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第十六話 問答

 今日は二つの墓標を作り、そうしてその行末を見届けた。生前の形を取り戻したカケラたちは、すべてのパーツが揃うとしばらくの間光り輝き、そして光の柱となって天界と繋がり、徐々に消えていった。


「これで……還れたんだ」


「帰る? 天使が、か?」


 天使の墓標が消えゆく様子を見ることもなく、それに背を向けていた彼が不思議そうにそう訊ねた。息を呑むほど美しいこの光景を、彼はあまりに見慣れてしまったのだろうか? 


「この光の柱を通って、天使は天界にーー自らの故郷に還ったのでしょう?」


 私がそう答えると、彼は作業の手を止めてこちらを向いた。そして、すでに消えたその柱を視線を泳がせながら探している。


「もしやーーあなたには、見えないのですか」


「ーーあぁ、そのようだなぁ」


 残念そうに彼は首を振った。大仰に脚の前面についた粉を払い、気怠そうに木箱に腰掛ける。


「そうか。天使は消えるんじゃなくて故郷に凱旋するんだな」


「師匠?」


「前にも話しただろう? 俺はこの地上を巻き込んだ二つの勢力を許していない。正義であったかどうかは関係ないんだ、巻き込まれた側からすれば。お前も少しはわかってきただろう? 天使サマ」


 彼の機嫌があまりよろしくないことはわかる。私が信じてきた主神の()()()が、被造物たちにとっては時に理不尽であることも理解した。だが、彼の主張がわからない。


「墓標を作ることで、その墓標さえ消滅して天使が存在した事実さえ消えてしまうのが、あなたにとっての復讐である、と?」


 彼は眉を顰めた。流石に怒鳴られるかと思い、主神にまみえるときのような緊張が走る。私は、確かに彼を傷つけたとは思う。災禍に巻き込まれた側に復讐の非生産性を説くのは酷だということも。ただ、納得できない。


「戦って破れた天使は、天界に凱旋なんてできません」


「そう……なのか?」


「天使は死んだ時点で天使ではないのです。天界の軍勢が、負けるわけがないのですから」


 彼は困っているような、泣き出しそうな顔をして、見られまいとしたのかすぐに視線を逸らし、深く俯いた。私は躊躇ったが、なおも言い募る。


「戦って死んだ天使たちが、どのように記録上で()()されるか私は知っています。主神は過ちを犯しません。故に、天使たちも過ちを犯してはならないのです。主神のために死んだ天使はーー初めから悪の手先であったことにされます」


「それを、その主神とやらは知っているのか」


 急に話が変わったことに、私は面食らう。


「知っているかどうかを、私は知りません」


「誰が知っている? 知っているかどうかを」


 私は素直に答えるしかなかった。


「わかりません。話題になったこともありません。主神が間違いを犯さないことと、私たちが間違いを犯してはならないことは等価であると思っていました。その等価性を損なえば、私たちの存在価値はなくなると」


 彼は沈黙した。長い、長い沈黙だった。語ることなどなくなってしまった。彼がなにか反応をしてくれないことには。


「それは……つらかっただろうね」


「……はい?」


 なにが、だろうか。それとも、誰が、の方が正しいのだろうか。つらい? まさか、私が?


「正しい存在のために、自分たちは正しくなければいけないと思うのはつらいだろう」


「いいえ、主が正しいのは事実です」


「そうじゃねぇよ。そうじゃないんだ。天使は、主神とやらの付属物じゃない。お前もだ。そうだろ?」


 そうなのだろうか。考えたこともなかった。なぜならば、天使は当たり前のように主神のために戦い、当たり前のように主神の命により世界を支え、調整し、主神の目となり耳となり数多のことを報告する。


 そのことを、彼は責めているのだろうか。付属物だという言い方はともかく、私たちは主神と同じ思考を共有し、主神とともに在ることを誇りに思っていた。


「私はーー主神の付属物でも、いいと思っています」


「だったらなぜ主神はお前の羽根を奪った?」


 彼は私の両目を真っ直ぐに射抜いた。何か覚悟を決めたような、今までにない強い視線だった。私は脳天を殴られたような衝撃を感じた。


「主神とやらは、お前のことを右腕ともなんとも思っていなかったんじゃねぇのか……すまない」


 なぜ謝るのだろうか。私になにかを気づかせるために、わざと強い言葉を使ったんじゃないのか。師匠であるならば、弟子にすぎない私に謝ることなんて必要ない。


 私は背筋がヒンヤリと冷たくなるのを感じた。もしかしてーーそれが、その考え方が間違っているのだろうか。


「私は、私自身の感情で生きていいんでしょうか」


「当たり前だろう、そのためにお前の主人はお前を作ったんだろうさ」


 彼は私から目を逸らし、背を向け、何かの作業をし始めた。いや、私が話しかける前にやっていた作業の続きかもしれない。そんなことはどうでもいい。私は、彼との示唆に富むやり取りを反芻していた。


 そして、一つの結論に達しようとしていた。


 間違いを犯さず、完全で、全てを知り全てを支配する主神は、天使などおらずとも、きっと世界を支配できる。天使は何人が束になっても、主神には叶わない。ならば、天使の担うべき役割は、主神の小間使いではなかったのかもしれない。

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