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先代魔王さま、アイドルデビューしませんか!  作者: exa(疋田あたる)


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18/19

いざ、初ライブ!

 塔の玄関扉を開けると、そこはとっても陰鬱な岬でした。

 有名な小説の書き出しみたいに表現してみたけど、このあとになんて続ければいいのかは知らない。だって読んでないから。


 塔は岬の先端に立っていたようで、厳めしい金具の施された木製の扉の外に出ると背後に赤い海、前方にはなだらかな坂が見えた。

 ステージの準備をするからと、先に行くジーンとジャンの背中が坂のしたに小さくなる。

 振り仰いだ塔は背が高く、てっぺんに明かりこそないが灯台のように見える。


 ずいぶん古いものなのか、煉瓦造りの壁は風化が進んで欠け、あるところはくぼみまたあるところは突出していたりしている。

 玄関を塞ぐ扉も同じだけの年月をそこにあり続けたのか、木の色がずいぶんと抜けて年輪の筋が浮き出て見えた。

 黒々とした重厚な扉に見えた内側との差は、潮風のせいだろうか。


「な、なんか変な音が聞こえるんだけど」


 海から吹く風に乗って、低い音が大きくなりちいさくなりして響いている。腹のなかをぞわぞわさせるような、不気味な音だ。


「なにか海獣が鳴いてるんだろうねぇ。このあたりでは珍しくもないけど、見に行く? 連れて行ってあげようか? 君ならひと飲みにされちゃうだろうけど、連れてってあげよっか!」

「お断りしますっ」


 うきうきしたソテツが怖い。いや、ソテツは最初から怖かった。見た目がちょっとかわいい感じの少年系だから騙されそうになるけど、これでマグノリアより長生きな超おばあちゃんだし。

 信じる、だめ、絶対。


「海はいいや。それより町に行こう! 初ステージにはなんかいまいちな天気だけど」


 赤黒い岩がごろごろした岬やそのしたに広がる街並みが暗い赤色がかった灰色で陰鬱に見えるのは、きっとどんよりした天気のせい、と気持ちを盛り上げる。


「ここはいつでもこのような天候だ」

「え、この今にも雨の降りそうな雲いっぱいの空が? いつもの天気?」


 マグノリアに言われて足を止め、見上げた空は分厚い雲に覆われ、赤い不吉な陽光すら射していない。これが普通って、洗濯物乾かなそう。


「このあたりは大地の持つ魔力が多いからねえ。さすがの僕でも完全に制御はできなくって」


 ソテツが話しはじめたタイミングで、ドッ! と大きな音がした。次いで強い風が坂の下から吹きつけ、びりびりとした衝撃が身体に届く。

 音のしたほうに目をやれば、建物が点在する坂の下のそのまた向こうで、赤黒い砂ぼこりがもうもうと舞っていた。


「な、なんだ今の……」


 もしかしてジーンとジャンが喧嘩でもはじめたんじゃあ、と心配する俺に、ソテツはひらひらと手を振る。


「強い魔力があふれると、ああなるんだよ。居住区のあたりは僕が調整してるから大丈夫だけどね。その外ではたまに大爆発が起こるから、気をつけて」


 ぱちん、とウインクを添えて言われても、何をどう気を付ければいいのか。

 あれか、急な爆発に備えて防御魔法を覚えればいいのか。それともなんでも弾き飛ばせる強靭な肉体を作れと?


 っていうかここら一帯がなんか全体的に赤黒いのって、もしかして魔力量が多いせいだったりするんだろうか。

 だから海も赤くて岩も赤いの? それって逃げ場なくない? 俺がいくらムッキムキを目指したとしても、逃げ場がなかったらどうしようもなくない?


