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<9・Rose>

 シンディーの言う事が、正しい。それはドナにもわかっていた。

 セシルの命を救いたい――そのためにセシルを狙う組織や個人がいるというのなら、その正体をとにかく突き止めなければと思っていたが。よくよく考えてみれば、正体を突き止められたところで、それをドナ個人で阻止できるかどうかは全く別問題なのである。

 もし本当に、この国の政府や、あるいはエディス王国とチーア共和国を戦争させたい第三国が犯人であったとして。果たしてドナに、その犯人をやっつけたり捕まえるようなことができるものだろうか。

 セシルが殺されるまでまだ何年も時間がある。その間に体を鍛えて、彼を護衛できるくらいの格闘能力を身に着けるというのは可能であるのかもしれない。だが、一番肝心なことはそれではないだろう。個人が敵ならばともかく、大規模な組織であった場合、下っ端を捕まえたところで根本的な解決にはならない。そもそもあの夜の襲撃を防げたところで、果たして第二、第三の刺客が来ないなどという保証が何処にあるのだろうか。


――敵の正体を突き止めた方がいいのは確かだ。やってくる相手に見当がつかなければ、最低限の対処もしようがないのだから。でも……本当にそれだけで、セシルを守れるかどうかは怪しい……。


 ならば、セシルが“狙われる理由”そのものをなくしてしまった方がいいのだろうか。それならそれで、彼が殺される本当の理由を確定させる必要が出てくるだろう。今のところ、“神の巨人を止められる兵器を開発していたから”が最も大きな理由であると考えてはいるものの、他の理由で殺害される可能性がないというわけではない。


――今から思うと、セシルが殺された後で……彼が呼び出されたツールが見つからなかったのが痛いな。恐らくは、手紙。犯人が持ち去ったということは、何らかの証拠が残っていた可能性が高いのだけど。


 セシルと犯人との間に、見られたくないような重要なやり取りがあった可能性が高いだろう。手紙なのか、電話なのか――盗聴の心配を考えるならやはり手紙か。本人が現場に地図と一緒に持っていった可能性が高い。そしてそれを見たセシルが、慌てて深夜にこっそり抜け出したということは、よほど重要な案件であったのは間違いないだろう。彼自身、殺されるのを覚悟していた可能性さえある。あの夜のやり取りを、そう解釈することもできるだろう。

 いずれにせよ、深夜に呼び出して殺害している上、手紙などの証拠も持ち去っているあたり計画的犯行とみてまず間違いない。そもそも、この国では銃の持ち歩きは許可されているものの、個人が認可を取るにはかなり手間をかける必要がある。拳銃をただ話し合うだけの場所に予め持っていくとは到底思えない。

 足は自然と、ラクマ大学へと向かっていた。自分達が通う高校とラクマ大学は、徒歩で十分行ける距離にある。貴族ならばその短距離であっても馬車を使うことが少なくないが、運動が嫌いではないドナはちょっとした距離なら徒歩で向かうことが少なくなかった。道中の景色は、馬車の中からよりも外を歩く方がよく自分のペースで楽しめるからというのもある。


「あら?ドナさんじゃありませんの。ご機嫌よう」


 ふと、すぐ横に馬車が停まった。声をかけてきたのは、中に優雅に佇む一人の女性だ。大人びた雰囲気の茶髪の彼女は、ブラウン侯爵家令嬢のローズ・ブラウンである。化粧がばっちり決まっていることもあって一見すると成人にも見えるが、実際はドナと同い年の少女だ。

 言葉づかいと態度から誤解されがちだが、実際はお姉さん気質の優しい女性である。


「ごきげんようローズさん。これから帰りですか?」


 ドナは立ち止まって会釈した。本人はあまり気にしないが、一応相手は自分より身分の上の女性である。侯爵、という階級は伯爵より一つ上に相当するのだ。


「そうなの。買い物しなければいけなくて。……今あるドレスで十分だと思うのに、お母様といったら次のパーティには新しいドレスを着て行きなさいとしつこくて」


 はあ、とローズはため息をついた。何度か社交界で見かけたことがあるが、確かにローズの母はマナーに煩い人である。数着を着回しするというのがどうしても我慢ならないのだろう。昔と違って、今では毎回新しいドレスを着て行かなければ恥ずかしいという意識は薄れてきている。場合によっては、アッパーミドルをパーティに招くことも少なくなってきているからだ。それでも気にするのは、まあ性格の問題だろう。侯爵という階級も考えれば頷ける話である。


「こんなことを言うと叱られてしまいそうですけど、わたくしどうしてもコルセットというものが苦手で。最近は、もっと堅苦しくないドレスも流行しているからそちらがいいと何度も言っているのに、お母様ったら聞き入れて下さらないのよ」

「それは同感です、ローズさん。わたくしも、コルセットはどうしても……その、息苦しくて嫌なんですよね。かつてはコルセットを使わないドレスなんかなかったっていうから驚きです。昔の女性は息をしなかったのでしょうかね?」

「あははは、きっとそうね、そうに違いないわ!」


 人は見た目によらないとはよく言ったものである。お高く留まっているお嬢様、に見えて実際は非常にフレンドリーでユーモラスなローズがドナは好きだった。下の階級である自分や庶民にも分け隔てなく話てくれるし、喋りも上手い。これで長女だったら彼女が家督を継げたのに――なんてことを言っても詮無きことではあるが。


