1-5 雷閃の騎士
「逆賊、フィルグラント家現当主レイツォス・フィルグラント、及びその長子、騎士セイラ・フィルグラントを捕縛する!」
街中で出せる限界の速さまで馬を飛ばし王城へ駆けつけたレイツォスとセイラは、王宮のエントランスホールに入るなり兵士に囲まれ、従者もろとも全員が後ろ手に拘束された。セイラは取り囲む兵士の顔ぶれをざっと見渡したが、どうにも見覚えのない顔ばかりのようだった。王宮に出入りすることはしばしばあったので、顔見知りの衛兵もそれなりにいたはずだというのに。
「――これはどういうことか。私が誰か分かった上での狼藉のようだが……説明したまえ!」
「おやおや、それは貴公が一番ご存知ではないのですかな。フィルグラント卿」
怒りを抑えながら兵士らを問い糾すレイツォスに対して、一人の男が答えた。吹き抜けになっているホールの両脇から伸びた曲線階段が交わった階上に立つ、初老の男。――ゲルリト・ヘンツェル伯爵。以前からフィルグラント家に対してやたらと突っかかってきていた貴族の一人で、ライナの保護に関しても一悶着あった。
「――どういうことだ? ヘンツェル卿」
「まだ白を切り通すおつもりか。あぁ、高名な学者様が嘆かわしい……」
冗長で大仰な、いかにも芝居がかった台詞調で、彼は言葉を続ける。
「貴公には、我らが敬愛すべき国王陛下の暗殺を幇助した嫌疑が掛けられている」
親娘二人ともに、そしてその従者たち全員に衝撃が走った。――皆、陛下が急逝されたとの報せだけで全速力で馳せ参じた。もちろんその――暗殺という可能性も考えはしたが、誰もが心の中で否定しようとしていた。しかし、事態はそんな不安を遥かに越えて最悪で最低で、悲惨で屈辱的だった。
「暗殺、だと……」
「左様。陛下は押し入られた賊に刺殺された。心臓を一突き、でな。――そしてこれは何者かの手引きがなくては実行できぬことだ」
「……その手引きが私の仕業だと?」
レイツォスはわなわなと震えながらも、怒気を必死に抑えた声で問う。セイラも怒りに身を震わせながらも、今にも剣を抜いてしまいたい激情に堪えていた。
「悲しいかな、状況を検分すると貴公らしか有り得ぬのだ。あぁ、長く王家に仕えてきた高名な一族が嘆かわしいことよ……。なぁ……?」
その煽るような、あからさまに挑発的な台詞にセイラはもう堪えきれなかった。セイラの力量であれば、ひと度剣を抜けばこの距離でもあの俗物の首を刎ねることが可能だ。――ただし、それは剣が抜ければの話である。
セイラは拘束する誰かの手を振り払うことすらなく、力技で手を引っ張って腰に下げた剣を抜こうとしたが、柄に触れたと思った瞬間に鞘ごと剣を弾き飛ばされた。それに気をとられた次の間には複数の男に両腕を強く掴まれ、そのまま正面に倒されて床に頭ごと抑えつけられていた。レイツォスと他の従者たちも同じくして数人の兵士に力尽くに取り押さえられ、額を床に押し付けられた。
「あぁ、嘆かわしい、嘆かわしい……! 陛下亡き今、次代の王を皆と共に支えていかねばならぬ私までも手にかけようするとは……。あぁ、野蛮な娘に父もろとも毒されましたかな?」
「貴様ァ……!」
セイラは有力騎士に名を挙げられるだけあり、理力による膂力の増強込みなら、並の男兵士の二人や三人程度は難なく振り払える。だが、今は四人以上の男の兵士に全身を押さえられた上に武器も取り上げられた。さすがのセイラでもこれはどうしようもなかった。
「牢へ連れて行け」
――悔しい。
陛下には今までいろいろよくして頂いた。ただの王と貴族という主従関係だけではなく、父の友人の気のいいおじさんのようにも可愛がってもらった。
――それがどうだ!
