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<5・Thinking>

 何故逆行したのかはわからない――だが、まず優先すべきは“何故逆行したか”を考えるよりも前に、“何故彼が暗殺されるのか”を考えることだろう。

 ドナは積極的に、テレビや新聞、書籍で情報を入手し始めた。正史通りならば、セシルが殺されることになるのはまだ先の未来である。二十一歳、あの結婚式の翌日になるまでは大丈夫、であるはずだ。それまでに何らかの手を打つことができれば、彼が殺されるという最悪のバッドエンドを回避することができるはずである。

 そのためには、世界で今何が起きていて、何が彼を死へと追い詰める原因になるのかをきちんと知らなければいけないだろう。


――まずは、あの日起きたことを整理することから始めてみよう。


 十七歳のドナにはまだ学校生活がある。しかし学校で部活動をやっていなかったので、帰ってから勉強をしたり、ものを考えるだけの時間は十分にあった。彼を本気で助けたいと願うのならば、時間は一秒たりとも無駄にすることはできない。

 あの結婚式と、その夜のことを思い出すのは正直非常に胸が痛かったが。それでも、こんなもの彼が受けた苦しみと比べればどうということはないはず。ズキズキと痛みを訴える頭に鞭打って、ドナは当時の記憶を呼び起こそうとした。


――あの夜。私とセシルは、夜遅くまで語り合っていた。正式に眠りについたのは、多分……午前一時を過ぎていた、はず。


 ドナが翌日起床したのは、少し遅くなってしまって八時になった頃のことであったはずだ。だが、ドナが起きた時にはもう、隣のベッドにセシルはいなかった。彼は午前一時から午前八時の間に出掛けていたことは確実であり、様々な状況を鑑みるならさらに外出時間を絞りこむことも可能だろう。

 例えば使用人達は、自分達よりもずっと早く起きることになる。あの日はセシルの家で二人一緒に泊まった(教会が近いのがセシルの家の方であったためだ)。彼の家の使用人達の動き方がどうであるか、までは正確にはわからないが――ドナの家とほぼ変わらないとした場合、彼らは遅くとも午前六時には起き出して朝の準備を始めていたはずである。

 使用人達が起き出して掃除や洗濯を始めていたなら、その目を掻い潜って屋敷を抜け出すのは至難の技であったはず。つまり、彼が出掛けたのは午前一時から六時の間。もっと言えば彼が発見された現場までは馬車で一時間ほどかかる距離であるはずであり、さらに警察が告げた死亡推定時刻を信用するのなら――彼が屋敷を出たのは午前二時から四時くらいの短い時間に限定されることだろう。


――そう。警察も言っていたけれど……セシルは自分の意思で屋敷を抜け出して現場に向かった可能性が高い。何者かに呼び出しを受けていて、しかもそれを私達に知られたくなかったとみてほぼ間違いはなさそうだ。


 伯爵家の長男が護衛も従者もつけず、誰にも行き先を告げずに真夜中に家を出た。しかも、シフト制で屋敷を守っているはずの警備員たちの目を見事に掻い潜っている。

 もっと言えば。彼は馬車を使って出掛けたのもそうだ。実は、屋敷の馬車が一つなくなっていたのである。馬車と馬は、彼が殺された現場近くで放置されていた。彼がここまで自分で馬に乗ってきたのは間違いない。

 言いたいことは一つ。“自動車”ではなく“馬車”を使ったのには理由があるはずだ、ということ。この時代のエネミ油を使った自動車は、非常に速く走れて小回りがきく反面、排気ガスが酷く騒音がうるさいという問題点があった。まだ非常に高値であるため、持っているのがそもそも貴族の一部のみ。それゆえ大きな問題になってはいないが、庶民が自動車で移動する時代が来た時にはトラブルになるのはまず避けられないことだろう。自動車による騒音問題と大気汚染が深刻になる時代がいずれ来るかもしれない――というのはひとまず置いておいて。時短できる車を使わなかったのも、人に気付かれず現場に向かいたかったと思えば筋が通るのである。

 さらに言えば、彼は“馬”ではなくわざわざ“馬車”を使っているのがネックなのだ。一人で出かけるためなら、わざわざ車をつけていくだろうか?

 考えられるのは、車になにかを積みたかったのではないか?ということである。人か、あるいは荷物か。そしてそれは行きを目的としたものか、帰りを目的としたものか。行きであった場合――彼は最初から“犯人”と一緒に現場に向かった可能性さえあるだろう。

 つまり、彼が馬車に乗せて人気がない場所に向かうことを厭わないような関係の人間である。友人か、あるいは家族か、仕事の関係者か。


――まだ、この仮説を断定するには材料が少なすぎる。仮に身内に犯人がいるとしても、その“誰が犯人か”までは皆目検討もつかない。……この点は一端置いておいた方が良さそうだ。


 もう一つ。結婚式の翌日、それも真夜中に呼び出して応じるということは――セシルにとってよほど重要な用件であったのは間違いないだろう。それも、人気のない場所で話すほど秘密の用件だったはずだ。殺害される動機もそこに直結している可能性が高そうではある。

