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第四話 空腹

「ここにある全ての砂が……天使の墓標」


「まだなってないけどな」


「この一握りの中にも、複数体の天使がいるのか」


 私が床に散らばった砂を掬い集めて差し出したら、彼は潤んだ目をごまかすように俯いて、鼻をすすって、見上げて頷いた。私は何を言うべきかわからなくなって、視線を逸らし、しばらく意味もなく部屋の中を眺めたりした。


 しばらく眺めているうちに、奇妙なことに気がついた。この部屋には、砂と、板きれと、木屑と、大小さまざまなガラス玉しかない。その他には私には到底ゴミにしか見えないものしかないように思えたが、自分の価値観でゴミと断じることは板きれの件から憚られたので口にはしなかった。


 ただ……ヒトは食事をするのではなかったのか。腹が鳴ったら何かを口から摂取し、そうしなければ力が出ないのではなかったのか。


 砂は戦って死んだ天使そのもので、板きれはその砂を集めたもの、木屑が板きれの元だとしたら、ヒトが口から摂取できそうなものは他にはないはずだ。強いて言うならばガラス玉だが、それはその硬さゆえに喉に詰まって苦しかろう。


「ガラス玉は何に使うのかって?」


 私の視線に気づいたのか、彼はその積み上げられたガラス玉の中から一つを手に取った。バランスが崩れてカタカタと音がしたが、ガラス玉のどれ一つとして割れたりヒビが入ったりすることはなかった。


「これは特注品でね、天使の目玉を模したもの」


「そんなものが作れるのか」


「ヒトの世界も、あの大戦のせいで荒廃したこの世界でなん百年も生き延び、命を繋いできたんだよ。天使の目玉はーーヒトのものとは逆に最後に土に戻る。大戦直後の科学者がその構造を記録し、それを後世に遺してくれた」


 天使にとってはとるに足らない時間だった。しかし、この世界に堕とされて経った時間を思うに、それは人間にとっては気の長くなるほどに遠い過去のことなのだろう。一日一日が苦しみと痛みにあふれたらこんなにも時間は引き延ばされるのだと思い知った。


「それを使えば砂の選別ができるのか」


「……まぁな。でも、簡単じゃねぇぞ」


「私にもやらせてほしい」


 ここに来るまでに、やたらと腹が鳴っていた。それはヒトの言う()()()()()()ということであるはずだった。でも、彼の話を聞くにつれ、不思議と空腹感はなくなっていた。


 天上にいた頃、私が腹を空かせていなかったのは、主神に召され必要とされていることが嬉しかったからだ。


 天使は主たるものの要請によって生きる。もしそうであるならば。羽根をもがれ到底天使とは言えない風体になってなお、天使の習性が残っているのならば。


 私がここでは腹を空かせないことにも意味があるような気がするから。


 私はこの得体の知れない”砂まみれ”の使命に仕えてみようと思った。


「うーんマァ……考えてやらねぇこともないが。ところでだ、堕天使サマ。飯食うか? 腹減ってるだろ」


 彼がヒトの腰ほどの高さの収納の引き出しから何かを取り出した。それは日に照らされ力強く輝く青葉のように私の食欲を刺激してーー


 私の腹がキュルキュルと鳴った。


「…………」


「食うのか、食わないのか、どっちだ? 返事がないなら俺がぜんぶいただくぞ」


「それは……なんだ?」


「なんだ、って知らねぇのか? 青葉の塩漬けでモロ粉の餅を巻いたんだよ。モロ粉の甘味と青葉の塩っけが相まってうまいぞ」


「そんなもの、どこにあるんだ?」


 彼はやれやれ、と肩をすくめて、散らばったものを手で丁寧にどけた上で床にどっかりと腰を下ろした。


「質問の多いやつだな、ヒトの厚意には甘えておけよ。それとも、これからお前に仕事を教えることになるこの俺の差し出すものが信用できねぇってか?」


 私は少しーーと言うのは少し物足りない程度には、苛ついた。私が腹を鳴らしたことを、そして私がそれを恥ずかしく思っていることも彼はわかっているはずだ。食べ物を差し出してくれたことは有り難いが、それだけではなんだか納得できない。


「お、い、とりあえず座れって。汚ねぇところだけど人ひとりくれえ座れるだろう」


 彼が足先で乱雑に私の足元を叩くので、その粗野な動作に幻滅しながら私も腰を下ろす。


「さぁ、こんなもんですまんが、師弟の(さかずき)を交わしたってことで」


 彼は餅とやらを手で半分に割った。そしてその片方を私に差し出した。


 落とさないよう両手で受け取ると、それは程よく温かく、それでいて感触は柔らかかった。


 私は頭で考えるより先にそれに貪りついていた。彼は何か言いたげだったが、諦めたように笑い、私と同じようにそれにかぶりついた。

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