むざむざと暗殺を許してしまった上に、その濡れ衣を着せられ捕縛されている。悔しくて悔しくて、惨めで堪らなかった。
その時。
「――せめて貴女だけでも」
耳元で誰かがそう囁いた。
ドガァーン
「なんだ!?」
ヘンツェルが狼狽える。セイラたちを見下ろす彼のさらにずっと奥、王宮二階の奥の方から何かが爆発する大きな音が響いた。セイラはそれと同時に、自身を押さえ込んでいる兵士たちの拘束が少し緩んだのを感じた。
「でぁー!!」
彼女はその僅かな隙を逃さず、渾身の力で三人以上の拘束を無理やりに、力尽くで振り払った。
(――誰だかは分からないが感謝する)
セイラはベルトの下に隠して携えていた短剣を瞬時に取り出し、周りの兵士たちが再び押さえにかかるより早く、その切っ先で宙を薙いだ。
「奔れ!!」
エントランスホールの吹き抜け全体を一瞬の閃光が裂いた。軌跡を捉えることすら叶わない、荒ぶる雷閃は広いホール全体のあちこちを一瞬で、でたらめに破壊した。
ガシャーン、バリィーン、ガタァーン
ホールを照らすいくつものシャンデリアをはじめ、いろいろな物が割れて、砕け、壊れて落ちる音が溢れる。続いて兵士たちの叫び、怒号が飛び交う。
兵士たちがそれに気を取られて生じた、包囲網の僅かな隙間を無理やりに突破し、セイラはひとり、王城を脱出した。統制の乱れた状態で「閃光姫」の異名を持つ彼女を止められる者は、その場には一人もいなかった。
――父上、必ず迎えに参ります……!
「……と、いうのがこちらの顛末だったよ。……大丈夫?」
「いや、ちょっと酔っただけ……だから……」
セイラとライナは王都から少し離れた森の中に身を潜めていた。まだ王都からの距離は十分にとれていなかったが、一旦休憩も兼ねて森の奥の木々のなかに身を隠している。満天の星明かりさえもほとんど遮る深い森の暗闇のなかでは、追いつかれることはないだろう。
……セイラによる王都からの脱出劇は本当に無茶苦茶だった。
まず愛馬アテナを取り戻し王城を脱したセイラは、そのまま王城のある王都中央区を囲う第一都壁を飛び越えて、ところどころで追っ手を回避しながらさらに内周区を囲う第二都壁も飛び越え、外郭区のフィルグラント別邸まで辿り着いて、ライナの部屋まで直行したという。……二階にあるライナの部屋に、窓を破り直接乗り込んで、彼女は本当に文字通り直行した。
そのまま目の前にいた男を感電で気絶させライナの身を引き寄せて抱え、そのまま二階から飛び降り、さらにたった一度地を蹴っただけで屋敷の塀を跳び越え近くに控えていたアテナに騎乗し、そのまま外郭区を囲む第三都壁を飛び越えて王都から脱出した。
「ステップアーツ、か……」
「あぁ、やはりすごく便利だろう?」
「あー、うん、それはそうなんだけど……」
彼女はこの世界においても異色の技能を持つ。その技能は現時点ではおそらく彼女しか使えない。少なくとも本人は他に使える人は知らないし、教えようとしても修得できた者はいなかったそうだ。
それが「ステップアーツ」と名付けられた、とんでも技。彼女は自身の扱える雷、風、重力の三系統の理力の技術をすべて混ぜることで、高所からの着地の衝撃を大きく相殺し、さらにたった一度の跳躍で人間離れした高さまで跳ぶことを可能にした。
フィルグラント別邸は平民の住む外郭区にある屋敷とはいえ、貴族の屋敷らしく天井が高い。その二階といえば、一般的な平民の住居の二階半から三階近くの高さにあたる。
つまり、結構高い。
けれど、その二階の部屋に窓をぶち破って直接乗り込み、成人男性を抱えたまま飛び降りて難なく着地した上に、その場で一度地を蹴るだけの跳躍で塀も軽々と跳び越えた。その無軌道な行動を可能にしたのがステップアーツだった。
……だが、そこまではまだよかった。抱えられたまま高所から飛び降りるのは怖かったが、それだけだった。……問題は愛馬のほうだった。
まずそもそもがアテナは名馬である。それはいい。名声高き騎士が名馬に乗っているのは当たり前である。
だが、セイラは類い希なる理力の才能を持つ上に、幅広い知識を持ち、とても好奇心旺盛且つ行動力もある。加えて、フィルグラント家は大貴族ほどではないが、ある程度の財は有している。
……そのセイラが長年連れ添っている愛馬が、ただの馬なわけがなかった。
アテナはセイラが乗ることによって――彼女の理力があれば効果を発揮する、特殊な理器を着けている。理力を動力にするなどして動く道具の類いを理器と呼ぶが、彼女はアテナ専用の常識破りな理器を自作した。
