2月6日(火)
スマホの画面に映る動画をスワイプして、面白そうな動画を探す。でも飽きてきたせいか、いい動画には巡り会えない。
クラスのグループチャットで、誰かがふざけ合っている。よくわからない文字列と、特に面白くもないスタンプ。うるさかったから、通知を切った。
何かすることないかなと顔を上げて、テレビが目に入る。ニュースが流れっぱなしになっていた。
そういえば、録画していたドラマをまだ見ていない。
「ドラマ見ていい?」
「何のドラマ?」
如月に聞いたんじゃない。夕飯の準備をしている最中のお母さんに聞いたのだ。
如月のことはお母さんには見えないから、如月の質問には答えられない。答えたら、一人で何か言っているおかしい人になってしまう。
お母さんからの返事はなかったから、いいってことだろうと捉える。
テレビの電源をつけ、録画してあるドラマを探す。
大正時代をモデルにした恋愛モノだ。不遇な扱いをされている女の子が、妹の身代わりで嫁がされるけど、だんだん幸せになっていくという、最近流行りのシンデレラストーリー。
原作は小説で、私は一巻からのファンだ。漫画も出ていて、もちろん全巻持っている。
再生ボタンを押す。
前回はどこまで物語が進んだっけ。あらすじが流れて、小説でいうと三巻が終わったあたりだとわかる。
「お、ちょっと昔の話? 大正ぐらい?」
如月の声がうるさいから、テレビの音量を上げる。
タイトルが表示されて、ドラマが始まる。
ヒロイン役の女優さんは、相変わらず綺麗で可愛い。まるで、ヒロインが小説の中から出てきてしまったみたいだった。
「この人が主人公?」
如月を黙らせるために、小さく頷く。
画面が切り替わり、今度はヒーローが映し出される。
この俳優さんはよく知らなかったけど、こちらもすごくキャラと合っている。かっこいいし、声の調子も想像通り。
「これ、恋愛?」
うるさいな、と思いながら頷く。
ドラマの中の二人のやりとりが毎回毎回、可愛くて癒される。本当に面白いドラマだと思う。
「恋愛かー。恋愛はあんまり好きじゃないんだよね」
恋愛モノとはいっても、このお話は、割とゆるーく恋愛していく感じだから、恋愛モノが苦手でも楽しめると思う。
ヒロインが、花が咲いたみたいにふわりと笑う。それを見て、ヒーローが頬を赤らめる。
私は思わずニマニマした。この二人は、尊い。尊すぎる。
「へぇ。結構、忠実に再現されてるんだね。めっちゃ大正時代じゃん。懐かしー」
如月は大正時代を見たことがあるんだろうか。彼は精霊らしいから、あったとしても驚かない。
私は如月に向けて、口に人差し指を当てる。とにかく今は静かにしてほしかった。ほら、今だって、ヒロインのセリフを聞きのがした。
『君のことを見ていると、心が安らぐんだ。これからもずっと側にいてほしい』
この作品の名シーン。
感情表現が上手ではないヒーローが、初めてヒロインに気持ちを明かすのだ。だが、ヒロインは愛というものがよくわからず、それに答えられない。癒されるけど、少し胸が苦しくなる。そんなシーンだ。
如月も少し気になったのか、そのシーンだけは黙って見ていた。
「ただいま……って、うわ、テレビ使いたかったのに」
「うるさい」
お兄ちゃんに言うふりをしながら、如月に向けて言った。ばっちり目が合ったから、たぶん伝わった。
ドラマは、ほわほわした癒しのシーンから一変し、今度はヒロインが妹にこき使われているという、苦しくなるようなシーンへ切り替わる。ヒロインの回想だ。
こういうのは、あんまり好きじゃない。けどこのシーンを見ると、だからこそヒロインには幸せになってほしいと思うのだ。
