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<15・Prepare>

 ずっと考えていたことではあるのだ。セシルを止める、最良の方法が何であるのかということを。

 彼が研究に携わることも、巨人の出現も、彼を殺そうとしている明確な犯人や組織の正体も分からない。数年かけてドナができたことは、彼を身近で守るための勉強をすることと格闘術を身に着けることだけだった。その程度、本当の本当に巨大な敵と戦うとなった場合は、気休め程度にしかならないことをドナは知っている。それでも、もはやドナに残された彼を救う最後の手段は、その気休め以外の何者でもないのだ。

 結婚式の夜。ドナは、何が何でもセシルが屋敷から抜け出すことを阻止するために手を打った。これはさほど難しいことではない。二人が寝泊まりしたのはセシルの家の方ではあるが、ドナがその婚約者である以上“無茶ではないお願い”ならば使用人達も聴いてくれることをわかっている。ゆえに、セシルの家の使用人達に、今夜だけはシフトを組んで、誰かしらが必ず起きていてくれるように頼んだのだ。警備員達の見回りルート、ローテーションも変えて貰った。セシルが計画的に動けば動くほど、予定外の使用人達の動きに対処するのは難しいことであるはずである。

 特に、馬車の見張りは徹底して貰った。セシルが家を抜け出そうとしたら、必ず一度止めてくれるように頼んだのだ。セシルが家主である以上使用人達も強く出ることは難しいだろうが、少し足止めしてくれたならそれだけで十分なのである。そのわずかな時間があれば、ドナが追い付くことも不可能ではないからだ。


――思えば。今夜、彼のご両親がこの屋敷に寝泊まりしていなかったのも……何か理由があってのことなのかもしれない。


 セシルが、結婚式前から今回の秘密の会合を予定していたのであれば。両親に不審がられないよう、今夜は二人を遠ざけていたというのも十分考えられることだろう。

 やはり、この手の込み具合。――セシルは、既に自分が殺されるかもしれないことを、わかっていた可能性が高いのではないか。


「……そう思うのですけど。どうでしょう、セシル」


 馬車を持ち出そうとして、見張っていた執事に止められていたセシルの前に。ドナはきちんと乗馬服を着込んだ姿で立っていた。ドレスではないのは、最悪大立ち回りをすることも視野にいれてのことだ。セシルもセシルで、こんな夜中にも関わらずきっちりとスーツを着込んでいる。明らかに、“礼儀を払うべき相手とこれから会う”ための服装だった。


「……ドナ。君か、わざわざ馬車を見張らせたのは」


 セシルはやや焦った様子でドナに告げた。


「どうして僕が、夜中に屋敷を抜け出すとわかったんだ?」

「貴方の様子がおかしいと感じていたので、警戒していました。女の勘、といったところです。元より、わたくしはセシル、貴方が命を狙われる結果になるのではないかと……貴方の研究について聴いた時点で危惧していたものですから」

「…………」


 ドナの、あまりにも用意周到な妨害に、セシルは何を思ったのだろう。この説明だけでは明らかに不足していることはドナ自身もわかっていたが、それでもセシルはそれ以上を追及して来ようとはしなかった。ただ一言、“困るよ”とだけ呟いたのみで。


「確かに、こっそり屋敷を抜け出そうとしていたのは悪かったと思っている。でも、今の時間にどうしても会いに行かなくてはいけない人がいるんだ」

「このような時間に呼び出すような相手が、まともな人間とは思えませんが」

「そんなことはないよ。政府の関係者なんだ。緊急の用事ということだし、無下にすることはできないだろう?」


 政府の関係者。方便かとも思ったが――これでも長らくセシルの婚約者である身である。彼が嘘が苦手なタイプであるのはわかっていたし、露骨に嘘をつけば大抵見抜ける自信があった。彼は成功するはずだった“抜け出し”に失敗して、それなりに動揺しているはずである。このようにさらっと嘘をつくことなどできないだろう――とすれば、やはりそれは本当なのだろうか。

 困惑したのはドナの方だ。もし政府の関係者というのであれば、むしろセシルは国を救うための恩人であるはず。多少派閥争いがあったところで、セシルを殺すメリットが国として本当にあるのかどうかは微妙なところである。それに。


「……緊急の用事だというのが本当であるとして。何故こっそり屋敷を出て行かなくてはいけないのです?わたくし達にやましいことがあるからではないのですか?」


 彼の顔色の悪さ。緊張した様子。ただの“呼び出し”とは正直考えづらいところである。家族にも婚約者にも隠れて抜け出さなければいけない理由があり、それをセシルが自覚していたとしか思えない。


「やましいことなんてない!ただ、迷惑かと思って……っ!」

「警備の見回りルートを把握して、わざわざ音が少ない馬車を無断で持ち出して……森の中まで行くのが“やましい用事ではない”のですか?貴方はやましくなくても、相手はどうなのでしょう?」

「!?……なんでそこまで……」

「言ったはずです。貴方の様子がおかしいと思っていた、と。わたくしなりに、いろいろと調べてはいたのです。わたくしは貴方の婚約者……貴方を支え、貴方を守るのもまたわたくしの務めなのですから。逢おうとしていたのは、本当に政府の方なのですか?」

