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<14・Research>

 セシルがヒグチ教授のラボでどのような研究を行っていたのか。どのようにして神の巨人を止めるつもりでいるのか。家に来た彼にドナが尋ねると、セシルは特に隠す様子もなくその大まかな内容を教えてくれた。


「……なるほど。科学兵器ではなく、魔法の力によって巨人を止めようというから……貴方たちに白羽の矢が立ったわけですか」

「そうそう。一部とはいえ、現代に魔法を復活させることに成功しているのは、僕達の研究室だけだからね」


 彼は心の底から、自分達がやろうとしていることがこの国の、世界のために役立つことだと信じてやまないようだった。ドナの心中も知らず、嬉々として研究の素晴らしさを伝えてくる彼はどこまでも無邪気で、残酷である。


「大量破壊兵器によって巨人の破壊を試みる場合、大量の地雷を埋めた上を通らせて足元から一気に爆破するか、空から大量の爆弾を投下して爆砕するしかほぼ方法がない。もしくは、それに加えて巨人を油まみれにしたりとか、揮発性のガスを浴びせて火力を増幅させるとかいろいろ考えられてはいるようだけど……いずれにせよ、成功するかどうかわからないプランばかり。そして、成功したとしても、チーア共和国の住民に多大な被害を出すのは明白だ」


 それはそうだろうな、とドナは思う。

 そもそも、巨人の進行ルートが非常にまずいのだ。巨人が明確にどの地点に出現したのかはわかっていないが、恐らくチーア共和国の山間部に出現したのではないか?という予想は立てられている。なんといっても、山間部に巨大な足跡が残っていたからだ。チーア共和国の向こうにある隣国との国境付近、その北の山から、エディス王国の方向に向かって真っすぐ国を横切る形で南下してきているのである。その途中には、いくつも大きな街がある。厄介なことに、ほぼ確実にチーア共和国の首都を踏みつぶすルートを通ることになるのだ。なんせ、チーア共和国の首都はこの国の南端、エディス王国との国境にほど近い場所にあるのだから。

 何が言いたいのかと言えば。チーア共和国で最も人口が集中している首都から、人々を全て避難させるなどあまりにも現実的ではないのである。億単位の人口を収容できる市町村が他にあるわけでもないのだから。そして、国のライフラインや政治、あらゆる中枢が首都に集中していることは言うまでもなく。巨人が踏みつぶしていくだけで甚大な被害を伴うというのに、それを爆弾で爆破するなどできるはずもない。彼らにとっても巨人は恐ろしい存在であるし被害を齎す存在ではあるが、それでも“巨人を倒すために派生する被害の規模”と比べれば幾分マシなのも間違いないのである。

 チーア共和国からすると、巨人を自分達の土地で討伐するなど論外だろう。討伐したいならエディス王国の土地まで移動してからにしてくれ、というのが本心に違いない。そして当然エディス王国としては“冗談じゃない、その前に討伐させろ”というのが主張であわけで――。両者が元々犬猿の仲ということもあって、双方の主張が巨人を挟んでバチバチと火花を散らしている状態というわけだ。

 だが、これはあくまで“巨人をその場で討伐すると、現場に多大な被害が出るから”というのが大前提であるのである。巨人を倒すのにもし、現地の被害が少なく済む方法があるのならば。むしろ首都を踏みつぶされる前にどうにかしたいチーア共和国も喜んで協力してくれるのではないか?それがセシルと、セシルたちに研究を依頼した政府の考えだろう。


――セシルたちに、魔法による討伐が可能かどうか……その早期の研究・開発を依頼したのは、やっぱりエディス王国の政府そのもの……。


 だとしたら、政府がセシルを暗殺しようとしているかもしれない、というのはさすがに無いと見ていいだろうか。暗殺するくらいなら最初からそんな依頼などしなければいいはずなのだから。

 勿論、政府の中にも派閥争いがあって、セシルたちの研究の大成を望む者とそうではない者がいたとしてもなんらおかしくはないのだが――。


「魔法でなら、チーア共和国の国土への被害を減らして……巨人を討伐する方法もあるというのですか?」


 ドナが尋ねると、理論上はね、とセシルは頷いた。


「例えば、大量の地雷で足元から吹き飛ばそうとした場合。巨人の進行ルートに、大量の地雷を埋めて爆破させないといけないだろう?まず埋める作業が大変だ。今までチーア共和国が空爆したデータからしても、生半可な銃撃・爆撃じゃびくともしないのはわかりきっている。チーア共和国の首都をまるまる吹き飛ばすくらいの爆薬がなければ効果はないだろうというのが政府の見解だ。街から人を避難させるのに成功したところで、首都だからたくさん建造物もあるし……当然建物がある場所に爆薬を仕掛けても、ダメージが吸収されて軽減されてしまいがちだ。建物を崩壊させる方向にエネルギーが向かってしまうからね」

「平地が少ない場所に、効率的に爆薬を仕掛けるというのがまず難しいってことですよね。でもって、通常の威力の高い地雷は、建物の密集地帯には埋めることそのものが難しい……」

「そう。そして基本的には地雷や爆発物の威力というものは、爆薬の量に比例するものだ。少量の爆薬しか埋められないなら話にならないし……場所も悪ければそれだけの準備をする猶予もないというのが正直なところだろう。が、魔法による攻撃ならばそれらの問題が大幅に解決できるんだ」


 ひょっとしたら、セシルも自分の研究の成果を誰かに伝えたくて仕方なかったのかもしれない。ドナの口の堅さを信頼してくれているというのもあるだろう。彼はテーブルの上に紙を置いて、絵を描きながら説明してくれた。

