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先代魔王さま、アイドルデビューしませんか!  作者: exa(疋田あたる)


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14/19

ひとりになるんじゃなかった

 けど、この世界には誰もいない。

 俺が困って悩んでいても「どうしたんだよ」と声をかけてくれるひとは誰もいない。


「なんて言ったら、バチが当たるかなあ……」


 俺はラッキーなほうなんだ。

 知らない場所にやってきて、出会ったのが親切なひとたちで。そう、親切なんだよ。

 ロータスはあれこれ教えてくれるし、助けが必要なときには呼んでくれと不思議アイテムをくれた。実際、それで助かった。

 助かったけど、でもロータスの優先順位は魔王としての責務のほうがうえだ。


 そんなの当然だって、わかってる。今日会ったばっかりの他人と、これまでずっといっしょに暮してきたひとたちの暮らしのどっちを優先するかなんて考えなくたってわかる。

 けど、ロータスの優先順位じゃあ、俺の順番が回ってきたときには手遅れになってるかもしれない、とも思ってしまうんだ。

 さっきは間に合った。ぎりぎり、妖精のやばい術にはめられる前に来てくれた。


 だけど、それはたまたま仕事のキリがついたから間に合っただけ。それを忘れちゃいけないんだと思う。

 イソトマもやさしいけど、でも彼女の最優先はどう考えたってマグノリアだ。

 俺とマグノリアの両方がピンチになったら、イソトマは敬愛する元魔王さまを取るだろう。そこに俺の存在が入り込む余地はない。すこしはあってほしいけど、でも、たぶんない。


「マグノリアは……」


 マグノリアはどうだろう。良い王さまだったのだと聞くけれど。

 それがイコール良いひとにつながるわけがないことくらい、俺でもわかる。

 俺のために命を投げ出す選択肢を見せた理由は何だろう。この地の平和を代償に帰れると伝えてきたのはなぜだろう。


 わからない。

 ほんの短い付き合いのなか、表情が変わりにくくことば数も多くない彼女のことは、まだわからないでいた。


「超絶クールな美少女の思考回路なんて、俺にはわかんねえよ」


 ふざけてつぶやいてみるけれど、茶化そうにも相手は自分の心だ。そうそう簡単に茶化されてなんかくれない。


「……あー、ひとりになるんじゃなかった」


 周りに誰かいれば、ふざけて騒いで不安をもみ消すことができたのに。

 ひとりきりになったせいで、考えてもどうしようもないことばかりが浮かんでは消えてもくれず、容赦なく胸の底にたまっていく。


 誰にも寄りかかれない現状で、その重みはひどく苦しい。

 こらえきれずしゃがみこんで、うつむき目を閉じる。

 明らかに異様な世界だと主張してくる景色を締め出しても、耳が拾う植物のうめき声や肌に感じる空気の違いを消すことはできない。


「あー……」


 むしろ視界を閉ざしたせいで胸の重みがいっそうはっきりと感じられて、意味のない声をもらしたとき。

 ぱさ、と衣擦れの音が聞こえた。


「あっれー? あの子の名前が聞こえるから来てみれば」


 明るい声に顔をあげると、細い脚が目の前の土を踏んで着地するところだった。

 ぼうぜんとする俺を見下ろし、少年のようなその魔族は鼻をひくつかせる。


「面白いものがいるねえ?」


 絵画に描かれた天使のようにきれいな顔のなか、にぃと細められた目の邪悪さに身構える暇は、なかった。

 こちらをのぞきこんでくる相手の目から、視線を外せない。

 身体の自由がきかないことに気が付いたけれど、逃げることも叫ぶこともできずに相手と見つめ合う。


「ちょーどいい暇つぶしになりそうだから、もらってっちゃお」


 笑顔といっしょに向けられた手は俺の手のひらよりよほどちいさくて、けれど抗えない力が首を圧迫する。

 ひとりになるんじゃなかった。

 そう思ったのを最後に、俺の意識は遠のいた。


 ※※※


 っていう展開から目を覚ましたら、絶体絶命のピンチになってる、とかって思うじゃん?