「そういえばそうと、セシルさんはどちらに?今日は一緒ではないのね」

「今から会いに行くんです。ラクマ大学の研究室に呼ばれてるらしくて」

「本当に頭がよろしいのね。きっと将来は立派な研究者になるわ。ドナさんも誇らしいでしょう?」

「え?……ええ、そうですね」


 誇らしい。確かに、少し前までの自分はそうだった。今だって、彼が立派に社会の役に立つ研究をしていること、しようとしていることを喜ばしいと思わないわけではないのである。

 でも、ひょっとしたら――彼がラクマ大の研究室に入らなければ。そこから、神の巨人が出現した後で、その巨人への対抗策をヒグチ教授の研究室で担うことにならなければ。彼は殺されずに済んだかもしれないと思うと、どうしても複雑な気持ちになってしまうのである。

 彼には、自分のやりたい道を想う存分進んで欲しい。けれどその結果、理不尽に若くして命を奪われるようになるくらいならば、自分は――。


「……何か、悩みでもあるのかしら?」

「!」


 不自然に視線を逸らしてしまったドナに気づいたのだろう。馬車の中から、不安そうに尋ねてくるローズ。


「ひょっとして、彼があっちこっちでモテすぎて……二人で過ごす時間が短くなってしまっているのが不安、とか?」

「へ!?い、い、いえそういうわけでは……っ」

「ふふふ、いいのよいいのよ。婚約者が愛されるタイプだと苦労するのは間違いないですもの。はあ、わたくしも早く結婚相手を見つけないといけませんのに……羨ましいですわ」

「う」


 完全に誤解された。でもって、彼女の“羨ましい”がずさずさと背中に刺さって痛い。本人は言葉で突き刺す気がなさそうなのがまたしんどいのだ――なんといっても、彼女は少し前に“婚約破棄”を経験したばかりの人間である。婚約者があまりにも浮気だらけで誠実さの欠片もなかった結果、先方の家と話し合って婚約を解消させたということらしい。詳しいことは聴いていないが、地味に引きずっていそうなローズの様子を見るに、かなりの泥沼劇が展開されたであろうことは想像に難くない。


――婚約者と仲良くやれてるって、結構幸せなことには違いないよね……婚約者がダメ男すぎて、婚約破棄して幸せになってやる!って話は珍しくないし……あれ?


 そこまで考えて、ドナは首を捻った。アニメやマンガの類は好きだが――“婚約破棄して幸せに”なんて方向の話を見た記憶などない。にもかかわらず、自分は今さも自然と“そういう話は珍しくない”と考えた。まるで、何度もそういう事例を見てきたかのように。何故、そう思ったのだろう?


「愛するがゆえに嫉妬心を抱くのは、何も恥ずかしいことではありませんわ。そのように否定なされらなくてもいいのに」


 くすくすと笑いながら、ローズはじゃあ、と手を振ってくる。


「わたくしでよければいつでも相談に乗りましてよ。ドナさんのお話なら大歓迎。いつでも聴かせていただきますわ、愚痴でも惚気でもなんでも!それでは、ごきげんよう~」

「ち、違いますってば……!」


 ああ、結局勘違いされたまま終わってしまった。そのまま彼女の馬車は動き出してしまう。あちゃあ、と頭を抱えつつ、ドナは思う。あれも結局のところ、彼女なりに自分を心配してくれた結果なのだろう。まあ、どちらかというと嫉妬深い自覚はあるし、彼が本当に自分のことを好きでいてくれるのか?を心配したことがないわけではないと言えば嘘になるのだが。

 今は、それ以上に大切なことがある。

 いかにして、結婚式の夜の悲劇を回避するのか、だ。とにかく、彼が生き延びてくれなければ、自分達に幸せな未来が訪れることなどけしてありえない。そのための手段は、取れるものは全て取らなくてはいけないのだから。


――……私が未来から逆行してきたこと。彼が、結婚式の夜、あるいは翌日に命を落とすこと。……こんな話、誰に言っても信じて貰えるわけがない。自分だって、当事者でなければ信じなかったはずなのだから。


 ゆえに、そのまま相談することはできない。真実を明かすこともできない。

 ただ――エイベルといい、シンディーといい、ローズといい。こうして日常を少し過ごすだけで、自分とセシルはどれほど共通の良き友人に恵まれてきたのかを実感することになるのだ。結婚式にも、彼らは参列してくれていた。セシルが死んでからは――とにかく犯人を自分が見つけなければと血眼になりすぎて、彼らをきちんと頼ることさえもできていなかったような気がするけれど。

 自分達が不幸になることで、彼らのことも不幸に巻き込んでしまった気がしてならない。

 その結末を回避するためにも、自分は何がなんでも惨劇を乗り越える方法を見つけなければいけないのである。


「……ありがとう、ローズ」


 遠ざかる馬車に向かって小さく呟きながら、ドナは思うのだ。


――本当のことは、言えないけれど。それでも……いざという時は、頼らせてもらうから。……ありがとうね、いつも。

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