ヒロインが窮地に陥って、これからどうなるんだ、というところで今回の話は終了した。私はすでに原作小説を読んでいるから、この後の展開も知っている。
「えっ、ここで終わるの? 続きは?」
「だから、うるさいってば」
思わず如月に反応してしまった。
「は? 俺なんにも言ってないんだけど」
お兄ちゃんがこっちを睨んでくる。何とかしなきゃと思い、適当な言い訳を考える。
「存在がうるさい」
「はぁ? 詩の方が邪魔だし。てかテレビもういい? そろそろ見たい番組始まるから」
テレビのリモコンが奪われ、勝手にチャンネルを変えられる。
まだ主題歌を聞き終わっていなかった。物語の世界観にすごくよく合っている神曲なのに、聞かなきゃもったいない。
でも如月がうるさいし、お兄ちゃんもいるし、今日は諦めて、また今度もう一度見ようと思った。
「やっぱりもう始まってるじゃん」
テレビに映し出されたのは、クイズ番組だった。
「お兄ちゃん、クイズ番組なんて好きだったっけ?」
クイズ番組は全然わからないから好きじゃないとか言っていた気がしたから、ちょっとびっくりした。
「彼女におすすめされた」
なるほど、なら納得だ。
「そうだ、お兄ちゃん宛にラブレター預かってる」
「いらん」
「だよねー」
昨日、お兄ちゃんの写真をくれと言ってきた女の子からだ。押し付けられたから仕方なく持って帰ってきた。また泣かれると面倒だし、突飛なお願いをされても困るから、別に拒否はしなかった。
「読んでおいてあげなさいよ。勇気を出して書いてくれたのよ?」
お母さんが、夕ご飯を運びながら言った。今日はカツ丼だ。
「えーめんどくさ。どうせ断るのに」
お兄ちゃんはいただきますを言わずに食べ始めた。味わっている様子はない。ただ胃に食べ物を入れるだけの作業みたいだ。
だからお兄ちゃんと一緒にご飯を食べるのは嫌いだ。せっかく美味しいご飯の味が落ちてしまう気がするから。どうせなら、「美味しいね」って言い合いながら食べたい。
お兄ちゃんが食べ終わってからにしようと思って、私はカツ丼に手をつけなかった。
「ダメだよ!」
急に如月が叫んだせいで、びっくりした。何の話かと如月を見ると、彼の視線はお兄ちゃんの方を向いていた。
「ちゃんと読まないとダメだよ。取り返しのつかないことになっちゃうかもしれない」
如月の声はお兄ちゃんには届かないのに、如月は必死だった。
「もし明日、そのラブレターをくれた子が死んじゃったらどうするの? 返事をしてあげられなかったこと、きっと君は後悔する」
顔も知らない人がそうなったところで、お兄ちゃんが後悔するかは疑問だが、たしかに、如月が言いたいことはわかる。
でも、なんでそんなに必死なのか、私は気になってしまった。
「お兄ちゃん、ラブレター、目は通しておいてよ。あの子かなり面倒くさいから早いとこ返事しちゃいたい」
お兄ちゃんのカツ丼を食べる手が止まる。ラブレターを見て、それに手を伸ばした。
「はぁ、読むか。返事めんどくせぇ」
お兄ちゃんはラブレターを開封して、目を通した。隣で読むから、私にも見えてしまう。さすがに失礼かと思って、そっと視線を逸らす。
逸らした先で、如月と目が合った。如月は私の視線に気づくと、ニッコリと笑った。
「カツ丼、食べていい?」
「あっ」
私が答える前に、如月はカツを一切れ口に入れた。如月が見えていない人が見たら、その光景はどう映るのかわからないけど、きっと奇妙なものだろう。
お兄ちゃんとお母さんは、テレビの方に意識を向けていたから、如月の行動には気づいていないみたいだった。
「あんまり変なことしないでよ」
二人に気づかれないよう、そっと如月に耳打ちする。
「わかってるよ」
如月はそう答えてはいたが、どこか虚で、本当にわかっているのか怪しかった。