 見知らぬ場所で目覚めて、あたりを見回すと牢屋だったり、敵に囲まれてたりさあ。セオリーだよね。

 ところがどっこい、モブの場合はそういうセオリーが働かないみたいだ。


 確かに目を覚ましたのは見知らぬ場所だったけど、牢屋とは程遠いふつうの部屋。

 いや、ふつうよりちょいお高そうな部屋かも。寝かされてたベッドに天蓋、っていうの? なんかテントみたいな布が下がってるし。

 室内でこんな屋根つける意味はわかんないけど、なんか豪華な感じがする。

 

「牢屋に入りたいの?」

「いやいや、入りたいわけないじゃん。っていうか、牢屋あるの?」


 もたもたと起き上がりながら聞けば、ベッドのすぐそばに立つそいつの形のいい唇がふにゃりと歪む。


「あるよー。そこそこの歴史がある建物だからねえ。聞きたい? 牢屋にまつわるこわーい話」


 そして近くにいたのは敵……かどうかはまだわからないけど、あからさまな敵意を向けられることもなく会話してるのが今の状況です。

 誰とだって?


「あー、ソテツ、でいいんだっけ?」


 ソテツこと美少年めいた美少女がへらりと笑う。薄い身体が俺の隣にぎし、と腰かけた。


「いーよー。便宜上そう名乗ってるだけで、呼び名は決まってないからねー。何なら好きなように呼んでくれてもいーんだよ」


 こんな軽い会話をしてる相手は、俺をさらったやつ。だけど、起き抜けにへらっと笑われて相手を警戒できるほど、殺伐とした世界に暮らしてこなかった俺はふつうに会話を繰り広げている。

 ふたり並んでベッドに腰かけて、友だちみたいに話している。


「で、君はなに?」


 へらへらと顔を緩めながら聞かれて、俺は首をかしげた。ていうか、絵みたいにきれいな顔なのに笑い方が残念だなあ。


「なにって?」


 つられて緩めた顔は、俺を凝視する美しい瞳にぶつかって固まった。


「おかしいんだ。君は人族だろう? だから魔力を内包していない。なのに、その身体から魔術の香りがするんだ」


 じい、と向けられた視線はひどく熱心で、けれどまったく熱がこもらない。

 その目を俺は知っている。見たことがある。

 幼児が、はじめて目にする虫に向けるそれだ。

 興味がある。けれど好意的な感情はかけらも持ち合わせていない。ただ観察する対象として、玩具として見る目だ。


「知った香りだ。だけど、ほんのかすかに知らない香りもある。数えるのも嫌になるほど生きてきたなかで、生きたままその香りをまとったモノを僕ははじめて見たよ。君はなに? 答えられる? 僕が満足できる答えをくれる?」

「あ……う……」


 目をそらさないまま矢継ぎ早に問いかけられて、背中が粟立つ。

 前言撤回。やばい。ピンチだ。こいつはやばい相手だったらしい。


 ──喋れ、話せ、なんでもいい。とにかく何かをくちにしろ! 


 ぞわぞわと広がる恐怖に強張ったくちが動いてくれないのを必死に叱咤する俺を見透かしたように、ソテツが笑う。

 せめて、と動かない身体でのけぞる俺を嘲笑うように、俺の両脇に手をついて身を乗り出してくる。


「答えられなくても構わないよ。勝手に調べるから」


 間近で見せられるきれいな笑顔。さっきまでのへらへらした笑いとは大違いの、包み込むような慈愛に満ちた笑顔で、ソテツは俺を恐怖に染め上げる。


 「だから、すこし開いて見てもいいよね? 大丈夫、痛みは感じないように、先に頭をいじってあげるから」

「あ、ああ……」


 やさしい声が脳に這いずり込む。


 ──助けて。


 誰かを頼る思いが無意識にポケットに伸びて、そこにあるハスの実に触れた。けれど、つかむことはできずに指を握り込む。

 頼れないと結論づけたばかりだ。ロータスが忙しさを優先させたらどうなる?

