれど一心に拍手を続ける群集からは、何も集まらないらしい。
「まじか……」
呆然とつぶやく俺に、ソテツがにやにやと嬉しそうな視線を向けた。
ひらり、と手を振った彼女が「もーいーよ」と言えば、鳴り響いていた拍手が一瞬で止まる。わん、と余韻を残して再び当りは静寂に包まれた。
「ふはっ。僕の人気っぷり、わかってくれた? ここの子たちはみんな、僕に心酔してるからねえ。何なら僕が君のためのアイドルになってあげても、いーんだよ?」
ぴょん、と舞台を飛び降りたソテツに顔を覗き込まれるけど、お断りだ。
ぜったい、ろくでもない対価を要求してくるだろ、お前!
「ソテツさまがアイドル……マグノリアさまと対になるお衣装なんて、映えそうですわねえ」
そこ、イソトマ! 自分の妄想に身もだえて身体をくねらせるんじゃない! えっちだろ!
「我が、渾身の歌と踊りにも無反応とは……」
マグノリアが呆然とつぶやくのが聞こえて、俺は慌てて舞台に這い登る。うるさいソテツとえっちなイソトマは放置だ、放置!
「マグノリア! 歌も踊りもすごくよかったよ! 俺、鳥肌たったもん。なあ、俺の歓喜を結晶化してくれよ」
俺の拙いことばではマグノリアに伝わらないのか、彼女は目を見開いたまま反応が薄い。だったら目に見える形にすればいいと、お願いした。
「ああ……」
心ここにあらず、といった様相ながらもマグノリアが俺に手のひらをかざす。
白い手のひらに額をさらし、まぶたを閉じて俺はさっきの感動を目いっぱい思い出す。
ふわり、と風がほほを撫でて、浮き立つ気持ちがすこし落ち着く。目を開ければ、マグノリアの手のひらで赤く光るちいさな珠が。
ひとりぶんの感情なのに、町の酒場で手に入れた力の粒より明らかに大きい。
「これは……」
驚くマグノリアに、俺は「な? だって、すごかったから」とうれしくなった。
「ジーンのも回収すれば、同じくらいあると思うんだ。だってあいつ、泣いてたから」
言いながら目をやれば、むせび泣いていたジーンがジャンに背中を押されてやってくるのが見えた。
マグノリアもそれを目にしたのだろう。
呆れたような、けれど慈愛を含んだ視線でジーンを見て、にぃ、と不敵に笑った。
「この我が、成せぬことがあるなど……許せぬ」
辺境の地での初舞台は、予想外の大失敗。
けれどそのせいで、これまで何をしても思い通りにうまくできていた魔王さまのやる気に火が付いたらしい。
「ああ見えて、マグノリアさまは負けず嫌いなところがおありですから」
おかしそうに笑うイソトマのことばは、まあそうなんだろう。
無表情のまま目を爛爛と輝かせたマグノリアが、拳を握っている。
「いくぞネイ! 我がこの国を、いやこの界全土を手中に収めてやるわ!」
待っておれ! とやる気に満ち溢れるマグノリアに、ソテツが「あーあ。僕の出番はこなさそうだねえ」と呆れている。
無表情でクール系美少女なのに、言ってることはかなり熱血。
元魔王さまは、やっぱり魔王気質みたいだ。
「そして必ずや、そなたを元の界に戻してみせる!」
硬く拳を握るマグノリアは、かわいくて頼もしい魔王さまで。
「頼りにしてるよ、魔王さま」
「元、魔王ぞ」
「うん。じゃあ俺は、マグノリアを世界一のアイドルにするよう、がんばるよ」
頼もしい味方につられるようにして言えば、マグノリアが振り向いてかすかに微笑む。
「ああ」
ほんのかすかな笑みだけど、笑顔はいいものだ。笑った顔が最高にかわいい元魔王さまの背を追って歩きだす俺の顔も、希望で緩んでいるはずだ。
元いた場所へ戻るには、まだまだずいぶんかかりそうだけど。
でも今、俺のなかにあるのは明るくわくわくする気持ち。
だって、これからたくさんマグノリアのコンサートが見られるってことだろ?
そんなの、わくわくしかない!