「案ずるな、そなたは守ると言うたろう」


 後ずさりしてしまう俺の背なかをマグノリアが押す。


「わたくしだって、空間を裂いてネイさまと逃げることくらいできますもの~」


 頼ってください、と言うイソトマに素直に「ありがとうございます! 頼りにしてますっ」と告げればうれしそうに笑ってくれた。


「僕を頼ってくれてもいーんだよ? そうだなあ、一回守ってあげるたびに、君の界での記憶を一割もらう、っていうのはどう?」

「お断りしますっ」


 まとわりつくソテツから逃げながら坂を下っているうちに、町に辿りつく。

 町とは言っても、魔王の城がある町と違ってずいぶんと建物が少ない。さっきみたいに地面が爆発することがあるせいだろうか。

 危険を回避するためか、出歩くひとの姿もなく閑散としている。


「っていうか、なんでこんな危ないところに住んでんの? もっとましな、たとえばマグノリアたちが住んでる町の近くに引っ越そうとは思わないのかな」


 ふと浮かんだ疑問に、ちっちっと指を振ったのはソテツだ。いちいち動作がむかつくな。


「僕はここが気に入ってるんだ。そして、僕を崇拝してる子たちは危険を冒しても僕のそばにいたいって言う。だからここに町があるんだよ」

「ソテツを? 慕う……?」


 ことばのギャップに頭がついて行かなくて、ソテツの頭のてっぺんから足の先までまじまじと眺めてしまう。

 じっと眺めれば、ソテツが不機嫌そうに顔をしかめた。


「なんだい、その顔は。非常に不愉快な顔だな、きみ」

「いや、だってさ。ソテツを慕うっていうのが想像できなくて。あ! あれじゃないの、なんか弱み握られて逃げられない、とか!」


 素直に答えるのは俺の良いところ。小学校の通知表だって「素直でよいです」って書かれてたし。

 そんなわけで聞かれるまま思い浮かんだ名推理を披露すれば、ソテツがにっこり笑った。あ、これはよくない笑顔。


「はは。きみは弱みを握られたいようだね? そんな面倒なことしなくても、ひとこと『隷属させてください』って言えば飼ってあげるのに」

「いらないです。お断りします。帰ってください」

「ふふふ、ソテツさまとネイさまは、まるでご兄妹のように仲良しですわねえ。妬けますわあ」

「ふむ……似てはないがな」


 わいわいぎゃあぎゃあ騒ぎながら町のなかを進む。

 それにしても、本当に陰気な町だ。

 ひと気が無いだけじゃなくて、どこもかしこもなんだかひんやりしてる気がする。

 こんなところに暮らしてるのなんて、ゾンビ集団だったりして……。

 嫌な妄想をしたとき、隣を歩いていたソテツが脚を止めた。


「あ、ほら。あそこの広場に、みんな集まってるよ」


指さした先には広場に集まるひとの群れ。赤黒い巨大な岩盤でできた広場に、百人くらいはいるだろうか。


「あ、ゾンビじゃないけど生気はないのね……」


 近寄ってみれば、どのひとも肌に血の気が無く、髪の毛の長さこそバラバラだが、色はそろって白い。

 目の色までは見渡しただけではわからないけれど、見える範囲にいるひとはどのひとも薄い灰色の瞳をしていた。配色がジャンにそっくり。

 群集の前に近づいて気づいた。

 生気のなさは、彼らが音を立てないせいもあるのだと。


 今も、これだけの大人数が集っているというのに、異様に静かだ。

 そんな異様な集団は、ソテツが近づくと音もなくさあっと左右に割れた。

 一瞬にして生まれた道を悠々と進むソテツに続いて、岩盤のうえを行く。


「……すげぇな」


 これは確かに、崇拝だ。

 左右に分かれた魔族たちは、ソテツが通る前に次々と膝を折り頭を垂れる。

 ここに辿りついてからひとことの号令もなく、ただ当たり前のように示される恭順に、そわそわが止まらない。


「あの、ソテツ……さん? 俺もあっちで土下座したほうがいい? です?」


 割れた人垣の行き止まりまで歩いて、一段高くなった岩のうえに立ったソテツを見上げてささやく。

 きょとん、と目を丸くしたソテツは俺を見下ろして、けらけら笑った。笑い事じゃないんですけど!


「ははは。彼らは好きでやってるんだ。きみもやりたいなら止めないけど」


 軽い。目のまえの大衆の厳かな雰囲気とソテツの態度の軽さの違いがひどい。

 なので、俺はマグノリアの背中に隠れることにしよう。一段上がる手前で立ってるマグノリアとイソトマの後ろにそうっと収まる。誰も俺を見ちゃいないのはわかってるけど、隠れる場所を手に入れてほっと息をついた。


「みんなー」


 俺のひとときの安寧を打ち破るように、ソテツがのんきな大声を出した。


「今から、僕の友だちが良いもの見せてくれるんだってー。楽しみにしててねー!」


 大きく手を振り、にこっと笑う。

 途端に、どっと群集が沸いた。


「始祖ー!!!」

「ありがとうございます!」

「始祖よ永遠に!」


 くちぐちに叫んで岩盤のうえで土下座。

 大歓声なのに浮かれた感情がひとつもない。

 それをしているひと、魔族たちは色素もうすく生気もないのに、崇拝の念だけがバンバン伝わってくる。


 ──こっっっわ!! 宗教団体こわっ!


