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<25・Abel>

 時々ふと、我に返って思うのだ。

 どうして自分だったのだろう、と。


――異世界転生なんて、しなければ良かった?そうでなければ……最初からこの世界に生まれていたのなら、私は普通の女性として、この世界で生涯を終えられたのだろうか。


 何故自分が、現代日本から転生し、ドナ・アンカーソンとなったのか。

 この世界に生まれなければ良かったとは思わない。悔やむとしたらそれより前のことの方だ。前世などなければ良かった。最初から、この世界の人間として生き、何も知らないままの方が幸せだったのかもしれないと。そうすれば、こんな風に地獄を繰り返すこともなく、あるいはゲーム通りの“ハッピーエンド”のまま自分の世界を閉じることもできたのかもしれないと。

 何故自分だけが、この世界が出口のない箱庭だと知らなければいけなかったのか。

 何故自分だけが、この地獄のようなループを生きなければいけなかったのか。

 最初はチャンスを与えられたと思っていたし、今も全くそう考えていないわけではない。それでもドナもまた、いくら強気に振舞っていても一人の人間に過ぎないわけで――繰り返せば繰り返すだけ心が磨耗するのは、至極当然のことなのである。それが、愛する人の残酷な死、という逃れられない運命ならば尚更だ。

 セシルの死を、何がなんでも回避したかった。

 そして願わくば、彼と共に幸せに生きる未来を掴みたかった。

 その両立はきっと可能だと、そう信じて戦ってきたし――同じ理由から、彼と道を分かつルート全てを切り捨ててきたのも事実である。どうしてもだめならば、いつか試さなければいけない時が来るかもしれないとは覚悟していた。それでもまさか、よりにもよって一番過酷なルートしか希望がないかもしれないなんて、なんとも馬鹿げた話としか言いようがない。

 例えば、シンディーのルートで、ドナがセシルとの婚約を解消する場合。ドナはセシルと別れることになるも、他に好きな男性を見つけて恋に落ちることになる。セシルもセシルでシンディーと少しずつ恋を育むことになり、最終的にはシンディーと結婚するセシルをドナもまた祝福するというエンディングを迎えることになるのだ。

 だが、セツナの言葉が正しければ――いくらドナが自分の意思をまげて婚約解消しても、そのルートでセシルが助かる可能性は低いのだろう。彼はその世界では国外に出ず、この世界でエンディングを迎えてしまう上、ドナもまたセシルとは別に幸せを掴んでしまうことになる。シナリオライターの意思、がそれで満足するとは思えない。必ず、ドナが悲劇のヒロインになる未来を用意して待ち構えることだろう。それが、セシルの死、である確率は限りなく高いように思われる。

 そうやって除外していけば、実質成功率の高いルートはただ一つしか残らない。

 光のエデン、の中で唯一ヒロインであるドナが明確に“悪役令嬢”のポジションに落ち着く――エイベルの“婚約破棄”ルートである。


――一番大切なものが何か、か。


 ドナは思う。恐らくはこれが、世界を逆行するという途方もないチャンスを与えられた者の代償なのだと。

 一番望んだ未来が、手に入らない。

 なるほど、これほど絶望的で、かつ価値ある対価もないだろう。


――決まってる。私が一番大切なものが何であるかなんて……最初から。


 あとは、自分に勇気があるかどうかだけ。

 セシルと結婚する幸せな未来を捨て去ってでも、セシルの命を救う選択ができるかどうか。

 大切な人たちを苦しめ、傷つけ、自分の名誉も何もかもを貶める悪役令嬢となってでも。そのセシル本人に嫌われ、憎まれる結果になってでも、そのセシルを愛し続けることができるかどうか、だ。


――……セシル。ああ、セシル。思い出すのは、本当にあなたの素敵な笑顔ばかり。優しい声ばかり。貴方と過ごせたたくさんの時間は、私にとって最高の宝物で……何よりの真実でした。


 ずっと、忘れない。

 だから。


――さようなら。


 ドナはそっと、追憶から現実に帰還する。

 十七歳の世界。

 高校の、ラグビー部の部室にこっそりお邪魔しているところだった。今は誰もいないからと、エイベルがこっそりロッカールームにドナを招き入れたのである。


「ずっと興味持ってもらいたいと思ってたんだよな、うちの部活にさ!」


 目の前では、エイベルがにこにこと笑いながらドナに語りかけてくる。


「ラグビーってぶつかることも多いし、生傷が絶えないイメージも強いと思うけど……でも、やってみたらこんなに面白い部活ってないんだぜ。戦略的だし、パワフルだし……実はずーっとセシル誘ってんだけど、全然いい返事が貰えなくてさあ」

