ありがとな!
言いづらそうにしていた彼女にも聞こえただろうに、視線を合わせてくれない。その態度が、事実だと告げているようなものだ。
「ネイさま……」
イソトマが気づかわし気に名前を呼ぶのに返事もできず、俺は唾を飲み込んだ。
そうだ、意思の力を集めるって言ったって、どれくらい必要なのか考えてなかった。
魔王の住む町で手に入れた力の粒はちいさかったけど、はじめてみる意思の結晶化が珍しくて、そこまで考えが及ばず浮かれていた。
気づくべきだったんだ。
余生が千年もあるっていうマグノリアがありったけの力を使わないと俺を帰せないと言っていたんだから。
どれくらいの広さがあるかわからないけれど、少なくない数の魔族が暮らすだろう土地の持つ力を使わなければいけないと聞いた時点で、気づくべきだったんだ。膨大な力が必要なんだ、って。
呼吸も忘れてソテツのことばを待つ。
「ん~、そうだねえ。純度は問題ないけど、この大きさの力なら部屋いっぱいで足りるかどうか、ってところかなあ?」
ひゅっ、と鳴ったのが俺の喉だと気づくのに、すこしかかった。
「あ、は……や、っべえなあ! この部屋いっぱいって、すげえ量! うわあ、そんなに集めるのはそりゃ大変だ」
あはは、と笑う声がひどく乾いてるのが自分でもわかっていて、だけど笑わずにはいられない。抱え込んでしまうには重すぎる事実に、くちが勝手に回りだす。
マグノリアが「ネイ……」とか細い声をあげるのにも反応できず、固い空気をまぜっかえせと、茶化すためのことばが沸いて出る。
「この部屋いっぱいかあ。このあいだの酒場で集まってた魔族、何人だっけ? 確か十人かそこらだよな。それでこの大きさなら、この部屋いっぱいって何人分なんだろ。武道館いっぱいくらい? いや、それでも足りないかも。はは、やべぇなあ。まじやべぇ……」
「ネイ!」
鋭く名前を呼ばれて、肩がびくりと跳ねた。
のろのろと視線を向ければ、椅子に座っていたはずのマグノリアが立ち上がりつかつかと近寄ってくる。
俺の目の前に立ったマグノリアは、座ったままの俺の目をひたと見据えて両手を伸ばしてくる。
「ネイ、頼れと言ったばかりだろう。ひとりで抱え込むな。共に考えよう。そなたに妙案がなくとも、我が考える。我の知識が足りなくば、我が知己を頼る。諦めるな、帰りたいのだろう!」
「マグノリア……」
ぐ、と肩をつかむ手のおかげで、俺の輪郭がはっきりするような気がした。
見上げた顔はひどくかわいいのにかけられたことばが力強くて、気弱になって砕けそうだった心が支えられるのを感じる。
「ねーねー、武道館ってなにー?」
見上げる俺と見下ろすマグノリアの間に顔を突っ込んで首をかしげるのは、空気を読まない代表ソテツだ。
「ソテツ……」
俺の肩から手を離したマグノリアが何か言いたげにつぶやくけど、たぶんソテツを黙らせるには知りたいことを教えてやるほうが早いだろうと、くちを開く。
「ええと、武道館っていうのはアイドルがライブする場所で……踊り子さんの踊りとか、歌い手さんの歌を聞くために大勢のファン、観客が集まれる場所、かな」
行ったことないからあやふやな知識しかないけど、たぶんそんな感じ。
「ほほーん。そのアイドル、っていうのにマグノリアがなって、ファンとやらから感情を集めようっていう魂胆なのかあ」
ふむふむ、と頷くソテツを横に、俺とマグノリアは顔を見合わせた。
「「それだ!」」
すこし遅れてイソトマも「それですわぁ」とはしゃぐ。
「ん? んんー? もしかして僕ってば、ナイスなアイディア出しちゃった感じかなあ?」
悔しそうなソテツに、俺はぐっと親指をたてた。
「ありがとな、ソテツ! 俺、マグノリアと武道館目指すよ!」
武道館ないけど。武道館レベルにひとを集めれば、そりゃもうとんでもない量の歓喜が生まれるだろう。
「良い案が出たからさ、さっそくライブしてみないか!?」
「ここでか」
「うん! あ、もしかしてここって、この塔だけしかない寂しい場所? 観客がソテツとジョンだけじゃ、さすがに少なすぎるな。それに、もともとマグノリアのこと尊敬してるひとたちからじゃあんまりどでかい感情の力は手に入らないんだっけ」
俺の思い付きにマグノリアが渋い顔をする。「いや、この付近はソテツが治めているゆえ、我への尊敬の念を抱く者はそうそうおらんだろうが……」
ってつぶやく声も、なんか渋い。
じゃあひとがいないのか。そういえば、このあたりがどんな場所なのか俺、知らないや。
そんな思いでくちにしたことばに反応したのは、ソテツだった。
「ちょっとちょっと~。僕のこと辺境に住むさみしいやつみたいに思ってるわけ~?」
言われて、改めてソテツをじっくり見てみる。
小柄な身体に眠たげな眼をした少年っぽい顔。スレンダーといえば聞こえはいいけど、すとんと落ちた胸元は個人的にはもうちょっと育ったほうがいいと思う。
短パンを履いてむき出しの足は色白でなめらかだけど、色気はない。
