2月27日(火)
「えー! 詩、告白されたの?」
「ちょっと里香、声大きいってば」
里香の声が大きいのはいつものことだけど、今回は話題が恋愛系だったからか、数人がこっちに振り向いた。恥ずかしいからあまり大きな声で言わないでほしい。
「で? 返事は?」
「まだしてない」
自分の気持ちがあやふやのまま、返事なんてできるわけがない。
「迷ってるの?」
「そりゃあね。恋とかよくわかんないし」
私は今まで、恋愛なんてしたことがない。一応、好きな人がいたことはある。でもそれは小学生の時に一度きりで、しかも当時は恋愛系の話が流行っていたから、それに流されて何となく好きかもってなっただけ。ちゃんと恋愛したことは、一度もない。
「でも詩が迷ってるって時点で、もうそれはイエスってことじゃん」
「いや迷ってるんだよ」
私、里香からどう思われているんだろう。告白されたら何も考えずに断る薄情者みたいに見られているんだろうか。
「詩って何回か告白されたことあるじゃん? でも、いっつも誰にも相談せずに断るじゃん」
「まあ正直、恋愛に興味なかったし」
「でも今回は! そんな詩さんが、悩みに悩んでいるではありませんか! なんということでしょう……」
「だから声大きいって」
騒ぐ里香の隣では、夢奈が黙々と数学のワークをやっている。自習とはいえ、今は授業中。もう少し静かにするべきだと思う。
「相手は如月さんでしょ?」
「えっ、なんでわかるの」
「やっぱり如月さんか」
あ、言ってしまった。誰々に告白されたーとか、あまり言いふらさない方がいいような気がするから、相手は言わないようにしようと思っていたのに。まあ、如月は同級生とかじゃないし、別にいいかもしれないけど。
「詩が告白されて返事を迷うとしたら、如月さんぐらいしか考えられんよ」
そんなに表に出てるのか。やば、恥ずかしい。
でも自覚はなかった。自分自身が如月のことをどう思っているのか、はっきりしない。
「迷う必要はないんだよ、詩。君は如月さんのことが好きなんだよ。もうね、どう見たってそうなんよ」
「そう言われても……やっぱりよくわかんない」
「なんでよ」
わからないものはわからないんだから仕方ない。でも告白の返事をするためには、どうにかして自分の気持ちをはっきりさせないといけない。
「ゆっくり考えればいいと思うよ。如月さんはきっと待ってくれるんじゃないかな」
勉強のキリがついたらしい夢奈が言った。
「んー。でも、そうもいかないんだよね」
「どうして?」
「如月、二月が終わったらいなくなっちゃうから」
如月と過ごせる時間はあと少ししか残されていない。早めに決めないと、次に返事ができるのは来年になってしまう。
「いなくなるってどういうこと?」
「それはえっと……引っ越し! 如月ってうちに居候してるんだけど、二月いっぱいで出ていくことになって」
「引っ越し先って遠いの?」
「うん、まあ……遠いかな」
遠いとか近いとか、測れるような距離ではない。来年の二月まで一切会えなくなるから、遠いと答えた。
そういえば、如月は二月が終わったら「帰らなきゃいけない」って言っていたけど、それってどこなんだろう。精霊には精霊の世界があるのかなと勝手に思っていたけど、本人から聞いたことは一度もない。
「じゃあ早く決めないとじゃん」
「そうなんだよ」
今日か明日には返事をしないといけない。だって来年に持ち越してしまったら、自分の気持ちがわからなくなりそうだから。それに、如月を一年待たせるのも申し訳ない。
「返事は普通に、はい、でいいんじゃないかな」
「夢奈までそう言う?」
まさか夢奈にまで言われるとは思わなくて、少し驚いた。
「やっぱりそうだよね。だってそれしか考えられんくない?」
「いやなんで?」
張本人の私がいちばんわかっていない。私が相談しているはずなのに、置いてけぼりにされているような気がした。
「詩ちゃん、如月さんのこと話すとき、すごくいい笑顔なんだよ」
「そうそう、あの何にも興味がなさそうな詩が、ね。それってもう、如月さんのこと好きってことですよねぇ?」