 ちなみに彼の画力はお世辞にも高いとは言えなかったりする。まあ、巨人が巨人だとかろうじて分かるだけ、世間の“画伯様”より遥かにマシなのかもしれないが。何でもかんでも赤いクレヨンで塗りたくって血まみれ状態にする、なんてこともないようであるし。


「魔法による攻撃は、爆薬とは違う。その威力を決めるのは魔方陣の種類と、それに込められる魔力の量なんだ。爆薬ではなく、進行ルート上に大きな魔方陣を描くことになる。建物がある分少々複雑にはなるけど、爆薬を埋め込むんじゃなくて線や図を描くだけでいいから、格段に準備は早いし簡単になる。戦闘機でもなんでも使って、上空からインクを落として描いてもいいしね」


 それに、と彼は巨人?らしき黒い人型の足元に、ぐるぐると円を描く。


「爆薬で吹き飛ばす場合は、町全体に仕掛けてふっ飛ばさないといけないけれど、魔法陣の場合は巨人が通るルート上にピンポイントで魔方陣を置けば済む。大きさは、半径百メートル程度でもいいはずだ……理論上は。あとは遠隔で魔法陣に魔力を流し込み、地雷のように遠くから起爆して吹っ飛ばす。これが、マジックトラップというものだね」

「吹き飛ばしたら、魔方陣のあたりに位置する建物や地面も被害を被ることになるのでは?」

「多少は出るだろうけれど、地雷や空爆より遥かにマシな被害で済むはずだよ。なんせ、マジックトラップは起動させる人間が対象を識別し、対象だけを吹き飛ばすことが可能だからね。あとは吹き飛ばすと一言で言っても様々な種類の魔法があるから……どれが有効でどれが周囲への被害を軽減できるかどうかはこれから検討していくことになるんだけども」


 セシルいわく、魔法にもいろいろあり、嵐を巻き起こす魔法だとか雷を落とす魔法だとか毒・氷・炎の魔法だとか――とにかく種類がいろいろとあるらしい。現在は、巨人が高い体温を保つことで活動できる存在であると睨んで、習慣的に急速冷凍する魔法が最も効果的ではないかということで話が進んでいるらしかった。

 同時に、この規模の魔法ともなると、複数の人間で“起動”を担う必要がありそうなこと、増幅装置を急いで開発させる必要があるということで調整を急いでいるところであるらしい。


――兵器を開発しているという噂だったけれど、実際には“魔法そのものを開発している”と言った方が正しかったわけか。


 それが成功すれば、エディス王国もチーア共和国も両方が救われる結果になるだろう。それこそ、巨人がエディス王国まで到達して、そのまま沈黙するとも限らない。さらに他の国の国土を踏み荒らす可能性もあることを鑑みるならば、世界をも救う研究と見て間違いはない。

 ゆえに、ドナは――精々これくらいのことしか言えないのだ。


「貴方の研究は、とても立派だと思います。ただ……その研究をすることで、危険はないのですか?」

「危険?」

「……貴方の研究は、国や世界の存亡に大きく関わりすぎている。エディス王国とチーア共和国の両方につぶし合って消えて欲しい国もいくつもあるのです。その国々のスパイや、とにかく貴方に嫉妬する人に命を狙われるなんてことはないのですか?私は……私は世界の危機以上に、貴方が危険に晒されることの方が恐ろしいのです」


 身勝手なことを言っているのはわかっている。それでも、ドナにとってはこの研究に関わることでセシルが命を落とすくらいなら――と思ってしまうのも致し方ないことなのだった。

 セシルが抜けても、研究者の代わりはいるかもしれない。

 でも、セシルというただ一人の、ドナが愛する人の代わりなどどこにもいないのである。


「……確かに、身辺警護はきちんとしておくべきかもね。本当に、一介の研究者でしかない僕の命なんかを狙う人がいるかどうかはわからないけれど……有名になるっていうのは、それだけで危険があることなのは確かだし」


 本当は、命の危険があるかもしれないならやめてほしい、と言いたい。けれどセシルはドナと違って、自分が本王に暗殺されるなどとは露ほども思っていないはずである。本格的に止めるのはあまりにも難しい――それくらいは、ドナにも分かっていることだった。


「……貴方が危険に晒されるくらいなら、どれほど世界に貢献できる仕事であってもやめてほしい。……わたくしは、そう思います。身勝手なのは承知していますが」


 ドナが控えめにそう告げれば、ありがとう、とセシルは笑った。


「君の気持ちはとても嬉しいよ。でも……やっぱりこれは、僕がやらなくちゃいけないことだから。これからも君と、生きていく未来のためにね」

「セシル……」

「ほら、それよりも今日は、結婚式の日取りについて考えないと。件の場所、まだ工事が終わってないみたいなんだよね。別の場所にするか、工事が終わるまで式を待つかってところなんだけど……どうする?」

「…………」


 やはり、彼が研究に携わることを止める方法はないのか。ドナは、唇を噛み締める他なかった。身辺警護を見直すとは言ったが、果たしてそれだけで彼の未来を変えることはできるかどうか。

 こうなった以上、もはやセシルを救う方法は一つだろう。


――結婚式の夜……彼が一人で部屋を抜け出すのを防ぐ!とにかく、方法はそれしかない……!


 多少強引だろうと、構わない。

 彼があの場所へ向かうことを防げば――最初の山を越えるくらいはできるはずだ。

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