 では、彼が殺されたその動機とは何なのか?犯人も重要だが、この動機も極めて大切なものだろう。犯人が個人であるならば、その個人を見つけて止めれば殺人事件は起こらずに済む。だが組織的な犯行であった場合、実行犯を一人見つけて引っ捕らえても根本的な解決にはならない。別の人間が派遣されてきて、彼を殺す可能性は十分に考えられるからだ。


――彼が殺される理由として考えられるものは三つ。一つ目、彼に個人的な恨みがあった。二つ目、彼の家であるリリー伯爵家に恨みがあった。三つ目、彼にも家にも恨みはないけれど、彼の存在が邪魔でやむなく排除した……恐らく、このへんが妥当なはずだ。


 逆恨みというものはどこにでもあるもの。どんな善人でも人気者でも――むしろ多くの人間に愛される人間ほど嫉妬されて恨みを買うなんてことはざらにあることだろう。ゆえに、個人的な怨恨でセシルが殺害される可能性を完全に否定することは難しい。

 ただ、贔屓目が入ることを踏まえても、彼が誰かに恨まれる人間とは思えないというのがドナの本心だった。他人と喧嘩することも知らないようなお人好しである。高校での成績も良く、大学に飛び級で合格していたことを知っているのでそれで嫉妬を買うことがあったのも間違いはないだろうが。

 彼に子供の頃からの婚約者がいた事実は、皆が知っているところである。学校でも周知の事実だったことだろう。裏を返せば、女性達への大きな防波堤になっていただろうということは想像に難くない。滅多なことでもなければ、彼に不用意に寄っていく女子は少なかったと思われる。せいぜい、遠くからキャーキャーと叫んで片想いに浸るファンがいたかどうかといったところだろう。


――では、家に恨みがあったかどうか?なんだけど。これは現時点では情報不足としか言いようがないな。リリー家に関してはもう少し調べてみるしかなさそうだ。


 ただ、この可能性はさほど高くないだろうとドナは踏んでいた。むしろ、だからこそ早々にリリー家そのものに探りを入れることを、当時のドナも打ち切っていたのである。まあ、セシル殺害されて、仇を討ちたかったあの時のドナと、彼の悲劇そのものを防ぎたい今のドナでは必要な情報が違うというのもあるのだけれど。

 それよりも可能性が高いと思ったのは、三つ目の可能性。セシルに恨みはなかったけれど、彼の存在が邪魔だった――こちらの方である。


――彼の存在そのものが邪魔だったとすると……一番可能性が高いのは、“神の巨人”を平和的に無効化する方法を考えてたという……あの研究が邪魔だった、ということか?


 国家の存亡を担うような巨大なプロジェクトであったのは間違いない。隣国を大量破壊兵器で吹き飛ばすこともなく、かつ我が国に迫り来る巨人をどうにかして倒し、あるいは無効化する方法。彼のその研究室が、その手段をもう少しで見つけられるというところまで来ていた、という話は聞いている。

 迫る巨人がエディス王国の領土に踏み込んでくるまでに退治したい自分達と、自分達の領土で大量破壊兵器などぶっぱなされてたまるもんかという隣国。元々不仲だった両国が、このままでは巨人に滅ぼされるよりも先に双方戦争でボロボロになってしまうのではないか?戦争を避ける方法はないのか?――彼の研究は、その泥沼の戦争を避けるための唯一無二の希望の光であったはずである。




『でも、巨人を……大量破壊兵器を使う以外の方法で無効化することができれば。戦争は回避できるし、エディス王国も隣国も救うことができるかもしれない』

『できるのですか?そんなことが』

『できるさ。……そのために、僕達がいるんだから』




 問題は。

 実際に彼がどんな方法で巨人を無効化しようとしていたのか、どういった研究だったのかの詳細をドナは全く知らないということだ。当時のうちにもっと細かな話を聞いておけば良かったとは思うが、後悔しても既に時遅しである。


――隣国にいる状態の巨人を、隣国に被害を与えず倒すことのできる兵器ではないか?って噂ではあったけど。


 いや。

 研究の詳細よりも、気になることがある。彼の研究が邪魔な人間(組織)が誰なのか、皆目見当もつかないということだ。

 彼が死んでしまっては困る人間は多いだろう。だが、彼の研究が完成して困る人間なんてものがいるのだろうか?研究が成功しなければ、隣国との戦争になって国が双方ともに滅ぶ結果になりかねないというのに。

 両国を戦争させたい、壊滅させたい第三国なのか。あるいは他に、宗教などが絡んだテロ組織があるのか。


――最初に私が調べるべきことは、決まったな。


 ドナは顔を上げる。

 危険な匂いがぷんぷんするが、立ち止まってはいられない。

 両国を戦争させたい誰か、をまずは突き止める。そうしなければまた、同じ悲劇が繰り返される可能性が高いのだから。

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