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2-8 出逢い

 そこは夜は酒場をやっているらしい、どちらかというと裏通り側にある小さな薄暗い食堂だった。決して盛況とは言えないが閑古鳥が鳴くというほどでもなく、朝食を済ませにきた客が幾人か、ぽつぽつと離れて席に座っていた。古傷がいくつも見えるいかつい男や、酷い襤褸(ぼろ)を纏った老人、水商売風だが少しばかり老け顔の女、ローブのフードを目深(まぶか)に被っている猫背の人物など、客の面々は絵面だけでもとても個性的だった。故に、同じくローブのフードをやや目深に被っていたライナとセイラも悪目立ちせず、安心できた。

「この町の料理って結構おいしいよね」

 二人は店内の片隅の、一番奥のテーブルに陣取って朝食を味わっていた。しばらく碌なものが食べられていなかったせいもあるのかもしれないが、この町の食事はどれも美味しく感じられた。今、口にしているこの無愛想な店主の運んできた彩りの乏しい朝食も、例に漏れずとても美味しく感じられた。――この時、二人はとても緩みきっていた。

 戦場の最前線で死線を越えてきたとはいえ、エリート武人のお嬢様と、おそらく平和であろう世界からやってきた魂を持つ異邦人の二人の組み合わせで隠密の旅なんて、そもそも無理があったのだ。ここまで来れたのは単純に誰もいない、誰の人目にもつかない山野ばかりを横切って来ていたからに過ぎない。

 そんな間抜け二人が気づいたときにはもう、店内から他の客がほとんどいなくなっていた。ハッとしてセイラがローブの下に隠していた剣の柄に手をかけるとほぼ同時ぐらいに、正面の木製のドアが乱暴に蹴破られた。

「逆賊セイラ・フィルグラント、及び同行者ライナ、おとなしく投降せよ!」

 見栄えは良いが重そうな全身甲冑を纏って大盾と片手剣を構えた――装備から見ておそらく騎士格の男は大声でそう告げた。数人の兵士が続々と店内に入ってきて、両サイドに並ぶ。

「残りの客と店主を一旦外へお連れせよ」

 隊長と(おぼ)しきその騎士がそう命じると、まだ残っていた客一人と店主はおどおどしながらも、兵士に連れられて外に出ていった。

「既にこの店ごと騎士数名を含む部隊で包囲している。貴殿の得意とする雷技にも対策がある。おとなしく投降せよ。さすれば、騎士の誇りに誓って手荒な真似はせん」

 セイラは強い。桁違いに強い。故に、その名声は広く知れ渡っている。さらに言うなら、同じ前線に立つような階級の軍人には、その手の内の多くも知れ渡っている。

 よって、いくらか隠し玉はあれど、得意とする技能のその大半がおそらく見透かされている。

「――やるよ」

 セイラがライナにそう耳打ちした。

 さすがにこれは詰みなんじゃないかとライナは思っていたが、セイラがそう言うのだ。乗る以外の選択肢はない。――自分に何ができるかは分からないが、せいぜい足を引っ張りすぎないように頑張ろう。自分が捕まっては、その時点で今度こそ詰みだ。

(うな)れ!」

 セイラは剣ではなく、旧友からの贈り物である馬鞭――雷蛇(らいだ)を振るった。彼女の雷気を流し込まれたそれは、先が紫電色の長い光の鞭のように延び、その射程内を自由自在に暴れまわる。彼女は素手でも似たような技を使えるが、これを使うとより繊細で正確な動きが可能になるらしい。この小さな飲食店の中であれば、そのすべてがこの(いかずち)の鞭の領域だ。

「愚かな……!」

 騎士がそう言うと彼の両脇の兵士が二人がかりで雷撃を放った。同じく雷の技を扱える学士兵のようだ。雷同士がぶつかり合い、弾ける。空気が震え、店内を反響する炸裂音だけを残して、雷の鞭は沈黙した。

「……」

 セイラは無言のまま、悔しそうに奥歯を噛みしめる。

 雷蛇は伸びた紫電の鞭が打ち消されたどころか、その本体までがひび割れて細い煙を上げ、中身が焼けたように破壊されていた。

(まこと)に愚かなり。言ったであろう。対策は出来ていると」

 ――あ、これ本当に詰みなんじゃないの……?

 二人がかりでぴったりと息の合った連携をとることで高出力の雷撃を放てる優秀な学士兵を用意して、一人の人間としては規格外の出力を持つセイラの雷撃を相殺。騎士の持っている大盾もおそらく雷を弾く特殊なものだ。店内を無茶苦茶に荒らした雷の鞭に対して彼らが無傷で済んでいるのは、そういうことなのだろう。ぞろぞろといたはずのその他の兵士たちはいつの間にか外に下がっており、旧友からの贈り物の最期の成果は結局、無関係な個人の店の中を出鱈目(でたらめ)に破壊しただけだった。

(何か、何かないのか……?)

