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<23・Dance>

「うちの会員制のクラブに、セシルと共に入会したいって?」


 眼をぱちくりさせるローズ。久々に、彼女とのサロンでのお茶会である。そうなんです、とドナは頷く。


「研究に関して、かなり根を詰めている様子だから。セシルにはたまに息抜きを覚えて欲しいと思っているんです。なんでも、魔方陣の起動実験にかなり苦心しているみたいで」

「神の巨人を止める方法を模索している、んでしたわよね。立派な研究だとは思うけれど……そうね、確かにそれで倒れてしまっては元も子もないですわね。分かりましたわ、わたくしからも誘ってみます」

「ありがとうございます、ローズ。助かります」


 ローズのルートへの分岐も、似たようなものである。ドナの好感度が多少程度下がった状態で、二十歳の誕生日を迎えると発生するイベント。そこでドナが、最近心の距離が離れてしまっていると感じるセシルを、息抜きもかけてサロンに誘いたいから協力してほしいとローズに申し出るのである。ローズはそれを快く了承してくれて、そのサロンでまた好感度が上下するイベントが発生するという具合だ。

 ただし、このローズへのルートに関しても複数のエンディングが存在している。このサロンイベントで主人公・セシルが失敗するとドナとの大喧嘩が発生。落ち込むドナをローズが慰め、さらにローズがセシルを叱責するイベントへと繋がるのだ。この二つが発生すると、最終的にはドナはセシルへの婚約解消を申し出て、最後にはセシルとローズでくっつく結果になることを知っている。セシルも罪な男だ。ドナとの婚約の結果次第で、シンディーともローズともあらぬフラグを立ててしまうことになるのだから。

 そのルートを試すのは、本当に最後の最後の手段だとドナは思っている。ローズも上品で思いやりある、高貴な女性だ。友人としては心から信頼しているし、彼女もまたセシルを任せるに足る存在であるとは思っている。ただ、それはシンディーの恋愛ルートと同じく――ドナがセシルを見限るほど好感度を下げることが大前提。全てを知ってしまっているドナが、セシルを自分から嫌いになることなどまずあり得ないことだ。それこそ――自ら悪役を気取って、セシルを罵倒して立ち去るような真似でもしない限りは、セシルの方もドナを見捨てることなどしないだろう。

 だからこそ、本気の最終手段、でしかありえないのである。ドナの本当の願いは、セシルと共に幸せになり、互いに皺くちゃのジジババになるまで生きることにあるのだから。


「確かにダンスクラブとはいえ、わたくしの父が経営するクラブは貴族専用……品性を保った場所ではありますけれど」


 ローズはやや困惑したように、紅茶に砂糖を入れた。最近の彼女はやや甘い方に凝っているらしい。たっぷりミルクを入れた上で口をつける。


「けれど、ドナもセシルも、ダンスになんて興味はあったかしら?少々意外というか、何というか。確かに思いきり踊れば、日頃の悩みも鬱憤も消し飛ぶかもしれませんけど」

「そういう気分の時もあると思うんです。特にセシルは、日ごろ座って実験していることも多くて……運動不足になりやすいんじゃないかと思って」

「うーん……」

「何か?」

「……いえ。あのね、ドナ」


 ローズはじっとドナの顔を覗きこむようにして、言った。


「わたくしにはどうしても……ドナ、貴女の方が悩んでいるように見えて仕方ないのよ」

「!」

「顔色が悪くってよ。何か、悩み事があるのではなくて?……わたくしで良ければ相談に乗りますわ。何でも話してくださいませ。わたくし達、お友達でしょう?」




『私はね。そりゃ……セシルみたいに頭も良くないし、お世辞にも要領か良い方とは言えないけど。それでも、貴女のたった一人の姉であるつもりなの。世界でたった一人の妹を、誰より側で見てきたつもりよ』




 優しいローズの声が、かつてどこかの世界でドナに語りかけてくれた姉、ラナの顔と重なった。




『何か、大きな隠し事をしているのではなくて?……とれほど力になれるかわからないけどそれは……貴女一人で、抱え込まなければいけないようなことなの?』




 この世界の住人達はみんな、自分の意思だけで動くことを許されない存在なのだろう。何がどれくらい影響しているのかはわからないが、それでもドナがかつて自分がプレイしたゲームの記憶を参考に皆の行動やイベントをコントロールできるくらいには、見えない力に操られているのは明白である。

 ゆえに彼らの言葉は、彼らだけの心で語っているものではないのかもしれない。

 それでもドナは、ドナにとってはこの世界のこそが自分の全てで。かつての、ろくに覚えていない前世より、この世界の自分と愛する人たちこそが現実で、守りたい何もかもで。

 こうして心配してくれる人がいることを、心の底から幸福に想うたび――同じだけ泣きたくなってしまうのだ。

 何もかも知らないままだったなら。一度きりの人生を、彼等の愛を真正面から受け取って生きられたら。それが最良の結末であったならどれほど良かったことだろう、と。


「……ローズ、ありがとう」


 わかっている。そんなのは、我儘だ。誰だって一度きりの選択を悩みぬいて選んで、それで何度も何度も当たり前のように後悔してはそれでも前を進もうとする。どんなに努力しても、望んだハッピーエンドに辿りつける人間なんてごく僅かでしかない。やり直せるチャンスを与えられた自分は、本来だれよりも幸運に恵まれていると思わなければいけないのだと。