 それを向けられてるソテツは、いたってふつうに歩いて降りてきた。

 降りてくるのはいいけど、俺のとなりに来るのやめてもらえませんかね。こわいんですけど。

 熱心な信徒たちから向けられる視界の先に俺というモブが映りこんでいて、慣れない視線に焼け焦げそうでこわいんですけどっ。


「はい。マグノリア、交代ー」


 にひひ、と笑ったソテツ、ぜったいこれわざとだろう。

 自分の人気を知ったうえで、自分への歓声をあげさせてから場を引き渡すの、これわざとだろう。


「……いいだろう。我が渾身の歌と踊りでもって、目にもの見せてくれる!」


 対するマグノリアは、売られた喧嘩は買うタイプらしい。

 クール系なのにね。表情はほとんど変わらないのに、淡い黄色の瞳がやる気にぎらぎら光っている。


「いってらっしゃい」


 俺のために頑張ってくれるマグノリアに、見送りのことばをささやく。

 ふと、脚を止めたマグノリアが俺に顔を向けてうすく笑った。


「ああ、そなたの期待に応えよう。楽しみに待っておれ」


 自信に満ちた笑みと威厳に満ちたことばを置いて、マグノリアが岩の舞台に立った。

 始祖への敬愛で湧き上がっていた群集が、しんと静まり返る。


 遠く、岬の向こうの波の音がかすかに聞こえるほどに、衣擦れの音ひとつ聞こえない。


 ──沈黙が痛い。


 張りつめた空気のせいで、舞台のしたにいる俺まで緊張してくる。

 広い舞台のうえに立つと、マグノリアの美しさが一段と映える。


 整った顔のきれいさはもちろん、その身にまとう凛とした力強い雰囲気が、その場を圧倒するようだ。さすがは元魔王の威厳というところだろうか。

 静まり返った群衆を前にひとり立ち、堂々と胸を張る姿がかっこいい。

 ときおり海から吹く風に長い黒髪が揺れて、白い顔を彩っている。

 大きな瞳はいまは伏せられて、長い睫毛がやわらかなほほに濃い影を落とすばかり。


 しばしの沈黙。

 ふと、睫毛が震えて、ゆっくりとまぶたが持ち上がる。淡い黄色の瞳が開き、群衆を捉えてきらりと光った。その眼に、捕らえられたと、わかった。

 その瞬間。ちいさな赤い唇がすう、と息を吸って、歌い出す。


 響き渡る歌声が空気を震わせて、心に響く。

 アイドルっぽくはないけれど、清廉でまっすぐな音は吸い込まれそうな魅力を持ってあたりを支配した。

 歌詞があったら良かった。

 そう思うけれど、セイレーン仕込みの歌で大切なのはその響きなのだろう。高く、低くのびやかに広がっていく歌声は天上の楽器のように、ひとを惹きつける音を鳴らす。


 とん、とマグノリアの靴が岩を蹴った。

 軽く弾み、まわりながらも歌に乱れはなく、心地よい調べが紡がれる。

 彼女が身じろぐたび黒髪が宙を舞い、揺らめく黒いミニスカートは見えそうで見えない絶妙な翻り具合。

 このきわどいスカートの動き、何か魔術でも使ってるのだろうか。


 製作者であるイソトマをこっそりうかがえば、マグノリアに見とれていた彼女はちらりと俺を見てにっこり笑った。

 そうか、やっぱり何か魔術かけてるんだな。グッジョブです。


 セイレーンの歌と妖精の踊りを交えて、岩盤のうえの舞台をひらりひらりと舞うマグノリア。

 やがて、舞台の中央に舞い戻った彼女はほぅ、と息を吐くように歌を終えた。

 目を伏せ、立ち止まる動きに合わせて翻っていたスカートのすそも静かに下りる。

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