 ライナは必死に目を動かして周囲を見渡し、突破の糸口がないか頭を回転させる。……駄目だ、何も思いつかない。

「さぁ、投降したまえ。貴殿の雷撃はこちらに届かないが、力尽くで貴殿を抑えようとすると無為に時間を要する。貴殿の実力ならば、しばらく粘ることは確かにできるだろう。だが、一人ではどうしようもない物量をこちらは用意している。お互い時間を大切にしようではないか」

 騎士がそう告げ終わるとほぼ同時だった。

 ドゴォーンという派手な爆音がどこか、外の方から聞こえた。

 入り口の外に控える兵士たちの背後の、さらに真っ直ぐ向こうの方に灰色の煙が見えた。――そして全員の気がそちらに逸れた隙を、セイラは逃さなかった。

 強い踏み込みで一気に距離を詰め、騎士に向かってローブの下から取り出した剣で斬りかかる。しかし騎士も決して見掛け倒しではなく、不意な斬撃を咄嗟の反応できっちりと大盾で受け止める。

 だが、受け止めただけでは彼女は止められない。

「はぁッ!!」

 セイラは剣身に込めた複数系統の理力を交えた圧力を放ち、自分より大柄で重装甲冑を纏った騎士を軽く数メートル、吹き飛ばした。衝圧(しょうあつ)とも言われる技術らしい。特に重力の反転が肝だとかなんとか、以前聞いたことがあった。

 外に吹き飛ばされた重装の騎士を二、三人の部下が上手く受け止める。それに怯むことなく、すぐさま先程の学士兵二人が雷撃を放とうとしたが、それよりも早くセイラの振るう剣の切っ先が、彼らの軽鎧の隙間を的確に斬り裂いた。盾となる者がいなければ、接近戦で彼らに勝ち目はない。

「いくぞ!」

 真正面からの強行突破。結局最後は力尽くだ。彼女らしいと言えば彼女らしい。多彩な知識と知恵を持ちながらも、彼女の根底はやはりお転婆娘だ。

「どうにでもなれ!」

 彼女と違って、ライナには自分自身を守る(すべ)がない。だから、行くしかない。ライナには彼女についていく他、この世界に選択肢はないのだから。

 ドガーン、ドゴーン

 両横方向から再び、立て続けに爆音が響く。ちらりと見遣ると、やはり音のほうからは灰色の煙が立ち上っている。

(何が起きているんだ……?)

 状況はよくわからないが、おかげで敵の兵士たちの注意は散漫となっている。

「でやぁぁぁぁ!!」

 セイラの気迫に満ちた雷を纏った剣撃に(おのの)いた兵士が思わず後ずさり、道を開ける。雷を纏って空気を裂く派手な裂音と共に振るわれる剣撃を目の当たりにすれば、直接それを身に受けずとも大概の兵士は思わず後ろに下がってしまう。

「臆するな! 捕らえよ!」

 背後から先程の騎士の声が聞こえる。だが、あの騎士以外にセイラの雷剣を一人で止められる兵士はいないようだ。とはいえ、数が多すぎる。しかも、セイラは戦う術のない、無防備なライナを連れて行かなければならない。

(駄目だ、やはりこのままでは――)

 ボファン

 また何かが破裂したような音が、今度はかなり近くで聞こえた。先程までの爆発音とはまたちょっと違う、なんだかふわっとした音だった。直後、背後からの灰色の煙に全身が包まれる。

(煙幕!?)

 成分も判らないので、咄嗟に口と鼻を手で塞ぐ。

「ついて来い、お前ら手を離すなよ」

 続いてすぐ近くで誰か男の声がした。

 視界が煙る中、ライナはなんとかセイラの手を掴んでいたが、そのセイラも誰かに手を引かれるように細い裏道へ進路を変えて入り込み、そこから迷路のような路地を進み、曲がり、進み――。

 背後の方からはさらに数度、煙幕弾が破裂する音が聞こえた。




「……お前たち、流石にド素人が過ぎるぞ」

 辿り着いたのは、どこかの暗い倉庫の中だった。あの煙の中、道を何度も何度も曲がりくねった先でこの建物に連れ込まれた。もう、町の中のどの辺りにいるのかさっぱり見当がつかない。

 連れ込んだ男は背丈が二人よりも少し高く、体格はぱっと見は平均的も見えるが、身体全体が引き締まっているようにも見える。ありふれた旅人のような出で立ちだが、腰に短剣を提げているのがちらりと見える。顔には少し傷があり、そこが少々いかつい印象を与える。――あれ? どこかで見たような……。

「いくら英雄の騎士様でもお嬢様には違いないってことか……」

 呆れ顔でそう言う男に対してセイラはムッとして何か言い返そうとしたが、呑み込んだ。言い返す言葉がみつけられなかったのだろう。確かに彼が言う通りだからだ。彼女は戦場は知っていても、やはり貴族の令嬢であることに違いはない。それに加えて、記憶のない異邦人まで連れている。

