第十四話 五日目と六日目の間、私と貴方のあいだ
「……まだ暗い」
「そりゃあそうだろう。夜だからな」
「起きていたんですか」
眠ろうとしても起きてしまう。丁寧に言うならば、今度こそは朝まで目を閉じていられると思ったのに、深く泥のなかに落ち込んていくことができない。何度目かの目覚めで、天井から差すのは月明かりでしかなかった。
「起きていたのはお互い様だろう。眠れねぇならば寝ないのも手だ」
「そうは言っても、理由がわからぬことには心が晴れません」
ヒトは昼に働き夜に眠る生き物である。なぜならばそう造られたからだ。現に、羽根をもがれヒトの性質に強く影響された私は、こうして月明かりに頼らないではすぐ横に寝ている人間の横顔を判別することすらできないのだ。
「なんかこう、天使サマってマジメなんだな」
彼が私のことをそう呼ぶときは決まって苛立っているときだ。私は無意識のうちに身構えた。だが、彼はそれ以上なにも言ってこなかった。
「好きに悩んでればいい、そのうち疲れて眠くなるだろう」
彼はそう言った。ガサゴソと音がする。恐らくは私に背を向けたのだろう。好きにしろ、と彼の背中が言っているような気がした。
ならば、お望み通り好きに考え尽くしてやろうと思った。
腰をそらして腕を伸ばし、体の関節をコキコキと鳴らす。体は心地よく火照り、ひんやりと空気も冷たくなったのに汗をしっとりとかいている。寝床に敷かれた綿の入った平布の表面を手のひらで探って、まだ人肌に温まっていないところを求めて動く。ひんやりと冷たい部分に触れると、体の熱が逃げ、忙しかった思考もすんと静まった。
さて、こうして眠れないのは昼間の労働が体に堪えたのだろうか? 自問するも、そうではないとすぐに理解する。指先と神経を使う作業ばかりしていた私にあの全身運動が毒だったのならば、もっと体が軋むように痛むはずだ。石炭を入れた重いかごを背負ったり引いたりしたときは、眠れぬほどの激痛に襲われた。私に荷を押し付けた他の奴隷が雑談もそこそこに寝息をたてているのを聞きどれほどの憎しみを抱いたか。これは、それとは違う。そもそも、天板の調整など大した運動ですらない。
となると、やはり「うるさいな」
「まだ、起きていたんですか」
「……起こされたんだよ、だれかの独り言が否が応でも聞こえてくる」
私はおそらくーー目を見開いて、それでいて視線を逸らし(彼と面と向かって対峙しているわけでもないのに)、そして今、意味もなく手の指の爪の先を眺めている。頭の中に留めておくはずだった思考が、口から漏れていたとは。
「違う違う、声が出てたわけじゃねぇよ」
「だったらなぜ」
彼はうーむと考えるそぶりを見せた。我々は向かい合っていた。
「なんというか、お前ってわかりやすい。ため息とか視線とか、手の動きで考えていることがよくわかる。世界の構造を支える天使にあるまじき人間くささだろうぜ」
違う。これはーー私が彼の顔が見える側に回り込んだのだ。彼は寝床につき背を向けたはずの相手が目の前で立っていることに驚いたのだろう、目を大きく開けて私を見上げた。しかし、またしても、それ以上は何も言わずに上着を頭まで被った。じきに、私の眼下から気持ちの良さそうな寝息が聞こえてきた。
私の思考が私の身振りでわかるのなら、どうか教えてほしい。衝動的に立ち上がり、師匠、あなたの前に立ち、寝られぬ夜に寝られない理由を探す私の気持ちを。