 来るかもわからない希望に心が折れてしまうのが怖くて、すがる先をなくした指が拳のなかで痛む。


 俺が迷ったのは一瞬。

 その一瞬のあいだにもソテツはじわじわと近づいていて、今はもう見開いた視界のいっぱいにきれいな笑顔が広がっている。


「良い子だね。おとなしくしていれば、四肢の欠けなく遊んであげられる」


 うっとりと目を細めたソテツの指が、俺のほほを撫でる。

 引っかかりなどなくするりとすべるのに、どうしてか俺の心はがさがさとささくれていく気がしてならない。

 目の前でちいさく開いた唇から真っ赤な舌がちろりと現れ、うすい唇を湿らせる。


 煽情的なはずのその光景に、ひぅ、と情けなく鳴ったのは俺ののど。

 ソテツはうれしそうに目をほそめ、濡れた唇から鋭い牙を剥きだして、のけぞって無防備にさらされた俺の首筋を目がけて。


「始祖」


 低い声に、ソテツが動きを止めた。

 は、と熱い息が俺ののどを焼く。身じろげば触れる距離のまま、ソテツは振り向きもせず笑顔を消した。


「なに? 忙しいんだけれど」

「客です」 


 幼い、けれど威圧のこもった声にひるむこともなく、低い声の持ち主は短く告げる。

 命が惜しくないのだろうか、と他人事ながら心配になるけれど、音もなく開いた扉の向こうに立つ長身の男からは生気が感じられない。

 図体はでかいしがっしりした身体つきは俺よりよほど肉感があるのにどうしてだろう、と現実逃避ついでに考えて、気が付いた。


 色がないのだ。

 肌は陽の光どころか血液の温かさすら知らないと言いたげなほどに青白く、硬そうな髪の毛も真っ白。光を宿さない瞳はひどく薄い灰色をしている。

 加えて、表情のない顔が男から生気を根こそぎ奪っているようだった。

 そこまで考えたところで、がじ、とのどをやわく噛まれて身体が跳ねる。


「誰?」


 不機嫌な声のまま俺の首にがじがじと牙を当てるソテツに、男が淡々と答える。


「マグノリアさま、イソトマさま、ジーンさまです」


 びくり、と身体が反応したのは、かじられたせいだけではなかった。

 マグノリアたちが来ている。にじんだ希望に涙が出そうなほどうれしくて、けれどこの恐ろし気な相手と交渉してまで俺を取り返してくれるだろうか、と冷静な頭が勝手に考える。やめてほしいのに、自分の頭なのに、ままならない。


「うーん、とりあえずひとかじりしてから」

「お待ちです」


 有無を言わせない男に、ソテツは「あーあ」と身体を離した。それだけで、身じろぎも許されない圧迫感から解放される。

 途端に、俺はあおむけのままベッドに崩れ落ちた。


 ──腰、抜けた……。


 そんな俺に構わず、頬をぷくっと膨れさせたソテツは短パンに包まれた脚を伸ばしてベッドからぴょんと飛び降りる。

 動作はかわいいけど、さっきまでとの変わりようを思うとすこしもかわいくない。むしろ怖い。


「ねーえ、君。僕のともだちにならない?」


 扉に向かって歩いていたソテツがふと振り向いて言うのに、俺は必死で半身を起こし首を横に振った。

 いま・否定するとき!

 ここでノーと言えない日本人は生き残れません、と俺の全身全霊が訴えている!


「嫌です! 無理です! 知らないひとに着いて行っちゃだめだって言われてるので! お菓子とかジュースでつられちゃだめだって、教わってるので!」


 こういう場合に結構です、なんて曖昧なことを言っちゃいけない。相手は都合のいいほうに解釈してあれよあれよという間にトモダチという名の奴隷にされるに決まっているのだから!


「えー。つれないなあ。お菓子もジュースもあげるのにー。何なら君も眷属にしてあげよっか。多少なら魔術も扱えるようになるかもよ」

「え」


 ドキン。胸がときめく。でもこれって仕方なくない?

 だって魔術が使えるようになるかもしれないんだよ?

 魔術だよ? なんかこう、かっこよさげな技名を叫びながら火の玉ドカーンとか、水の龍をズバーンとかできちゃうかもしれないんだよ。

 心がくすぐられる。めちゃめちゃくすぐられる。


「え、魔術……」 


 そわそわそわそわしてる俺に、ソテツが「そうそう、魔術ー」と相槌を打つ。朗らかな笑顔がうさんくさいけど、魔術は気になる。


「代償は自我でしょう」

「えっ」


 ちょっと話を聞くくらい、と思ったところにイカツイ兄さんが言って驚いた。


「もー、ジョンってば。なんで言うかなー。我に返っちゃったじゃないか」

 

 ぷんすこ。擬音をつけるならそんな感じの様子を見せるソテツだけれど、言ってることはちっともかわいくない!

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