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<19・Dolph>

 セシルの父、ドルフ・リリーはあまりセシルと似ていない男性だった。立派な体格、立派な髭、茶髪に茶眼の男。セシルの黒髪青眼は完全に母親の遺伝である。性別が同じなら瓜二つだったかもしれない、と思うほどセシルは母親の方にそっくりだった。セシルの父は息子が妻そっくりなのを喜ぶ半面、自分とあまりにも見た目が似ていないことをだいぶ気にしていた様子である。自分でお腹を痛めた母親と違い、父親は子供が自分に似ていないとあらぬ疑いをかけてしまうと聞いたことがあるが、本当にそういうものなのかもしれない。

 それでも、ドルフがセシルのことをどこまでも可愛がっていたのことをドナは知っている。

 ドルフは貴族院議員であり、愛国心の強い男性だった。息子が国の、世界の役に立つ研究をしていると知って嬉しくないはずがない。彼は誰よりも息子の研究を応援し、背中を押していた――ように見えた。それが一体、何故息子が“これから”殺される場面に居合わせているのだろう。


――……セシルが馬ではなく“馬車”を使ってここまで乗ってきたあたり、誰かを乗せてくるつもりでいるのは予想ができたけど。


 現場に先回りして、木陰に隠れていたドナは思う。


――まさか、お父上だったなんて。……そういえば、セシルのお父上は足を悪くしていて、一人で馬に乗るのが難しいのだったっけ。


 ただ人を連れてくるだけなら、馬を二頭連れてきた方が簡単であったはず。それが馬車であるのは乗せたい人間が二人以上いるか、あるいは相手になんらかの事情があるからだと思っていたが、足を悪くした父親だったというのなら筋も通るというものだ。

 とにかく、今は息を潜めて様子を見るしかない。何故彼の父が此処にいるのか、そしてセシルを殺そうとしているのが彼であるのか、その理由はなんなのか。セシルを殺させないのが一番だが、最悪でも真実を突き止めるところまではしなければと思っていた。確実に、“次”の世界でセシルを救うためにも、だ。自分の調査だけでわからなかったことが、ここでようやく明らかになるのかもしれないのだから。


「……お父様。そろそろ聴かせていただけませんか。此処までくれば、他の誰かに聞かれる心配もないでしょうから」


 やがて、セシルが話し始める。


「研究をやめろ、でなければお前は殺されるぞ……なんて。申し訳ありませんが、話がさっぱり見えないのです。お父様は、僕の研究を応援してくれていたのではないのですか?神の巨人を魔法で止めることができれば、エディス王国とチーア共和国の戦争は回避される。そして、数多くの無辜の人々の命が救われることになる。お父様も、それを望んでいたはずでは?」

「勿論だ、セシル。……だが、お前も本当は気づいているのだろう?だから黙って私に言われるまま此処まで来たのだろう?」

「お父様……」

「心当たりがあるはずだ。お前の研究が、都合が悪いと思っている者達がいることに」


 もし、セシルを殺そうとしているのなら、それがセシルの父であっても対処しなければいけないとドナは思っていた。既に拳銃は抜いて、撃鉄を起こしてある状態である。いつでも撃てるようにするためだ。正直セシルと父親との距離が近すぎて、このまま撃つのは非常に危険と言わざるをえないが。


「お前と、ヒグチ教授の研究は素晴らしい。私とて、それが成功し、この国の平和が保たれればそれが一番だと思っていた。だが……残念ながら、政府も一枚岩ではない。このまま開戦してくれた方がありがたいと思っている“上の方々”がいるのも事実。貴族院議員とはいえ、結局私はただの伯爵にすぎない。侯爵・公爵の方々の意見を封殺することなどできんのだよ」


 様子だけ見るのであれば、ドルフの表情は苦渋に満ちていて、とても息子を殺したい人間のそれには見えなかった。


「元より、この国の貴族には現代王の思想に共感する穏健派と、先代王に共感する過激派の人間がいる。貴族院においてもそれは例外ではない。先代王に共感し、戦争をしてでも必要な資源を勝ち取りたいと思っている人間は一定数存在していて……特に、チーア共和国を心底計嫌いしている方々も少なくないのだ」

「そういう方々は、チーア共和国と戦争できる“正当な理由”をずっと探していたというわけですか」

「そうだ。神の巨人が出現し、それを足止めするため……国を守るためという名目ならば、巨人ごとチーア共和国を攻撃する大義名分が成り立つ。チーア共和国を潰し、その豊富な資源を奪い取る絶好の機会と考えるお偉方は少なくない。……神の巨人を平和的に排除されてしまっては困る、そうお考えなのだ」


 やっぱり、そういう輩はいたのか。ドナは頭痛を覚えるしかない。自分が調べたこと、予想していたことはほぼほぼ当たっていたということらしかった。神の巨人を排除するため、という名目でチーア共和国を叩きたい、戦争をしたい者達がいる。以前の戦争で散々双方に被害が出たというのに、まだ懲りていないのだからどうしようもない。

 それとも、世界大戦が終わって百年過ぎて、彼らはみんな平和ボケしてしまったのだろうか。喉元過ぎれば熱さ忘れる、なんて洒落にもならない話だ。確かに、当時を生きていた者達は軒並みこの世を去った後なのかもしれないけれど――だからといって無茶が過ぎるというものだろうに。


