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2-4 旧友

「さーて、見てみなさいよ、この私の妙技!」

 リーツェ子爵領に到着次第、セイラはルドルが用意してくれた深いフードのついたローブで顔を隠して、街の様子を探りにいった。リーツェ子爵領は南方の小領地で、領都であるこの街もそう大きくない。そんな街の中にフードを目深(まぶか)に被って顔を隠した人物が入り込むのは怪しいことこの上なかったが、人目を引くあの煌めく長い金髪を露わにしているよりはマシだろう。

 探ってきた結果、一つ前に寄った町と同じく、まだ二人の指名手配書も国王崩御のお触れも届いていなかった。とはいえ、敵のこれまでの入念に準備された狡猾な手口を考えると、いくら辺境の小領地とはいえ警戒はどれだけしても越したことはない。

 故に、そのままリーツェ家を正面から尋ねることは避け、セイラは手紙を先に届けることにしたのだが……。

「いくらなんでも遠くない?」

「まぁ見てなさいって」

 セイラは要件を(したた)めた紙を折り畳んだものを、そっと滑らせるように宙に押し出した。同時に近くの空気の流れが少し変わったのをライナでも感じ取れた。

 風に乗りやすいように折りたたまれた――何か懐かしく感じる形の――手紙は、今潜んでいる小山の木陰から静かに飛び出し、一定の速度を保ってリーツェ家の屋敷に向けて、宙を滑る。セイラはその方向をじっと、瞬きもせずに見つめ、向けた指先は微動だにしない。そして空を滑る手紙は屋敷の敷地内に侵入し、開いた一つの窓に飛び込んだ。

「っふー……。ね、いけたでしょ?」

「うん、おつかれさま」

 ライナはへろへろと座り込んで樹に(もた)れ掛かった彼女を(ねぎら)う。

 風の流れを正確に、精密に操作して思い通りに手紙を飛ばしたそうだが、軌道を操った距離が驚くほど長かった。理力というものは基本的に直接触れたものにしか干渉できないはずだが、風使いというのはどれだけ先まで干渉できるのだろうか。

「本当によくあんな距離まで飛ばせたね」

「フフン、見直した?」

 そう自慢げに言う彼女の呼吸はまだ乱れている。尋常じゃない集中力を使って疲れ切ってしまったようだ。

 バタン

 二人して樹に凭れ掛かり何を話すこともなく静かに休んでいると、しばらくして両開きの窓を閉じる音が遠くに、(かす)かに聞こえた。見ると、先程セイラが手紙を送り込んだ部屋の窓が確かに閉じていた。

 セイラはリーツェ家の屋敷に昔一度だけ招待されたことがあり、アリアンの私室の位置を覚えていた。今朝到着した時点でその部屋の窓が開いており、中もあまり変わっていないことが遠目に確認もできたので、街を偵察後にこの作戦を決行することになった。

 そして今しがた、その窓が閉まった。はたして狙い通りアリアン本人が手紙をみつけてくれたのだろうか。もし本人だったとしても、求めに応じてもらえるのだろうか。

「見えた!」

 陽も沈み、二人の潜む山林だけではなく街のほうも夜闇に呑まれた少し後だった。

 アリアンの私室とは別の、一階の一室で灯りが数度、不自然に点滅した。その点滅は間違いなくアリアンからのサインだとセイラには分かった。

「早く、こっちに」

 窓から屋敷に招き入れてくれたセイラの旧友、アリアン・リーツェはとても可愛らしい人だった。セイラと同じ兵学校に通っていたとは思えない小柄な体格に、栗色のくせっ毛とぱっちりした目。そして丸眼鏡を掛けた、美人というより可愛らしい少女のような人。それが彼女に対するライナの最初の印象だった。

「ごめんね、こんな埃っぽい部屋で」

「いや、危険を冒して受け入れてくれただけで十分ありがたいよ。それにこっちからこうして欲しいって頼んだわけだし」

「そうね、もし敵の手が伸びてきたらリーツェ家(うち)の力じゃどうしようもないもの。警戒するに越したことはないよね。……幸いまだうちには接触はないけれど」

 このリーツェ子爵領は南方のやや東に位置し、地形の関係上、王都からの道程(みちのり)はかなり大回りになるため、地図上での位置関係よりもずっと遠い。なんなら王都より西のフィルグラント領からのほうが早く辿り着ける。

 そこをさらにアテナで森や山中を突っ切って移動したので、「本来であれば」王都から使者が出ていたとしても、こちらのほうがずっと早く到着できているはずだ。

「改めて……久しぶり。そしてありがとう」

 セイラは旧友に微笑む。その顔は騎士ではなく、普段の、日常のセイラの顔だ。

「ううん、こっちこそこれぐらいしかできなくて。本当に大変なことになってるみたいね……」

「あぁ……それについて詳しくは後で話すよ。ともかく、こんな危ない頼みを聞いてくれただけで、もう生涯頭が上がらないよ。この借りは必ず返すから、何がいいか考えておいてね?」

 友人同士だからこその和やかなやり取りをする二人を視界に収めたまま、ライナはドサッと床に座り込み、上半身を壁に預けた。王都のフィルグラント別邸を脱出してから数日、ずっと野宿が続いていたため、ようやくまともな屋内に落ち着けたことで少し気が抜けてしまった。