「――っ……」


 ドナの言葉を、セシルはどう受け取ったのか。この言い方では誤解を招いたかもしれない、そう気づいてドナは慌てて訂正を入れる。


「……何も、貴方が浮気していると思ったわけではありませんよ。ご心配なく。わたくしが心配しているのは、貴方の浮気ではなく……命の危機です。本当にその場所へ行って、貴方は生きて帰って来られるのですか?」


 彼の後ろには、ベテランの老執事。馬小屋はその後ろである。正面にはドナ。この二人をどうにかした上で、馬車の準備をして出発しなければ彼は何者かとの約束した場所に向かうことができない。そして、彼が呼び出された郊外の森は、徒歩で行くには少々遠すぎる場所にある。馬も車も使わずに行くというのはかなり無謀な行為だろう。


「……そんな、危ないところに行くわけではないよ」


 本来ならばここで呼び止められた時点で詰んだも同然のはずである。それなのに、セシルはまだ迷っているようだった。


「神の巨人を止める研究について、重要なことがわかったんだ。それを誰にも知られたくないから、少し人気のない場所に呼び出されただけさ。それだけなんだ、本当だ」

「嘘ですね」

「嘘じゃない!本当に、どうしても秘密にしてほしいって……!」

「嘘をつくなセシル!!」

「!」


 初めて。彼に、何かを命令するような物言いをした。大好きなセシルを相手に厳しいことを言ったのは、幼い頃を覗けば記憶にある限りほとんどなかったように思う。それほどまでに彼は優しくて、自分にどこか甘くて、ドナを怒らせるようなことなどほとんどしないような人だったから。

 それでも今回は。今回だけは、ドナとしても譲ることはできないのである。何故なら、ここで彼を行かせてしまったら、なんのために逆行してきたのかさえわからなくなってしまうのだから。


「私は知っているんだ……このまま貴方を行かせたら貴方が死ぬってことを!絶対に行かせるわけにはいかない。それがたとえ、私のためであっても、絶対に!」


 つかつか歩み寄ったドナは、懐から拳銃を取りだした。銃の所有許可は取ってきてある。護身用のポケットピストル――射程の短い、威力の高くない代物。それでも、人を殺すには十分な凶器。銀色に鈍く光るそれを見て、セシルが息を呑むのがわかった。


「貴方を行かせるくらいなら、撃ちます」

「できるわけがない」


 彼は即答した。


「優しい君が、僕を……いや、人を撃てるはずがない。拳銃の許可まで取ってきてあったってことは……どういうわけか君は、今夜僕が抜け出すことに確信があったし、何がなんでも僕を止めたいという強い覚悟があったのは確かなようだ。何でそれが確信できたのかはわからないけれどね。でも、僕は行かないといけないんだよ、どうしても。それはこの国の。この世界の未来に関わることなのだから」


 彼の言い方からして、研究についてのなんらかの事情で、そして政府関係者に呼び出されたということまで確定しても良さそうだろう。つまり、セシルを殺したのは政府関係者ということになる。どうして、と考えるのは後でいい。とにかく今は、何がなんでも彼を止めることが先決だった。


「そうですね。臆病なわたくしは……人を撃つことはできないかもしれません。でも」


 相当急いでいるはずなのに、彼は先ほどからドナと会話するばかりで、無理やり馬車を奪って行こうという気配がない。どこまでも誠実で、不器用な人間だった。だから自分は彼が好きで――今この瞬間こそ、命を賭けるべきとわかっているのである。


「でも。世界で一番大事な人を守るためならば……引き金を引くのに、躊躇することはありません」


 ドナは拳銃を――自らのこめかみに向けた。今度こそ、セシルの顔から血の気が引く瞬間を見た。冗談だろう、とその唇が動くのも。


「行くというのであれば。わたくしはこの場で自分を撃ちます。貴方がいない世界に、用なんてありませんから」

「ド、ドナ!?待ってくれ、早まるな、それだけは……っ!」

「貴方が行くということはそういうことなのです。貴方は確実に殺される、わたくしはそれを知っている!だったら、どんなテを使ってでも貴方を止めると心に決めていました……そのためならばこの命、惜しくもなんともありません!」

「何で、何でそこまで……っ」

「決まっているじゃありませんか。貴方だって、わたくしと逆の立場なら同じことをするくせに!!」


 絶叫していた。満月に照らされた庭。青い青い光の中――ドナは心から叫ぶ。想いが届くことを願って、祈って。


「貴方を愛しているから。……それ以上の理由が、必要なのですか?貴方は、違うのですか?わたくしを愛してはいませんか?」


 セシルの瞳が揺れる。自分が最も効果的な手段を取れている、という自負がドナにはあった。少なくとも、急いでいるはずの彼の足を、ある程度の時間止めるくらいの効果は十分にあったということだろう。

 そう、この局面で、己は最善の手を打ったはずであったのである。セシルが、このドナを無視して馬車を盗み、この場を強行突破することなどあり得ないことを知っていた。そもそもそれができてしまったら、彼が何がなんでもこの場を脱したい理由を失ってしまうことになる。彼はほぼほぼ間違いなく、自分のためではなくドナや家族のために、“待ち合わせ”に向かおうとしていたはずなのだから。


「ドナ……っ」


 どうすればいいのかわからない。ドナを振り払って行けない。彼が葛藤を滲ませながら口を開いた、まさにその瞬間だった。




 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!




「え!?」


 凄まじい地響きが、全身を震わせたのである。

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