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第廿ニ話 信者

 たどり着いた村は静かだった。


 人がいないわけではない。人々は忙しく立ち回り濡れた衣服を棒切れに被せていく。木の枝や私たちの知らない陶器のような素材でできた棒切れは、焚き火を囲むように置かれ、衣服を乾かす道具とされていた。


 人々が話をしないわけではない。むしろ、あれをしろこれをやれと指示が飛び交っている。ただ、互いが互いに指示を出すあまりにその指示が重複し、時に矛盾するさまがありありと見てとれた。


 私はあまりの混乱ぶりに、どうしたらよいものか困惑してしまった。乾いた衣服は回収して着ればいいものを、あるものは「もっとよく乾くように」とより火に近く追いやろうとした。乾いたものをもっと火の近くにやれば、その外側にある濡れたものも火に近づける、と。


 彼は今にも火がついてしまいそうな衣服を手に取って、年若き女性にそれを手渡した。


「君はこれを着るといい」


 彼女は我が意を得たりと喜色をあらわにするも、その喜びはすぐに陰ってしまう。


「ありがとう、旅の人。でも、ここの長がそれを許さないのです」


 彼は悲しそうな顔をして、しかし何も語らない。私は痺れをきらして、ぼろを纏ったその女性にこう問いかけた。


「この村の長はどこにいるのですか?」


 彼女は目を泳がせた。まるで誰かの目を恐れているかのように。俯瞰して見れば誤りだとわかることをあえて村人に勧める者はどんな強権の持ち主かと身構えた。こんなさびれた村にも独裁者はいるのだと。


「恐れないで。誰かを指差せばいい」


 彼女は目を見開いて、瞳を少し揺らした。長とやらに勘づかれないように気遣ったつもりだったが、逆効果だと気づいてしまう。彼女はあの人もこの人もと指差した。差された指の先を見ると、周りの皆はぎょっとするほどに冷たい視線を彼女に注いでいる。


 言葉に詰まる私を見て、彼女は明らかに失望している様子だった。


「――恐れるなと、おっしゃったではないですか」


 責めるような口調に私はたじろぐ。まさか、こんなわけのわからない呪い(まじない)めいた習慣を、この人を除く誰一人として疑問に感じなかったのか。誰もが誰もに指図して、内容がろく精査もされることなく、魂ごと流れ作業に組み込まれて思考することも許されない。


 私たちを責め立てた女性は、不意に動かなくなった。あれもこれも捲し立てたい唇も、今にも動きそうな躍動感で、しかし微動だにしない。すると突然顔がぐにゃりと歪んで、手も足もあらぬ方向に曲がった挙句に黒い影となって消えた。


「これは、どういう……」


 村に人はいない。火も、衣服もない。火が消え人がいなくなったとして、焚き火の跡があるべき場所にさえ何もなくつむじ風が最後の煤を絡めてどこかへ持ち去ってしまった。


「僕たちが見た幻だったんだろうね」


「幻、これが……?」


 柱だけになった住居跡が、やけに生々しく彼の言葉の裏付けとなる。この短時間で、これほどに建物が風化するはずがない。暴風雨でもあれば別だが、私たちは今こうして無事なのである。


「さて、次はどこを目指して歩く?」


 彼は私に問いかけた。まるで、私に決定権があるかのように。


「私は――天界に戻りたい」


「そうだろうね」


「戻り方がわからないんです」


 情けないことだった。他ならぬそこから落ちてきたはずなのに、どうやったらそこに昇れるのかがわからない。羽根さえあればとも思うが、羽根がなくとも次為すべきことの啓示くらいは示されると思っていた。


「まずはこのまま、真っ直ぐ進もう」


「何か、当てがあるんですか」


 自分で判断せずに済んだことで、また私は安心してしまった。ぼんやりと、幻で見た村のことを思い出した。


 あの村は、誰もが村の長であるかのように振る舞っていた。自分の意見だけが正しいと考える人間がこれほどに多数派なのかと辟易したが、もしかしたらそうではないのかもしれない。


 自分の意見だけが正しいのだと信ずる割には、大多数の村民は同じ点を向いていた。同じところを目指して行進しているにすぎなかった。それは虚像だったが、彼らにとって大した問題ではなかったらしい。


 それなのに、誰もが誰かの指示に従いたくて、誰かの命令でそうしたことにしたくて、責任を取りたくなくて、大多数が、大多数の手によって、指導者ということにさせられた。あの異様な集団は、他人に指示されることに慣れた人々が主従の相互依存をすることによって成り立っていたのかもしれない。


「当てはないよ」


 彼は言った。当てもなくどうしても進めるのか問いたかった。しかし、それを尋ねることも彼の思考に頼っていることに他ならない気がしてしまう。


 彼は遥か先を歩く。私はまだ、やっとのことでついていくことしかできない。

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