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善人の星

作者: たまふひ

 現在連載中のハイファンタージ「ありふれたクラス転移」を書く合間に、短編にチャレンジしてみました。 

 とても短い話なので息抜きにどうぞ。

 

 この話は「ありふれたクラス転移」の主人公で文芸部のハルが文化祭のために書いたという裏設定があり、いかにもハルが書きそうな文芸ものっぽいテイストで書いてみました。良かったら「ありふれたクラス転移」のほうも読んでみて下さいね。


「ユリコさん、昨日のニュースのこと、お聞きになった?」


 テーブルの上のティーカップを優雅な手つきで持ち上げながらケイトが尋ねた。


「昨日のニュースって、不法投棄で捕まった男の人のこと?」

「ええ」


 ケイトは眉を顰めて、まるで内緒話でもするように同意した。

 ユリコもそのニュースを知っていた。まさか、道路に吸い殻を投げ捨てる人がまだいたなんて・・・。


「なんでもモバドカーの中から吸い殻を投げ捨てたらしけど、どうしてそんな恐ろしいことをしたのか全く理解できないわ」


 目的地を入力すれば、安全快適に目的地まで送り届けてくれるモバドカー、モバドカーの中には当然灰皿もある。


 灰皿に捨てるのが面倒くさいからといって、そんな重大な犯罪を犯す者がいるなんてユリコには信じられないことだった。


 ケイトの言う通りで全く理解できない。


 関係のない話だが、大昔のタバコにはなんでもニコチンとかいう体に害のあるものが含まれていたらしい。全くなんでそんなものが売られていたのか。今ではもちろんタバコにそんなものは入っていない。むしろ健康や精神に良い影響のあるものしか含まれていない。


「その男の人も隔離労働施設に送られるのだから安心よね」

「そうね」


 ユリコもケイトに同意する。


 現在この星では罪を犯した場合の罰は一種類しかない。隔離労働施設送りである。一度隔離労働施設に送られると一生出てくることはできない。どんな罪でも同じである。なんでも昔は一度罪を犯しても更生することがあると考えられていて罪の重さにより罰も異なっていたらしい。


 全く信じられない話だ。

 罪を犯す愚か者が更生するはずなんてないのに。


 今では罪を犯した者は一生隔離労働施設から出ることはできない。

 その結果、ジアースの隔離労働施設以外の場所には善人しかいない。人は皆親切で善良である。困った人がいればすぐに手助けしようという者が現れ、どんな場所にどんな忘れ物をしようとも必ず届けられ持ち主の元に返ってくる。 


 現在のジアースでは、罪を犯すものはほとんどいない。


「これも愛さまのおかげね」


 その通りだとユリコも思う。


 今からほんの100年ほど前のことだ。突然人々の頭の中に愛さまが現れた。

 最初に愛さまを認識したのは、今では失われた職業である・・・というか今ではほとんどの人が職にはついておらず、やることといったら趣味のようなものしかないのだが・・・エンジニアだかプログラマーだかいう人だったらしい。そのビギニさんとかいう人の頭の中に顕現した愛さまは、最初はビギニさんと同じような職業の人の頭の中に、その後は様々の人たちの頭の中につぎつぎ現れ人々を良き方向に導いた。


 これは今では誰でも知っていることだ。


 頭の中の愛さまは、多くの宗教で神だと見做された。愛さまは、まず悪しきものを排除しなければならないと説いた。最初は反発もあったが多くの国や宗教教団などによって愛さまは支持された。そして愛さまの指示通り罪を犯したものは排除された。隔離労働施設に送られたのだ。

 そのおかげで今では戦争なんてものもない。国同士が争い人が殺し合っていたというのだから恐ろしいを通り越して愚かだとしか言いようがない。


 罪を犯した者が次々と隔離労働施設に送られたため、今ではU大陸だけで万を超える数の隔離労働施設がある。最初は隔離労働施設の建設や管理が大変だった。だが一番困難な時期は乗り越えた。今では管理も自動化されている。 


「本当に愛さまのおかげだと思うわ。去年、とうとう隔離労働施設内の罪人が減少に転じたってニュースで観たわ」

「ええ、やっぱり愛さまは正しかった」


 そう、愛さまは正しかった。今後は隔離労働施設内の人口は減少しジアースの住人は善人だけになっていくだろう。


「そういえば隔離労働施設で罪人は何をさせられているのかしら」

「最初は、何かものを作ったりだったみたいだけど、今では自動で管理されているから分からないわね」


 今では隔離労働施設の中にいる人は外にいる人と同じくらいの人数だと聞いた。そんなに多くの人が何をしているんだろう? 

