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先代魔王さま、アイドルデビューしませんか!  作者: exa(疋田あたる)


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16/19

だっせぇ

 そろーりと視線をあげてマグノリアを見れば、腕を組んで立ったまま俺の返事を待っている。

 誰かくちを挟んで有耶無耶にしてくれないかな、と期待するけれど、イソトマは困ったような顔でこちらを見ているし、ジーンは俺と目が合うと視線を逸らしてしまった。


 ソテツに至ってはいつの間にか椅子に座り、ジョンが淹れた紅茶を傾けている。いや、本当にいつの間に用意したんだ。この質素な部屋のどこからお湯が。


「矢島ネイ」


 思考を明後日の方向に持って行こうとしたのがバレたのか。マグノリアが俺の名前を呼んだ。

 その静かな声に、逆らえないと感じる。

 ソテツのようになにかの魔術を使われたわけじゃないのは、逃げ出そうと思えば好き勝手に逃げ出せる思考が証明している。

 だけど、それでも逆らっちゃいけないと思わせられるのは、彼女が魔王だったからだろうか。


「……呼んでも来なかったら、って思ったら、怖くて」


 声が情けなく震えてる。

 でも茶化すひとはいなくて、部屋に落ちた沈黙が耳に痛くて、聞かれてもいないのに話さなきゃいけないような気になってくちが勝手に動き出す。


「それに、ほら。ロータスだって忙しいだろうから。もっと、本当にやばいな、って思ったら助けを呼ぼうと思ってたんだよ。ほんとほんと。俺だって死にたくないしさあ」


 明るく言ってあはは、と笑ってみたのに、どうしてか涙がこぼれた。


「あれ、なんだ、これ? なんで俺泣いてんだ? うわ、手も震えてるし……ふは、だっせぇ」


 死にたくない、とくちにした途端、死にそうだったという恐怖が蘇ってきて、身体が震えだす。勝手にこぼれる涙を止められなくて、みっともなく震える腕で顔を隠した。


 そうだ、死にそうだったんだ。身体ではなく、俺の心が殺されるところだった。

 怖くて怖くて、助けを求めたくて、だけど助けを求めるのすら怖かった。

 押し込めたはずの気持ちがあふれるように、涙が止まらない。

 情けない、と袖を強く押し付けるけど、涙が止まるどころか鼻まで出て来た。


「なさけねえ……」


 ぐず、と鼻を鳴らしたとき。

 ふわりと空気が動くのを感じて、誰かにぎゅうと抱きしめられた。


「頼れ」


 ひどく近くで聞こえた声は静かで、だからこそ耳にするりと入ってくる。

 背中に回された細い腕が、なぐさめるように俺の身体を抱き込む。温度の低いちいさな手のひらが、俺の背中に触れて高ぶった感情を鎮めるようにさする。


「妖精の森ではそなたのか弱さを失念して、危険にさらした。セイレーンの村では安全だろと高をくくってそなたをひとりにした。二度も命を危うくさせた我は頼りないかもしれんが」


 ぎゅ、と抱きしめる腕にいっそう力がこめられる。すこし痛いくらいのそれに、震えていた身体から強張りがとれていく。


「頼ってほしい。我はそなたを元の界に戻すと約束したのだから。ロータスとて、そなたを助ける意思があるから種を渡したのだぞ」

「うっ……うん……」


 ぐすぐすと泣きながら、どうにか頷いてマグノリアに身体を預ける。

 顔を隠していてよかった。

 泣きぬれた顔を見られるなんて恥ずかしくてたまらない。泣いてるのがばれてる時点で、めちゃめちゃ恥ずかしいんだけど。せめてもの矜持だ。


「なんで」


 近い温もりに安堵しながら、聞けずにいたことをくちにする。


「なんで、マグノリアは俺のことを助けてくれるんだ。助けても得なんかないのに」


 くちにしたそばから、聞いてしまったと後悔が湧く。けれど後悔に呑まれる前に、ささやくような声が俺をすくいあげた。


「そなたとおると、何やら楽しかったのだ」

「え」


 予想外のことばに間抜けな声がもれた。でも、だって驚くだろう。

 拾った義務感から助けてくれてるのだと思っていたマグノリアが、どんなときでも表情をほとんど変えずにいたマグノリアが、楽しかったって。


「はじめは、元魔王として界の秩序を保つため、そなたを元の居場所に戻すのが良かろうと声をかけたのだが。そなたの突拍子もない言動に振り回されるのは……存外、悪くなかったのだ」


 静かに告げられて、泣きぬれているのも忘れて腕を下ろして彼女の顔を確認しようとしたのに、ぎゅうぎゅうと抱き着いたマグノリアは俺の胸に顔を押し付けて見せてくれない。


「え、え、楽しかったの? 俺といて?」

「そう言ったであろう。何度も聞くな!」


 不機嫌そうに言い捨てながらぐりぐりと胸に顔を埋めてくるゴスロリ美少女元魔王様がかわいく見えて仕方ない。

 そんなマグノリアを愛おし気に見つめながら、イソトマが微笑む。


「ふふ。マグノリアさまは退位なさってから、お暇を持て余していたのですわ。元魔王ゆえ、うかつに遊び歩くわけにもいかないから、とご自分を戒めてらして。だから、ネイさまが出かける機会をくださって、これまでと違うお衣装を着る口実をくださったこと、喜んでるんですのよぉ。こう見えても」