「……で、貴方は何者だ? 私たちをどうする気だ?」

 半分ふてくされたように、目を逸そらしたまま問うセイラに、男は両手を広げ肩を竦めた。

「おいおい、それが恩人に対する態度かよ……。まぁいい、まどろっこしいのは好きじゃない。本題から入る」

 男は土埃の積もった床に気にせずあぐらをかいて座り、話を続ける。

「俺は傭兵の真似事のような荒事まで請け負う便利屋だ。そして俺は『ある方』との契約によって、お前たちを一旦落ち着ける場所まで連れて行く仕事を請け負った」

「……ある方?」

「雇い主に関しては今は何も言えない。そういう契約なもんでな。だが、契約を結んだ以上、報酬分の仕事はきっちりこなそう」

 ――報酬分。その単語を聞いて彼が誰なのか、やっと思い出せた。

「あなたは、もしやあの時の……」

 ライナが問うと、男はにやりと笑みを浮かべた。

「おうおう、思い出したか坊主。一応警護のためってよく一緒に行動したのに、忘れられてるかと思ったぜ、薄情者め」

「あの頃の記憶は少しぼやけていて……。……それに、なんかちょっとキャラ違いませんか」

「役割にはそれに適した『顔』というものがあるもんだ」

「え、ちょっとどういうことなの? この男知ってるの?」

 一人だけ呑み込めないセイラが怪訝そうに訊ねる。答えていいものか少し迷ったが、男のほうがなんともなさそうな風をしていたので、知っていることをそのまま告げた。

「僕が喚ばれたあの古城にいた人だよ。組織の人間じゃなくて外からの雇われだったと思う。よく僕を出歩かせるときや首領の護衛をしていた。と、思――」

 ジャキン

 まだ話途中だというのに、鞘から抜かれたセイラの剣の切っ先が男の喉元寸前のところで止まった。……だから言うのに躊躇したんだよ。

 だが、男はまったく怯む様子を見せず、軽く溜め息をついただけだった。

「まったく短気なお嬢さんだ……。ちなみにあんたにあの拠点を潰された後しばらくはあのおっさんの護衛をしていたが、今は完全に切れてるから安心しな。今回の依頼主は別人だ」

「……セイラ、一旦納めて」

 未だ不服そうな顔をしていたがセイラは剣を納め、小さな声ですまなかったとぼそりと呟いた。――時々見せるこういう子供っぽい短気さには、毎度はらはらさせられる。

 彼女は元よりオンオフの差が激しい人間だったが、ここ最近はその境界線がもうぼやけてきている気がするから、余計に取り扱い注意になっている。

「さて、もう一度言うぞ。俺に課せられた仕事はあんたら二人を『落ち着ける場所』まで連れて行くことだ。つまり追手を気にせずに暮らせる場所だ。――お前ら、行く当てはあるのか?」

「…………」

 二人して黙りこくった。当てなんてもとより無い。それでどうしようもなくなって、とりあえずガルド領に来て、このザマだ。

「……まぁ、そんなこったろうと思った。だが、国境を目指すという選択肢自体は間違っていなかっただろう。そこまでの経緯が杜撰(ずさん)だっただけでな」

 返す言葉もない。セイラももはや反発することもなく、ただ俯いて黙りこくってしまった。代わりに今度はライナが訊ねる。

「あなたには僕らの行く当てがあるのですか?」

 にやりと男の口角があがる。

「あぁ、ちゃんと用意してあるさ。と、言ってもうちの雇い主が用意したものだが……。いつまでもとはいかんが、最低一年ほどは穏便に過ごせるだろう。そんな潜伏先がレグラント国内に用意してある」

「やはりレグラントなのか……」

 セイラがぽつりと呟く。それはつまり、今このリヒテイン王国の中にはもう、自分たちの居場所がないと告げられたに等しかった。

「あんたらもすでに身に()て感じていると思うが、今回の件は単なる不貞腐れた強欲貴族のクーデターなんかじゃない。何か裏がある。国内では何処に隠れても時間の問題だろう。だから国境越えを目指したこと自体は間違っていなかった。……あんたらだけだと確実に捕まっていただろうがな」

 重ね重ね返す言葉がない。他に選択肢がなかったとはいえ、あまりにも無策で、そして甘かった。さっきのことだって、この町をもう発つから最後に……なんて食堂でのんびり朝食を摂っている場合じゃなかった。

「だがまぁ、ここからは俺がいたらどうにかなる。大船に乗ったつもりでいろ。さぁ、軽く説明は済ませた。さっさと次に行くぞ。ここもみつかるまで時間の問題だ」

 立ち上がって土埃を払い、次の場所へ向かおうとする彼に、セイラが訊ねた。

「ところで貴方のことは、名はなんと呼べばいいんだ?」

 男はあぁ、忘れてたとばかりに、振り向いて答えた。

「俺はアレス。今はそう呼ばれている。お前たちもそうしてくれ」

いろいろあって一週空いてしまいました、すみません。

ようやく旅立ちまでが終わりました。

次回から新章にうつりますが、しばらく準備に時間がかかるので、更新時期は未定です。

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