何にも興味なさそうって、実際はそんなことないはずなんだけど、周りからはそう見えているんだ。
そんなにわかりやすく如月への態度は違うんだろうか。好きなのかはわからないけど、たしかに如月は一緒にいて居心地が良い。
「好きっていうのもよくわからないけど、私なんかで本当にいいのかもわからない」
「告白されたんだから、詩がいいっていうか、詩じゃないとだめなんでしょ」
「そういうもの?」
「そういうものでしょ」
でも如月は、昔は文子さんのことが好きで、私は文子さんに似ていたから私のことも好きだと錯覚してしまっただけかもしれない。
私はお兄ちゃんみたいに顔がずば抜けて良いわけじゃないし、里香みたいに面白い話ができるわけでもない、夢奈みたいにすごく性格が良いわけでもない。一言でいうなら、普通。そんな私が、精霊である如月に釣り合うんだろうか。
「そんなこと悩まなくても、前田は魅力的な人だと思うんだけど」
「二階堂、盗み聞きしてたん? うわ、やばぁ」
「逆にその声量で聞こえてなかったら耳鼻科行きだから」
里香の声は大きいし、二階堂とは席が隣だし、聞こえていないわけがない。さっきから話題に入りたいのかソワソワしているなとは思っていたけど、やっぱり口を出してきたか。
「二階堂は、もし付き合うとしたら詩はどう?」
「二階堂と私がってこと? え、絶対やだ」
「相変わらず辛辣だな」
だって嫌なものは嫌だ。二階堂と付き合うとか、本当にあり得ない。もし二階堂に告白されたら、私は全力で拒否する。
「そうだな……僕が今まで付き合ってきた人と比べても、前田がいちばん良い人だったよ」
「まじ? やっぱり幼馴染は相性良いのかな」
「いやいや、二階堂と私は相性最悪でしょ」
「それ本人の前で言っちゃう?」
そんなの小学校の頃からわかりきっていることじゃないか。まあ、二階堂から見てどうなのかは知らないけど。今さら傷ついたふりとかしないでほしい。
「まあ、前田はもっと自信を持っていいと思うよ。ただ……」
「ただ?」
二階堂は拳を握りしめ、周りの迷惑にならない程度の強さで机を叩いた。急に何だよ、びっくりした。
「相手が如月さんっていうのが気に入らない」
「あーね」
そういえば、二階堂は如月のことをあまり良く思っていないようだった。相性は良くないとはいえ、腐れ縁の幼馴染だ。だからか、心配してくれているんだろう。
「大丈夫だよ。如月はめっちゃ良い人だから」
「でもこの前、猫いじめてたじゃん」
「あれ、ぬいぐるみ」
「マジか」
言ってなかったっけ? 最近いろんなことがあったから忘れていたかもしれない。
「じゃあ駅で人を突き飛ばしたってのは?」
「ひったくり犯を捕まえただけだって」
「すご」
そう、如月はすごいんだ。だからこそ、私でいいのか不安になってしまう。
「じゃあ如月さんって、まさか良い人?」
「そうだよ」
やっと誤解が解けたか。
如月のことを悪く言われるのは気分がよくなかったから、わかってくれて嬉しい。
「前田がそう言うなら……応援するよ、如月さんとのこと」
まだ返事が決まったわけじゃない。ちょっと早いかもしれない。
「私も応援するよ。如月さんと詩ちゃん、すごくお似合いだと思うよ」
夢奈まで。だから早いよ、まだ返事してない。
「ほら、二人もこう言ってることだし、返事はイエス一択でしょうよ」
こんな風に言われると、あまり重く考えなくてもいいような気がしてきた。早く決めなきゃ、でもちゃんと自分の気持ちと向き合わなきゃって思い詰めていたから、少し心が軽くなる。
「ありがとう。もうちょっと考えてみるよ」
まだタイムリミットまで時間はあるといえばある。だから、そんなにこのことばかり考えなくてもいいと思った。
「てか二階堂、本当によかったん?」
「前田が如月さんのことを選ぶなら、引き留めるのも野暮ったいからね。あーあ、これでやっと諦められる」
「えっ。二階堂くん、まさかそういうこと?」
こんなに話を聞いてくれるなんて、私は良い友達を持ったなと思った。