見た目だけなら無邪気なショタ。くちを開けば他人を玩具にしようとするやばいやつ。
そのうえ、血の気のないごついイケメンを従えているとか怪しいとしか思えない。
道ばたで出会ったら知り合いになりたいなんて思わないだろ。
「うーん、ソテツ自身はにぎやかだけど、友だちは少なそうだな」
正直なところを告げれば「ひどい!」だのなんだのとソテツがわめく。
どう思ってるか聞かれたから素直に答えただけなのに。
「まあ、友人は少ないであろうな」
「ほら、マグノリアも同意してる」
「そうですわねえ。原初の魔族とも言われている始祖さまとお友だちになれる方は、そうそういませんわぁ」
「うんうん、イソトマだってこう言ってる……原初の魔族?」
なんか厨二なことばが聞こえてきた。ここが日本で俺の通ってた高校なら「お前、そういうの好きなんだな」って笑い話になるんだけど。
あいにく今いるのは異世界だ。美少女や美青年に角は生えてるし、妖艶な美女に尻尾がある世界。
厨二心をくすぐる要素がすでに満点。そこに原初の魔族なんて出て来たということは、これもまた事実を表すことばなわけで。
「そーだよう。僕ってば、魔族の起こりから生きてる、すっごくすごい存在なんだからぁ」
ふふん、どうだ! とばかりに胸を張るソテツは、ぺったんこだ。どこがとは言わないでおいてやろう。
「ってことは、ソテツはめちゃめちゃお年寄りなのか」
マグノリアが五百一歳。でも原初の魔族だとは聞いていないから、きっとソテツはそれより前から生きてるんだろう。
ということはつまり、ソテツはマグノリアよりも年上なわけだ。見えないけど。
「ソテツおばあちゃん、椅子どうぞ」
お年寄りは労わりましょう。義務教育のどこかで刷り込まれたそのことばに従って、俺は椅子から立ち上がりそっとソテツに差し出した。
やさしさが光ってる。無事に帰れたら、異世界でお年寄りにやさしくできました、って日記に書こう。そんなものつけてないけど。
慈愛の気持ちを込めて椅子を差し出しソテツを見守っていれば、なぜかやつはぷるぷると震えだした。
ついでに言えばマグノリアはなんとなく口元を引きつらせていて、イソトマは「あらあらまあまあ」とほほえまし気に笑っている。
ジョンは相変わらずのポーカーフェイスだけど、すこし離れたところに立ってるジーンは「うわあ」みたいな顔をしている。
「あれ? こっちの世界じゃお年寄りに親切に、とかって言わないの?」
もしかして俺の行動、的外れ?
不安になって見回せば、目の前のソテツが噴き出した。
「あはっ! あははははははは! 僕、僕ずうっと長いあいだきたけど、はじめてだよ! 僕のこと老人扱いする子なんて! あははは! しかも力もないくせに、ふはっ。ははははは!」
めっちゃ笑ってる。
ちょっと引くくらい笑ってる。
やっぱこいつやばいわ。
精神的にだけじゃなく身体まで後ずさりしたはずだったのに、なぜか俺はソテツに肩を抱かれていた。
「いやあ。きみのことを壊さなくてよかった! 面白いね、きみは」
「はあ……」
肩に回された腕が俺をバシバシと叩く。痛え。あと耳元で笑われるとうるさいんですけど。
なんて考える余裕は、ソテツに顔をのぞきこまれて消し飛んだ。
鈍い赤色に光る瞳が俺を射抜く。
「その愚かさを抱えたまま生きるなら、僕はきみの友になろう。だけど、玩具としてのきみを諦めたわけじゃないことを忘れるな」
ぞわ、と血の気が引いたそのとき。
「我がそれを許すとでもお思いか」
ぐい、と俺の腕を引いてソテツから引き離す手があった。マグノリアだ。
「おやあ? きみが生じたときから面倒を見ている僕に、抗えるとでも?」
ソテツも負けじと俺のもう一方の腕を引く。
「気まぐれに長く生きるあなたと、魔王として大衆を率いてきた我が積み重ねて来たものが同じか否か。知りたいとみえる」
そう言ったマグノリアの周囲で魔力が渦を巻く。
「面白い」
にやりと笑ったソテツの目がひときわ赤く光るけど、すこしも面白くありません!
誰か助けてー!
「母さま、それより早くここを出ましょう!」
ジーンがマグノリアを引きはがしてくれる。
「そのようなことより、町へ」
ジャンがソテツの首根っこを持って摘まみ上げる。
途端にあたりに満ちていた圧迫感は去って、俺はよろこびに涙した。
「ジーン、ジャン、好き!」
胸に湧くよろこびの気持ちのまま叫べば、ジーンはひどく迷惑そうに俺をにらみ、ジャンは表情を変えないままちらりと俺を見た。
「ふふふ。ネイさまったら、モテモテですわねえ。やけますわあ」
「いやいやいや、俺そういうのいいから。どうせモテるならむちむちのお姉さまを希望したいというか……」
言いかけて、それを話している相手がむちむちのお姉さまだったときの俺の気持ちを四文字で答えよ。
正解:気まずい。
そろーりと視線を外した俺を意気地なしと笑うがいい。笑われたって生き残ったもの勝ちなのだ!




