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<12・Giant>

 結局のところ。この時、これほどまでに研究に熱意を示しているセシルを止めるに値する“説得力のある理由”がドナにはなかったのである。彼が、ラクマ大学に飛び級合格し、ヒグチ教授のラボに入ることを防ぐことは難しい。ならば、もう一つの研究――彼が“神の巨人”への対抗策の研究を任される時に、阻止する方がまだ可能なのではなかろうか。

 ドナが悩んだ末やったことは四つだった。

 一つ目は、体を鍛えること。彼が殺されるまでの数年間があれば、自分のような一般的な少女であっても、多少なりに格闘技術を学んだり、戦闘能力を高めることも不可能ではないはずである。実際に、プロの暗殺者と戦えるとか、そういう能力までが欲しいわけではない。最悪の場合、彼の手を引いて逃げ切るだけの力があれば十分だった。そのためには、一にも二にも最低限の体力と、攻撃を防ぐだけの技術が必要だと考えたのである。

 二つ目は、エディス王国とチーア共和国が戦争をして、どの国が得をするのかを調べるということ。これは知ったところで自分達にどうこうできる問題ではないかもしれないが、最悪彼を亡命させるとなった時の参考くらいにはなるはずだと考えてのことだった。それこそ、彼を狙っている国にセシルを逃がしてしまったら何の意味もないのである。第三国を選ぶ際の判断材料は必要であるはずだ。例え、彼を狙う国を確定させることができなくても、である。

 三つ目は、神の巨人の伝承と、神の巨人の出現場所であるチーア共和国についてもっとよく知ること。神の巨人がチーア共和国に出現したのは本当に偶然だったのか――そもそもそれが本当に伝承にある“神の巨人”と同一のものであるのかをしっかり考察する必要がある。神の巨人、の出現を防ぐ方法がもしも見つかるのであれば、セシルの研究を邪魔する必要もなくなるはず。それ以上理想的な展開などないだろう。

 そして、最後の一つは。


「本気、なのね。ラクマ大に進学するって」


 十八歳の夏。図書室でドナの勉強に付き合ってくれたシンディーは、眼を丸くして言った。


「ドナちゃん、勉強苦手なのに。それも……ラクマ大学の偏差値知ってるでしょう?お金だけで入れるような大学じゃないのに」

「知ってます。それでも、セシルの傍にいたいんです」

「……さすが。根性が違うわ」


 以前の世界と、ドナは違うルートを選んだ。前の世界では、ドナとセシルは別の大学に進学したのだが、今回の世界ではドナもセシルと同じラクマ大学を選ぶことに決めたのである。それは、少しでも長い時間セシルの傍にいて守りたかったから、というのが大きい。彼の傍にいる時間が長ければ長いほど、異変にも気づきやすくなるだろう。

 勿論、それが並大抵の苦労でないことはわかっているし、去年それを決意した時には両親に微妙な顔をされたのもわかっている。残念ながら、自分の頭の出来はセシルと比べればお世辞にもいいとは言えない。仮に合格したところで、どこまで勉強についていけるかどうかも怪しい。今の時代、女性の大学進学率も上がってはきているが、それでもすぐに結婚して家庭に入るのだから、結婚までは家事修行をすればいいと考える貴族の娘は少なくなかったのである。大学進学させてもらえるだけでありがたいところ、超難関のラクマ大学に突如出願したいと言い出した娘に両親が度胆をぬかされるのは当然のことだろう。

 だが、前と同じルートを辿っていては、セシルを救うことはきっとできないはずである。

 やれるだけのことを全てやってみるしかない。セシルとは少し違うが――それでも“ベストを尽くしてそれでも届かなかった”という状況にしなければ、諦めることさえできずに後悔する結果になるのは目に見えているのだから。勿論、何が何でもセシルを生かす選択をするつもりではあるのだけれど。


「格闘技を始めたのも驚いたし……というか、エディス武道ってドナちゃんに向いてたのね。センスがいいって先生が滅茶苦茶褒めてたけど」

「わたくしもびっくりしました。体を動かすのは好きだなと自分でも思っていたんですけど……護身術のつもりで習ったのが、存外自分には合っていたみたいで。稽古をつけてくれている先生には感謝しないといけません。次は、ナイフを持った相手をさばく方法を教えてもらう予定で……あ、シンディー、この問題なんですけど」

「あ、どれどれ?」


 シンディーは既にそのラクマ大学に推薦合格が決まっている。ラクマ大学は、極めて少数の生徒のみ、夏の段階で特別推薦の合格者を出すのだ。セシルのように飛び級を許されたのも凄いが、シンディーのようにこの僅かな枠に飛び込めるのもとんでもなく凄い話である。倍率は百倍近くにもなると言われているほどなのだから。

 その彼女は、きつい受験勉強から解放され、自由な時間がたくさんあるはずだというのに――こうして勉強に付き合ってくれている。感謝しかない。受験生の夏――まさに今が追い込みの時期だ。ここで教えてくれる“先生”がいるのは本当にありがたいことだった。家にも家庭教師はいるが、正直あちらの“先生”はすぐぷりぷりと怒るのであまり好きではなかったりする。それでも一応、一週間に一度はその先生に課題を見て貰ってはいるのだけれど。


「あ、ドナちゃんここ間違ってる」


 シンディーはドナが見せたノートの一部を指さし、教えてくれた。


「“神の巨人の像は、右手に剣、左手に聖杯を持っているとされるが、それぞれの意味は何か説明せよ。”……剣が、悪人を裁く為の剣というのはあってるんだけど、聖杯は人々との交流の証じゃなくて、恵みの雨を降らせるためのものだよ。交流の証で聖杯持ってるのは、ノラ信教の神様だよ」

