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短編

消えたタクシードライバー 〜ある彼女との出会い〜

「夜に色白で黒髪のロングヘアの美女をタクシーに乗せると、消される」


 こういった都市伝説、迷信が俺の勤めるタクシー会社の中で噂になっている。これまで姿を消したタクシードライバーが2名いたらしく、いずれも色白、黒髪ロングヘアの美女が乗客だといった目撃証言がある。だが、警察の手にも負えず迷宮入りとなってしまった。


 もちろんこの話は今のところ誰も信用していない。何なら「忙しくて辛い時に、夜に美女がタクシーに乗って来るだけで興奮する」と言うドライバーもいる。俺もそのうちの1人だったりするのだが。

 タクシーは密室であり、中で何が起こるかは分からない。危険な目に合う可能性だってある。それでも緊急時をはじめ、必要な時に利用したい乗客が世の中にはたくさんいる。その人達のためにタクシーを走らせるが、タクシー会社も近年の人手不足によりほとんど休み無しである。深夜だろうが早朝だろうが呼び出されたら迎車に行く。まるで心を無くした機械のように。


 俺には妻と息子がいるが、息子が大学生になり1人暮らしをするようになってから妻との会話が一気に減った。若くして結婚した俺たちはまだ40歳前。俺は第二の人生があるなら謳歌したいとさえ思う。願わくば、色白で黒髪ロングヘアの美女と恋に落ちたい。

 おっと、これではあの都市伝説みたいではないか。だが……美女になら消されたって構わない。そのぐらい仕事の疲れもピークに達しており、家での生活は窮屈で追い込まれていたのだと思う。


「ただいま」

 遅い時間なのですでに妻は眠りについている。昔は遅くまで起きていて待っていてくれたのに。夫婦関係というのは、何もしなければいつの間にか冷え切るものである。

 妻は時々「推し」のために出かけていくことがあった。たまに地方遠征で泊まってくることもある。アイドルのポスターが貼られた部屋を見て呆れる。こんな若造の何がいいんだか。そういう俺も美女に会うのを夢見ているのだが。



 ※※※



 ある日の夜のことだった。

 駅前のタクシー乗り場で乗客を待っていると、1人の女性が走ってきた。色白で黒髪のロングヘアの女子大生。美しい顔つきで紺色のスリット入りのワンピースを着ている。そのスリットからまた色白の足が見えて、思わずミラー越しに見てしまう。

「あの海まで行ってください」

「かしこまりました」


 海……こんな時間にどうして……? しかもここからかなり遠い。メーターが稼げるものの、俺は彼女のことが心配だった。

「お客さん、海に何しにいくんだ?」

「何でもないわよ……もういいの」

 嫌な予感がする。よく見ると彼女の顔色が悪い。まさか……


 海の近くに到着した。彼女を降ろしたものの俺は気になって後をつけた。するとサンダルを脱いだ彼女が海に少しずつ入っていくではないか。まずい。このまま見過ごすわけにはいかない。

「待つんだ!」

「え? どうして……」

 彼女の瞳から大粒の涙が夜風に触れてぽろぽろとこぼれ落ちる。

 

「早まるんじゃないよ、大切な命だろう?」

「あなたには分からないわよ。私は何もかも失った……信じていた人に裏切られ……マンションを追い出されちゃった。行く場所なんてない」

「だからと言ってここは君の来る場所じゃないだろう?」

「じゃあどこに行けばいいの……?」

「どこって……」


 しばらく考えるが、その間にも彼女はどんどん海を進んでゆく。俺は思い切って言う。


「俺のタクシーで過ごせばいいよ」


「は? 何言ってんのよ」

「だよな……俺だって毎日辛い。俺だってそっちに行きたいさ。なのにどうしてだろうな……君には生きていて欲しいんだよ」

「……」

 咄嗟に出た言葉だったため、自分でも何をおかしなことを、と思ったが……とにかく彼女を放っておくわけにはいかない。

「わかった……あなたのタクシーに乗ってあげる」

「本当か?」

 俺は久しぶりに心が躍るのを感じて、彼女を連れてタクシーに戻った。


 助手席に彼女を乗せて世間話をした。彼女は年の離れたハイスペックな彼氏のタワマンで同棲していたが、彼氏が別の女性に乗り換えたため追い出されたとのことだ。

「大学卒業したら結婚しようとも思ってた。なのに人生もうめちゃくちゃだよ……」

「実家には帰らないの?」

「あ……彼氏と同棲するって言って出て行っちゃったから今更帰りにくいし」


 俺も自分のことを話した。

「結婚したって……いつか関係は終わってしまうものさ」

「え? 結婚うまくいってないの?」

「息子がいたから続いたものの、彼が家を出たら会話も何もない。俺だって何のために生きているのか分からないよ」

「ふぅん……私とちょっと似てるかも」

「そうか? それなら……これからどうする?」


「どうする?」と言って相手に委ねるのは狡いかもしれない。しかし一緒に過ごしたいと言う勇気が、あと一歩のところで出て来ない。


 すると彼女がこう言った。

「あなたとなら……一緒に生きていけそう」

「じゃあ俺も……君と第二の人生を送ろうか」

 彼女の乗る助手席の背もたれを倒し、俺達は寂しさを埋めるように一晩を過ごした。やっと心から安心できる場所を見つけた。そう思いながら俺は彼女に夢中になっていた。

 

 翌日も彼女はタクシーに乗ったままである。帰る場所のない彼女をどこかで降ろすわけにもいかない。また海にでも入られたら大変だ。

 それに今、彼女を降ろしてしまえばまた次の乗客を送らなければならない。また際限なく続くタクシードライバーの仕事が待っており、家に帰っても妻は俺をいないものとして扱う。

 

 そんな俺には彼女さえいてくれたら十分だった。彼女がタクシーに「乗車中」となっていれば、他の客は乗車せず、彼女だけと穏やかに過ごすことができる。

 彼女も俺と一緒にいたいと言ってくれた。タクシーの外に出てしまえば現実世界。そのような場所で生きることなど……もう出来ないとのこと。

 

 毎晩のようにお互い依存し合う仲となり、このままでは俺達2人とも元の生活には戻れないだろう。それでもこの現実から逃れたい。今更このような社会で生きていくのは困難だと思う。

 いつしかタクシーはガソリンもなくなり、海の近くの目立たない林の奥で止まったままだ。その中で俺達2人は今日も明日も明後日も変わらず求め合う。


「夜に色白で黒髪のロングヘアの美女をタクシーに乗せると、消される」


 こうしてまた1人、タクシードライバーが姿を消したのであった。




 終わり

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