「わたくしは、大丈夫。大丈夫ですから」


 ドナは無理やり笑みを作って、ローズに告げた。

 それは殆ど、自分自身に言い聞かせるための言葉だった。


――大丈夫、大丈夫……大丈夫。


 その世界で、セシルはローズとの友情を深めた後――病気で亡くなることになる。二十一歳。結婚式を、挙げるよりも前のことだった。




 ***




「魔法文明に関する遺跡をめぐるツアーなんて!考えただけでわくわくするわね!」

「ええ、お姉様。わたくしも嬉しいです、お姉様とセシルと三人で旅行ができるだなんて」

「ふふっ」


 姉のラナにも、攻略ルートは存在している。ラナのルートは、他のキャラクターのルートをいくつかクリアして初めて解放されるルートの一つだ。彼女にもまた、ドナがセシルとの婚約を解消することでセシルとくっつく結末もあるというのだから――いやはやキャラクターゲームというのは罪深いものである。一応ドナとの婚約が解消されたなら、という前提であるからマシであるものの、全ルートを知っていると完全にセシルが女たらしに成り下がっていると思われても仕方ない気がしてならない。

 もっと言えば、現在未クリアのエイベルにもなんと“セシルとの恋愛ルート”が用意されていたりする。自分の記憶が正しいならば、実はセシルはバイセクシャルという前提設定があったはずなのだ。ドナという婚約者がいて彼がドナに一途であったため、エイベルのような一部男性キャラクターを攻略しにかからなければほとんど忘れられるような設定ではあるのだけれど。

 とにかく今は、ラナルートのうち、“セシルがラナに、立派な義理の弟と認められるルート”を目指して進行中というわけである。実は、このルートでは不思議なことに、選択肢次第では未来で“神の巨人”が出現しないなんてこともあり得るのだ。自分達がまだ未成年であるうちに、ラナの好感度と条件をクリアすることによって、ラナから“魔法文明の遺跡めぐりツアー”の観光チケットを受け取ることでこのルートに入ることになる。ドナとラナとセシル、三人で旅行に出て、三人で魔法文明の新たな一面を発見。そこでドナがトラブルに巻き込まれたのを、セシルとラナが協力して助けてくれて、絆を深めるというイベントが発生するのだ。


――……なんて。そんな未来を知らなかったら、この旅行だってきっと心から楽しめたのに……。


 観光地へ向かう船の上。はしゃぐラナの姿を、ドナはどこか遠い気持ちで見つめていた。

 神の巨人が発生しないこのルートを試すのをここまで遅らせたのは、最後の希望を潰してしまうのが怖かったからにほかならない。このルートでは選択次第で神の巨人そのものが発生しない未来を(どういう理屈かわからないが)選ぶことができる。本来なら、巨人さえ出現しなければセシルが殺される心配はないはず――だからこのルートなら確実にセシルを救えるはず。そう信じていたかった、だが。

 ローズのルートでも、シンディーのルートでも、彼は神の巨人や魔法の研究とは全く無関係と思しき死を迎えている。本来のゲームの、いかにも幸せに見えるエンディングの先で彼は無惨な死を遂げる――このルートでも、そうならない保障はどこにもなかった。絶対あきらめてはいけない、あきらめるつもりはない――そう思ってこのループを受け入れたのは他でもないドナの意思だったはずだ。でも。

 特定の事件や出来事が起きるせいでセシルが死ぬというのなら、その事件を防ぐ方法を考えればいい。

 でも、その事件や事象を回避しても、彼がそれが定めと言わんばかりに死ぬというのなら、一体何をどうして彼を救えばいいのだろう。

 正直、疲れ始めていた。数年間を、何度も何度も繰り返し、そのたびに惨劇を目の当たりする。愛しい人を、目の前で奪われる。この絶望を一人で背負い続けられる自信が、徐々にドナにはなくなりつつあったのである。


「どうしたんだい、ドナ?」

「あ……」


 はっとして振り返れば、心配そうなセシルの顔。旅行に気乗りであったはずのドナが、暗い顔のまま甲板で佇んでいれば、心配に思うのも当然のことだろう。


「もしかして、船酔いしちゃったとか?」

「あ、いえ、そういうわけでは……」

「そう?ならいいけど。……なんだか、とても不安そうな顔に見えたから」


 そっと彼が、ドナの手を握る。泣きたくなるほど、温かい。彼は“最近一緒にいられる時間が短くてごめんね”と申し訳なさそうに微笑んだ。


「この旅行では、ずっと一緒だから。……ラナさんに感謝してるんだ、僕。楽しい旅行にしようね。もし、不安なこととか心配なことがあったら言って。何でも話、聴くからさ」

「セシル……」

「ほら、こうして手を握ってると、ほっとするだろ?子供の時はよくこうしたの、覚えてない?」

「……ええ」


 この手が冷たくなる瞬間を、何度この目で見ただろう。ラナは滲んできた視界を隠すように、彼の手を握って――そのまま自分の額に持っていった。みっともない顔を、無理やりにでも誤魔化すように。


――好き。好き。……貴方が、好き。


 失いたくない。

 もう、惨劇を見るのは、たくさんだ。

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