四肢と頭部に備えられたそれはセイラの理力の補助を受けることによって、まるでステップアーツのような強力な跳躍力をアテナに与えた。
そのアテナに乗って、王都の街中を駆け抜けた。幾度も障害物を避けるために跳躍をし、都壁をも跳び越え王都を脱出した。
王都ライツェンは「都壁」と呼ばれる三重の壁に囲まれている。王城のある中央区を囲う第一都壁、貴族や金持ちなどの住む内周区を囲う第二都壁、平民の住む外郭区を囲う第三都壁。それぞれの都壁の外には堀があり、跳ね橋が架けられている。
まず都壁以前に王城を囲う城壁と水堀は、城門の外の跳ね橋が上がる途中でぎりぎり駆け抜けられたそうだ。
だが、第一都壁は既に跳ね橋が上げられて通行不可だったために、近くに飛び乗れる低い建物を探し、そこに跳び乗ってワンステップ挟んで壁と水堀を跳び越えたそうだ。第二都壁も同じ要領で突破。
最後の第三都壁は他に比べて高さもなく堀も狭い空堀しかないが、それでもワンステップでは跳び越えらそうではなかったので、また同じ要領で近くの低い建物を探して、ワンステップ挟んで跳び越えた。――今度はセイラだけではなく、ライナも乗せて。
……今後、王都の都壁は構造の見直しを求められるかもしれない。
その後は少しの間街道沿いに走った後、道から逸れて近くの森のなかに入って少し進んだところで身を潜めた。そのでたらめすぎる馬の軌道によって、後ろからセイラにがっしり捕まっていたライナは振り落とされることさえなかったが、すっかり酔ってしまった。
(そういえば、この世界じゃ重力は上から押しつけてくる力って思われていたんだっけ……)
ライナは星明かりもほとんど遮ってしまう森の深い暗闇のなかで、ぼーっと視線を揺蕩わせながら、いつかの記憶を思い起こす。
ライナが初めてステップアーツを見せてもらったときのことだった。その時、理力で重力を操れることを知り、重力が上から物質を押しつけている力と認識されていることを知り、さらりと「違うよ、地面がものを引き寄せているんだよ」と口にした。口にしてから、重力というものに関する知識を、ふわっとだが思い出していることに気づいた。
ライナがフィルグラント家に保護されているのは、あくまで「裏界の知識を引き出すため」という名目の上にある。だから、あの重力に関しての知識もセイラから宮廷機関の担当官に報告が上げられたはずだが、それがどのような結果、影響を与えたのかをライナは知らない。セイラも把握していなかったが、外部に伝えられていたのならば、おそらくいくつかの界隈を騒がせただろう。
なお、世界が丸い星であるという認識は既に存在した。それを聞いて「地動説」のことも思い出したが、それも既に認識されていた。まだ仮説の域で証明されていないそうだが、少なくとも「天動説」が絶対的に正しいとはされていないらしい。たぶん、この世界――というよりこの国でのその手の通説をよくよく調べれば、ちぐはぐなところがたくさん見つかりそうだ。
「……これからどうする? そろそろ動ける」
「ん、いや、もう少し休もう。どの道ここまで暗いと私とアテナでもあまり速度を出せない。空が白み出すと同時に出発して、とりあえず領地に戻る。奴らの魔の手が伸びる前に。アテナならどの早馬よりも速く移動できる」
きっとまた地形を無視してめちゃくちゃなルートを走るのだと思うと嫌な予感しかしなかったが、できるだけ考えないようにして、力を抜いて体を休めることに注力することにした。
「……すまなかった」
「え?」
しばらく静寂が続いた後、唐突にセイラが謝罪を口にした。ライナは何のことかわからず、首を傾げる。
「いや、やっぱり忘れてくれ。……まだ弱音を吐くときじゃない」
「? あぁ、うん、わかった」
セイラが何を言おうとしたのか気にはなったが、怒濤の展開で疲弊していたライナの意識はそう間を置かず眠りに落ちた。
「よし、そろそろ行くよ」
「ん……あぁ、了解……」
浅い眠りから起こされたライナは、まだ少し寝ぼけたまま言われるがままにアテナに乗り、セイラに後ろからしがみついた。……そしてすぐに目が覚めた。案の定、でたらめに道なき道を駆け抜けていくセイラの愛馬の上で寝ぼけていられるほど、彼は図太くはなかった。
フィルグラント家の治める領地は王領の西の二つ隣にある。距離としては王都から普通の馬で数日、早馬でも二日はかかる。だが、アテナであれば王都からフィルグラント領まで一日あまりで駆け抜けられる。
そしてまだ午前の間に、二人は無事フィルグラント領の領都ルチアまで辿り着いた。
――そこには既に敵の魔の手が伸びていた。