 楽し気なイソトマの発言を信じられない思いで聞く。けれど胸元から「イソトマめ、皆まで言いおって……」とうなる声は否定のことばを吐きはしない。

 つまりそれって、嘘じゃないってことだ。


「俺、俺も、マグノリアと出会えてよかった。すごくきれいなのに魔王さまっぽいところはすごくかわいいし。俺が口出したゴスロリもめちゃめちゃ似合ってて、なんか」


 うれしい気持ちにこえを詰まらせながら、必死に俺の気持ちを伝える。

 なんだろう。厄介者だと思われてるんだと思ってたから、すごく、うれしい。

 うれしくて、気持ちが抑えられない。


「俺、マグノリアのこと好きだ」


 心に浮かぶままに告げれば、マグノリアが勢いよく顔をあげた。ばっと上げられた顔は真っ赤に染まっている。

 クール系美少女の赤面って、本当に破壊力が高い。あまりの破壊力に、思わず笑顔になってしまう。

 胸のうちがぽかぽかと温かくて、マグノリアの腕から解放された俺の身体はもう震えてなんかいなかった。


「マグノリアのこと好きだから、大切な友だちだと思ってもいい?」


 うれしい気持ちのままに告げたら、マグノリアが目を見開き、そして俺は顔面を押されて彼女から引き離された。


「あれ?」


 視界を覆う誰かの手のひらをはがすと、そこにはイソトマの笑顔が。


「残念ですわぁ。そこで『友人』と発言してしまうネイさま、残念ですわぁ」


 ふりふりと揺れるイソトマの尻尾の向こうでは、ジーンがこっちを威嚇するようににらんでいる。その腕のなかには、何やら呆然としているマグノリアが。


「お前なんかに母さまはやらん!」


 歯を剥きだしにして吠えるジーン。え、こわ。母親に友だちができるのも許せないとか、どんだけマザコンなの。こわ。

 ジーンの眼差しの本気度合いに引いていると、不意にソテツが笑いだした。


「はははは。面白いものを見せてもらったよー。いいねえ、きみ。ネイだっけ? 君は中身を弄るよりそのままにしといたほうが面白そうだねぇ」

「こ、光栄です……?」


 ソテツの発言も怖い。何がやつの琴線に触れたのかわからないのが、また怖い。

 でも、壊される可能性がすこしでも減るなら大歓迎だから、反射的に返事をしちゃう。ほら、俺ってば長い物には積極的に巻かれちゃうモブだから。

 一件落着したっていうことで、俺はこんな怖いところからさっさと去りたい。だけど、残念ながらか弱い俺に決定権はない。


「そんじゃまー、面白そうなことになってるから洗いざらい教えてよ!」


 というソテツのひと言で、未だ謎の塔にいる。

 マグノリアたちはむしろジョンの「お茶を淹れましたので」ということばで椅子に腰を下ろしたようだけど、いつの間に人数分の椅子が出現したんだ? なんか、部屋の入り口に立ったままの俺の目の前にも椅子があるんですけど。


 ドア、開いてないよね、どっから出て来たの?

 不思議に思いながらも目の前の椅子に腰をおろせば、すかさずジョンがクッキーの乗った皿を差し出してくれる。ついでに湯気の立つ紅茶も。


「あ、ありがと」


 反射的に受け取ったけどジョン、その茶菓子はどこから出してきたんだ。

 そして俺の横にあるちいさな丸テーブルはどこから現れた。お茶とお菓子を置くのにぴったりです。


 あ、濡らしたタオルもくれるの? 目元を冷やせって、ありがとう。

 めっちゃ怖いのにやさしいのな。

 タオルを受け取るときにかすめた指先がめちゃめちゃ冷たくてめっちゃ怖いけど、でもジョンはいいやつ。怖くない。いや、ちょっと怖い。


「それではー、ただいまよりネイによる『異界のお話』の時間でーす。質問は随時受付~。ぱちぱちぱちぱち~」


 ジョンにもらったタオルでひんやりほっこりしていたら、ソテツが突然なにやら言い出した。


 聞いてないんですけど! とか言ったところで引っ込むような奴じゃないし、どうしよう。


「はいそこ、いっしょに拍手しない!」


 そろりと下ろしたタオルのふちから助けを求める相手を探せば、イソトマが拍手をしているのに気が付いた。

 注意すれば「あらぁ、ついつられてしまいましたわぁ」と笑っている。


 あと、ジーンもハッとして手をおろしてるけど、お前は素直か。いっしょに尻尾も振ってただろ。

 素直でお母さん大好きっ子って、幼児なのか。そんな強面で! イケメンなのに!


「ソテツ、我らは意思の力を集めたい。何か良い案は持っていないか」


 助け船はマグノリアから出された。

 さすがは我らが元魔王さま、頼りになる。

 ソテツはすこし頬をふくらませたものの、マグノリアが手のひらに乗せて差し出したちいさな赤い粒、酒場で得た意思の力の結晶をつまむと楽しそうに目を細める。


「ふぅん。考えたね。これなら君の支配下にある何者も傷つけず、君自身を削ることもなく界をつなげる力になるだろうね。それなりに溜まれば、だけど」


 いやらしく細められた目が俺を向くのに、なにか嫌な感じがする。たぶん、俺にとってうれしくないなにかがあるんだ。


「……わかっているならもったいぶらず、案をくれ。我が偶像として立つことで得ていくつもりだがあまりに微量で、このままでは必要量を手にする前にネイの寿命が尽きてしまいかねん」

「えっ」


 マグノリアのことばに思わず声がもれた。


 何それ。聞いてないんですけど!

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