「そういう方々に、僕が命を狙われる危険性ある。だから研究をやめろ、というのですね」


 セシルも同じ気持ちだったのだろう。渋い顔で続ける。


「お父様が僕を心配してくださるのは嬉しく思います。ですが……承伏しかねることです。戦争をもう一度引き起こそうだなんて考えていることそのものが馬鹿げているとしか言いようがない。百年前の世界大戦で、一体どれほどの尊い命が失われたと思っているのですか?チーア共和国と戦争をすれば、またしても悲劇が繰り返されることになります。それとも……神の巨人を倒すという名目で、神の巨人ごと先制攻撃を仕掛けることで大きなアドバンテージを得られるから……大きな反撃を受けることもなく抑え込めると思っているのですか?」


 馬鹿らしい、と彼は首を振った。


「チーア共和国の人間なら殺していいだなんて、冗談じゃない。それに、死ぬのが一人でも二人でも、尊い人命であることに代わりはないのです。戦争になれば確実に死者が出る。それだけで、反対するには十分な理由でしょう。僕達が研究をやめることでその戦争の引き金を引きかねないなら尚更、僕達は何がなんでも研究を続けなければいけません。お父様も同じ気持ちだったのではないのですか!?」

「お前の気持ちは理解している、私だって同じことを想っていた!だが……お前が殺されるとわかっているなら話は別だ。他の大多数の命より、私はお前の命が大切なんだ……!」

「お父様……」


 ドルフの様子は、尋常なものではなかった。まるで、セシルが確実に殺されることが分かっているかのようである。セシルも気づいたのだろう、一つ大きく息を吐いて、待ってください、と言った。


「まだ、何か隠していませんか?……お父様の言葉は、ただ僕が“殺されるかもしれない”と危惧しているだけのようには見えない。まるで、既に僕に対する暗殺命令が下っているのを知っているかのようです」


 そう。父親の焦り方は、ただの可能性でものを言っているようには見えない。

 はっきりと告げられて、ドルフはしばし視線を彷徨わせ――やがて“実は”と告げた。


「……お前の命を狙っているのは、政府の“方々”だけではないのだ」


 ドナが固唾を飲んで見守る前で、彼は。


「エディス王国と、チーア共和国が戦争状態になると……都合がいいと思っている国がある。その国の人間が、政府の一部の方々を焚き付けている。もし、チーアと戦争をするなら……自分達の方の経済制裁は緩和するし関係も見直す、エディス側に支援も出す、と」

「どこの国、です?」

「……モロスト皇国だ」


――ああ、やっぱりそこかっ……!


 エディスとチーアの両方が邪魔な第三国といったらどこか。モロスト皇国は真っ先に名前が挙がった国の一つである。宗教的な問題から、エディスやチーアの近辺で広まっているチアカナル正教を毛嫌いしており、そのためやや理不尽な経済制裁を化してきている国だ。宗教的な理由であるため国際社会もなかなか糾弾しづらく、かつエディス王国側も対処のしようがないので最も対応に困っている国であるとも言えるだろう。

 普通に考えたら、そんな意固地なモロスト皇国が都合よくエディスの方を贔屓するとは考えづらい。だが、それが最終的にチーアを潰し、エディスを弱体化させるための方便であるというのなら話は別だろう。


「確かに、モロスト皇国はエディス王国とチーア共和国で潰し合ってくれたら都合の良い国でしょうけど……!」


 そしてそんな実情は、当然セシルも理解していたようだ。


「目論見がそこにあるのは明白でしょう!?モロストはあくまで両国を弱体化させるのが狙いというだけ……心の底からエディスを支援する気なんかないのは明白じゃないですか!そんな言葉に惑わされるだなんて……っ!」

「口車に乗ろうとなんだろうと、チーアを潰せる口実ができればそれでいいと思っている方々がいるのだ。私とて何度も説得を試みたがどうしようもなかったのだ……!」

「そんなっ……」

「セシル、頼む!私はお前の命を救いたい。研究から手を引いてくれ。お前がヒグチラボをやめてくれさえすれば、少なくともお前の命は保障される……!だからっ」


 ドルフがセシルの肩を掴み、必死の形相で叫んだ――まさにその時だった。


「いつまで時間をかけるつもりか?ドルフ・リリー伯爵」


 新たな登場人物の声。廃屋だとばかり思っていた建物の中から現れたのは、背の高い蛇のような眼をした中年男性だった。最高級の黒いスーツ、長身、ぎょろっとした眼――どこかで見たような、と思ってドナはぎょっとする。

 ガス・アストリー公爵。社交界でも見たことのある、大物どころではなく大物の貴族院議員だった。その公爵が、護衛の男性を二人引き連れてでのご登場だ。


――政府は本気で、セシルを消して戦争を……!


「息子を説得するから、命だけは助けてくれ。そう仰っていましたが……残念ながら説得できる様子はなさそうですね?」

「お、お待ちください、公爵!私はっ」

「残念ですが、時間切れです」


 アストリー公爵がそっと片手を挙げる。護衛の一人が、銃を構えたのが見えた。


「我が国の栄光のため、無駄にしていい時間など一秒たりともない。さようなら、セシル・リリー」


 刹那。

 甲高い銃声が、その場に響き渡ったのである。

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