 朝からセイラと二人で街に繰り出して屋台で買い食いしてぶっ倒れたりしたあの頃から、もうずいぶん長い時を()たような気がした。短い間に衝撃的なことがありすぎた。あまりに怒濤の展開だった。

 ……あぁ、レイツォスさんやフィルグラント家に仕える皆は無事なのだろうか。王都で部屋に押し入って来た男の剣には血がべっとりとついていた。それはつまり……。――駄目だ、感傷に浸るにはまだ早い。

「貴方が例の裏界人さんなんですよね?」

「え、あ、はい」

 いつの間にか覗き見るようにこちらを見つめていたアリアンに話を振られ、ライナは慌てて肯定した。

「申し遅れました。既にお聞きとは思いますが、アリアン・リーツェと申します。いつもあの子のことをありがとうございます」

「え、なんで保護者目線なの?」

 そして彼女らは二人で笑いあった。

 これだけなら、友人同士で軽口をたたける、和やかな、ささやかながら幸せな日常の光景だ。

(いいなぁ、こういうの……)

「……それで、だ。()くようですまないが、現状を教えてほしい」

 セイラの先程までの緩んだ表情(かお)が一変し、武人の顔になった。ライナにとっては未だ口角の上がった快活なお転婆娘の顔のほうが馴染み深いので、反射的にきゅっと身が引き締まる。

 表情が一変したのはアリアンも同じだった。目つきが鋭くなり、少女のような幼さが抜けて、理知的で聡明な女性に見える。実際に、セイラから聞いた話だとかなり頭の回る才女らしい。

「……まだ叛逆(はんぎゃく)派からの接触はきていません。ただ、王都の方面で何かあったのではという噂は少し流れてきています。……私の見立てだと、あと二日三日程度ならここに居ても大丈夫でしょう」

「そうか……ありがとう。これ以上迷惑は掛けたくないが……いかんせんこちらも疲労が酷い。すまないがあと二日ほどは頼めるか」

「構いません。承りました。それで、ここを出た後はどうするつもりですか?」

「未定だ。まずは父上の安否の確認ぐらいはしたいところだが、今の私たちでは無力すぎる。いったい誰が敵で味方かもわからないから、他に誰かを頼るのも難しいし」

「なら、ガルド領を抜けて、一旦レグラントに渡ることをお勧めします」

「ガルド? あそこの国境警備に隙間などあるのか?」

 リヒテイン王国の東にはモーゼス大河を挟んで同等の広さの国が一つある。それがレグラント公国であり、現在では唯一敵対関係になりうる国である。

 そのレグラント公国に対して大河を挟んで睨みを利かせ、有事の際は防波堤の役割を果たすのが、王国で最も大きな武力を持つと言われる大貴族、ガルド侯爵家である。

「今ちょうどガルド領軍の中で組織再編が行われています。それによって、今だけの抜け道のようなものができています」

「ふむ……」

 アリアンは床に直接座り込み、どこからか地図を取り出して広げる。

「ガルドを抜ける道筋はいくつかありますが……。……この道筋に沿っていけばたぶん抜けられるはずです」

「……わかった。どうせ他に当てもない。その案で行くことにするよ」

「あぁ、それと」

 アリアンは地図を折り畳みながら、部屋の中の一点を指差す。見ると、馬に乗せられる程度の大きな鞄が目に止まった。

「お求めの品々はあの中に。他に必要な物がないか、ちゃんと中を開けて確認しておいてください」

「あぁ、ありがとう。何からなにまですまない。この借りは――」

「はいはいそれはいいから! 後でとんでもないご褒美をねだるから覚悟しておいてね?」

「……お手柔らかに頼むよ」

 緊張感が抜けて元の少女のような顔つきに戻ったアリアンは、にっこりと微笑んだ。

 セイラもだが、アリアンもオンオフの差が極端な人のようだ。類は友を呼ぶというやつだろうか。顔つきも口調も変わって、本当に別人のようだった。

「さて、と……」

 アリアンは床から立ち上がってスカートについた埃を払う。

「うーん、もうちょっと掃除しておくべきだったかしら。あぁ、でも昔貴女が来たときのあの部屋よりはずっとマシだけれどね」

「ああ、なんかあったな……あっちの奥のほうだっけ?」

「そうそう。あっちは本当に使っていないから、ここよりもっと酷いかも。このお屋敷、やっぱりうちみたいな貧乏貴族には広すぎね」

「領地経営のほうはどうなの?」

「うーん、悪くはないのだけれど。とりあえず弟が成人するまでは大丈夫そうかな。……あぁ、そうそう。それよりアテナちゃんだけど、屋敷の裏手の厩舎(きゅうしゃ)に休ませてあげたよ。……あそこなら人目につかないし。

 他のうちの馬は表側の厩舎にいるの。今ね、運良く伝手で貰った良い馬がいるのだけど、ほら、私はあまり得意じゃないし、宝の持ち腐れになっちゃってるのよね。あ、ごめん、話が逸れちゃって」

「いや、いいよ。……本当にありがとう」

「じゃあ、今夜は一旦おやすみなさい」

「うん、おやすみ、友よ」

来週の更新はおやすみです。

ちょっと忙しくなるので今年中の更新も不明です。申し訳ありません。

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