「あ、間違えた。ありがとうございますシンディー」

「どういたしましてー」


 似たような神様はたくさんいる。ついつい別の神様の教えと混同させてしまうのはよくあることだ。

 この国は現在、国教というものはない。宗教の自由は法律で認められている。まあ、一部声が大きい宗教というものがあって、それが時折もめごとの原因になったりもするのだけれど。ノラ信教は、元々神の巨人の起源とされる“チアカナル正教”から枝分かれしたものであるため、教義の内容そのものが非常に似通っているのだ。偶像の姿も似ているので、間違える人は少なくない。そして、チアカナルの方はともかく、ノラ信教の人たちは間違えられると烈火のごとく怒ることでも知られているのだった。宗教問題というのは、勉強の中だけでなく、現実でも慎重に取り扱うべきテーマなのである。


――神の巨人。……私の記憶が正しいのなら、未来で出現する巨人は……チアカナル正教の物語に出てくる“神の巨人”像そっくりだったはずだ。


 チアカナル正教は、その名の通りかつてのチアカナル帝国から発生した宗教である。

 この世界の始まりが何であるか?については格宗教ごとに大きく違いが出るのだが――チアカナル正教とノラ信教は、元々はただの岩石しかない荒廃した大地があり、そこに異世界の神様が降り立って作ったのがこの地である、という始まり方をするところで共通している。その降り立った大地が現在のエディス王国の領土か、チーア共和国の領土かは意見が分かれるところであるのだが。

 チアカナルの神様がその何もない場所に特別な種を植えると、瞬く間に大地は自然豊かな場所へと変わった。そしてその花の揺り籠の中から、最初の動物達と人間達が生まれていったのだと教えている。チアカナルの神様は男神として描かれるのが一般的ではあるため、“全ての生命の父”と認識されることが多いようだ。

 生まれた動物達と人間達に、チアカナルの神様は平和的に自分達の種を増やしていきなさい、と生殖能力を与えた。彼らは当初神様の言いつけを守り、それぞれ手を取り合い愛し合いながら子孫を反映させていったのであるが――だんだんと人間の進化が飛びぬけて、道具を使い、コミュニティを築くようになったところから人間の暴走が始まっていったのだという。

 彼等は人間同士で争うようになり、動物達を“自分達の糧である”としか認識しなくなった。豊かな森を切り倒して畑を作ることを躊躇せず、自分達に逆らう人間達を平然と殺していくようになった。個を優先するあまり、他の生命を尊ぶことを忘れていく人類を嘆き、神様はついに“罰”を下すことにするのである。

 その神様が地上に遣わした存在こそ、神の巨人。

 神様そっくりの姿をした、生きる土人形である。神の巨人は、人間達が作った文明と逃げ惑う人類を容赦なく踏みつぶし、地面を踏み鳴らして行った。その大粛清を経て、ようやく己の過ちを悟った人間達は、生き残った者同士肩を寄せ合い、以降は思いやりの心を持って他者との共存を図るようになったのだという。

 まあ、この教えの帰結するところはわかりやすいものだろう。つまり、“人間が足を踏み外して悪い事ばっかりすると、また神様の巨人が現れて地均しをするから気をつけろ。大粛清をされたくないならちゃんと平和を愛し、隣人を愛して生きなさい”である。


――だから、泥沼の戦争を繰り返したエディス王国の罰として、巨人が現れた……そう考える人がいるのはわかる、んだけど。


 ここが、微妙にドナにも引っかかっているところなのである。もし、本当にチアカナルの神様なんてものがいるとして。大粛清を起こそうとしているのだとして。何故、その神様は巨人をエディス王国の領土に直接出現させず、チーア共和国に出現させてエディス王国まで進撃させるなんて真似をしたというのか。チーア共和国も独裁国家なのであまりほめられた国家体制ではないが、それでも戦争を何度も繰り返し、後先考えぬ高度経済成長で汚染問題を深刻化させてきたのはエディス王国である。本当にエディス王国の罰だというのなら、エディス王国に巨人が降り立たないのは奇妙だとしか言いようがない。

 では、現れた巨人は“神の巨人”に似ているだけの、全くの別物なのだろうか?人間が、意図的にチーア共和国に巨人を出現させて進撃させたというのか?それこそ、一体誰がなんのために、どのようにして?という疑問が出てくるわけだが。


「その神の巨人って」


 思わず、ドナは呟いていた。


「今の人類の手で、作ることはできるのでしょうか」

「作る!?……あっはっは、ドナちゃん面白いこと言うのね!」

「むっ……」


 シンディーに声を上げて笑われてしまい、ドナは憮然とする。確かに、自分でも突拍子もないことを言った自覚はあるが。


「数十メートルにも及ぶ巨大な背丈、鋼のような硬さと高温の肉体。巨大な剣と聖杯を持ち、自動で歩くことができる土人形?……オーバーテクノロジーよ、完全に」


 まあ、と彼女はフォローするように続ける。


「神様……あるいは神様に匹敵する科学者が、異世界からやってきた、なんてことになったら作れるかもね。ほら、チアカナルの教えでは、元々神様って異世界人だっていう話じゃない?」

「異世界の、とんでもないテクノロジーか……」

「そうそう。だから私は、神様の正体は科学者だったっていう説、わりと本気で信じてるんだけどね。まあ、異世界なんてものがあるかどうか?については微妙なところなんだけど。此処とはまったく違う文化の別の世界なんて、ロマンがあっていいとは思わない?」


 どこまで本気で言っているのやら。どこまでも楽しそうなシンディーに、ドナは苦笑いで返すしかなかった。

 巨人の正体は、やはり神が作った産物だと考えるしかないのだろうか。

 残念ながら、まだ巨人が出現してもいない世界では、それを確かめる術もないのだけれど。

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