第廿話 十一日目 火傷
見渡す限り緑がなく、乾いた灼熱の風が頬を焼いていく。取り残されたように立っている木は、幹の中まで丸焦げで、爛れて巻物のように丸まった葉が枝に一つか二つ、今にも落ちそうにぶら下がっているだけだ。
水のない世界、つまり、動物も植物も大半が生存できない世界であるのに、はるか遠くに人の住む集落が見える。私と彼はそこを目指してあるいているが、その集落は一向に私たちに近づいているように見えない。
「逃げ水のような町だね」
「逃げ水?」
「日照りのときに、喉の渇きに耐えかねた旅人を嘲笑うかのように道に水たまりが見えることがある。それはいくら近づいても旅人が近づくことはできない」
渇きといえば、私は彼の作業場に居候している間、水に不自由した思い出はない。あれは、どういうことだったのだろう。
「その逃げ水というのは、旅人の幻覚なのでしょうか」
「さぁ……? もしそうだとしたら切ないね」
幻覚というものがあるのだとは知っていた。人はあまりに物事を強く願いすぎると、現実ではないのに「願いが叶った世界」を見てしまうらしい。
天使であったころ、私はそれをヒトの甘えだと思っていた。正しい物を見て正しい思考をすれば、自ずと真理には辿り着くはずで、その努力を怠って幻を見るのは負け犬の仕草であると。
しかし、今まさに幻覚かもしれないものを目の当たりにして考える。ヒトは――そして、おそらくは天使も、すべて神の被造物であるものは皆、己の力の発揮の如何にかかわらず、否応なく絶望のただ中に打ち付けられることもあるらしい。そして、そのときにヒトは己の無力を嘆き、幻覚を見るに至るのだと。
「でも、幻覚ではないかもしれない。カミサマとやらが世界をそのように作ったのだとしたら?」
太陽が射る光が、キラリと彼の髪を撫でた。彼と視線が合う。足の裏がジリジリと焼かれて痛い。
「何のためにそんな造りにする必要があるんでしょう」
水がないところに水を映し出して、水に飢えた旅人を彷徨わせるなんて、ヒトを惑わす悪魔の所業のようにも思えてしまう。水のある場所に、導いてやればよいものを、と。すべてを知り何事も成す至高の存在ならばそれも可能ではないのか。
「うーん…………」
彼は首を傾げて考え込んでいるようだった。
「自分が誰かも忘れてしまった人に聞くことではないですね」
「そんなことはない。僕は自分が何をしていたのかを思い出せないが、考える機能のある物質だからね」
「考える、それは苦しい……。答えと、そこに至る道があれば、苦労せずともヒトは正しく在れる」
彼がまじまじと私の顔を見た。
「何かついていますか?」
「いや……。不思議なことを言うと思って」
「”苦労せずともヒトは正しく在れる”?」
彼は明るい顔で笑って、それでいて首を二度も三度も横に振った。
「違う、その前。『考えることは苦しい』と君は言ったが、僕はそうは思わない。考えることはそれだけで価値がある。唯一無二の正解なんて存在してしまったら、ヒトはその正解に縋り、”それ以外の正解”を許さなくなるんじゃないかな」
私は思わず息を呑んだ。他ならぬ彼自身から渡された、天界と冥界の戦争に巻き込まれた人々の記録にそんな記述があったような気がする。あれは確かーー重傷を負った救護対象者を、戦火の最中であるがゆえにみすみす死なせてしまった医術師の嘆きではなかったか。
ヒトが流行り病に勝つ前は、流行り病に対抗するすべは罹患者の追放しかなかった。だが、人が流行り病に対抗する知恵を手に入れたならば、追放は隔離政策で済むようになり、いずれは隔離も必要なくなるかもしれない。
人は、あるいは、人の群れは変わりゆく。そして、その集団に対する「最適解」など、その時代によって異なる。対象となる集団によってさえ、答えは変わるかもしれない。
彼はもう先に歩き始めていたようだ。彼の背は遠くなって、私は慌てて彼の後を追いかける。
彼は、記憶を失って明るくなった。そして、私に考えさせるような態度をしなくなり、彼なりの「答え」を易々と私に伝えてくれるようになった。
これこそが、私自身の甘えなのかもしれない。彼の「答え」は私にも合致するとは限らない。私は絶えず私自身の力で、考え続けなければいけないのかもしれないと悟った。
地平線の手前にかすかに見えるほどだった集落が、目に見えて近づいている気がした。