「セシルは、魔法学の勉強に興味を持ってますからね。あちらのラボに入ると本格的に決まったら、スポーツの部活動をやっている時間なんてなくなるでしょう」

「そうなんだよ。うーん、あいつ頭いいし、指揮官として丁度いいと思うんだけどな。あと脚速くて小回りきくだろ?そういう選手は欲しいんだよー」


 エイベルのルートにもいくつか種類があるが、ドナがこの“最後の世界”に選んだルートはいくつもの条件をクリアしている必要があるのである。

 その際たるところが、主人公であるセシルがドナ以外の好感度を一定以上上げており、かつドナの好感度が基準を大きく下回ること。元々高いところからスタートするはずのドナの好感度がここまで下がるのは、ゲームのプレイ上で言えば“ドナの誘いを多く断る”上に、“他の攻略対象キャラクターのお願いばかりを引き受ける”というものがあるのだ。そうすることでドナが“自分が大切にされていない”と思い込み、他のキャラクターたちへの嫉妬を募らせて、どんどん鬱々とした状態に陥っていくということであるらしい。

 この世界では、実際に物語の手綱を握っているのはドナ本人である。ゲームとリンクしているとはいえ、実際のエディス王国のセシルはドナに対して決して薄情な性格ではないし、ドナの誘いを無下に断るようなことも殆どしていない。それこそどうしても用事があって無理な時に断られるくらいで、むしろドナのことはほぼ最優先に対応してくれていると思えるほどである。

 それでも自分は、今から“好感度最低”を想定した行動を取らなければいけないのだ。己が愛されていることがわかっていながらも。


――私は、恵まれていた。そして同じだけ、愚かだった。


 思えば。今まで自分は、セシルの生死ばかりを気にかけてきたように思うのである。

 今まで辿ってきたルートで、セシルの死亡率が高かったのは言うまでもないことだが。実は、彼の死に巻き込まれる形で死傷したり、不幸になったキャラクターも数多く存在したのだ。研究所の火災に巻き込まれたヒグチ教授も然り。ドナが追跡者たちから逃がそうとして失敗したセシルの父然り。他にもそう、目の前のエイベルが殺されるシーンも存在していた。確か、姉のラナのルートの一つだったはずだ――彼はセシルとドナを刺客から逃がそうとして、銃を持った相手に立ち向かって撃たれるのである。


『逃げろ、ドナ、セシル!ここは俺が、何が何でも食い止めるから!』


 エイベルという青年が、どれほど勇敢で正義感に溢れた人物であるのかドナはよく知っている。

 あの時自分は、セシルを生かすことばかりに必死で、彼のことを見捨ててしまった。彼が最終的に殺されたことばかり眼を向けて、そのために犠牲になったエイベルのことを気にかけようともしなかった。それはけして、偶然でも奇跡でもなんでもなく、自分達が素晴らしい友人に恵まれて愛されていた結果に他ならなかったというのに。

 感謝するべき人に感謝せず、己がどれほど恵まれているかにも眼を向けず。それでいて、自分の幸福だけは追求しようとしたから、罰を受けたのかもしれない。

 そう、皆にこれほど繰り返し犠牲と代償を強いておきながら――自分だけセシルと結婚して、幸せになろうなんてきっとムシが良すぎる話であったのだろう。


――あの世界のエイベルにはもう、二度とお礼を言うことができない。……ごめんなさい。本当に、ありがとう。


 見せたいものがあるのを思い出した、ちょっと待ってて!とロッカーの鍵を開けようとするエイベルの背中を見ながら、ドナは思う。


――この世界の貴方は、あの世界の自分がやったことなんか覚えていない。でも、私が覚えている。貴方がとても心優しい人間であることを……いざという時、友人達のために命をもかけられるほど勇敢な人間であることを。


 彼に、心から感謝している。

 だからこそ自分は、もう二度とあんな最期を彼に遂げさせない義務があるのだろう。ラナルートと、その他一部のルートに入らなければエイベルが殺される結果にはならないはずである。それでも、この世界の彼にとって命は一つしかなく、あの時死んだ彼はもう二度と戻ってこないというのにその命を賭けてくれたということ。自分は感謝し、その恩に必ず報いらなければならないのだ。

 そう、今度は自分が。

 自分こそが、今まで皆に貰ったものを返す番。


――今度は私が、対価を払う。例えそれが……どれほど、心を切り刻むような行いでも。


 エイベルルートのうちの一つ、この婚約破棄ルートでは。

 この時点でドナのセシルへの好感度は非常に下がっており、同時にドナから他の攻略対象キャラクターへの好感度も大きく下がっていることになる。特に、セシルの好感度が一番高くなっているはずのエイベルへは凄まじい嫉妬心を抱いているはずなのだ。この時ドナは既に、セシルの過去の日記を盗み見ており、彼が元々はバイセクシャルであったという事実を知ってしまっているから尚更に。

 だからそれを、自分は再現しなければいけないのである。そう。


「え……?」


 呆然としたような、エイベルの声が響く。彼が開けたロッカーからバラバラになって落ちたのは、彼のスパイクシューズと、ユニフォームだったものだった。


「な、何でこれ……」

「馬鹿な人ですね」


 さあ、一世一代の芝居をしよう。

 ここからは自分は正ヒロインではなく、悪役令嬢だ。


「わたくしのセシルに図々しく近づくから、こんなことになるんですよ?」


 ドナは自分のポーチから彼の私物を切り刻んだナイフを取り出し、凄絶に笑ってみせた。

 さあ、最終幕を上げよう。最低最悪の悪女を、演じ切れ。

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