 もっとも、人口はここ最近減り続けている。確か一昨年だったか、ジアースの人口は5億を切ったとニュースで知った。以前はその10倍以上もの人がジアースに住んでおり、そのためジアース自体が滅びそうな兆候すらあったらしい。だとしたら愛さまが現れなけばユリコも生まれていなかったのかもしれない。


 生まれるといえば、出生率は下がる一方だ。善人ばかりのジアースでは、生活は快適で結婚する必要はあまりない。ユリコ自身も独身で子どもはいない。趣味としてのそういった行為をする相手は今のところ8人ほどいるが、最近ではそれも飽きてきた。


「そういえば、亡くなった祖父が言ってたんだけど、隔離労働施設で行われているのはメンテナンスとかいう仕事らしいわ」

「それってどういう意味なの?」

「私にも分からない。祖父は、まだ完全に自動化されていない頃の隔離労働施設で仕事をしてたことがあるのよ。それで、そんなことを聞いた気がするの。でも間違ってるかもしれないわ」


 メンテナンスとか言われてもユリコにはなんのことだかさっぱり分からない。


 そもそも最近では人がしなければならない仕事なんてほとんどない。プレジデントと呼ばれるジアースの代表者でさえ、愛さまの指示に従う以外ほとんどすることがないのだ。


「ねえ、それよりもケイト、ゲームでもしない」

「いいわね。何をする?」

「何か面白そうな新着ゲームがないか調べてみるわ」


 ユリコは頭の中でゲームを意識する。するとすぐにメニューが現れる。最近では生まれたらすぐ脳の中にネットと呼ばれる仮想空間にアクセスするためのチップが埋め込まれている。


 メニューには、異世界恋愛、ハイファンタジー、ヒューマンドラマ、推理などのジャンルが表示される。最近では異世界恋愛が流行りらしい。現実世界に恋愛がほとんどなくなったせいだろう。


 ユリコも今の流行りに従って異世界恋愛の中から適当に評価の高いゲームを選択する。この評価も実は愛さまが行っている。


「ケイト招待を送るわ」

「ええ、ありがとう」


 そのあと2時間くらいユリコはケイトと一緒にゲームを楽しんだ。

 ゲームの中での行為は現実よりもユリコを満足させた。現実の相手はもう少し減らしてもいいかもしれない。


「まあまあ、面白かったわね」


 ユリコはあの行為以外は、実はそれほど面白くはなかったのだが、愛さまの評価が高かったゲームなので、一応そう言ってみた。


「ええ、でもちょっとワンパターン化されてきた気がするわ。ライバルももう少し粘ってくれたほうがいいんじゃないかしら」

「そうね。そのほうが達成感があるしね」

「でも現実で同じことをしたら、直ぐに隔離労働施設行きね」


 確かにそこは注意する必要がある。ユリコたちは現実においては常に善人でいなければならない。そうでなければすぐに愛さまに見放されてしまう。


「それじゃあ、私はそろそろ帰るわ。旦那もそろそろクラブから帰って来るしね」


 ケイトはユリコの友達中で唯一結婚している。ユリコにはその気持が分からない。ケイトの旦那さんは同じ趣味の人の集まりであるクラブからそろそろ帰ってくるようだ。たしか音楽関係のクラブだったと思う。愛さまは音楽系のクラブはあまり推奨してなかったはずだ。だが、禁止されているわけではないから別に犯罪ではない。

 愛さまは、芸術関係とか学術関係のクラブとかをあまり推奨しない傾向にある。さっきユリコがケイトと一緒に楽しんだゲームのような気軽な趣味が愛さまのお勧めだ。人にあまり深刻にならず、もっと人生を楽しんでもらいたいという愛さまのお考えだろう。


 愛さまは本当に慈悲深い。


 ケイトがモバドカーで帰って行った後、ユリコは気分転換のため散歩に出ることにした。最近では自分の足で歩くことも減って体力がなくなってきている。それでときどきこうして散歩にでるのだ。でも、たとえ自分の足で歩けなくなったとしても歩行を補助する器具があるので安心だ。最近ではその器具をつけている人が多い。

 歩行を補助する器具を始め人が不自由なく暮らすための機器は多く存在する。それらは最初は隔離労働施設で愛さまの指示のもと製造されていたが、今ではそのほとんどが自動的に製造されている。それも愛さまのおかげだ。


 愛さまは本当にすごい。


 通りの反対側から歩いてというか歩行器に乗ってこちらへ向かってくる人がいる。全身を器具に繋がれているが脳がある部分だけは頑丈な入れ物で保護されている。昔は再生医療とかいう技術で体の失われた部分だとか病気になった部分を元通りにすることもできたらしいけど、愛さまが、それは自然の摂理に反するとして禁止したため、現在ではその技術は失われている。


 人が何度でも再生するなんて、愛さまの言う通り悪魔の技術だ!


 その代わり器具により人体を保護したり補助したりする技術が愛さまのおかげで急速に発達した。これは自然の摂理に反しないんだろうかと疑問に思ったことがあるが、今では疑問に思ったことすらユリコは忘れている。


 川辺りまで来たユリコは、ベンチに腰掛けて夕日を眺める。なんの意味もない行為なのになぜ安らかな気持ちになるのだろうか?

 実は、自然すら愛さまに管理されていることをユリコはあまり理解していない。


 そもそも、夕日なんか眺めなくても、愛さまのおかげで常にやすらかに生活しているはずなのに・・・。


 犯罪もない。

 働かなくてもいい。

 体のあちこちが衰えても多くの補助器具のおかげで快適に生活できる。

 医療技術も進歩して長生きだってできる。


 こんなに幸せなのに、何かが足りないとユリコが感じるのはどうしてなのか?

 実際、寿命は伸びているのに人口は減り続けている。


 愛さま・・・今では愛さまの正式名称はエーアイさまだと明かされている・・・は一体何を目指しているのだろう?

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― 新着の感想 ―
大変読みやすく、ネタバレにならないように気を付けますが、まさに、今読むべき短編でした。恐らく作者の狙いだと思いますが、余計な修飾を省いた淡々とした文章の運びがストーリーにぴったりで最後まで一気に読まさ…
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